淡いかけら探して





 新着メッセージ、一通。


 ”初めまして! 俺黒羽快斗ってんだけど。
 工藤新一の知り合いなんだ。それでさ、あいつが、もし生きて今俺の家にいるとしたら、どうする?
 その事で詳しく話があるから、とりあえずメール返信して。”



 彼が、まさか生きているなんて、それは気休めでしかない筈の希望。本当に叶うなんて、これっぽっちも思っていない。
 淡い淡い、ほのかな希望の光。罠である可能性も考えたけれど――



 やっと目の前に現れた、確かな大きな光を、無視する事なんて、出来るわけがない。



 暫く無言でそれを見つめた少女は、メールの返信ボタンをクリックした。



”悪戯だったら、承知しないわよ。……工藤君に会わせて!”





 マウスで画面上に弧を描き、ゆっくり送信ボタンを押した。一〜二秒の処理をされた後、送信完了と出たメッセージを、彼女は緊張した面持ちで見つめた。



第七話、快斗、待ち人編〜それぞれの完結〜






 アスファルト仕立ての地面と、そのタイヤの摩擦音が耳に伝わり、そこに置いた手にも伝わる。
 押される車椅子が、たまに石に乗ってかたん、と振動する。

「――つっ!」
「あ、悪り」

 顔を歪めた新一に、快斗はすかさず謝った。
 最初多弁だった新一はどういうわけか黙り込んでいた。別に仲違いしたわけではない。ただ、快斗にとって嫌な感じの、静かな空気が流れていた。

 そんな事を後ろの男が感じている事など察してはいないが、黙り込んだ新一は、二つの思考にのめり込んでいた。
 一つは、勿論名前以外知らない仲間達。もうすぐ、ずっと待たせ続けた彼女や友人に会えるのだ。緊張混じりの待ち遠しい思いがある。

 高鳴る鼓動は、一刻一刻の時間の流れを、細かく正確に伝えていた。

 そして、もう一つ彼の思考を支配していたのは、それとは全く別のものだった。
 目が覚めた時から、気になっていた事があった。そして、時が経つごとにそれは確信に変わりつつあった。
 あの炎の中での記憶。そして、自分を助けたその男――後ろにいる彼の事をずっと考えていた。
 尋ねるべきか、否か――尋ねるべき言葉はあるが、助けられた負い目が邪魔をしていた。探偵である自覚をなくしても、変わらない性は存在するのだ。




 場所は変わり、毛利探偵事務所。

 一週間ほど前は、知らされた新一の死によって暗い闇に支配された。
 中に入って彼女に話しかけるだけで、笑顔で応対する彼女を見るだけで誰もが辛かった。
 帰ってくる筈がない彼を待つと誓った少女は、この一週間、明るく過ごしてきた。
 自分の弱い気持ちと闘って、無理にでも笑顔を絶やさずに。家事などもいつも以上にてきぱきとこなした。それが尚更、周りの目には痛々しく映った。けれど、今はそれすらもない。

 困惑する小五郎に見守られながら、つい先日までとは打って変わって、蘭の意識は虚空へ飛ばされていた。
 上の空で真っ白になった娘は、今日何枚目になるだろうか。洗っていた洗剤の泡まみれの皿を、パキンと割った。
 おかしくなったのは、前日の夜だ。彼女の元にかかってきた、一本の電話から。

 哀からの電話だった。受話器の向こうで珍しく動揺した様子で、冷静さを失った彼女が、一言目に言ったのだ。

「工藤君が、生きてるわ!」

 それを聞いた時は、頭の中が真っ白になった。驚きや困惑。
 その希望を作りだしたのは自分だが、いざ聞かされると混乱してしまう。

「それ、どういう……事?」

 説明する哀の声を、呆然と下頭で上手くとらえきれずに、何度も聞き返した。
 嬉しい報せだけでもなかった。彼は、自分達に会ってもわからないかもしれないと教えられた。

 電話を切ってから、ジワリジワリと嬉しさが湧いてきた。
 とりあえず死んだと思っていた彼が生きていて再会できるというだけでも大きな幸せである事に相違ない。だが、大怪我をしているらしい彼の事が、身が裂ける程心配だった。
 竜巻のように渦巻いて、押し寄せてくる沢山の感情に対応しきれずにいた。完全に真っ白になった思考回路はすっかり遮断されてしまったのだ。

 その日小五郎は、危うく英理以上にとてつもない料理を食べされかけて蒼くなった。かと思えば、その後娘が「明日新一に食べさせる」と言って作ったレモンパイの味見をした感想は絶品だった。
 意識がふわふわ遥か彼方に飛んでしまった娘を、小五郎は心配そうに送り出した。





「……和葉、お前も来るか?」

 尋ねた彼に、和葉は「当たり前や」と答えた。

 驚きに満ちた顔で電話をしていた平次が、話を終えるなり言った。死んだ筈の工藤が生きていると。
 深いかかわりではなかった自分も、いつの間に感情を移していたのか。聞いた時は、動揺と嬉しさで困惑した。

 最初聞いた時は、二人共行くつもりなどなかった。自分達は後で会えればいい。一番彼に会いたかった彼女が真っ先に会えばいいのだと。 しかし、受話器の向こうの彼女は、予想に反して、来て欲しいと言った。皆で出迎える必要があると懇願してきたのだ。
 平次は決意して、用意した飛行機のチケットを幼馴染にも渡した。

「ほな、行くで!」

 漫才コンビ兼カップルが大きな翼を広げたその飛行機に乗って、大阪から東京へと旅立った。





「蘭ちゃん! 和葉ちゃん!」

 工藤邸の前で談話をしている彼らの元に、ひときわ明るい声が届いた。手を振って笑顔で走り寄ってくる彼女に、心が癒された。
 彼女は明るい人だ。息子を失った哀しみの面影はまるでなく、会える事のみを純粋に喜んでいるようだ。
 出迎えた皆に、彼女は明るく微笑んで言った。

「ごめんねーっ! 優作はどうしても来れないみたい。原稿の締め切り、いつもすっぽかすくせに、こんな時に限って」

 ため息混じりに言った彼女は、走ってきて乱れた髪を簡単に整えながら、工藤家の中を覗き見た。

「まだ一週間しか経たないのよね。優作、新ちゃんの葬儀の時、何でも無さそうな顔してて、その後も仕事ホイホイこなしててちょっとむっとしたけど、多分、あんなのが優作の愛し方なのかなって」

 彼女は苦笑をこぼしながら伝えた。

「あっ、約束の時間って何時?」
「えっと、もうすぐですよ!」
「じゃあもうすぐ新ちゃんに会えるのね! ありがと、蘭ちゃん」
 にこやかに礼を言った彼女とて、当然混乱している。けれど、元女優の強さは簡単に崩れるものではない。
 白濁した空にばっと太陽の光が注ぐように、明るい彼女の出現に、場の緊張感は微かにほぐれたようだった。

 直に来る彼を、全員そこで待った。
 死んでいたと思っていた彼が帰ってくる――。一分が一時間にも感じた。
 待ち遠しい、早く会いたい――本当に彼に会えるのだろうか、普通に接する事ができるだろうか。胸中は複雑だ。
 喜びと不安と、対比する気持ちが、更に時間の感覚を狂わせていた。






「なぁ、黒羽……」

 車椅子は、一定の速度を保ち押されていた。
 車椅子上の彼が「あと何分でつく?」と尋ねた時から、会話は途切れ黙り込んでいた。そんな彼が、低い声で徐に沈黙を破った。
 成就する再会の前に、快斗と一緒に居る事が出来る限られた時間の中で、どうしても確認したい事があったのだ。

「あん?」

 興味なさげな軽い口調で応えた快斗だが、心中はそれをは裏腹に緊張していた。

「ずっと、考えてた。昨日お前の話を聞いた時から……いや、もっと前から」

 車椅子が動く音に混じりながらも、彼の声は明瞭に響いた。
「なんだよ?」と怪訝な顔で、快斗は言った。

「俺、言っただろ? リアルに覚えてるのは、あの爆発の時の………」
「ああ、言ってたな。けどぽつりぽつりと、だろ?」
「そうなんだけどな。お前に言ってない事も、覚えてる事があるんだ。一つ」
「何だよ?」

 聞き返す彼の口調が、先ほどよりも微かに荒くなる。俯いた新一の思いつめたような話し方が、やけに緊張を誘った。
 少々真面目になった彼の面持ちは、ポーカーフェイスだけれども、微かに緊張を写していた。

「あの時――熱くて燃え盛る炎の中に居た時、最後に白い衣装を見たんだ。見覚えがあるような衣装だった気がする」

 ぴくりとその言葉に反応した彼は、ゆっくり車椅子を止めた。

「………ほぉ。それで?」
「後で、お前んちで新聞見て確信した。あれは、怪盗キッドって奴だったんだって」

 そこまで話すと、新一はふいっと、後ろを向いた。真顔の快斗の顔が、そこにある。

「お前は、俺を助けたっつったけど。それが本当なら……お前は…………」
「なぁ、後でいいんじゃねぇか? んな話」

 にっこりと、営業要素を秘めたスマイルで、快斗は話を遮った。
 新一は小さく息をついた。確かに再会だけを優先したい思いはあった。だが、新一は首を振る。

「本当に後が存在するのか?」
「何が?」
「お前さ、俺を送り届けたら、そのままトンズラするつもりだったろ?」

 一瞬黙った快斗は、小さく口角を持ち上げた。

「……何でそう思う?」
「何か、遠いと思ったんだ。さっきから。道覚えられないように、遠回りしてただろ。お前が俺と、もう会いたくない証拠だろ? なら、今のうちに解決しなけりゃならない。お前と話せるのは、今だけだから」

 ふっと笑った快斗は、不敵な笑みを見せる。神出鬼没の怪盗のものだ。
 当てられた事、焦りもあったけれども、嬉しさもあった。大切なモノを無くしても、そこに居るのは自分がそう呼んできた『名探偵』と相違ないのだ。

「だったらどうします? 名探偵………」

 尋ねると、彼は少し考えこんで答えた。

「どうもしねぇよ」
「あん?」
「助けられたのは事実だし、ここに置いてかれても困るし、俺を送ったまま帰ってこなかったら、青子ちゃんだって心配するだろうしな」
「ほー……」

 短く応える彼の顔を、新一はじっと眺めた。

「ただ知りたかっただけだ。俺を助けたのが、本当は誰なのか。お前は俺の事、俺自身が知らない事まで知ってたからな、フェアじゃねーだろ?」

 ”知りたかっただけ”探偵としての好奇心は、変わらなく存在している。最も出会いたくない恋人であり、最も失いたくないライバル。
 きっとこの男は大丈夫だと、そう確信する事ができた。そんな気持ちがあるのであれば、きっと彼女達のことも――ふっと笑って、快斗は答えた。

「じゃあ、待ってる彼女達に大しても、その気持ち大切にしてくださいよ。名探偵。ほら、そこの角を曲がったら、もうおめーの家だ」

 快斗は、肯定も否定もしなかった。返事なんか関係なく、そこに座る彼は気付いているのだから。

 怪盗キッドと黒羽快斗、そんな二つの顔を知っているのが、自分の一番の宿敵というのも、悪くはないのかもしれない。そんな事を心の中で考えながら、三十メートルほど先にある、曲がり角を指差した。

「……こんな会話も予測してたのか?」
「うん?」
「お前に時間聞いた時から、ぴったり五分だ」

 腕時計を指差した彼に、それを見た快斗は悪戯な笑みを浮かべた。

「さぁ、どうでしょう」

 彼はそう言いながら、辿り着いたその角をくるりと曲がった。



 家の前に沢山集まった人々が、恐らく自分の知り合いなのだろうと新一はすぐに直感した。
 一番最初に目があったのは、長い黒髪の少女だった。歳は新一と同じ位だ。彼女は元から大きな目を更に見開いて、彼女はじっと新一を見つめた。
 他の人達の顔も見ようとしたけれど、彼女の瞳から目が離せなかった。ゆっくり、じんわりと彼女の瞳に涙が浮かぶ。

「……しん、いち……」

 震えるような小さな声で、彼女はぽつりと呟いた。
 俺の名前だ――と、新一が認識する前に、彼女はふらふら下足取りで、一歩一歩引き寄せられるように歩みよってきた。

「しんいち……新一ぃっ!!」

 キミは誰? と尋ねる間も、何かを話しかける間も許されず、彼女に抱きしめられた。
 まだ回復したわけではない怪我が、きつく痛んだ。突然抱きしめられて驚いた弾みに突き放そうとしたが、出来なかった。
 抱きしめてくる彼女の手が、震えている事に気付いたのだ。

「あ……の……」
「いいから!」

 何か話しかけなければと思ったが、彼女に黙らさせられた。
 頭も肩も身体も、ぺたぺた触られた。そして抱きしめる手を緩めた彼女は、今度はじっと新一を見つめた。

「ねぇ、本当に、新一なの? ……もっと、よく顔見せて?」

 何度も顔を触って確認した彼女は、何度も「新一」と呼びながら、じっと見つめてきた。
 溜まった涙が零れ落ちそうになるたび、彼女は何度も瞳に溜まった涙をぬぐった。

「……”蘭”、ちゃん?」

 ぽつりと呟くと、彼女の肩が強張り、震えた。彼女の困惑した顔から、ついに大粒の涙がこぼれおちる。

「そう、だよ。私の事、分かるの?」
「……いや。でも、全部忘れてるわけじゃないから、君が絶対、”蘭”ちゃんだと思った。やっぱりそうだったんだな。分かってやれなくて、ごめんな」

 すると、彼女の顔が若干曇った。けれどすぐ、彼女は張り裂けそうな笑顔を作った。

「”蘭ちゃん”か。うん、寂しいけど――でも、いいんだ私。死んじゃったって聞いてたんだもん。生きて帰ってきてくれただけで満足よ。ちょっとずつ思いだしてくれればそれでいいの。色んな事、沢山教えてあげるから」

 彼女は涙を流しながら、ポツリポツリと震える声で話した。恐らくとても混乱しているだろう、上手く整理できていない様子の言葉だ。
 震える下唇を噛みしめた彼女は、ぎゅっと瞳を閉じた後、上目遣いで新一と目をあわせる。

「生きててくれて……ありがとう、新一……っ」

 絞り出すような彼女の声が、耳に届いた。涙でぐしゃぐしゃになっている顔を、新一はじっと見つめていた。

「……心配かけて、ごめんな。……待っててくれてありがとう」

 どうやったら、彼女を落ち着かせる事が出来るのか――昔の自分ならどう慰めていただろう、とか。色々考えても答えは出ない。
 せめて、再び優しい視線を彼女に向ける。

「俺の記憶の事、聞いてる?」
「うん、詳しくは分からないけど……」

 答えた彼女に、一瞬だけ目を伏せて逡巡した。

「俺さ、”蘭”って子が好きだったんだ。それははっきり覚えてるよ。今はそういう気持ち忘れちまったけど、でも可愛いと思ったし、想像通りの人だったよ」
「……うん」

 彼女は、悲しげに返事をした。
 彼女の後方でそれを見守る人達も、真後ろで車椅子を押さえている快斗も、二人の会話を邪魔せずに黙って見守っている。
 一呼吸置いてから、新一はゆっくり微笑した。

「俺本当は、会いたい気持ちと、会いたく気持ち、半々だったんだ。会っても、今まで通り接する事は出来ねーから。けど後ろに居る奴が気づかせてくれたんだ。壊れちまったもんは、また作り直せるって」
「うん、そうだね」
「……だから、もう一度俺に、君を好きになるチャンスが欲しいんだ。今まで待たせたと思うけど、もう一度だけ、待っててくれるか?」

 そこまで話すと、驚いたように目を見開いた彼女だが、一瞬でその顔には綺麗な笑みがかたどられた。

「……うんっ。私ね、待つの得意なのよ。伊達にずっと待ち続けたわけじゃないんだから」

 恋なのかどうかは別として、笑った彼女の笑顔には愛しさがこみ上げた。
 心の中から、温かいものが湧きあがってくる。

「……ありがとう」

 返事をした新一自身、穏やかな笑顔が灯っていた。
 余裕が出来たからだろうか。それまで彼女で支配されていた視界の隅に、後方でほほえましいものを見るような眼をしていた彼らが映った。

「彼らとも挨拶したいんだ。……いいかな?」
「あ、うん。そうだよね……」

 彼女が慌てて新一から手を離すと、快斗はそれにあわせたタイミングで車椅子を前に押した。
 進む速度に沿って蘭は新一の隣を歩く。

「何や何や! 感動の再会、もう終わったんか?」

 第一声を上げた彼には、心当たりがあった。
 関西弁で色黒の、炎の中で叫んでいた声や姿と重なる。

「あの時、俺と話、してたよな?」

 新一が話しかけると、彼は微かに眉をひそめた。

「何や、覚えてるんか? 言うとくけど俺はなァ、あの姉ちゃんみたいに甘くはないで? 生きとったら、絶対一発殴ったろて思ってた所や。あんな勝手な伝言残しよって!」
「えと……ご、ごめん! あの……」

 掴みかかって気相な勢いの彼に、わけもわからず慌てて謝った。
 すると、彼は戸惑った顔で視線をうろつかせた後、大仰にため息をついた。

「別に、ホンマに殴ったりせんから安心せぇ。そんな傷だらけな人間に手ぇあげてしもたら、殺人者にもなりそうや」
「……わ、悪い」

 不満そうに話す彼に、新一は苦笑しつつ答えた。
 そして、その彼の後ろから急に顔を出した女性に、力強く抱きしめられた。やたらと、明るい雰囲気で。

「しーんちゃん! 蘭ちゃんの事はやっぱり分かったのね! 偉いわ!」
「あ、えと……」
「ちょっとォ、私が分からないの? 薄情ね。血を分けた親子でしょ〜?」

「全くもう」と彼女は頬を膨らませた。

「あ……俺の、母さん?」
「もう、今度忘れたら、承知しないからね?」

 言いながら、彼女は再度、今度は優しく新一を抱きしめた。いつだって明るい彼女の瞳に、珍しく涙が滲んでいる。

「優作は……あ、優作分かる? お父さんよ」
「あぁ、はい」
「優作は来れないんだけどね、これ」

 彼女がバックから取り出したのは、一冊の小説だった。背表紙を見ると、著者名が記されている。工藤優作――と。

「これ、父さんの小説?」
「一応推理小説だけど、新一の為に作った話みたいね。優作、沢山仕事とったけど、その合い間にそれ作ってたのよ。日本には行けないけど、渡してくれって」

 ”平成のホームズへの挑戦”
 本には、綺麗な書体で書かれていた。その主人公、というのはもちろん――

「……これ、一日で作ったんですか?」

 生きていると報告したのは、前日の事だ。分厚い本を見て驚きの声を出した彼に、有希子は「まさか」と笑った。

「一人前の探偵になったら、渡すつもりだったらしいわよ? でも、今回は何かのきっかけになるだろうからって。無事生還した息子への、プレゼントだって」
「……後で、ゆっくり読みます。ありがとうって、伝えておいてください」

 受け取った本を、大事そうに膝に置くと、視線を感じてちらりと右を見る。
 先ほどからやけに遠慮深く彼を見つめていた少女は、そっと彼に歩み寄り、困惑しながら一言呟いた。

「工藤君、ごめんなさい……」

 首を傾げながら、彼がその顔を覗き込むと、少女はまた言った。

「あなたがそんな目にあったのは、九割方私の責任よ。だからずっと謝りたかったの。もっとも、あなたはよく覚えてないかも知れないけど……」

 彼女は、目を伏せ、じっと黙り込んだ。茶髪が風にふわふわ揺れている。

「私、あなたが助けてくれたお陰で、こうして生きていられるわ。全てが終わって、また新しく歩き始める事が出来るのも、あなたのお陰よ。……だから、工藤君、助けてくれてありがとう」

 ふわり微笑んだ笑顔は、彼女が今まで生きてきた中で一番柔らかいものだった。
 メールを受け取った哀は、喜び困惑しながら新一に関わる全員に連絡をしたのだ。
 一通り簡単な話を終えると、蘭の手がそっと新一の肩に触れた。

「新一、身体に障るだろうから、詳しい話はゆっくり家に入ってからにしよ? 新一が無事だって聞いて、レモンパイ作ったんだよ」
「ああ、ありがとう」

 穏やかな笑みを浮かべた彼は、皆に囲まれ工藤家の門をくぐった。
 快斗はいつの間にどこかに消えていて、車椅子には【これからはそっちで失われた時間取り戻せよ!】と書かれた紙が貼られていた。

「ったく……アイツやっぱり逃げやがって」

 ため息混じりにぼそりと憎まれ口を零しながらも、心の中で一週間分の礼を言った。
   そして、新たな仲間達と工藤邸で、ぎこちなくも穏やかな時間を共にした。



 淡いかけらさがして、長い時を過ごしたそれぞれの思い。他から見ればほんの一週間だが、そこにある想いはとても深いものだ。
 一度は、哀しみに落とされた彼の死が、また一つ彼女達の心に、強さと絆を作った。
 いつ終わりが来るか分からない日々だった。
 長い時間、それぞれのかけらを胸に閉じ込めて、いつか形をもって、目の前に現れる事を信じて。



 やっと、やっと一つになったかけらの光は、強く強く輝いて。
 探しつづけた一週間、何よりも長かった時間を超えて、やっと、そこにちゃんと形をもって、現れた。



 とても淡いけれど、とても強いかけら――



 やっとそこに、見つけた。












〜最終話へ続く〜









作者あとがき^^v

今回は、ですね……今まで誰かの視点からのお話だったのが、こういう形に。
というのはね、蘭や哀たち始めとする『待ち人』と、
そこへ向かう快斗と新一の二つの場面を描く関係で、
きっぱり視点を決めて描くのが困難だったのです><;;
でも、視点をはっきりさせてない変わりに、待ち人達の思いの完結、という形で。

もってくる必要もないかなぁと思ったけど、どうしてもいれたかった、快斗&新一のシーン。
快斗出すときから、新一には気付いて欲しかったんですよ。
やっぱり、新一が名探偵では変わりない事実、というものが欲しくて。
町ですれ違っただけじゃ判らなくても、実際に話したり、接したりしたら、
その彼こそがキッドなのだ、と気付いて欲しい……という思いで。
ただし、もちろん炎の中で見たキッド以外は、新聞やらテレビやらから入って来る、
メディアからの情報でしか、新一の感覚ではキッドと対面していないのですけど……
けれどね、快斗がこのまま誰だか分からずに曖昧に終わったら、
それは全ての解決にはならないだろう、という事で。
快斗にとっての完結も欲しかったのですよ。この話では。
ただ、これ入れるの相当苦労しましたけどね^^;どう扱おうか、と。

そして、再会……
この話、素直に『再会編』でもよかったんですよ。
でも、もちろんこの回が再会編になる事はわかってはいても、
タイトルからしてそれじゃあ、目に見えすぎてて読む気なくすかなぁ、と(笑)
だから、皆それぞれへの完結の道を作りました^^
蘭、平次、哀、そして有希子(+α優作)。
一人一人の、彼との再会を、というわけで。
そして、未だ終わらない、最後のかけら。
それが、次話での、この話の一番柱の役割をしていた、新一自身のかけら。
次話は、恐らくこの淡いかけらシリーズの中で、最も幸せで愛溢れたお話になる事でしょう(笑)
今までとのギャップの大きさに耐えていただけるやら(笑)
なんたって、やっぱりねぇ。
長年(?)の鬱憤が溜まってますから(笑)

さて、次話で淡いかけらは最終話。
その後、エピローグとしての話も用意してありますv
もう残す事僅かですが、最後までどうぞお付き合いくださいませv
それでは、今回も読んでくださいまして、ありがとうございました!!
次回もまた、よろしくお願いしますっvv


○とーくたいむ

新「ふざけんな、俺が蘭への想いを忘れるわけねーだろ!」
蘭「だから、新一が悪いんじゃないわよ!!」
新「まぁ、そうだよなぁ……」

(ぎろっ

朧「びくぅっっ……っっ!!」

蘭「ね、悪いのは……」(空手構え)
新「ふっ……」(大人用射出ベルト装着)

朧「……わ、悪いのは……だぁれ?」(にこぉ……;;)

蘭&新「「誰だと思う(のよ)!!」」

朧「がぶっ!ぶはっ!!げはぁぅっ!!!」

朧「………ねぇ、お願いよ………幸せになりたいなら最後まで私を生かしておいてくださいな……」

新「おめーは死なねえだろ、こんくらいじゃ。」
蘭「私と新一が誰か殺すわけないでしょ?」

朧「しょ、しょんにゃぁ(そ、そんなぁ)……」(ぱたり<気絶)





お粗末さまでした^^;
H17.8.17 管理人@朧月
H22.6.12 改稿