譲れぬモノ
〜He is mine〜





☆☆☆1、恋敵!?☆☆☆



「工藤君。ねえ、ちょっとお願いがあるんだけど……」
「何?」

 話し掛けた希美に、新一は怪訝な表情を浮かべ振り向いた。
 そんなテレビでは見た事のないような顔が、希美の恋を更に大きくさせる。

「あのね、私……学校まだ慣れてなくて……ちょっとだけ案内してくれないかな?」

 はにかみ笑いを浮かべて、じっと上目遣いで見つめる。思いっきり甘い声を出した筈だ。しかし、新一の心は全く動く様子なく、そっけない顔で答えた。

「悪いけど……俺この間まで休学してて、今色々忙しいんだ。だから他の奴に案内してもらってくれねーか?」

 言いながら、彼は机の上にいくつか乗せてある資料を指差した。確かに、山積みと言って間違いない量である資料は、目を通すだけでも大変そうではある。しかし……

(……片付けなきゃならない用事があるからって、私の頼みが断わられるなんて。今まで、男供は皆私が頼みごとをすると、自分の事そっちのけで聞いてくれたのに!)

 希美としては、それはあまりに慣れない態度で、いつも二つ返事で言う事を聞く男達を思い浮かべて、内心カルチャーショックを受けずに居られなかった。
しかし、ある考えが浮かんだ事により、希美の顔には妙な笑みが浮かぶ。

(……それとももしかして、照れてるのかしら? そう、そうよ。きっとそうだわ。
うっふふふ、工藤君って、割とウブなのね。可愛いトコもあるじゃない。そうだわ! 私がここで………)



 希美は、根拠の無い妄想を働かせた。



「工藤君、やらなきゃいけない事があるなら、手伝ってあげるわ。二人の方が、効率も二倍だし……早く終わるでしょ」
「本当か? ありがとう、飯島さん。じゃあ、これ終わったら校内案内してやっから」
「え、いいの? ありがとう!」
「飯島さんって……優しい所もあるんだな!」
「そう? 自分ではそういうのよく判らないんだけど、よく言われるかもね」


 頭の中に浮かぶ、自分と彼の甘く楽しい笑い声。ついつい、ニヤケそうになるのを堪えた。

(よぉ〜し、決定。この線よ!! それで、案内してもらいながら、二人っきりで色々話し合って彼との距離を縮める! これで私と工藤君は急接近!)

 ほっほほほ、と頭の中で高笑いしながら、勢いよく新一にもう一度向き直る。

「工藤君! あの、やらなきゃいけない事が…………ある、なら?」

 しかし全ての言葉を言い終わる前に、先程立ち上がった自分の席が別の女生徒で埋まっている事に気づく。
そして、仲睦まじげに新一と話す彼女を、希美は呆然と見詰めた。


(な、何? 何よ、どうなってるの? どうして、他の女が既に手伝ってるのよ!? このぉ……誰よ! あんた!!!)


 作業をしている新一の隣……つまり希美の席に座る彼女は、当然のように新一の課題作業を手伝っている。

(私と同じ……長い髪がさらさらで、顔はまぁ……可愛い部類に入るって所?)

そうだ、彼女はこのクラスの娘だ。と、すぐにピンと来た。
そんな希美の心中も知らず、蘭はジト目を浮かべながら新一に言った。

「……全く、とりもどさなきゃならない事があるのに、事件なんか受けないでよ」
「しゃーねーだろ。事件があると、どうしても放っておけねえんだよ」
「事件事件事件って……事件と、留年とどっちが大切なのよ」
「……留年するくらいなら、この学校辞めて大検とって、大学でも受けるさ」
「もうっ、馬鹿っ!!」


 まぁ、うわべだけ聞けば口論しているようにも思うが、その内容はまるで入り込む隙のない夫婦喧嘩だ。
お互いを一番よく知って、思いあっているからこそ出来る言いあい。

(何? 何なのよ、この仲睦まじい様子。凄いむかつくっ!!)

 完全に新一の視界から消された希美は、ぎりっと音をたて、歯をかみ締めた。

「ねぇ、ちょっと!」

 苛立ち混じりの声で彼女の肩を掴み、きつめに引っ張る。
彼女は「きゃっ」と短い声をあげて、驚いた顔で自分を見つめた。
驚いたように大きく見開かれたその瞳は、大きなくりくりの二重で、自分に負けず劣らず可愛い。そう感じた希美は、更にその表情に怒りを表した。

「あなた、名前は?」
「え? ……ら、らん。毛利蘭だけど……」

 低く威圧的な声に、彼女は戸惑いながら答えた。
まぁ、当然だ。まだ話した事もない転校生の女の子から、意味の分からない怒りの瞳を浮かべられていては。
勿論だが、蘭にはそんな風な態度を取られる自覚は全くない。

「あの……? 飯島さん?」 「あなた、工藤君と、仲いいのね」
「う、うん……まぁ」

 困惑し、言葉を濁しながら答えた蘭を、希美は尚睨む。
わけのわからない圧力に、しどろもどろする蘭をじっと見つめて、自分の頭に何パターンもの計画を巡らせた。
数秒黙っていた希美はそのうち笑みを浮かべ、蘭に囁く。

「毛利さんね……ふぅん。私の事、同じクラスなら、自己紹介聞いてたわよね?」
「うん。もちろん……」

 未だ状況が把握出来てないらしく、渋い顔で答えた蘭に、
希美は先ほどとは打って変わって、腹黒くも人懐こい顔を浮かべた。

「そう、なら私、あなたとお友達になりたいんだけど、いいかしら?」
「えっ? もちろん……」
「よろしくね、毛利さん」

 にこやかに差し出された手を、蘭は何の疑いもなく握り返した。
希美の考えている事など、全く知らずに。
希美とは違い、本当の屈託ない笑顔を向けて。

「よろしくね!」





 次の日、希美は登校してきた蘭と新一に、真っ先に挨拶した。

「おはよう、工藤君と毛利さん。一緒に登校してくるなんて、本当に仲いいのね」

 にこやかに声をかけた希美に、二人も普通どおりの挨拶を返す。
希美は微笑んだ後、一瞬だけ冷たい瞳で蘭を見た。
きょとんとした顔を浮かべる蘭に、今度は意味ありげな笑みを見せる。そして、新一に聞こえないように蘭の耳元でささやいた。

「あのさ、毛利さんと工藤君っていつからの知り合い?」
「え? 私と新一?」

 蘭が首を傾げると、希美は頷いた。
誰にも見えないように、口元には歪んだ笑みを浮かべて再び耳元に囁く。
「随分、落ち着いた空気に見えたから」 「う〜ん、いつって言っても……物心ついた時には一緒にいたよ」

 あごに手をあて、考えながら言った蘭に、希美は冷笑を返した。

「あら、じゃあ幼馴染みってやつ?」
「う、うん。そうだね……幼馴染み」

 苦い笑みを浮かべ答えた蘭に、希美は明るい声を出した。

「そっかー。だから傍から見ると兄妹みたいなのね!」
「え……」

 一瞬。蘭の表情が気まずく凍りついたのを、希美は見逃さない。

「幼馴染みかぁ。いいよね、そういう関係ってさ。遠慮もなにも要らないし。……あぁ、でも……」

 蘭の顔が曇る。希美の口から何がつむがれるのかと、不安を感じながら。
”兄妹”。自分達は周りからそう見えるのだろうかと。
ショックを受けて、先程より俯いた蘭に、希美は全く悪気を見せずに明るく追い討ちをかける。

「でもさ、幼馴染みって恋愛関係になるのはどうかと思わない? いっつも一緒にいるから刺激とか何にもないしねぇ……。ほら、お互い兄妹みたいに気を許しすぎてるから、会えなくても心は通じあえてるって錯覚してしまうのね」

 蘭の頭に浮かぶのは、新一がコナンとして失踪していた長い時間だ。
少しずつ、元気がなくなっていく蘭に、希美は一見優しい笑みを作って見せた。

「私の前の友達もね、幼馴染みで付き合い始めた子いたんだけど、すぐ破局しちゃった。だから毛利さん、工藤君とだけはそう言う関係にはならない方がいいと思うよ。お友達になってくれたお礼に、アドバイスよ」
「う、うん。でも……」

 何らかの反論を言おうとした蘭だが、上手い言葉が浮かんで来ない。

――幼馴染みで恋愛関係になるのはどうかと思わない?

 希美の言葉が胸に響く。黙り込んだ蘭を見て、希美は心の中で小さく微笑み、更に続けた。

「工藤君と、ずっと仲良い兄妹みたいにいられるといいわね。」

 その言葉は、ぐりぐりと急所をえぐるように。
ついに何も言わなくなった蘭を見て、希美は確信した。
やはり、蘭が新一の事が好きなのだと言う事と、自分の言葉によって彼女の心が少なからず動揺していると言う事。

(フン、幼馴染女なんかに負けないわよ。工藤君は、私がもらうわ。だって、こんなに条件に合う人、今まで居なかったもの。ふふふ、あはははははははっ)

 隣に歩く新一は、ひそひそと話す二人に首を傾げていた。
自分の知らないところで、少しずつ、少女の皮を被った小悪魔がそんな計画を膨らませているとは知る事なく。






〜第ニ話に続く〜










作者あとがきっ!!!

4869番、倖希様のリクで…
「新一と蘭ちゃんの間に割って入ろうとした女の子の話」

第1話ですっ!
この話も、結構続きそう……
今書いてるので、相当出来上がってんだけど、長いもん……
ごめんなさいっ(><)
倖希ちゃん、もしお持ち帰りでサイトに載せるなら、
終わってから1話として載せてもいいからね。