淡いかけら探して

第4話 コナン編〜〜最後の希望〜〜。





「ばいばい、蘭姉ちゃん!」
「コナン君……本当に一人で平気なの? 送ってってあげるわよ」
「平気だよ。心配しないで」

 コナンとしての、蘭との別れの時。
 両親に呼び戻されたからと理由をつけて、一人で空港へ向かうと言った俺を、蘭は昨晩からずっと心配していた。
 何度も何度も、やっぱり一緒に行くと言われたが、俺はそのたびに断わった。それでも渋る蘭に、俺はそれ以上何も言えないように、それを言った。

「大丈夫。それに、そっちまで一緒に行ったら、別れるのが辛くなっちゃうから」
「本当に、一人で大丈夫?」

 恐らく、心配だけじゃなく寂しさもあるんだ。俺と別れる寂しさ――けど、我慢しろよ、これは再会の為の別れなんだから。全てを終わらせて、また蘭に会う。だから、俺もこれだけは譲れねーよ。

「うん。じゃあね、蘭姉ちゃん!」
「あっ、新――」

 心配する蘭を振り切って、向きを変えて小走りに進みかけると、蘭は突然後ろから俺を呼び止めた。

 足が止まる。今、何つった? 誰の名前を――呼びかけた? 気付いてんのか? おめー、俺の正体を。
 当然、大きく動揺したさ。でもその動揺を気づかれるわけにいかねーって、平静を装って子供の顔で振り向いた。

「なぁに? 何か言った?」
「あ、ううん。何でもないよ!」

 ぎこちなく苦笑いを浮かべた蘭に、やはり少なからず勘付いてるのだと確信する。
 いつからだか知らねーけど、ばれてたんだな、全部。
 じっと見つめてくる蘭に、自然と笑みがこぼれた。

「大丈夫だよ――」
「え?」

 気がついたら、声をかけていた。不思議そうに俺を見つめる蘭に、言葉を続ける。

「大丈夫だよ、蘭姉ちゃん。新一兄ちゃんは、絶対すぐに帰ってくるから。必ず蘭姉ちゃんの元に――帰って来るからね」

 これは、コナンとして伝える、俺(新一)の言葉だ。
 必ず戻る。約束したじゃねーか。だから、んな悲しそうな顔してんじゃねーよ。
 微笑んで見せると、蘭は一瞬戸惑い混じりな顔で俺を見つめた。けど、んな複雑な顔は、すぐ笑顔に変わったよ。

「うん、ありがとう。コナン君」

 柔らかい笑顔でそう言ったアイツに、俺はもう一度、今度は「またね」とだけ告げて、踵を返したんだ。
 そのまま、灰原が待つ博士の家へ向かった。空港? んなもん、嘘に決まってんじゃねーか。
 やっと、薬のデータが手に入ったんだよ。同時に、やっと組織と最後の決着をつける時が来たんだ。待ちくたびれたぜ、やっと全てが終わるんだな。


 全てが始まる前、複雑そうな顔で俺に近づいてきた灰原が、目の前に薬が入った子瓶を差し出した。

「工藤君、これ。ようやく解毒剤が出来たの。どうする?」

 組織と僅かな接触があった時に、薬のデータを奪い取る事が出来たのは、ついこの間の事だ。まぁ、それが今回の最終決戦のきっかけになったわけだが。
 ――ったく、全てが終わってから、ゆっくり作ればいいものを。

「ありがとな、灰原……」
 灰原に渡された解毒剤を、俺はそのまま胸ポケットにしまった。
 別に俺は信心深くはねーけど、これは大切なお守りだ。必ず組織を倒して、皆無事に脱出する――その誓いをこめたお守りだ。
 ポケットの上から、薬を片手で包み込むと、今までより大きな勇気と決意が奥の方から湧いてきた。

 この小さい一錠の薬に、あいつのどれだけの思いが詰まっているんだろうな。
 んな事、想像だけで推し量れるもんじゃねーけどな。

「飲まないでええんか?」

 頭の上から服部の声が聞こえて来て、顔を上げた。真面目な顔でそこに立つ服部に、軽く笑って見せる。

「全てが……終わってから、な」

 全てが終わって、皆が無事に帰還できた時に、これを飲もう。そして、工藤新一の姿で蘭の元に――

「そろそろか」

 服部と灰原に一声かける。二人は、力強く頷いた。
 もう、後戻りが出来ない所まできちまってるんだ。後は、俺達が生きて組織を壊滅させるか、命を落とすかだな――。

「なぁ服部、お前本当にいいのか?」
「……何がや」
「本当なら、おめーは組織とは何の関係もねー筈だろ? 俺と知り合ったせいで、組織との闘いに巻き込まれる羽目になっただろうけど……できれば巻き込みたくねーんだ」

 答えは、聞くまでもなく分かってたけど、それでもこいつは俺と知り合って俺の正体を見抜かなければ、こんなヤバいヤマに関わる事はなかったんだ。
 それでも今こんな形で協力してるこいつには、ちゃんと確かめねーと。
 服部は、眉を寄せて俺を見下ろす。酷く、不満そうな顔で。

「――アホか。今更何言うてん。もう、関係ない事なんかあらへんやろ。いっぺん、関わってしもた……大事な仲間が人生かけとる事件やぞ。それだけやない。ここまで、沢山の人苦しめとる奴等を放っておけるわけないやろ」
「そうか。ありがとな、服部」

 力強いセリフに、服部の意志の固さが見える。やっぱり、ここで突き放す事はできねーか。
 俺には、安心して背中を預けられる心強い味方がいる。

「それから――」

 ふぅ、と一呼吸おいて、今度は灰原の方を振り向いた。目を丸くする灰原に、ゆっくりと告げる。

「灰原、お前は残れ」
「ちょっ、どうして? 今更何言ってるの?」

 顔色を変えて声をあげた灰原に歩み寄り、揺れる瞳を覗き込む。

「おめーは、探偵じゃねーだろ。被害者だ。危険な目に会う事は――」
「いやよ! 私も行くわ」

 返ってくるのは、いつもより強い口調。
 おめーはいつも、奴らに人一倍怯えてる癖に、奴らの事にはついて来ようとしやがるよな。

「おい、灰ば」
「確かに、足手まといになるかも知れないわ。でも、私はただの被害者じゃない。全てのきっかけを作った人間なのよ。最後まで、見届ける義務があるの。私の犯した事を……」

 苦笑交じりに言った俺の言葉を遮って、灰原は言い切った。どうあっても、決意が揺らぐ事はない強い瞳で。
 いつも、奴らの事になると、恐ろしいほど頑固なんだおめーは。

「――分かったよ。その代わり、無茶すんじゃねえぞ」
「ええ」

 答えた灰原に、小さくため息がこぼれた。
 手がなかったわけじゃねーよ。本当に連れて行きたくなければ、麻酔銃で寝かせちまえば済んだ事だからな。
 勿論、残れっつった言葉も本心だ。残ってて欲しいと思ってるんだぜ? 安全な場所にいれば、危険な目にもあわねーんだからな。
 ただ、それでも多分こいつは全部見届けねーと、完全にふっきる事は出来ねーんだ。
 大丈夫、こいつの事は、責任もって俺が守ればいいんだ。何があっても、必ず俺が――。

「じゃあ、行くぞ」

 二人に声をかけると、二人はコクリと頷いた。

 博士には、ココで待機してもらう。
 FBIと、それから警察も、信用のある連中だけ集め、決戦の場の近くに待機してもらうことにした。



 とりあえず、奴等のアジトまで行って、手傷を負いながらも一人、また一人と捕まえたんだ。そして最後ジンとの邂逅で、予想外の方向に展開が進んじまったんだ。

 今までになく張りつめた緊張感に、鼓動は速さを増していた。
 涙を流しながら拳銃を構え、灰原はジンを睨んでいる。銃口をお互いに向け合いながら。銃なんか、おめー一体いつ手に入れたんだよ、灰原!

「あなたは、その銃で私を殺せばいいわ。私は、これであなたを殺す。それで全て終わりよ。組織も――あなたも私も」

 そう告げた灰原は、何としても一緒に付いて行くと言ったあの時と同じ、強い決意を秘めた目をしていた。
 まさかこいつ、最初からそのつもりで――っ!

「やめろ灰原!!」
「姉ちゃん!」

 咄嗟に叫んだ俺と服部の声が、重なってその場に響く。

「きっとあなたは、捕まっても終わりにはしてくれない。あなたが死なない限り、結局何も終わらないわ。もう嫌なのよ、大切な人をこれ以上失うのは。私は、あなたと心中して彼らを守るわ」
「フン、俺と心中だと? 貴様に出来ると思うのか?」

 瞬間、ジンの拳銃から撃鉄の下ろされる音が聞こえて、灰原もそれにあわすように引き金に力をこめた。

 やべぇ!

 思った時には、体が勝手に動いていた。同時に、右足と左肩に熱い痛みが走る。
 しゃーねーだろ、灰原を必ず守るって決めたんだ。灰原を死なせたくなかったし、灰原が誰かを殺す結末もごめんだ。


 命が消される覚悟もしたけど、その後左腕に負った傷も含めて、思ったより軽傷で済んだのは幸いかな。

 その後、服部の功労でジンは捕まえたけど、俺たちは、ここに仕掛けられた最悪の仕掛けを知った。そう――爆弾だ。
 服部は、先に行かせた。
 怪我をした俺達のペースに合わせてたらとてもじゃねーが間に合わねえ。ベルモット達を運ぶために遠回りになる道のりは、俺らには少しきついしな。

 何とか、灰原だけでも逃がす事を誓って――。



「工藤君、私たちも早く」
「ああ、そうだな。一刻も早く脱出しねえと」

 俺は壁伝いに立ち上がり、足を捻って上手く立ち上がれそうに無い灰原に手を差し出した。
 二人で壁沿いに逃げれば、何とか逃げられる。そう思っていた。その矢先に、再度の爆発と共に入り口がふさがれて、そこから脱出する事が不可能な状況になっちまうまではな――。


「く、工藤君……これじゃ、出口が……」

 灰原が困惑した声をあげた。

「とにかく、何とかして脱出するんだ。まだ退路を断たれたわけじゃない!」

 部屋側に向き直ると、そこに一つの窓がある。子供二人ぐらいなら余裕で出入り出来る大きさの窓だ。
 正真正銘、俺達に残された最後の出口。けどここは三階だ。足を痛めてる状態で、そのまま降りるのは結構きついな。
 壁伝いに、窓際へ歩く。外を見ると、少し離れた場所に大きな樹が見えた。妨げるもんは、特にねーみてーだ。
 ――あそこの太い枝に、伸縮サスペンダーを引っ掛けて、ターザンの原理であの樹に乗りうつれられれば――樹伝いに下に降りる事も可能か。

「灰原、ここから脱出す………」

 そう言いかけて、灰原の死角になる位置から、あいつに向かって傾きかけてる大きな柱に気付いた。
 やべーな、あいつをあの場所からどかさねーと……

「おい、柱あぶねーから、早くこっちに――わ!」

 言い終わる前に再び爆音が響き、何とかその状態を保っていた柱が、灰原に向かって倒れかかった。

「灰原! 危ねぇ!」

 一瞬の、事だった。咄嗟に叫んで、アイツを突き飛ばしたまでは足が動いてくれてた。俺もその反動のまま、間一髪避けようとしたんだ。

 ズキンッ!

「――っ!」

 銃で撃たれたばかりの足が、ひきつるように痛んだ。視界が斜めに変わってく……くそっ、体勢が立て直せねぇ!
 よろけた俺の目には、自分の元に落ちてくる柱が映った。

「ぐ……ぅっ……」

 や、べ……直撃、しちまった……
 息が……体が、うごかねぇ……

 目の前が真っ暗になった。恐らく骨の一本や二本折ったんだろうな。
 意識の中に、下敷きになった部分の、鈍い痛みだけが響いてやがる。

「工藤君っ!」

 叫ぶ声が、消えかけてた意識の中に届く。軽く何度か叩かれて、ゆっくり目を開けると、困惑した灰原の顔があった。

「……うっ、は、いばら……?」

 一瞬、何が起きたのか逡巡してから、呼吸を整えて声を絞り出した。

「……無事か?」
「ええ。しっかりして! 私が、今この柱を……」

 そう言って、柱をどかそうとしてくれているようだけど、子供の力でこんな重いもん動かせるわけねーだろ。
 ただ、重心が変わった事でずれた柱が食い込んで、またうめき声が漏れた。
 
 それでも、灰原はやめようとしねーんだ。

「灰原、いい、無理だ! それより、バッジ……あいつと、連絡取る、から……」
「え、ええ……」

 悪いな、今はあんまり猶予がねーんだ。
 いつもっと大きな爆発が起きるかもわからねえ。唯一の脱出経路だった窓も、いつ通れない状態になるか。サスペンダーも、バッジも、この体勢じゃ取り出せそうにねーな。
 先に灰原を下ろしてから、策を考えるか――?

 バッジを受け取りながら、朦朧とする頭で必死に脱出する手段を探った。
 目が、かすむ……くそっ、気を抜いたら、意識まで持ってかれそうだ。

「ねぇ工藤君、何かいい案はないの? あなたいつも使うじゃない。博士の道具とか」
「……ねーよ。あったら、最初からその方法使ってるさ。この状況で頼りになりそうなサスペンダーは……取り出せねえし」
「じゃあ、あなたどうす――」

 あ! と思った瞬間、灰原が言い終わる前に、鈍い音が耳に届いた。
 落ちてきた瓦礫が灰原の頭部に直撃したんだ。幸い、それほど大きな怪我でもなそうだが、灰原はそのままそこに倒れた。

「灰原! おい! くそっ――」

 こんな時に――!
 舌打ちもしたが、いくら呼んでも灰原は眼を覚ましそうにない。
 とにかく、時間がねー。さっさと服部に連絡しねーと。
 さっき渡された探偵バッジで、服部を呼び出しながら口元に当てる。

『工藤!』

 数秒も待たせずに、バッジからけたたましい声が届いた。
 思わず顔をしかめちまうボリュームだが、今の俺には心地いい。

「あぁ、服部……無事か?」

 呼吸を落ち着かせてバッジに話しかけた。上手く声が出せねーけど、今は状況を伝えて、灰原だけでもさっさと脱出させねーと。

『今ベルモットの姉ちゃんとウォッカっちゅう男連れて脱出した所や。どないしてん。何かあったんか?』
「ん……?」

 バッジ越しの奴の声に、緊張感が交じってる。何か察したか。流石――だな。

「……いや、ちょっとハプニングがあってな。爆発のショックで、部屋から出る道が塞がれちまって……ここ、窓あるから、そっから脱出しようと思ってよ。」

 窓――遠いな。
 怪我してねー方の手を伸ばすけど、到底届きそうにねーや。
 服部の奴、何か感じ取ってるみてーだけど、柱の事は今はまだ言えねーな。それ以外の事情だけ伝えると、すぐに来てくれるって言って通信が切れた。

 でも、実際どうする? 灰原だけなら外に放り投げて助けられる。けど、服部が下に来た所で、俺が脱出するのは不可能だ。
 くそっ! 頭がぼーっとして、考えが纏まらねー。何かいい方法ねえのかよ!
 窓まで、届けば――さっきから、出せる力全部使ってんのに、中指の先から十センチ程手前が精一杯だ。せめてあと二十センチ位伸びれば確実に窓に手が届くのによ!
 こんな体じゃなければ! 工藤新一の体なら、きっと届いたのに――!

 工藤新一の、体なら――?

 はっとして、気絶した灰原の顔を見やる。
 来る前に、もらった解毒剤……あの時の、確か胸ポケットの中に……!



 起こせる所まで体を起して、胸ポケットに手を当てる。……よかった、これなら取り出せる。
 小瓶の中に転がるたった一粒の薬を眺めながら、ごくりと喉を鳴らした。そして、灰原に視線を移す。

「灰原、これ、今飲むぞ」

 分かってるよ。必ずしも今すぐ元に戻れるとは限らない。副作用とかで、更に事態が悪化するかもしれねーよ。
 ただ、これが俺に残された最後の希望なんだ。選択肢は一つ。迷ってる、暇はねえ。

 コルクを開け、中の薬を手に移し、祈るようにそれを口元へ運んだ。














 少し待っても、何の変化もない…………駄目、か。




「くそ!」






 痛いぐれーに歯を食いしばった。
 どうにもならねーのかよ。どうあがいたって、そもそも身動きがとれねーんじゃ、どうしようもねーじゃねーか。
 なら死ぬのかよ、こんな所で!
 吹っ飛ぶのを、死ぬ時を待って、じっとしてろってのか?



 冗談じゃねーよ!
 俺には、まだおめーと果たさなきゃいけねー約束があるってのに。



 なぁ、蘭!



 ――いつか必ず絶対に、死んでも戻ってくるから……それまで、蘭に待ってて欲しいんだ。



 ――新一が、待っててって言ったから……生きて新一を待ってなくちゃいけないから……



 ――大丈夫だよ。大丈夫だよ、蘭姉ちゃん。新一兄ちゃんは、絶対すぐに帰ってくるから。必ず蘭姉ちゃんの元に……帰って来るからね。



 必ず、蘭姉ちゃんの元に――帰って来るから。



 必ず、蘭姉ちゃんの元に……





 約束、したんだよ。絶対破らねーって決めた約束したんだ。何があっても、絶対に帰るって、あいつにそう言ったのに!





蘭……っ!!!






「……どう! どないした!」

 一気に現実に引き戻した声は、バッジからじゃなく下から直に響いた声だ。
 服部の、怒鳴るような声。直接応えようとしたけど、俺の方は下まで届く声が出せそうにねーんだ。仕方なく再び探偵バッジから話しかけた。

「………あぁ、悪い………まず、灰原から落とすから。……瓦礫に当たって気絶しちまったから、気をつけて受け止めろよ……?」

 ずり、と無事な片方の腕で、灰原を引きずり俺の元に寄せた。

「……分かったから、早よ降ろし!!」
「ん……ああ」

 聞こえた声は、やっぱり地声だ。ったく、相変わらず声でけーな。こっちがバッジから話しかけてんだから、バッジ使えって。
 灰原も、やっぱり片手じゃ重いな。悪い、乱暴になっちまうけど、落とすぞ。
 思い切り窓につきとばして、その後無事受け止めてもらえた音が聞こえてきた。
 ほっとしたのも束の間だ。また、服部から切迫した様子の声が届く。

「工藤、何やってん! 早よ降りてこいや。もう間に合わんぞ!」

 だよな。時間的に考えて、もうギリギリだ。
 色々考え巡らせたけど、どうにも出来ねーや。どうしろっつーんだ、動く事もかなわねーのに。
 ふっ、ははっ、馬鹿じゃねーか俺。何笑ってんだ。どういう種類のもんなのか、自分でもわからねぇ。
 …………ごめんな、蘭。

 一呼吸置いて、口元のバッジを握りしめた。

「……服部、悪い。……最後に約束した事、守れそうにねえんだ……」
「何やと?」

 声色が、微妙に怒りを帯びてやがる。ハッ、当然だな。

「……お前、言ってたろ。無事に脱出せえよ! って」
「せや! だから早よ降りて来い!」

 じれったそうな声だ。でも、今の俺にはそれに応えられる術がねえ。
 やれる可能性は全て試した。必死で試したけど、手段もない。時間だって、なさすぎる。

「………無理なんだよ。降りれねえんだ。あの後、灰原の方に折れた柱が落ちてきてな……何とかあいつ突き飛ばしたけど、足が引き攣って、逃げられなくて」
「………何、言うて………」

 初めてだ。バッジからじゃないと聞き取れないぐらいの、小さな困惑した声。
 応えようとした瞬間、わずかに視界が揺れた。体中が痛くて苦しい……爆発がなくても、このままここにじっとしてるだけでくたばっちまうかも、な。

「は、柱に、下敷きになって……身動きとれねえ状態なんだ。灰原は、必死で俺を助けようとしたけど……また爆発のせいででっかい破片が頭に当たって気絶しちまって」

 そうだ。灰原が気絶したのは、ある意味幸運だったのかも知れねーな。
 あいつは多分、意識があれば、絶対に下りようとはしなかっただろうから。

「アホ……何かあるやろ! そっから抜け出す方法が……」

 必死な声――ごめんな、服部。俺だって、ほんの僅かな可能性でもあったら、そうしたら!
 ねーんだよ、何も。今の状況で、起死回生の道はどこにもねーんだ。
 俺は、このままココで……

「……俺自身、頑張ってこっからでようとしたんだよ。でも、どうしても、抜け出せそうに無いんだ。今からじゃもう、助からない……… それより服部、そろそろ建物から離れろよ。聞こえてくる爆発音が、段々でかくなってんだ。多分、最後に全部の証拠がなくなるくらいの爆発が起きる」

 そう。もうすぐ、今までで一番でかい爆発が起きる。そしたら、その時が本当の別れだな。

「アホ! 俺にお前を見殺しにせえ言うんか? ふざけんなや!」
「……ばーろ、違えよ。少しでも、犠牲は少ない方がいい。頼みたい事があるんだ。安全な所まで灰原連れて逃げろ」
「あ、あかん……」
「言ってんだろ! お前が居たって、俺が助かるわけじゃねえんだ。いいから、早く逃げろ!」


 俺だって、服部の助けが間に合うなら、そっちに賭けたさ。でももうそんな時間もねーんだよ。
 だからせめて、最後の瞬間まで――伝えたかった言葉を、こいつに託すんだ。


 ドォン!


「ぐうっ……」

 また近いところで爆音が聞こえて、地面の揺れに柱が動いてずれた。
 一瞬気絶しかけたけど、意地でも意識を保った。
 ……頼むから、まだもうちょっとだけ、俺に時間をくれ! 最後にどうしても……どうしても遺したい言葉があるんだ!


「服部……っ、最期に頼みがあるんだ。聞いて……くれよ。」
『最期て何言うてるんや!』
「まず、お前にまだ今までの礼言ってなかったな……ずっと協力してくれた事……本当に感謝してる。ありがとな」

 ごめんな、返事できるだけの余裕がねーんだ。早く伝えねーと。

『……アホ! そないな事、助かったらいくらでも聞いたる!』

 助かったら、か。不意に、自嘲する笑みが浮かぶ。
 バーロ。それこそ、普段はこんな事言わねーよ。今が最後だから。最後までありがとな、服部。

「服部? ちゃんと聞いてるか? 伝言、まだあるんだ。こんな事、おめーにしか頼めない。
 あのな、灰原にはお前のせいじゃないって、伝えて欲しいんだ。いつも何でも自分が悪い事に決め付けちまうからよ……んな事、俺は全然思ってねえ…って」

 あいつ、目ぇ覚ましたら思い切り自分の事責めるんだろうな。考えなくてもいい事考えて、一人で罪に苦しんで。
 俺は、んな事望んでねーってのに。自分の事より人の事を優先しちまうのが、偶然裏目に出ちまってるけど、今回の事だって、全部俺の不注意なんだ。 俺は死んでも、あいつを無事に守り切れた事がせめてもの救いなのに、助かった後のアイツがそれを嘆いたんじゃ、割にあわねーだろ?

「あと、博士にも今まで世話になったから、そうだな……一言じゃ表わしづらいけど、ありがとうって、言っといてくれ」

 博士。ガキの頃から、色々世話になったなー。
 保護者代わりみてーな感じで、あちこち連れてってもらったり、コナンになってからも一番の理解者で。いっぱい苦労掛けちまった、ごめんな。

「あと、探偵団の奴ら。あいつらには、灰原に間接的に言伝頼んで欲しいんだけどよ。今まで、楽しかった……あんまり、無茶すんなって、言ってやって欲しいんだ」

 ふ、あいつら、俺がいなくなったら、どんな危険な事に首突っ込むか分かったもんじゃねーからな。
 最初は年下だと思って馬鹿にしてたけど、意外に頼りになるガキ連中だったよ。騒がしかったけど、コナンとして過ごした日々がそれほど苦痛でもなかったのは、あいつらのお陰でもあるんだ。

「あー。あと、毛利のおっちゃんにも、礼言っといてくれよ。コナンとして世話になったし……おっちゃんとは新一の頃からの付き合いだからな。 あぁ、礼だけじゃなくて……おっちゃんには謝っといてくれるかな? 今まですみませんって」

 つい苦笑いが零れた。ずっと騙して居候した挙句、事件解決の時散々麻酔銃撃って利用しちまったからなぁ。
 だらしねーおっさんだけど、いざって時は結構尊敬できる所もあるんだ。悪態ついて文句言いながらも、俺や蘭を見守っててくれた人だからな。

「あと、父さんと母さんにも……今までありがとなって言っといてくれるか?」

 父さんか。結局最後まで追い抜かせなかったな。それはちょっと心残りか。
 母さんも何だかんだ言って、この度胸と演技力は母さん譲りなもんだったからな。

 それから……さっきから、ずっと考えてたけど。

「蘭に……蘭にな……、
 約束守れなくてごめんなと、今までずっとありがとうと……俺の事は、忘れてもいいから幸せになれよ、と、俺も……、俺もお前の事が、好きだったぜ……って」

 蘭、ごめんな。約束したのに、帰ってやれなくて。
 こんな事言ったら、お前を縛っちまう事になるのは分かってるけど、それでも、おめーは、俺の事が好きだって。待ってるって言ってくれたから。
 最後の我儘だけどよ。俺の気持ち、伝えてもいいだろ? 後は、全部忘れて、自分の幸せだけを求めていいから。

『あほ! んな事、自分で伝えろや!』

 怒鳴り声が、耳に届いた。
 ごめんな、服部。最後まで、ありがとな……

「頼んだぞ……はっと…………」

 ドォン!

 言いかけた時、大きな爆発が起きた。
 その衝撃に探偵バッジは俺の手を離れ、慌てて出した手が捉えるより前に、落ちてきた瓦礫に潰された。



 と、同時に………














ドックン…………














 突然の苦しみが、俺を襲った。












〜第4話 コナン編…完  第5話へ続く。〜









作者あとがき<(_ _)>

どうも! 朧月です^^v
先ず、今回のお話も読んでいただけて嬉しいですー♪ありがとう御座いましたっv
取り敢えずはあの哀ちゃんの所に来たメールについては今回は触れず……
けれどこの話のもっとも大切な、重要な意味を占める部分であるコナン編!
あのメールと、最終話を繋ぐための重要な部分を担って、次回へ!!
話の殆どが今までの話のコナン視点なのだけど……
だって、コナンからしてみれば、どの出来事も全部重大なことで……
どうにも、カット出来なかったのですよ。(これでも頑張ってカットしたけど……)

伝言言う所にしたって……
台詞だけはしょる事も出来たけど、コナンにとっては最後の言葉ですから。
台詞と、それを告げるコナンの気持ちと。
どうしても、抜かす事が出来なかったのです。
平ちゃんと会話してる所なんか……どれもコナンが自分の全てを賭けてる所ですから。
あと、VSジンのところは、頑張って必要最低限のところははしょってますが……^^;

そして、最後の部分……
平次と通信が切れてからの、ほんの僅かな空白の時間の、コナンで。
殆ど時間は残されてなかった筈です、ハイ。
けれど、その僅かな時間に、コナンに起こった変化。
そして、やはりじらし大好き人間な朧……ここでぶっつり切りました♪

この話で、平ちゃんとの会話と、その時のコナン&哀の行動の前後関係は見えてきたと思います。
その辺の疑問点くらいは解消できたんじゃないかと。

平次との会話で、哀ちゃんを下ろす前に一度中々返事が無いところがあったでしょう?
そこで応答が無かったのは、つまり深層部分に引き込まれて……一瞬現実から離れた所に意識があったからで。

けれど、平次に現実に引き戻されて。
そして、最後……どんな変化が起こったかは、大体想像つくでしょうが……
果たして、間に合うかどうか!!!
次回も、ご覧下さいませ。

……何か、今回のあとがきやたら長いな(汗)


では、それなのに今回も恒例化したトークタイム!!
コナン「ふざけんな!!何度も何度も同じシーン見せやがって!!!」
平次「何や、工藤そんな事考えとったん?」
コナン「当たり前だ!そんなに俺が苦しんでる所が好きか!!!」
平次「……そやなぁ……朧がどう思てんのか知らんけど。でも最後に希望くれたやんけ。」
コナン「何が希望だ!!あれだけ痛めつけといて!!」
平次「俺も、その意見には賛成やなぁ。ようもこれほどまでけったいな心配させてくれたわ。」
朧「あぁっ、やっぱり今回もこうなるのっ(涙)」
コナン「言っとくけど、新一よりキック力増強シューズが使える俺の方が強い球蹴れるからな。」
平次「それに、俺もまだこの間ので許したわけちゃうからな……(木刀構えっ!)」
朧「(うっ!更にピンチがっ!!竹刀で充分痛かったのに、木刀なんか食らったら…<滝汗)
……こ、今回もさよなら〜〜っっっ(大逃亡)」
平次「学習しないやっちゃな!!」
コナン「レベル強の蹴りお見舞いしてやる!!」

コナン、とってもパリパリしながらボールをける。


朧「はんぎゃ〜〜〜〜〜っっっっ(涙)!!!」

朧、吹っ飛ぶ。

朧「(ぴくぴくしながら…)く……にげ、にげねば……………(気絶)」
平次「あとは俺が始末したるから……安心しぃ。」



またまたまた、お粗末さまでした(ー▽ー;;;;
H16.11.29 管理人@朧月
H22.06.03 改稿