譲れぬモノ
〜He is mine〜





☆☆☆4、昼休み? 手作り弁当と卵焼き☆☆☆



 時間は数分遡り、四時間目の授業が終わった後の教室では、食事だ食事だ、と騒ぎながら、弁当を広げたり、友達同士で教室から出たり、とても騒がしかった。
蘭と園子が一緒に何処かへ行ったのに気付いて、新一は小さく溜め息をついて机に突っ伏した。
 最近、蘭の様子がおかしいことには気付いていた。
自分が、不安にさせているのかも知れないと言う事も、薄々と。
やはり、早いうちに想いを伝えなければと思いながら、とりあえず飯を調達に行こうと、立ち上がり購買に向かおうとした彼の目の前に、その弁当箱が差し出された。

「え?」

 彼が振り向くと、後ろで弁当箱を彼の目の前に掲げた希美はにっこりと笑った。

「新一、一人暮らしだって言ってたでしょ? おせっかいかなって思ったけど、作って来ちゃった。私さ、自分の作った料理を人に食べてもらうの、好きなんだ。将来そういう道に進もうかな〜とか思ってたりもして。それに、購買で買うより、手作りの方が美味しいでしょ?」
「あ……いや、でも」

 やはり、手料理を食べるのには少し抵抗があるようで、新一は初めて渋った。
しかし。

「……私の料理だと、食べる気しない? やっぱりこんな夢、諦めた方がいいかな?」
「あ、いや……そ、そんな事はねぇけど」
「じゃあ……」

 カパ、と開けた弁当箱のフタの下に、豪華なおかずが広がる。
希美はそのうまそうなおかずの一つを箸で摘み上げ、彼の口へ無理矢理突っ込んだ。

「お、おいっ……希美!」

 突然無理矢理放り込まれた事に文句をいいながらも、とりあえず口に入ってしまったものはしょうがない。もぐもぐと噛んで、飲み込んだ。

「どう? 購買のお弁当と、どっちが美味しい?」

 希美は悪戯っぽく笑って、尋ねた。

「……いや、そりゃ……こっちだろうけどよ……でも…………」
「本当!? ありがとう!!」

 彼が何か言う前に、それを遮って嬉しそうに笑った希美。
希美には、大体彼が何を言わんとしたか分かったから。希美は心の中でほくそ笑んだ。



――三日前。

「蘭ちゃん、新一って優しいね」
「え……?」

 蘭に、一緒に遊ぼう、と呼び出した希美は、蘭を家に連れて行くなりそう言った。

「今日、休み時間にね、新一と一緒に屋上に行ったんだけどさ。私の話親身になって聞いてくれて。そんな事話したの初めての事だったから嬉しかったんだ。あんな優しい彼と小さい時から一緒だったなんて、羨ましい。」

 あくまで自然に、喜びに満ち足りた顔で微笑んだ希美。
そんな希美の言葉に、蘭はショックを受けた。

「……新一と、一緒だったの?」
「え? ……うん。あれ? 聞いてない? ほら。数学の後の休み時間」

 蘭の心に、揺さぶりをかける言葉。
全く嫌味には感じさせずに、わざとらしさを全く出さずに、ショックのみ受けさせるその演技力はたいしたものだが。

「……あの時、二人で一緒だったの?」

 忘れるわけがない、ずっと気になっていたあの休み時間の話。

「ええ、そう。屋上で、工藤君とちょっと込み入った話しててね」

 何事でもないかのように、けれども心の中で深く笑みながら、希美は言った。
しかし蘭は気が気ではない。あの時、教室に二人が帰ってきてから、なにやらおかしな雰囲気だった。しかも、あの時から二人は『新一』『希美』と呼び合っているのだ。
何もなかった、というわけではあるまい。

「な、何の……話をしてたの?」

 恐怖で心拍数があがり、震えた声で尋ねる蘭に、希美は苦笑まじりに答えた。

「それは蘭ちゃんにだって教えられないよ。『込み入った話』だもの」
「そ、そうだよね……」

 その時から、蘭の中でぐるぐると嫌な思いが渦巻いていた。
そして、それは当然……希美の計画のうち。




 三日前の蘭の顔を、思い出しながら心の中で深く笑む。
まんまと、彼女は策にはめ込んだ。そして彼も……じきに。

「美味しいって言ってくれて、凄く嬉しいわ。いっぱい食べて!」

 そう言って新一の机に弁当箱を広げる。正直、料理には相当な自信があった。
父親は会社勤めで毎日家にはいない……そして、母親と来たら主婦になったくせに家事全般は酷いもの。
まだ、掃除や洗濯なんかは機械任せで大抵できるけれども、料理はそうはいかない。
まさか、毎日スーパーのおそうざいやら、お弁当やらなんかじゃ、とてもじゃないけど勘弁して欲しい。
そういうわけで、料理だけは希美が小さい頃から担当していたのだ。

「……あ、ありがとな」

 素直にとても喜んで弁当箱を広げた希美に、まさか食いたくありませんとは言えず。
新一は苦笑しながら席につき、箸を手に取った。
弁当箱の中身を見て、ごくりと唾を飲み込む。

(……い、いいよな? これくらいは。実際美味いし……。変な意味じゃねぇよな? 蘭もいないみてーだし……彼女、友達への親切心でやってくれてるんだろうし)

 ちらりと、希美の顔を見る。
希美はどこからでも食べて。と言わんばかりに微笑んだ。
自分の事についてはとてつもなく鈍い新一が、希美のたくらみに気付く事はなく。
手にもった箸を、ゆっくりと弁当箱に近づけ、そこにある卵焼きを摘み上げた。


「新一君!?」


「……へ?」


 突然響いた怒声に、口元の前までやって来た卵焼きは、箸からぽろりと零れ落ち、地面に着地した。

「あ」

思わず、新一の口から小さな声が零れた。
怒声のした方を見ると、見慣れたセミロングの茶髪が揺れていた。
怒った顔で教室のドアの前に立ち、新一と希美を交互に睨む。

「おい、何するんだよ園子! 卵焼きが……」
「あ、いいよ! 新一。彼女だって、そのつもりで大声出したんじゃないだろうし」

 声をあげかけた新一を宥めた希美。
上辺優しそうな笑顔で、まあまあと新一を宥めた後、園子の方を振り返った。

「ね、そうよね? えっと……鈴木、さん?」

(冗っ談じゃないわよ……私がこのお弁当に、どれだけ心込めたと思ってるのよ。この女! 確か毛利蘭の親友だったわね!)

 希美は、新一からは見えないように一歩前にでて、きっとした目で園子を睨んだ。
園子は怒った顔で希美をきつく睨む。

「飯島さん、悪いけど……ちょっと話があるの。いいわよね?」

 雰囲気的に、楽しい話でない事は希美にはすぐ分かった。
しかし、希美は口元で小さく笑んで言った。

「……いいわ。今から?」
「ええ」

 そう答えた園子は、新一の元へ歩み寄り、机に手をついて怒った顔のまま低い声で言った。

「新一君、私は行くけど……あと一口でもその料理食べて見なさい。一生、あんたの事軽蔑するから」

 言葉の内容が聞こえて、希美はむっとした表情を浮かべる。  言うだけ言った園子は、希美をがっしり掴まえて、ズドズドと教室から出て行った。
その後姿を、新一は困惑した目で見つめた。
彼は手元の弁当と手にしっかりもった箸を見て、溜め息をついた。

「……俺にどうしろってんだよ……」

 ぽつんと残された新一は、困った顔で弁当箱を箸でこつこつとつつく。
しばらくそのまま悩んでいたが、周りで呆れた顔で自分を見つめる友人達を見て、彼は逆物乞いをした後、申し訳無さそうに苦笑した。

「なぁ、お前等内緒で食べねぇか? 俺は食ったら不味いみたいだからよ。……はっきり言ってうめぇぞ?」

 その言葉にはっとしたクラスメイトの男子陣は、慌てて頷き、新一の周りに駆け寄った。

「工藤〜、おめぇもいい所あるじゃねえか」
「おっ、本当だ。うめぇ!」
「おめぇに惚れる女は、皆外見綺麗で料理も上手い女だよな」

 口々に言いながら、希美の手作り弁当を頬張る男子軍団。
その中の一人は、口の中にそれを頬張りつつも、真剣な顔で考えてから言った。

「お前さ、毛利と希美ちゃん、どっちにするつもりなんだよ。美人だし、色々な面で出来る、競争率高いアイドル的存在が二人もお前に惚れて……まあ? 俺達にとってはどっちをフッてくれても構わないんだけどよ。けど、やっぱり俺たちずっと見てきた方を応援してえんだよ。なあ、何かお前急に希美ちゃんと仲良くなってるけど、毛利の事フッたりしねぇよな?」

 突然の真剣な話に、驚いて反論しようとした新一だったが、
また前に出て来たさっきとは別のもう一人が、大きく頷きながら言った。

「そうそう。俺たちは、ずっと無意識で夫婦やってるお前たち見てきたから、毛利の方とどうしても結ばれて欲しいって思ってるんだろうけどよ。最近のお前見てたら、どうしても気が気じゃないっつーか。お前毛利にまだ言ってねぇんだろ? 自分の気持ち。
あいつも結構モテるんだからよ、はっきりしないままで居たらとられちまうぞ、毛利」

「いや、俺は……蘭の事は…………」

それだけ言って、彼は黙り込んだ。
じっと、思いつめた顔で何かを考え込みながら、頭に蘭の顔を浮かべる。

(慌しくて時間がなかったからだ? んなもん、言い訳じゃねーか。俺は、蘭の気持ちを知ってるんだ。それで俺だけ勇気がないから言えないなんて、ずるい事だよな。)

「蘭には、確かに……まだ何も。けど俺の気持ちは、もう既に決まってんだよ」

会話は、一転して真面目なムードへと突入していた。






〜第五話に続く〜










作者あとがきっ!!!

4869番、倖希様のリクで…
「新一と蘭ちゃんの間に割って入ろうとした女の子の話」

第4話ですっ!
3話の、園子と蘭の部分と同時刻(あるいは少し進んだ時刻)の、新一と希美。
希美ね、腹の中ブラックな女の子よね(苦笑)
でも、一つだけ。人は騙すけど事実は曲げない子です。
だから、将来料理の道に〜な話も、あながち嘘じゃあない。
……ただ、『人を騙す子』とは言いましたからね。
それが本当にやるんだ!って思ってるわけでもなくて、
たくさんあるやってみたい事の一つ程度。
だから、ほら。蘭ちゃんに言ってることも、嘘じゃないでしょ?
あの時、本当に彼女は新一と込み入った話をしてたのです。
ただ、それを利用して騙してはいるけどね。
そしてまたもや次も出来てます。(やっぱり加筆修正するだろうけど。)
今回もありがとうございました!
次回もよろしくですv
感想、いつでもお待ちしてますよ^^v