淡いかけら探して

第5話 キッド編〜〜助かる道〜〜





「盗んでも盗んでも、懲りないねぇ、警察は」

 昨日も、今日も、新聞は一面怪盗キッドにジャックされてやがる。こりゃーあのジイさん、相当悔しがってんだろうな。
 あのジイさんに関わると、決まってついてくんのが、あのボウズだ。江戸川コナン――本名は、工藤新一。俺と同い年の高校生。でも、そーいや最近、あのボウズとも対決していなかったっけ――
 あいつが初めて俺の仕事に関わった時から、どーもスリル感や緊張感に味を占めちまって、あいつが居ない警察達を相手にしていても、物足りなく感じるようになっちまった。

「よーし、今度の仕事はアイツも絡ませてやっか!」

 あのボウズが関わるように、わざわざ毛利小五郎の家に直接予告状を送りつけた。けど結局、その現場にはアイツは現れなかったんだ。
 おかしいだろ、いつも興味持って俺を追い詰めてくるアイツが、姿も見せねーんだぜ。だから、おかしいと思ったんだ。それがきっかけ。

 まぁ最初はな、風邪でも引いて寝込んでんだと思ったんだよ。でもアイツ、風邪引いて具合悪くたって、暗号見たら食いつくだろ?
 気になって調べてみたら、ココの所大抵外出しているらしい事を知った。アイツの事情は色々知ってたから、もしかしたらその変な組織が関わってんじゃねーかなって思ったんだ。
 ボウズ達の集会所らしい阿笠邸には、詳しい探りを入れるために、そこに盗聴器を仕掛けさせてもらった。そこから届く情報は、やはり思った通りの事だ。



 仕事着に着替え、耳につけたイヤホンはそのまま、地を足で蹴り、ビルの屋上から飛び降りた。ハンググライダーを広げバランスをとりながら、先刻予告状を出した宝石の元へと向かう。
 ま、今回は名探偵も居ないって事で、さほど難しい暗号にしたつもりはねーし、中森警部でもあれは解けるはずだ。
 風が少し強ぇな。飛べないレベルじゃねーけど、少し揺らされる。耳にも注意して盗聴器の音を拾いながら、目前の獲物への集中力も高めた。
 中森警部しか居なくても、油断は絶対に禁物だ。僅かな油断によって、足元を掬われ、取り返しのつかないミスに繋がる。

「そうだったよな、おやじ……」

 親父は、今の俺でも、足元にも及ばない最高のマジシャンだった。それなのに、あんな奇妙な連中にやられちまうなんて――!
 マジシャンは、客の前でいつでも完璧でなければいけない。油断は禁物。俺達は、ポーカーフェイスという仮面を被った、魔法使いなんだ。

 厳しい警備を潜り抜けて、美しく光る大きな宝石を手中に納め、いざ脱出しようとした時、盗聴器から音が拾われてきた。
 組織のアジトに侵入する――盗聴器から聞こえたのは、確かにそんな会話だった。そこまで展開が進んでたんだな。あの茶髪の少女やら西の名探偵もいるみてーだけど、大丈夫なのかよ。

 すっかり盗聴器に意識を傾けちまってたらしい。ドアが開く音と共に、勝ち誇った顔の警部は俺に拳銃を向けた。

「そこまでだキッド! どうする? 逃げ場はないぞ」
「……中森警部」

 ったく、甘いな俺も。さっき油断しちゃダメだって再確認したばかりじゃねーか。それでも、これじゃあまだまだ俺は捕まえられねーけどな。

「フッ、忘れてしまわれたんですか、中森警部。私は怪盗キッド……逃げ場くらい、用意していますよ」

 こういう時のハッタリも、大切なマジシャンの手段だ。さーて、どうするかね。
 一瞬ぽかんとした警部が、自信まんまんに笑い声を上げる。

「はっはっはっ、負け惜しみを! 見苦しいな、怪盗キッド! 逃げ場なんてどこにあるって言うんだ。こちら側には我々警察が……外に逃げるにも、上も下も警官達で囲んでるのだぞ」

 なるほど、上も下も――か。なら、それを利用させていただこうかな。
 自然と、口角が持ち上がる。

「甘いですね、中森警部。……その中を逃げ切るのが、怪盗キッドですよ?」

 にっと、顔に余裕の笑みを作って、手にもった閃光弾を二個、三個と、その場に、そして外に放った。
 勝負は一瞬。周りが強い光に包まれたその瞬間だ。

 俺は膨らませた風船人形を、キッドに見立てて空に飛ばした。
 これだけじゃまだ甘いな。使い古された手だし、ヘリで簡単に追いつかれてすぐ見つかっちまうだろ。だから、人形はあくまでおとりだ。
 隠し持ってたロープを取り出して、窓から外へ放った。下に落ちたロープは、閃光弾の眩しさで誰にも気づかれねーわけで。

 光が晴れたとき……俺の姿がない事に、警部は気付く、と。

「おのれ、キッド! どこへいったんだ!」
「外へ逃げたのではないでしょうか?」

 応えた警官の言葉に、警部はやっきになって窓へと向かった。

「逃がすかぁー! キッド!」

 ククク、案の定窓から外を見た警部は、まず真っ先にとても目立つ風船人形を見つけ、叫んでやがる。

「よぉし、確保だ!!」

 ヘリに向かって、無線機から思いっきり叫ぶ警部の声とともに、その風船は一瞬にしてお縄についた。
 んで、手が早い事に、無線機から、警部へとその連絡が届く。

「警部! これはキッドではありません。風船で作った人形です!」
「何ぃっ? じゃあキッドはどこだ!」

 警部の叫びが轟く。後は、さぁ勝手にやってくれ。
 下にいた警官達はようやくロープに気付いたようで、ざわめいている。よし、計算通り!

「警部! ここにロープが!」
「なぁにぃ!? キッド、さては人形をおとりにして自分はロープで逃げおったな!」
「下だっ、下へ降りろ! キッドを追うぞ!」

 警部の声に、警官達はぞろぞろ部屋を出ていく。
 室内に残された一人の警官が、微かに笑んだのなんか、だーれも気づきゃしねぇ。しかも最後尾を走る警官の一人がわき道にそれても、やっぱり誰も気付かない。

「ちょろいねぇ、中森警部も」

 俺は反対側の窓から、警部達が居ないのを確認して空に飛び立った。
 名探偵たちは、恐らくもうそのアジトへ侵入した筈だ。



 場所がどこかって事は、盗聴器で拾った会話で分かってる。ただ少し時間がかかりそうだな。
 行ける所までハンググライダーを使って、後は人がいないのを確認しながら、シルクハットとマントとモノクルを外してそこに向かった。

「大丈夫だろうな、アイツ……」

 いくらアイツが名探偵でも、調べた限りじゃ三人で立ち向かえるような容易い組織には思えねーんだ。
 助けに行く義理なんかないのかもしれねーけど、様子見だけでも行ってやらねーと。
 誰かが殺されるのは、もうごめんだ。おやじの時みてーに、遺された人間がどれだけ悲しむか。もし名探偵に何かあったら、青子に似てるあの子も辛い涙を流す事になるからな。

 所々、歩き辛い道もあったけど、目的の場所へ走った。
 にしても、これじゃまるきり森じゃねーか。ここらあたりは、元々山が沢山あったのを開かれた土地らしいけど、んな所に組織の施設が建ってんのかね。
 理解はできねーけど、もうすぐ近くだ。

 もう少し足を速めようとしたその時――

 ドォン、という低く大きな音が、耳に響いた。今行こうとしている場所から、微かに赤い炎のようなものが見える。

 何だ? 爆弾、か?
 どうして本拠地が………くそっ無事で居てくれよ!

 爆音が、一発、二発と響く。気持ちは焦り、自然と走るスピードは増す。

 はっきり建物が見えた時には、もう半壊状態だった。安全な場所でいったん立ち止まる。
 爆発が続いてる……この調子だと、もうすぐ跡形もなくなるか。これじゃ、これ以上近くには行けねーな。
 まだ、中に誰か残ってるかもしれねー。俺は爆風が届かないぎりぎりの位置で、足を止めて、近くにあった木に素早く登った。

 中を見て、はっとした。名探偵が柱の下敷きになって倒れてやがる――動けねーのか?
 考えられる時間も一瞬だ。とにかく懐から取り出した太めのワイヤーを、幅を考えながら、トランプ銃でもってそこへ向けて発射させた。

 一発、二発――、アイツを傷つけねーように、注意しながら。

 トランプは、割れて尖った状態で突き出していた窓ガラスを幾分綺麗に崩した。這い出し易いように、窓までのほんの小さな道と、俺が居る場所までの道を作る。
 今度は太くて頑丈な、特殊な作りのワイヤーをつけたトランプ銃を、柱に向けて放つ。同時に、ワイヤーにくくり付けた重りを下に落とせば、ほら、柱を浮かせる位なら、これだけで任務完了だ。

 気休めでしかねーけど、俺に出来るのはただアイツが動けるように補助してやるだけだ。
 おめーにはこれで充分だろ? んな傷だらけの体でも、活路は見出せる筈だ。

 名探偵が叫ぶ声がここまで響いてきた。体が大きく変わっていく……うわ、初めて見たぜ、人が伸び縮みするとこ。
 工藤新一――初めましてになるのかな。体格が変わるのと同時に、ワイヤーに持ち上げられた柱が、持ち上がった。やっと名探偵の体も解放される。 苦しそうに伸びた手が窓にかかって、傷だらけな体が浮かび上がる。俺はその様子を眺めながら、下の枝に移って、たどられてくるワイヤーの角度を変えた。
 滑り台の要領で綺麗に降りてきてくれりゃいいけど、実際打ち合わせもしない即興じゃかなり危ねー行為だよな、これ。けど、奴は信頼した様子でワイヤーを握ると、重心を預けて伝い降りてきた。
 気づいてたんだろうな、多分。さっき、俺が放ったトランプ銃に。傷だらけの体で既に意識が消えかけてる様子だってのに、建物から遠ざかってこっちに向かって来る名探偵は、目を丸くしてゆっくり顔を上げて俺を見つめていた。

「………き………」

 名探偵の口が動いて、声は聞こえねーけど何か呟いてるのが分かる。多分、キッドとでも言おうとしたのかな。
 驚いた顔っつっても、今俺の存在に気付いたわけじゃなくて、ずっと継続されてる驚きだ。さしずめトランプ銃を見かけたけど俺がここにいるのが納得できねーで、この白い怪盗姿を見るまで信じられなかったって所かな。  俺がここにいるのは、そりゃー予想外だろうからな。

 もうちょっとで、名探偵が手の届く所まできそうなそん時だ。建物が、今までとは比較にならねー位でかく爆発したのは。
 おわっ! こっちにまでかなりの爆風が……!
 木からずり落ちた俺目がけて、爆風に乗った名探偵が飛ばされてくる。やべぇ、受け止めてやらねーと――!

 咄嗟の判断で、出したマントをバット広げて名探偵の体を受け止めた。

「ぐ……!」

 ……け、結構すげー衝撃だ。思わず、顔をしかめずにいられねー位には。こりゃ、腕とかあばらの骨何本かやっちまったな――。
 そのまま数メートル後退させられちまったけど、地面に直撃するよりは衝撃も少ねーだろ。とりあえず、俺の怪我は命にかかわるもんじゃない。問題は、マントで受け止めたこの――

「おい……名探偵っ……!」

 こいつ、血だらけじゃねーか。銃創と、恐らくさっきの爆発で負った裂傷と、ぼろぼろの衣装と。俺のマントが、紅く染まっていく。
 傷だらけの名探偵は、目をきつく閉じて、マント越しにぐったり俺にもたれかかってくる。体はかなり熱いみてーだけど、呼吸も弱い。
 ――けどよかった、生きてる。あとちょっとでも遅かったら、この身体も粉々になっちまってただろうな。俺がマジシャンで、キッドとしても鍛えられてるから一瞬で動けたんだ。 感謝しろよ、名探偵。普通の奴なら、俺が今やった事四〜五倍は時間かけるぜ? 危うく手遅れになる所だ。

 さて。助けたはいいけど、こいつどうすっかな。

 パトカーのサイレンが聞こえる……多分、かなり警察が集まってんだ。なんともなければこいつ届けて逃げられたけど、今のこの体じゃちょっと逃げきれねーかな。のこのこ出てけば捕まっちまう。
 このままこいつを放置すれば、俺は助かるだろうけど――こんな容体じゃ発見された頃には確実に手遅れだ。今だって、すぐ運んでも助かるかどうかっつーのは――
 見つめた顔からは、次第に生気が抜けてくように感じた。

「仕方ねぇよな……許してくれよ、名探偵」

 ため息を一つ零して、携帯電話を取り出した俺は、短縮ダイヤルで電話を耳に当てた。たった一度のコールですぐに、聞きなれた老人声が耳に届いた。

「ああ、ジイちゃん? 俺だけど………」




 事情を聴いたジイちゃんは、酷く慌てた様子で受け答えた。












〜第5話 キッド編…完  第6話へ続く。〜









作者あとがき<(_ _)>

朧月ですv今回も見捨てず読んでいただけて幸せですー(^^)ありがとうございました!

あとがき書き直したのは今回の話が初めてだけど(笑)この話特に言い訳がましかったから(笑)まぁ当時書いたのをベースにね。
今回、淡いかけらの中で一番強引で、矛盾だらけな展開になっちまいました。
当初は新一に自力で脱出させるつもりでしたが、出来るならあんな遺言残したりしませんよ奴は。
こういうしっかりしたロジック展開を組み立てられるようにいい脳みそしてないので、相当な難産でした。
うーん、現在(2010年)の私なら、もう少しぐらいはマシな発想出来たかなぁ? でも、当時の私には間違いなくこれが限界。

スムーズにさせたいなら、キッドさんを直に窓から部屋にいれる事も考えました。
でもさ、新一を助けた後で姿を消せるだけの余裕は当然必要で、その前提の元爆発する建物に入るのは私には利口な考えに思えなかったのね。
…万に一つでも間に合わなくて一緒に爆死したら意味ないもん。この場合は万に一つどころじゃなく、飛び込めばずっと高い確率で巻き込まれてたわけだしね。

冒頭の宝石逃走シーンも、恥ずかしい程拙い考えしか浮かべられずに申し訳ない!
色んな事を必死に悩んだ挙句、出来上がったのが、これです。甘さも矛盾点も今考えても穴があったら入りたい気分。

あ。時間軸的には、キッドさんがやって来たのは、コナンが平次に伝言を残している場面。
コナンや、平次や哀が組織とごたごたやってる時に、裏では彼がこんな動きをしていたと思ってくだされば。

さて、私は一言も『新一が助かった』という表現はしていません。
そして、次回恐らく彼の生死ははっきりすると思います。
ただ、忘れないで欲しいのは、何日間も、何の連絡もなかったのですよ?
蘭にも、平次にも、哀にも、博士にも……
それは一体、どうしてなのか、と言う事。

何故だと、思います?

当時、結構気に入ってたこのお話だけど、今でも思い入れの深い話。
もう少しでラストです。
こうやって、一つの話を色んな人物の視点で進めるのは、かなり楽しい事でね。
一人の視点じゃ見えないものが、他の誰かの視点では見えている。その全てを見た時に、初めて謎は紐解け、物語が立体感を帯びる、と。
つまりあれだ。この話は作ってた楽しい話。読んで楽しいかどうかは、みなさん次第だけどね(^^)それでも、皆が読んで楽しいって思ってくれたなら、それ以上の幸せはないのですv

初期の私の未熟なお話だけど、どうか最後までお付き合い下さいませ^^
ありがとうございました!下のトークタイムは変えずにお送りします♪


さて、今回のこの話恒例トークタイム!!

コナン「……で?俺はどうなったんだ?」
平次「さあなぁ。どうなってしもたんやろ。俺はキッドの事よぉ知らんけどな。」
キッド「私が駆けつけていなければ、跡形もなくバラバラになっていた事は、
確かですけどね……」
コナン「……おい、キッド!」
キッド「何ですか?名探偵……」
コナン「俺を見捨ててみろ?おめぇの事末代まで祟ってやるぞ!」
キッド「名探偵、悪いけど俺もまだ捕まるわけにはいかないんだよな。
ここは成仏してくれねーか?」
コナン「ふざけんなっ!!」
平次「まぁ、ええやんけ工藤。もし死んでしもたら、
そん時はキッドやのぉてあそこにおるアホ作者を祟ったらええ。」
コナン「……そうだなぁ、まぁこいつも怪我しながら俺を助けようとしたのは確かだし。」
朧「げ?話がまた妙な展開に………(大焦)」

キッド「そうだな……思い起こせば俺が怪我をしたのも、元はと言えば…」

(キッド、朧を見る!そして笑顔でトランプ銃用意!

コナン「そうだ、元はと言えば全部……」

(コナン、またもキック力増強シューズボリューム最大にして、
ボール射出ベルトに手をかける。

平次「そや!俺らがこんな苦労しとんのも、全部……」

(平次、前より重そうな木刀用意っ!!


朧「ひ……ひ、ひぇ……っ(半泣き)」

(朧、ちょっとずつ後ずさり

朧「皆、ね?勘弁しようよ。ほら。朧は身体中既にぼこぼこなのさ?」


コ&平&キ「「「問答無用っ!!!」」」


朧「ぎゃう〜〜〜〜〜んっっっっ(涙)!!!」

朧、大空のはるか彼方へ痛い痛いダイブ!

朧「ぶゎふんっ……(気絶)」
キッド「ハンググライダーでもあればよかったですね、不憫なお嬢さん……」
コナン「じゃあ次から貸してやったらどうだ?それ。」
キッド「ご冗談を、名探偵。(にこっ)」


またまたまたまた、お粗末さまでした(ー▽ー;;;
H17.5.12 管理人@朧月
H22.6.07 改稿。