淡いかけら探して

最終話、新一編〜〜約束、そして〜〜






 下からレストランポアロ、毛利探偵事務所と続いて、三階には毛利家自宅がある。
 そこで彼はまたその本を読んでいた。彼の父である、工藤優作著作の、”平成のホームズへの挑戦”。
 父親である優作さんから見た、新一という事で、新一がこれまで解決してきた事件を元に、新しく作られた数々の事件がそこにある。
 昔と違って、事件や推理にさほど執着を見せなくなった新一が、その本だけは、いつも大切に読んでいた。何度も、読み終えては、また読んで――その繰り返し。

 そして、今日も。静かな室内で、窓からもれる太陽の光を浴びながら、穏やかな顔でその本を読む姿には、少し、どきり、とする。
 朝食を食べ終えてから、事件で家を出たお父さんが帰ってくるまでは、この家に新一と二人きり。
 こんな時は、何を話していいか戸惑ったりするんだけど、新一は優しく私の話を聞いてくれる。だから、私も新一と普通に会話出来るの。

「また読んでるの? それ」

 声をかけたら、新一はゆっくりと顔を上げた。私に向けて、すっと優しく微笑む。

「ああ、何度読んでもまた読みたくなる。温かい本、だよな」
「そう?」

 首を傾げると、新一は深く頷いた。

「この、主人公の探偵が俺で……この彼女が、君で。面白いだけじゃない。読んでいると、凄く懐かしいような気持ちになるんだ」

 答えた彼は、また柔らかく笑む。そんな新一に、一つだけ、聞きたくなった。

「ねぇ、新一」
「ん?」
「私との思い出、記憶としては残ってるんだよね?」
「ああ。そうだな……基本的には。出来事としてちゃんと残ってる」
「じゃあ、覚えてる? 私との約束……」



 新一との再会から、また時間は巡って二週間が経った。段々新一もこの生活に慣れてきたみたいで、前よりぎこちなさも消えて、私たちに向ける顔は緩くなった。
 有希子さんは、あの後少しだけこっちに残ってたけど、少し後に来た優作さんと一緒に、アメリカに帰っちゃった。
 まだ傷の具合が悪くて上手く身体が動かせない新一をどうするか、皆で考えたの。一人で生活出来るレベルに回復するまで、誰かと一緒に過ごさなきゃ。組織の事だって、まだ絶対安全ってわけじゃないみたいだし。
 有希子さんと優作さんは、当然アメリカに連れてこうとしたんだけど「沢山やり残した事があるから」って拒否したのは、新一だった。
 安全面的にも、服部君が「俺んちに来てもええで」って言ってくれてたけど、結局私の家で一緒に住む事になった。だって、記憶の事考えたら、生まれ育った場所に住んでた方がいいし、私ももう離れたくなかったし。 お父さんが許してくれたのは意外だったけど、事情が事情だから仕方ないって。どうせこないだまで、コナン君が居候してたんだしね。でも、本当はお父さんが新一の事心配してたんだって、私ちゃんと知ってるよ。だけど――

 ――未だ新一は、あの頃のまま。


「やく……そく?」

 困った顔で首を傾げた新一に、私は深く頷いた。……やっぱり、分からないかな? 当たり前だけど、やっぱりショックだよ、新一。
 考え込む新一をじっと見つめたけど、なかなか答えは出せないみたい。じゃあ、一つだけヒントあげるね。

「昔、新一が私に言ってくれたの。コナン君づたいに――」

 あのホテルの展望レストランで、あなたが私にしてくれた約束――思い出したら、自然に顔が綻んだ。
 思い出して、新一。あの時の、大切な――
「どんな、約束?」

 帰ってきた言葉に、ちょっと気落ちした。
 そりゃそうだよね、あの言葉に何の感情も残ってないなら、あんな些細な約束なんて、やっぱり……忘れちゃうよね。

「……やっぱ、覚えてない?」
「あ、いや。聞けば……分かるかも知れない。だから教えて。……約束した事があるなら、俺、果たしたいから」

 新一は真剣な顔で言った。果たしたい……なんだか、心が温かくなる。
 ねぇ、新一。新一はね、もうちゃーんと、約束果たしてくれたんだよ。
 どんな形でも、帰ってきてくれた。あの時死んでもなんて言ってたけど、死なないで帰って来てくれた。

「私に言ってくれたんだ。いつか必ず戻ってくるから、それまで待ってて欲しいって。待ってる時間は長かったけど、それが、支えだったの。ずっと……」

 私、我儘だったよね。新一に置いてかれたと思って、自分の哀しみしか考えられなかった。
 耳を塞いで、あなたの言葉を聞こうともしなかった。凄く苦しめたと思うのに、そんな私に、あなたが言ってくれた言葉。
 それがあったからなんだよ。だから、あなたを信じる事が出来たの。淡いかけらを探して、そして見つける事が出来た。笑顔で、再会する事が出来た。

「だから、ね。新一……待つ為の支えをくれて、ありがとう」

 笑いかけると、新一は眼を見開かせて「”蘭”ちゃん……」って呟いた。
 最初は違和感だらけだったけど、最近ではちょっとだけ慣れてきたんだよ。
 昔みたいに呼び捨てにするのは、ちゃんと気持ちが戻ってきた時だって言ってた。新一と同じ声で、私にとって特別だった呼び方で呼ぶのは間違ってるからって。
 私の事、それだけ大切に思ってくれてるんだよね。




 ――いつか……いつか必ず絶対に、死んでも戻ってくるから……それまで蘭に待ってて欲しいんだ……――




 さっき私の名前を呼んでから、それっきり、何故か新一は黙り込んだ。俯いた新一に不安になってくる。具合でも悪いのかな?

「どうしたの?」

 覗きこんだけど、顔色が悪いわけじゃないみたい。

「……新一? ねぇ、大丈夫?」

 もう一度声をかけたら、俯いたまま黙りこんでた新一が、ゆっくり顔を上げた。
 虚ろな目で私を見つめた新一が、次第に眉間にしわを寄せて――突然、弾けたように、瞳を見開いた。











「………蘭」











 呼ばれた名前に、胸がおっきく鳴った。今度は、私が目を見開く番。
 いつ振りだっけ? その呼び方で呼ばれたのは……”ちゃん”は? 元に戻るまで、私の事は――

 自分の耳が信じられないよ。でも聞き返す前に、新一の手に腕をとられて、強く引き寄せられた。

「きゃっ」

 反射的に声をあげちゃった。引かれる力は殆どなかったけど、驚いて脱力してたから、そのまんま引き寄せられた。
 私の唇が着地した先は、新一の、唇の上だった。












「し、新一っ?」
「んな大切な約束、忘れてたまるか。ばーろ!」













 離れかけた唇も、また新一に引き寄せられちゃった。
 驚きに上げた声すら、新一の唇が吸い取っていっちゃう。さっきまでとは違う。口調も、呼び方も――
 力強くて、自信たっぷりの声――ホントに、思い出したの? 新一……









 数秒間、まるで磁石のみたいにくっついていた唇は、新一にゆっくり離された。
 じっと、まっすぐで真剣な目が、私をとらえて、射殺される。息ができないよ。固まったまま、こっから動けなくなっちゃった。

「新……一……」
「まだ、果たせてねぇんだよ」
「え?」

 まだ、動揺が収まんないよ。でも、新一は不敵な顔で笑ってる。

「俺、まだおめーにただいまも言ってねーし……おめーにも、お帰りって言ってもらってないだろ?」
「で、でもそれは……再会したその日の夜に……」

 すると、新一は首を振った。

「約束をしたのは”俺”だ」

 どういう意味? わかんないよ、新一
 首を捻ったら、新一は応えてくれた。
「まだ”俺”には言ってもらってないんだよ。約束を忘れてた俺にじゃなくて、ちゃんと約束を果たした俺に、言って欲しいんだ。帰ってきたって証を、形にして……」
「し、新一……?」
「言って、くれるよな?」

 真剣な新一の顔が、段々近づいてくる。目が離せない……また唇が重なりそうになって、新一の吐息が、口元にかかる。ダメ、私の心臓が耐えられない! さっきから、鼓動がうるさすぎるよ。
 え、ちょ、ちょっと待って! 唇塞がれたら、言えるわけないじゃない!
 混乱しきった私は、慌てて出した手で新一の顎を押さえた。で、勢いに乗ったまま、叫ぶように――

「お、お帰りなさい!」

 顎を押さえつけたまま、目をぎゅっとつむって言っちゃった。考えてみれば、これってキスを拒否しちゃったんだよね?
 機嫌損ねたかな? けど、恐る恐る覗きこんだ新一の顔は、柔らかく笑ってた。
「ありがとう」って小さく象った新一の唇が、優しい声を出す。

「ただいま、蘭……今までずっと、待たせてごめんな」

 耳にくすぐったく届いた懐かしい声の響きに、やっと実感した。
 ホントに、戻ってきてくれたんだ、新一――そんな心の入った優しい笑顔見るのも、凄い久しぶりだよ。
 じわーっと目元が熱くなった気がしたけど、ぐっと我慢したの。だって、凄く久しぶりの新一の顔、歪んだ視界で見たくないもん。

「ねぇ。私の、事……その……」
「覚えてるよ。おめーの事が、誰より好きなんだ俺は。その気持ちも、さっきまでただの記憶でしかなかった大切な思い出も……ちゃんと、俺の元に戻ってきたから安心しろ」

 自信たっぷりな、新一。ちょっと前まで、死んじゃったと思ってた新一が、今目の前に居る。

「だから、もう一回。な?」

 ねだるような新一に、ふぅ、と息を零した。もー、こんなに甘えん坊だっけ?
「ん」って唇を預けて目をつむったら、そっと触れてきた柔らかい感触がなんかくすぐったくて。
 ドキドキ、さっきから止められないうるさい鼓動には本当に困っちゃうけど、でも、幸せいっぱいの――












 ガチャッ!


「蘭、帰ったぞー!」





 ゴツンッ……カラカラカラ………









 ――そう、幸せいっぱいの、時間だった。
 一日仕事の筈だったお父さんが、何故か気配も見せずに帰ってきて、開けたドアの前でこの光景を見て、真っ白になるまでは。
 そして、お父さんの手から滑り落ちたそのビールのアルミ缶が、転がってきて私たちの足元にぶつかるまでは。





「なっ、なっ……!」

 言葉にならないみたいで、顔を引き攣らせて、震える指で私たちを指すお父さん。
 どうしよ。決定的な瞬間見られちゃったなぁ。隣の新一も、私と同じですっかり固まってるみたい。

「お、お父さんっ?」
「おじさん、なんでっ……」

 二人で叫んだけど、お父さんはそんな私達に答えを返すつもりもないみたい。
 言い訳しようと必死で考えたけど、それにも耳を貸そうとしないお父さんは、般若みたいな顔で新一をにらんだ。

「おいこら、新一、てめぇ……」
「ちょっ……」

 低い声で新一に歩み寄るお父さんを止める事が出来なかった。目の前で、怪我人の新一相手に柔道技使うお父さんは、いつもと違って凄い怖くって。
 苦労してお父さんを宥めたのはいいけど、回復は順調だった筈の新一が、二〜三日の絶対安静を志保さんに言い渡される事になっちゃった。
 その後も、新一とお父さんとの仲はずーっとギクシャクしたまま険悪な感じだった。





 ちょっとだけ申し訳ないなーとも思ったけど、そんな出来事に、ちょっとだけ幸せを感じちゃった私は、鬼、なのかなぁ?









「はい、あ〜ん」
「うめぇっ! これ、蘭が作ったんだよな!」
「そうだけど……ちょっと、新一! 赤ちゃんじゃないんだから。こんな事しなくても、自分でちゃんと食べられるでしょ?」
「まぁ、いいじゃねえか。おっちゃんの監視で、看病してくれてる以外、おめえと一緒に居られねぇんだよ」
「も〜っ」



 ぷぅ、と頬を膨らませた私に面白そうに笑いかけた彼の笑顔。つられて笑う私は、やっぱりとてもとても、大きな幸せに包まれていた。




















〜完 エピローグに続く〜










作者あとがき<(_ _)>

どうもどうも!朧月ですv
えっと、ですね。
今回何故か蘭ちゃん視点なのは、新一が本当の意味で帰ってきたこと。
それへの喜びが、新一視点にするより伝わると思ったからで。
大体からして、始ったのが蘭ちゃんだったでしょ?
終わりも、蘭ちゃんで締めた方が統一性もある気がしましたし。
でも、どっちもはずせなかったんだよなぁ^^;
新一視点からの方が、戻って来た時の事が書き易かったのは事実。
でも、結局出来上がったのは蘭ちゃん視点で。

さて。私の腕不足で分かりにくかった方居るかもしれない^^;
つまりね、元に戻った直接のきっかけは、”約束”だったのだけれど、
でもその前から、本のパワーで多分ちらりほらりと戻りかけてたんじゃないかなぁ^^;

前回予告したとおり、”愛”が詰まったお話だったでしょ?(笑)
なんだろうね。他のCPだとこんなに甘くなることあんまりないのですが。
(一部例外有り。高佐とか優有とか<笑)
新蘭だとね、私の新蘭は甘い雰囲気がお好きなようで。
シリアスに苦い苦いコーヒー飲んだ後は、あま〜いお砂糖で、召し上がれv
あぁ、でもあまりのギャップに吐き出さないでね(笑)
あぁっ!石が飛んできそうだ^^;

やっぱりね、シリアスな話は、不幸な分だけ最後とびっきりの幸せが欲しいんです^^私。
その幸せっていうのが、新蘭だと私の頭ではああなるみたいで(笑)
最初からべたべた甘いのってのは書けないのですけど、
シリアスの締めくくりが甘く終わる。
そんなお話が大好きなんですっ!(私が。)

最後につけた挿絵(笑)
新一の着てる服について詳しい話を聞かせてみろ!とか、
新一の顔と体のバランスについて、どうなってるのか説明しろ!とか、
蘭ちゃんのありえない手の形はなんだ!とか。
色々突っ込みどころは多いと思いますが^^;
なにとぞ勘弁を!!
本当は、唇と唇が重なるシーンについて描こうと思ったのですが(笑)

それにしても、かゆい終わり方やな〜^^;
”唇”って単語、多すぎっ>_<///
まぁ、次回は真面目に始まって(?)真面目に終わるので(笑)
どうぞ、また見捨てず見てやってくださいねv

残すところ、後EDだけなのですが、そちらも挿絵できたら頑張りたいです!
でも、今やらなきゃいけないイラストもあるしね。
こればっかりに時間取られるのも悪いから^^;
まぁ、そのとき出来なくても、また後でって手もあるしね^^
では、今回もありがとうございました!!
とりあえず、本章ではこれが最終話ということで。
次回の、エピローグ編も、短いですがどうぞお読みください!


○とーくたいむ

新一「……//////」
蘭「……////////」
新一「なんだよ、このかゆい文は!」
蘭「や〜っ!私、こんな恥ずかしい事しないわよ!!」
新一「俺だって、こんな恥ずかしい事言うか!!
  歯の浮くような台詞並べやがって!!」
蘭「新一?でも、あれ?今回は怒ってないの?」
新一「あ?ああ……えと、まぁ蘭とキスできた事だしな……」


朧「よかったでしょ!幸せでしょ!!ちゅーだよ!ちゅ〜っ!!」
蘭「ちょっ……そんな大声でっ・・・///」
朧「何で、新一とちゅ〜!!嬉しいでしょっ!?」
蘭「いい加減にっ」

ぼごっ!べきばぎっ!!ずぎゃあぁぁ!!!
(うちわけ:裏拳、中段、上段連続突き、右上段回し蹴り!!!)



朧@ぼろ雑巾「……なんで、けっきょく、こーなる、の………?」


きゅぅ〜(0▽0;〜〜〜(。▽。;;;





お粗末さまでした^^;
H17.8.19 管理人@朧月
H22.6.13 改稿