譲れぬモノ
〜He is mine〜






☆☆☆プロローグ、転校生は……☆☆☆



「あぁ! もうっ!!」

 希美は悔しそうに自室のベッドにかばんをほうり投げた。
 飯島希美(いいじま のぞみ)―十七歳。
恋愛経験、多数。今まで作った彼氏の数、多数。そして、彼氏との最高継続期間……


一週間。


(自分から告白してくるくせに、私の何処が不満だって言うのよ!!)


 思い出すだけで、彼女には腹立たしい恋愛体験の数々。
 容姿には、自信があった。
二重で整った瞳に、さらさらの長い髪。そして、抜群のはずのスタイル。
頭だって、そこそこよくて、運動だってできる方だ。
そんな彼女だから、昔から何度も色々な男に告白された。
興味の無い男は片っ端から振ったけれども、そこそこの男とは、付き合ってみる。

 それなのに、何故だろうか。

(自分から告白してきたんじゃない……自分から「希美さんの事が好きです!」って言ってきてるんじゃない。なのに、どうして一週間と経たないうちに、みんな別れ話を切り出すのよ。おかしいでしょっ。おかしいわ絶っ対!!)

「私の、何が不満だってのよっ!」

 希美は、乱暴にリモコンを手にとり、目の前のテレビをつけた。

『高校生探偵工藤新一、またもや難事件解決!!』

 付いたテレビに映っていたニュースは、最近よく耳にする内容のものだ。
それを聞くなり、今まで苛立っていた筈の彼女の耳がぴくりと反応した。
そっとリモコンを置いて、テレビに映る彼の顔を眺める。テレビ越しの顔は、まさしく誰が見ても端麗で、全てを見透かしたような、人を惹き込む瞳は全く曇りの無いものだ。

「工藤新一……か」

 有名な彼の名は、アメリカに住んでいた自分も知っていた。
ただ、別にアメリカで彼のニュースばかり流れて居たというわけではない。それはむしろ父親の優作の方で、その名をアメリカに住んでいて知らない人の方が珍しい。
彼の事は、日本に居る友人との電話で聞いた。その彼が工藤優作の息子だと知って、やけに納得できた。
そんな凄い推理小説家の父親を持つ息子だからこそ、あんな歳で凄い探偵になれたのだろう。

「工藤新一、そうね。私に言い寄ってくる男共も彼くらいの容姿と頭脳を持ってれば、文句ないのに……」

 今日、彼女は父親の会社の都合で行っていたアメリカから、日本に帰ってきた。
二年間外国で過ごした彼女には、日本の高校は初めてで、気合も入る。

「そう、私は工藤新一位の男をモノにするのよ! 絶対今度こそ、釣り上げてみせる!」

 明後日から転校するその学校の名は、


 帝丹高校。


 そして、そこで希美は、生涯一の恋を体験する。





「あん? 転校生だぁ??」
「そうだよ! 帰国子女の女の子ですげー美人らしいぜ。しかも、編入試験もいい成績で通過したらしいしな!」
「ほーぉ……?」

 どこにでもいるようなごく普通の男子高校生に囲まれ、半ば呆れと感心が入り混じる表情で呟いた彼は、興味なさげに欠伸を一つ零す。
そこに集まる誰よりも整った容姿をもち、しかし一見普通の高校生に見える彼こそが、 帝丹高が誇る名探偵。

”平成のシャーロックホームズ”や”日本警察の救世主”と数多くの通り名をつけられ、今も多忙な高校生活を送る、高校生探偵……工藤新一だ。


「なっ、すげーだろ!! スタイル抜群の帰国子女だぜ!」
「……お前等の情報網の方がすげーよ。」

 呆れ声でそう返した彼は、机の中にいつの間にやら入れられた沢山の手紙を、肩を竦めながら持ってきたかばんの中につっこんだ。
 その様子に、クラスメイトの一人はむっと顔を顰めた。

「お前なぁ、ちょっとは嬉しそうにしろよ。俺なんか、女の子のレターが入ってた事なんか、一度もねーんだぜ?」
「別に、嬉しかねーよ。顔も知らない女からいくらモテたからって」

 クールなまま呟いた彼は、その中の一つを手にとった。
差出人の名前を見ても、それはやはり知らない女の子から。
それを見て溜め息をついた彼は、面倒くさそうにその中身を見る。
その様子に、クラスメイトの一人はまたも不愉快そうに顔をしかめた。

「お前さ、いつからそんな奴になったんだよ……前なんかはファンレターが届く度ににやにやして見せ付けて来たじゃねーか……いや、まぁ。それはそれでむかつくっちゃーむかつくけどよ」

 そう呟き、その手紙の文面を覗き見た彼は思わず苦笑した。
 いつの時代の恋文かは知らないが、よほど緊張して書いたのだろう。 震える字で書かれたその文面は、見るだけで恥ずかしくなる言葉に埋め尽くされていた。

「は、はは……毎晩、布団に入るたびあなたを思い浮かべています〜?」

 イタイ文面だな、と呟きながら口に出す彼を、顔を顰めた新一は、ジト目で睨む。

「……おい、見るなよ。俺宛の手紙だぞ?」
「ハイハイ。全く、お前は変わったよ。どっか行方不明になって帰って来てから、ずっと何か悟ったみてーに落ち着きやがって! 転校生の女も、どうせお前に惚れるんだろうよ」

 更に別の一人が呆れたように言うと、すぐにその隣でも悪戯っぽく笑う。

「ムリムリ。工藤の奴はよ、ついに毛利とゴールイン! なんだからよ。ラブラブで、他の女なんか目に映らねーって」
「うっせーな。ったく、ほっとけよ」

 そう答えながらも、先ほどまで変わらなかった彼の顔色がほんの僅かピンク色に変わる。
何だかんだ言っても、まだからかわれるのには慣れていない。
その様子に、周りの男子達もここぞとばかりにからかいはじめる。

「だよなー、工藤は毛利しかいらねーんだった」
「そうそう、転校生なんかに目もくれねーか」

 はやし立てる彼らに、新一は赤面しながらも何も反論しようとはしなかった。

 確かに、彼は蘭の気持ちを知っていた。小さくなっていた頃に、蘭の口から何度も聞かされ、思いの強さを知らされた。

 そして、自分の気持ちももうずっと昔から彼女に決まっていた。
それをどこで聞きつけたのか、大方彼と蘭の会話を聞いてた園子が学校中に振りまいたのか。
しかし、彼は未だ彼女に自分の気持ちを伝えていない。
それは、忙しくて中々そういうムードになれなかったというのもあり、彼自身が告白する度胸をもてない事もあり。

 色々な理由が邪魔をして、未だに二人は片思い同士だった。

 新一は会話にピリオドを打つように息をついて、うざったそうに彼らを追い払った。



――一方。

「あの〜、先生……私、帰国子女なのでこっちの高校の勝手とかよく分からなくて……見逃してくれません?」

 職員室。その担任を任されていた教師は、渋い顔で目の前の少女を見つめていた。
少女はあまり悪びれる様子もなく、だが一見では困った表情を浮かべ、上目遣いで教師を見つめ返す。

 さらさらの長い黒髪と、大きな二重の瞳、そして面長に整った顔立ちは、まさしく美女という評価に値するだろう。

 ただ、文句をつける事があるとすれば、少女が既に届いている筈の制服を着ないで、私服でやって来たと言う事だろうか。

「ね? 先生、お願いですからっ……私前まで私服の高校に通ってたので。制服じゃないとーとか、そういうのよく分からなくて。今からとりに帰ったら、転校初日から遅刻になってしまうんですよ?」
「だ、だがねえ!」
「初めて挨拶するからと思って、気合の入った格好で来たんです。勿論、明日からはちゃんと制服を着てきますから。今日だけ、見逃して下さい」

 その態度に、担任教師は困り顔で頬を二〜三度かいた。
しゅん、とした表情を浮かべた彼女に、それ以上叱り付ける事は気が引ける。
仕方なく「次からは気をつけるように……」とだけ言って終わらせた彼は、少し疲れた顔で、少女を連れて教室へと向かった。



「今日からこの学校に通う事になった飯島希美です! この間までアメリカに住んでたので、こっちの学校の事は分からないことが多いですが、よろしくお願いしま〜す!」

 教室に入るなり、彼女は最も綺麗な笑みを浮かべ、ぺこりと頭を下げて挨拶をした。
そして顔を上げて、視線だけで教室内を見回した。

(並、並、並っ…………ちょっと、全部並?)

 半ば諦め、心の中で溜め息をついた彼女だったが、次の瞬間……その目は一人の男に釘づけになった。

「工藤……何やってるんだ。もうチャイムなっただろう」
「あ、すみません……ちょっと私的な電話が入って。周りに聞かれるとまずい内容だったので……」

 苦笑しながら言った彼の顔を、彼女は驚きまじまじと見つめた。
信じられない、という思いが、彼女の胸を激しく行き来する。

 そんな彼女に気付いて、ちらりとそちらを向いた彼は、先ほどの転校生の話を思い出し、彼女に向けて軽く笑顔を作った。
まぁ、初対面の相手への軽い挨拶のようなものだ。

「いつものか……まぁ、いい。席に戻れ」
「あ、はい」

苦笑交じりに席に戻って行った彼を、希美はじっと見つめていた。

(うそ……! ……工藤新一!?)

 間違えるわけが無い。
ついこの間テレビで見たばかりの、育ちの良さそうな顔立ちと雰囲気。
自分は、彼のような男を手に入れるつもりだったのだ。
まさか、実物に会えるだなんて。しかも、同じクラスだなんて。

(何? なんなのこの運命的出会い! 私にも、春がやって来た……って事?)

 内心喜びを抱えながら、彼女は教師に言われるままに席についた。
その席は……偶然にも新一の隣。やはり運命だと、希美は心の中に確信を抱いた。

「あの……私、飯島希美。よろしくね」
「あぁ、よろしく」

 にこやかに挨拶した希美の方を見て、彼も優しく笑って挨拶を返した。
その笑顔に、ドキン、と彼女の胸が高鳴る。

 (何? ちょっと……テレビで見るよりかっこいいじゃない……)


 ドキドキと、経験した事の無い程に、鼓動が早くなって。
そんな感覚は今まで十数年生きてきて、初めてだった。
自分がそんな気持ちになるなんて、信じられない。そんな思いも感じながら、希美はじっと隣の新一に視線を送った。





(そう、そうよ。今までの男は皆……私にはつりあわない奴らだったって事よね。そう、彼に会うまで私が他の男と出来てしまわないように、恋の神さまが上手く取り計らってくれたのよ! 運命なんて、馬鹿らしいと思ってたけど……そうよ、彼が、私の運命の人なんだわ!! 工藤……新一かぁ)

 転校初日、その日希美は……生涯最高の恋に落ちた。





〜第一話に続く〜










作者あとがきっ!!!

4869番、倖希様のリクで…
「新一と蘭ちゃんの間に割って入ろうとした女の子の話」という事で、
ちょっと待て……

何でまた連載っ!?続き物っ!!?
わ〜ん(><)ごめんなさいっ(滝汗)
次回も見捨てないでやってくださいませv