淡いかけら探して

第6話 新一編





 細いタイヤがカラカラ音を立てて地面を転がる。後ろで押してくれる彼と交わすのは、さっきから他愛もない話ばかりだ。

 ドキドキ、次第に強くなってくる拍動を抑えきれなかった。向かう先は、皆が待つあの場所だ――。








第6話 新一編〜〜消え、失ったもの〜〜






 苦しかった。体中を支配する熱さと、激痛と、自分のもんには到底思えねーような身体の重さ。呼吸も上手く出来ずに、布団の重みにさえうなされた。
 今、俺は眠っているのか――それを自覚した時、起きなきゃと思った。けど、重い瞼を無理して持ち上げたその場所は真っ暗だった。
 暗さと霞む視界のせいで、自分がいる場所が分からない。
 だりーな、と思いながらも、ゆっくり起き上ろうとすると、身体の芯から大きな痛みが全身に走った。

「ぐっ!」と呻いた後で、再びベッドに沈む。俺はまた、深い眠りに落ちた。






 二度目に目を覚ますと、今度は明るかった。今が朝で、前の時が夜だったっつー事は普通すぐ分かるんだろうけど、こん時はどうして明るいのかすら理解できなかった。

「あ〜っ、目覚めてるっ!」

 ――っ! 耳元で響いた甲高い声が、痛みを増長させた。思わず顔を顰めて、その元を探ろうと視線を横に向ける。
 目の前に乗り出してきた明るい顔の彼女は、人懐っこい笑顔を俺に向けた。

「気分どう? あっ、ちょっと待っててね〜」

 出て行った彼女の後姿をぼんやり眺めながら、考えた。
 歳は多分、少し幼くも見えるけど、高校生ぐらいってとこか。身につけてる制服も、中学より高校っぽい感じだな。
 顔は見た事ある気がすんのに、会った事はないような……よくわかんねー女の子だな。
 勝手な第一印象を抱いていると、足音がぱたぱた聞こえてきて、さっきと同じ彼女が今度は手に水を持って入ってきた。

「のど、渇いてるよね? 飲める〜?」

 気遣うような口調だ。……のど? そういや、渇いたな。  よくわからずに、首をゆっくり、縦に一つ振った。すると、彼女は「じゃあ飲ませてあげるね」と言いながら、俺の身体を優しく持ち上げて口元にコップを当てる。
 シチュエーションが気に食わねぇな。そう考えながら、表情がひきつっていくのを感じた。
 鈍そうに見える彼女は、敏感に俺の顔色を察したらしい。苦笑いして、手が止まる。

「ごめんね? こういうの、嫌がる人だって聞いてたんだけど、でも多分自分では身体動かせないから」
「……お、俺、どっか病気なの? 身体がすげー痛くて、だるくて、重いんだ」
「病気っていうか、体中酷いけがしてるんだよ。熱もずっと下がらなくて、ちょっと前に測った時に九度あったから、今もかなり辛いでしょ〜?」

 …………あぁ、そっか。それで俺身体動かせねーのか。頭ん中がぼーっとしてんのも、納得だ。

 流し込まれる水は、少しひんやりして、飲み込むのに所々ズキズキ痛んだ。けど、少し慣れればこの痛い冷たさも気持ちがいい。数年ぶりに飲んだ水のようにさえ感じた。
 あれ? そう言えば前に何か飲んだの、いつだっけ? ……どうでもいっか、そんな事。
 逡巡してるうちに、めまいが酷くなってきやがった。頭がくらくらする。熱が上がったのかもしれねーな。

「ねえ、だ、大丈夫?」
「ん……ああ」

 心配そうな瞳に覗かれて、少しだけ現実に引き戻された。
 ふわふわする視界の中に彼女を映すと、また気遣うような微笑を返された。

「無理しちゃダメだよ。生きるか死ぬかって位重体だったんだから。怪我した時、覚えてる?」
「……え?」
「えっと、テロか何かに建物爆破されたとか言う事件があって、それでね、その時偶然巻き込まれちゃったんだって。ニュースでもやってたけど、凄い爆発だったんだよ?  大怪我した所を、たまたま通りがかった私の幼馴染が助けたの」

 テロ? 爆発? 何だそれ――?
 彼女の説明が、まるで呑み込めない。

「……思い、出せない。それで俺こんな怪我を?」
「うん。もうずっと寝てたんだよ〜、三日も。病院行ってたらもっと早く気づけたかも知れないよね、症状だって少しは良かったかもしれないし。連れてくべきだよって言ったのに、アイツ意味分からない事言ってそれはダメだって」
「……"アイツ"?」
「あ、うん。あのね〜。もうすぐ帰ってくると思うんだけど、あ!」

 彼女が話す途中に、下の方でガチャッと音が聞こえた。
はっとした彼女が「帰って来た」と言って、パタパタ下に降りてゆく。下から、何か話し声が聞こえた後、間髪居れずそいつは入って来た。

「……誰?」

 少しぼさついた髪。幼馴染って言ってたように、彼女とは同い年ぐらいの高校生って所だろうな。
 やっぱり見覚えがあるようなないような、戸惑いながら尋ねると、そいつは観察するような眼で俺を見つめた。
 ふっと、そいつの口元に不敵な笑みが浮かぶ。

「よぉ、目覚めたのか? 名探偵……」

 ……少し低めで威圧感を感じさせる声と、挑発的な目。……何だ? こいつ。
 一歩、一歩と歩み寄ってきて、そいつは俺に言った。

「俺は、黒羽快斗。一応おめーの恩人だから、感謝しろよ」

 むかつく態度だ。初対面の筈なのに、どっかで会った事もあるような気がする。

「お前、何者だ……?」

 警戒しながら、俺も声を低くして尋ねた。すると、今度は楽しそうな軽口が返ってくる。

「……だから、黒羽快斗ってちゃんと名乗ってんだろーが! これだから探偵って奴は疑い深くて叶わねーな」





 第一印象は、最悪な奴だった。





 それから、色々話を聞かされたよ。俺が爆発に巻き込まれたっつー状況やら、とにかく色々と。でも、何度聞いても何も思い出せねーんだ。どうして俺がんな事に巻き込まれたのか、どうしてそんな所にいたのかさえ。
 ぼんやり頭に残ってんのは、熱く真っ赤に歪む視界と、地に響くような大きな音と、焼けるような胸の痛み。歪んだ視界の中で涙を流す誰かと、また別の誰かの怒った声。そして――、っつ!

 ズキン! と響いた痛みに、思わず頭を押さえた。くそっ、呼吸まで苦しくなりやがる……!
 何度考えても、ここまでしか覚えてねーんだ。これ以上を考えると、頭痛が邪魔してきやがる。
 起きた時教えられた通り、軽い怪我じゃないんだと。全身の傷はどれも酷くて、尋ねてきた医者からはきっぱり絶対安静だと命令された。
 意識が戻って二日も経てば、何とか身体を起こせる程度には回復してたけど、奇跡的な回復力だって驚かれた。病院で適切な治療も受けてねー患者には見えねーんだと。それでもまだ、ベッドの上だけで上半身を起こせる程度で、立ち上がる事すら出来ねー状態だ。
 こんなに酷いのに、病院にもいれてもらえないのはいささか不自然だな。

「よぉ、名探偵!」
「黒羽……」

 馴れ馴れしくも、人懐っこそうな笑顔で部屋に入ってきたそいつは、俺を見るなり楽しそうに言った。
 二日間、こいつとも色々話したけど、最初持った印象とは真逆の人格してるみてーだ。こんなオープンな人格とは思わなかった。はっ、名探偵っつっても大した事ねーな俺。最初のこいつ、一体何だったんだ?

「ほれ! 名探偵の好物、差し入れだ!」

 ぼすっ! 音をたててベッドの上に置かれたのは、推理小説だった。――シャーロックホームズか。無表情なまま、タイトルを目でなぞった。

「あれ? どうした、気に食わなかったか?」
「……いや。ただ、その名探偵って呼び方辞めてくれねーか? 何か、違和感あるんだよ。俺、今探偵じゃねぇもん」

 微かに寂しげな表情を返す黒羽が何を考えてんだかよくわからねえ。でも、名探偵って呼ばれる度に胸ん中にしこりみてーな感情が生まれるんだ。
 俺自身それがなんなのか――いや、責められてるようにでも感じてんのかな、俺。

「じゃあ、なんて呼べばいいんだ?」
「……工藤とでも呼べよ。俺の名前だろ?」

 俺の名前――工藤、新一。十七歳の元高校生探偵。間違いじゃない。俺はちゃんと知ってる。
 黒羽は少し考え込んでから、仕方ないとでも言いたげに笑ってため息交じりに「分かった」と答えた。

「じゃあ工藤。何か戻ってきた事は?」
「……今のとこ何も。なぁ、まだ連絡いれちゃダメなのか?」
「ダメだ。それは、ちゃんと元に戻るか、せめてもっと身体が回復するまでな」

 はっきりそう言われて、唇を噛みしめた。
 早く会いたい――なのに、俺はまだ、俺の知りあいという人達には誰にも連絡を入れてないんだ。 黒羽は最初、俺が目を覚まし次第多少危険でも知りあいへの連絡は取らせてくれるつもりだったらしいけど、状況が変わっちまった。その事実に気付いたアイツは、深刻に考え込んでから知りあいとの連絡を却下した。

 最初は、俺自身気付かなかったんだ。変な感覚と違和感だけが脳内に引っかかってた。起きた時俺の中にあったのは、無機質で感情のない記憶だけだった。
 無機質で感情のない記憶って聞いた所で「はぁ?」って首を傾げるのが普通の反応だろうな。現に俺も最初そうだった。他に説明できる言葉が思いつかねーのは悪いけどよ。

 原因もはっきりしねーんだ。爆発で負った怪我の影響なのか、黒羽がもう一つの心当たりだって教えてくれた、解毒剤の影響なのか。
 記憶障害の一種なんだろうな。っつっても、思い出せねーのは爆発事件の記憶だけ。俺は自分の名前も生い立ちも知ってたし、知り合いの名前も覚えてた。問題は俺にとってのそれが、ただの知識でしかなかった事なんだ。

 名前を知ってる奴らの顔を思い浮かべようとしても、全く出てこない。感情の伴う思い出は何一つ残っていない。知り合い皆、現実的じゃない、小説の登場人物紹介欄に載ってるものみてーな、プロフィールだけ教えられた知らない人なんだ。 誰かと共有している自覚のある思い出も今の俺には存在しない。俺がそいつにどんな感情をもって接していたのかも、わからねーんだ、どうしても。知っているけど、実感がわかない。
 俺自身がうまく説明出来ねーんだ。こんな妙な感覚、誰にも理解してくれなんていわねーよ。

 失ったのは、今まで見た映像と、色んなものに色んな形を向けてた、感情や心だ。



 昔興味があったらしい推理小説も、サッカーも、推理も、今の俺じゃ何の感情も湧いてこねーよ。今、黒羽が好物っつって買ってきたコナンドイルの小説だって、好きだった事実は覚えてるけど、特別な感情は抱けない。まぁ、暇つぶし位には面白いと思うけどな。
 モノや他人の事だけじゃねーぜ? 俺自身も、まるで文字だけで簡潔に教えられた、登場人物みてーだ。鏡で見るまで顔も忘れちまってたらしい、リアルとは程遠い記憶だな。

 ――ただ、一つだけリアルに残ってた記憶もある。少し前に話した気がするけど、ぼんやり頭に残ってた映像――あれは、多分爆発事件の時のもんだ。あれだけが、やけにリアルで色んな感情を残してやがる。

「黒羽、俺は早く何もかも取り戻してーんだ。心配かけてた奴沢山いるだろ? そいつらの事早く思い出してーんだ。何で写真も見せてくれねーんだよ。顔見たら、判るかも知れねーのに!」
「だから、それは直接会って見ればいいだろ。写真で見るより、その方が思い出す確率は高いんだからな」

 こんな会話ばかり、何度交わしただろうな。黒羽は、知り合いの彼女達の写真すらも俺に見せてくれようとしねーんだ。感情がなくても、会いたい気持ちだけは確かにある。それなのに、もっと回復したら会わせるから、そん時改めて心にインプットしろ、の一点張りだ。
 ――分かってるよ。黒羽の言葉は、確かにその通りだ。写真で変な先入観は抱かねー方がいいのかもしれねーけど。

「でもな、早く会いてーんだ。……"蘭"ちゃんに」

 ”蘭”ちゃんってのは、俺が好きだった女の子の名前だ。恋愛っつー感情が消えただけで、彼女の顔が思い浮かばないだけで、存在は覚えてる。どんな子なのか、早く会って話がしてーんだ。
 俺がこんな状態で、きっとすげー心配してるだろ。会ったら、まず彼女に謝りたい。心配かけた事と、思い出をどっかに忘れてきちまった事と。

「まぁ、会ったら案外感覚戻ってくるかも知れねーぞ。それだけ意識してんだからよ」
「……そうか?」
「無理でもよ、またもう一回同じ感情抱けばいいんじゃねえか?」

 こういう事を、すげー軽い口調で、明るく言うんだこいつは。好きである気持ちを忘れたなら、また好きになりゃいいってな。
 最初は、簡単に言うんじゃねーよってむっとした。けど、考えなしの言葉じゃねー事がようやく最近分かってきたんだ。これは、こいつのいい所なんだって最近はそう思うようになった。

「ありがとな、黒羽」

 慣れねー言葉だけど素直に言えた。ああ、そういや最近も誰かにこんな事言った気がするな。覚えてねーけど。
 目を丸くして俺を眺める黒羽は、気恥ずかしそうに頬をかいた。

「珍しいじゃねーか? 礼言うなんて」
「うっせーな。人を何だと思ってんだよ」
「少なくとも、俺が知ってるお前は相当薄情な奴だな」
「…………さっきの、取り消していいか?」

 あー、礼言って損した。けどまぁ、話し相手はこいつ位しかいねーし、こんな会話でも結構楽しめるけどな。後は、たまに尋ねてくる青子ちゃんっていう子位――
 あ、そうだ! 分かった事がもう一つ。彼女と黒羽、両想いだって事にも気づいたんだ。本当の知り合いの事より、こいつらの事の方が詳しくなるっつーのも問題だけどな。





 更に二日経った頃には、何かに掴まって立ち上がれる位までは回復した。身体中の痛みも元に戻らねーけど、それでも、凄い回復ぶりだろ?

 あいつの口からやっと許しが出たのも、そんな時だ。
 いつも通り、回復具合を見に来たらしい医者とドアの外で数口話した彼は、今までで一番明るい顔で俺の部屋のドアを開けた。

「なぁ工藤! おめー車椅子ならもう平気だな?」
「あ? ……そう、だな。多分」
「じゃあ、喜べよ! おめーの知り合いに連絡とってやる」

 ――ドクン。心臓が高鳴った。
 最初に感じたのは、素直な喜びだよ。当たり前だろ? すげー嬉しい。けど、会って判らなかったら――? 俺の中に居る彼らは、記憶を全て失った後で、知り合いだって渡された名刺を見て知ったみてーな存在だ。
 顔も知らない、思い出もない――ひょっとして、傷つけるんじゃねーのか? 本当に俺、会っていいのかな。
 浮かんじまった戸惑いは、ぐるぐる胸の中で渦巻き始める。

「……んだよ、嬉しくねぇのか? 折角許してやったってのに。こっちとしては、おめーの身体が完全に回復するまで待っててもいいんだぞ?」

 その方がリスクも少ない――と言いかけた黒羽に、慌てて「嬉しいに決まってるだろ」と返した。
 やべーな、危うく先延ばしになるとこだった。胸を撫でおろしていると、黒羽がふっと笑った。

「じゃあ、決まりだな。……今日突然会うってのは、色々不都合もあるかも知れねぇから、明日な。それでいいだろ?」
「ああ。そん位は我慢できるよ」
「OK! んじゃ、オメーの知り合いに連絡してくるな!」
 部屋を出て行く黒羽の後姿をぼんやり眼で追いながら、息を思い切り吸って深く吐いた。
 深呼吸しても、ドキドキ言ってる心臓が静かにならねー。会えるんだ――もうすぐ、名前しか知らねー皆に。





 その日、黒羽から今まで隠していた事を沢山聞かされた。
 つーか、俺が教えられた爆発事件って嘘じゃねーか。本当は黒の組織の奴らによって起こされたもんで、組織を追ってた俺が、闘いの後、証拠隠滅のために爆破された建物に、閉じ込められてたって。
 偶然、その日別の場所で起きていた爆発事件の事を知って、都合のいい作り話を、彼女に話したんだと。今まで黙ってたのは、その青子ちゃんに漏れるの恐れたかららしいけど、どーりで聞かされる話にすげー違和感あった筈だ。
 ちなみに、身体が回復するまで待たされたのは、その組織の存在が原因らしい。動けない俺を安易に外に連れ出して、生きている事をもしも組織に知られたらまずいんだと。
 本当なら完全に回復するまで会わせたくなかったみてーだけど、早く会わせてやりたかったんだって黒羽は言った。俺の周りの事情に結構詳しいらしいんだ、こいつ。



 夜まで沢山話した。予想以上に時間の経過が早くて、気付いたら寝ちまっていたみてーだ。
 閉められたカーテンから漏れる朝陽の眩しさに、目を萎めながら微笑んだ。もう、朝か――緊張と喜びと、色んな感情が俺の中で絡み合ってやがる。
 どんな女の子なんだろうな。どんな奴らだろう。会ったら、何を話そうか。もうすぐ会えるんだ――”蘭”ちゃん。

「仕度、出来たんだな? 行くか」
「ああ、よろしく」

 ゆったりして楽な黒のTシャツとズボンを借りた。寝巻もそうだけど、黒羽とは体格も似てるらしい。
 用意された車椅子に座ると、黒羽は後ろからそっと押した。

「行くぞ、心の準備出来てるな?」
「ああ」

 開いた戸を、車椅子が通った。部屋を出んのは、一週間ぶりになるのか。まるで何年も部屋ん中に籠ってたような感覚だけど、もうお別れだな。
 来る事はない。多分もう二度とここには。

「あ、そうだ。彼女は?」
「あん? 彼女って、青子の事か?」

 怪訝な顔で返されて「そうだ」と頷いた。奴はまだよく意味を理解してないらしく、眉間を寄せて逡巡する。

「青子が、何?」
「だから、彼女に、一言今までの礼言いたいと思ってよ」

 ったく、きょとんとしやがって。かなり鋭い奴だと思えば、たまにすげー鈍いんだよな。

「なるほどね、呼ぶか? 青子」
「ん、頼む」

 彼女にも、沢山世話んなったしな。目覚めた時にずっとついててくれたのも彼女だ。別れる時位礼の一つもって考えんのは当たり前だろ。
 器用な指先で携帯メールを送ったように見えた――瞬間に、奴の携帯が着メロを鳴らす。

「あ? どういう事って……だーかーら、工藤もう帰るんだって。――まだ具合悪いだろって? あのな、動けるようになったらこいつ知り合いの所に返してやらなきゃなんねーだろ。あぁ、分かった、待ってるから早く来いよ、アホ子」

 ハハ、電話機から、彼女の怒鳴り声が漏れてる。
 疲れた顔で電話を切った黒羽が、俺を見てため息混じりに言った。

「来るから待ってろってよ」
「ああ、聞こえてた」

 ほんの数分で、彼女は駆けつけてきた。体調を心配する彼女に、大丈夫だよ、と答える。

「とうとう皆に会えるんだね〜。ちょっと寂しいな、工藤君と快斗が並んでるの、双子みたいで楽しかったんだけど」
「似てるからな、俺と黒羽。青子ちゃんに指摘されてから、鏡見て見比べてびっくりしたよ」
「でも、工藤君の方が快斗より大人っぽいよね。バ快斗、まだまだお子ちゃまだもん」
「オメーには言われたくねーよ、お子ちゃまアホ子」

 不機嫌に返す黒羽をぎっとにらみ返す彼女。ここ数日は、結構よくこんなやり取りを見せられた。

「……今までありがとな、青子ちゃん」
「ううん、元気になってくれてよかったー」

 自分の事みてーに嬉しそうに笑う彼女を見てると、なんか誰かを思い出しそうだ。黒羽が惚れる気持ちもわかる気がするよ。

「工藤君、何かあったら、青子いつでも力になるからね! 快斗も!」
「ああ、ありがとう。じゃあ、またな」

 頷いた彼女に別れを告げる。優しい笑顔は、いつだって可愛かった。これから会う蘭ちゃんも、あんな感じの子だといいな。
 感謝してんだ。黒羽にも、彼女にも。もし、俺が名探偵に戻る時が来るとしたら――もし、彼女達が何か困っている事があるとしたら、いつでも力になりたい。
 少し惜しいもんを感じながら、玄関を出た。



 すっと新鮮な空気が吹いて、俺の髪を揺らした。外の空気か。久しぶりに吸った気がするな。
 車椅子がカラカラ進む音を聞きながら、後ろで押してくれる黒羽と、ぽつりぽつり喋りながら道を進んだ。

 いくつ、角を曲がっただろう。曲がって、曲がって、曲がった。その先にも、曲がり角が見える。

「あと、何分くらいだ?」

 そう尋ねると黒羽は時計を見ながら答えた。

「んー……そうだな。もう五〜六分くらいで着くと思うぜ?」



 進むにつれ、次第に鼓動が速くなる。
 沢山、想像を膨らませた。ようやく行けるんだ、皆が待つ、その場所まで。
 懐かしいと思えるかも知れない、その場所まで――

 あと、五分。












〜第6話、新一編 完。 第7話へ続く〜









作者あとがき<(_ _)>


どうも!朧月です〜vv
やっとここまできちゃいましたよ〜っ!!
ついに、ついに新一が(涙)!!
長かった……(T_T

さて、今回。
何か随分頭に浮かびにくいかも知れませんが……
でもね、これは、淡いかけら探して…ってタイトルの通り、
皆が無くしたもの(彼)が、今まで書かれてきたでしょ?
まぁ、一話例外もあったけれど。
そして、その当事者の彼も、何か無くさなければいけなかったの。
その無くすものについて、色々候補はあったのだけれど……

一度は、まぁ、今回のと近いけど、記憶喪失って感じで、
皆の事忘れちゃう〜その記憶が”かけら”の要素にしようってつもりだったのです。
けれど、記憶喪失ネタ、相当使ってるしねぇ、このサイト^^;;
他にも、まだ記憶喪失ネタ予備軍なお話もありますし。
あんまりやりすぎてもしゃーないって事で。
なら、失ったのが記憶じゃなくて、『皆への心』だったらって考えて。
皆と一緒に過ごしてきて、彼が皆に対して持った感情。
恋だったり、友情だったり、仲間意識だったり。
それを失って、けれどそれを求める。
そんなでもいいんじゃないかな〜って。
で、今回のができたけど。

でも、まだたくさん候補あったのですよ。
前やった事ある(ネット上どこにも出してないけど)失明ネタとか、
彼自身が全くの別人になってしまうネタとか。
まぁ色々会ったにはあったのですけど、
やっぱり、"失くした"ものを"探す"っていうのが、今回の話でして。
なら、それに一番ぴったりあうのは、やっぱり"記憶"だったわけで。

伝わったかどうか、不安です^^;
私医学知識全くない上に、入院とかもした事ないし、そんな大怪我もないから、
そういう部分は全くの想像なんですよ。
もしかしたら、そういうケースも普通に存在するのかも知れないけど。
一応ね、調べてはいるのよ、記憶喪失の事とか。脳への衝撃やら、精神面やらから。
でも大まかな症例しかわからないんだよね^^; 調べ方に問題あんのかしら?

あと、回復がこんなので、本当に早いのか、それが可能なのかどうかも。
でもね、凄い大怪我してたわけじゃないですか。
それを、病院にも行かずまぁ最小限の治療だけ受けて、自分で回復したというのが。
それ、薬の影響っていうのを意識してましたけどね、私^^

それでは、前回あんな意味のわからんモノを仕上げてしまったにも関わらず、
今回も見捨てずに読んで下さってありがとうございました〜vv
感想なんか、お待ちしておりますっv
次回も、是非お見逃しなくっ>_<vv
クライマックスか、とりあえず、話の一番大切な部分に来る事は間違いないはずっ!!
長いですが、やっぱり恒例のトークタイムを。


新一「んだよ、やっぱり生きてたんじゃねぇか。俺。」
平次「ホンマ、人騒がせな奴やな。……ゴキブリなみやんけ。」
新一「あ?誰がゴキブリだ?てめーっ!」

(新一、平次の胸倉つかむ。…が、平次は怯まず「お前や。」と答える。

快斗「っていうか、俺の第一印象。"最悪"なのかよ!!」
新一「ああ、おめーなんか最悪だ!!大体、誰なんだよ。突然現れやがって。」
(※注;リアル世界の新一は、快斗の事を知るわけがありません>笑)

新一「まぁ、いいけどよ。……それにしても、何だよ。このややこしい症状!」
平次「あ〜、何や?えっと、つまり工藤はあれだけ心配しとった俺たちの事を、
ただの名刺交換した程度ぐらいの意識でしか覚えとらんっちゅうわけか?」
快斗「初対面の俺のが親しくなってるじゃねえか。」
青子@突然参入「青子の出番、少ないよ〜っ」

新一「……文句があるなら、あそこでトンズラかこうとしてるアイツに言えよ。
俺だって、ちょっと腹立ててんだからな。」

朧@トンズラ寸前「ぎくうぅっっっ!!」


平次「ホンマやなぁ。あいつさえおらんかったら、俺らこんなならんでも済んだんや。」
快斗「俺のこと最悪とか書きやがったしなぁ。」
青子「青子、もっと出たかったのに!!」


朧「は、早く逃げないとっ!!また傷が増え……」

新&平&快&青「「「逃がすかぁっ!!」」」

朧「うぎゃ〜んっっっ(きゅぅっ×_×;」


新一「ま、これに懲りたら、クライマックス位俺らにいい思いさせるんだな。」
平次「そやそや!」
快斗「ま、待てよ?クライマックス、俺の出番あんのかっ!!?」
青子「快斗が出るなら、青子も出してよ〜っっ!!」



朧@瀕死「ち、ちみ達……朧が死んだら、出番以前にこの話ジ・エンドなのよ〜……(涙)」





お粗末さまでした^^; H17.8.6 管理人@朧月
H22.6.7 改稿