道しるべ…





守ると決めた人が目の前に居て……

必死で、彼女を守れる自分が居たならば。

何もかもが記憶から消えたこんな自分でも……

自信を持って、彼女と二人で闘う力が持てるんだ。





第九話⇒危険な旅路



「お世話に、なりました。」

荷物を纏めた彼は、驚いた顔で見つめる皆に、深々と頭を下げた。
彼の隣でバッグを抱えた彼女も、困惑した顔で彼を見つめる。

「……ホンマに、行く気なんか?」

尋ねた平次を真っ直ぐに見つめ、彼は答えた。

「ああ。……ここに居たら、皆に迷惑もかかるし。何より、ここに居ても、何も進展しない。
逃げて、かくまってもらってるだけじゃ、闘いはいつまでも終らない。」
「けど、行く当てなんかあるんか?」

行く当て……
1〜2秒ほど無言で考えたホームズが答える。

「まぁな。取り合えずは、変装してどっかのホテルにでも泊まるよ。
俺、組織に居る時、実は色々と情報集めてたから。
俺と胡蝶さんが組織を抜けた時、俺達が関わっていた施設は確かに潰れたけど……
まだ、俺が知ってる施設で、潰れていない場所はあるんだ。」
「そこから、切り崩す気なんか?」
「ねぇ、危険な事は……っ!」

平次の質問と、下から見上げた哀があげた声に、小さな笑みを浮かべ、答える。

「俺は、また帰って来るよ。胡蝶さんと一緒に。
君達に、もう二度と辛い思いはさせない……
だから、帰ってきたら……」

言いかけて、口をつぐんだホームズを、平次と哀と、そして胡蝶は怪訝に見つめた。
視線が自分に集まっていることに気付き、ホームズは静かに微笑む。

「帰ってきたら、今度こそ俺に、本当の事教えて欲しい。
俺が誰で、君達とどんな関係があったのか……そして、胡蝶さんが、誰なのか。」

その言葉に、びくりと、隣の彼女の肩が震えたのを、彼は一瞥した。
胡蝶の顔色を伺うようにしばらく見つめた平次だが、視線を戻し、苦笑を浮かべつつ答える。

「やっぱり、ごまかせへんのやな。あれだけ初めましてやって言うてんのに。」
「分るよ。思い出せないけれど、懐かしさはあるから。」

平次は、ふっと不適に笑った。

「なぁ、ホームズ……。それやったら、約束や。帰ってきたら、教えたる。
俺らの事も、その胡蝶姉ちゃんの事も。……せやからな。」
「うん。」
「必ず、二人とも生きて無事で帰って来いや。……今度こそ、な。」

言われた言葉に、ホームズの顔にも不適な笑みが浮かぶ。

「ああ。」

答えたホームズは、胡蝶の手を握り、「行こう。」とゆっくりと微笑んだ。
困惑しきった表情で、「う、うん……」と返事をした彼女の手を、ゆっくり引いた。

「じゃあ、またな。服部……それから、灰原さん。」

最後にそう告げて、戸を閉めた。
慌てて戸を開けなおして、「今までありがとう!」と頭を下げた彼女を見て、微笑む。



「ねぇ、どうするつもりなの?ホームズ。」

家を出てから数分間。
黙ってホームズの様子を伺っていた胡蝶は、ついに耐え切れず尋ねた。
顔から不安が抜けない彼女を安心させるように、彼は優しく微笑んだ。

「行ったじゃないですか。まずは変装してどっかのホテルに。」
「あれ、本気だったの?そんな事で……」
「そんな事で奴らは欺けないって言いたい?」

覗き込むような体制で言葉の続きを言い当てた彼に、どきん、と心臓が強く鼓動した。

「……そう。そんな事で、組織の人たちは……」
「大丈夫。逃げるなら確かに甘いかも知れないけれど、俺達に残された道は、逃げることじゃない。
奴らと闘う事なんだ。宿は一時しのぎだよ。」

その瞳が、強く輝いていた。
組織で会った時から、一度も見せた事のない彼の表情。
胡蝶は、喜びと戸惑いを感じていた。

「適当に、駅近くの宿でも取ろう。
変に見つからなさそうな所探して無理やり取るよりも、その方が逆に自然だと思うから。」
「う、うん……」

組織を抜けた時、何も知らない彼を自分がリードすると決めたはずなのに、
いつの間にか、逆に押されてリードされている自分がもどかしい。
これでは…………何も変わらない。

彼にずっと守られ続けていた、”あの頃”と。

「ホテルに着いたら、夫婦とか言ってチェックインするの?」
「……いや。ちょっと無理がありますよ。照れが出てしまうと思いますから。」
「そ、そっか……」

”ちょっと無理がある。”
本人全然そんな気がなくて言った言葉なのに、かなり心に深く突き刺さった気がする。
ショックを受けながら何とか返事を返すと、彼は「それよりも……」と話を続けた。

「胡蝶さんとは、ずっとパートナーでやって来たんですから、親友を装った方がいいですよ。
俺、何だかわからないけど、組織に居た頃から演技には自信があるんです。
胡蝶さんの親友の女役、やりますから。」
「お、女っ?」

つい声を上げてしまった彼女の唇を、彼の手がふさいだ。
あまっている方の手の人差し指を自分の口元に押し当て、「し〜っ」と小さく話す。

「あんまり大きな声出さないで。どこで誰が聞いてるか分らないですから。
大丈夫、全部俺に任せて。怪しまれずにやって見せますから。」
「う、うん……」

自分の手を引く彼の後姿の頼もしさに、胡蝶の頬は微かに熱くなった。




先の言葉通り、駅近くにある、ある程度の広さと内装も備えたホテルのフロントで、
ウェーブがかった長い髪を下ろし、ブルーの色のついた眼鏡をかけて帽子を被った女と、
肩ほどまである綺麗なストレートヘアで、比較的薄めに化粧が施されているように感じる背の高い女が二人、
どちらも、一言で形容するなら”美しい”がふさわしいであろうか。
その親友という設定の美女が二人、フロント係の応対を受けていた。

「あの、予約取ってないんですけど、大丈夫ですか?」

ウェーブの髪の女の方が、その色つき眼鏡の奥に困ったような色を滲ませてそう話すと、
ストレートヘアの彼女も話す。

「私達二人で遊びに来てたんですけど、ちょっと私達の家門限厳しくて。破ると締め出されてしまうんです。
だから、二人で泊まれる部屋ありませんか?」
「少々お待ちくださいませ。」

笑顔でそう答えた受付の女は、お客様名簿のようなものを取り出し、空き室を探る。
その仕草に、脈ありと判断して、ストレートの彼女は、ウェーブの女性に小さくウインクをした。
ウェーブの女が胡蝶、ストレートの女がホームズ。
ホテルから少し離れた場所にある化粧室の中で、二人共変装した。

「お客様、それでしたら506号室の和室3名様用のお部屋と、
314号室の洋室2名様用のお部屋と御座いますが……どちらかご希望はございますでしょうか?」

彼女の言葉に、二人は顔を見合わせる。
相談口調で、ウェーブの女はその親友を見つめた。

「深雪ちゃん、どうしよっか?」
「う〜ん、華奈の好きな方でいいよ。私はどっちでも。
 あ、でも洋室の方がベッドもあるし楽じゃない?」
「そう?じゃあ……洋室の方にしよっかな。」
「うん。じゃあ、洋室の方でお願いします。」

「かしこまりました。それでは、こちらにお名前を。」

名簿を差し出され、華奈と呼ばれた女が、そこに二人分の名前を書く。
”杉本 華奈”と、”伊東 深雪”。
”杉本 華奈”というのは、胡蝶の偽名である。
当然、もう一人の”伊東 深雪”は、ホームズの偽名。
ありがちだけれど簡単すぎない名前を、二人で考えた。

「それでは、こちらが部屋の鍵で御座います。
詳細は、部屋に当ホテルの説明が置いてありますので、そちらをご参照下さい。
それでは、ごゆっくりおくつろぎください。」

頭を下げた彼女に、二人は小さく微笑みかけた。
鍵を持って、「行こっか。」と斜め後ろの大きなエレベーターへ向かった。
その様子を、ロビーで新聞を手にした男が、横目で追っていた事には、二人は気付かなかった。






「上手くいったね。」

部屋に入って、胡蝶は一安心したとベッドに腰掛けた。

「いいですよね、胡蝶さんは。女装なんて一生縁がないと思ってましたよ。」
「そんな事言って。女装しようって言ったの、ホームズ君でしょ?」
「そうですけど。」

くすくすと笑う胡蝶の顔を、ホームズは微かに頬を染めて見つめていた。
じっと、大切なものを見る瞳で。
その視線に気付き、自然と胡蝶の頬も赤くなる。

「ど、どうしたの?ホームズ君。」

女の姿をしていても、その中身はホームズ。
見つめられると、鼓動の速度が増して、顔が熱くなってしまう。

「胡蝶さん……こうやって二人きり落ち着いていると、初めて会った時の事、思い出しますよね。」
「そう?」

”初めて会った時の事”
自分だって、忘れた事はない。ようやく彼を見つけた時の事。
油断したら、涙がぼろぼろ零れてきそうだった、あの時の事。

「はい。組織の施設……俺はずっと、組織に教え込まれた事がこの世の全てで。
俺の事を教えてくれた彼らは、俺が昔から組織に居た事と、組織の仕事と……それしか教えてくれなかった。
本名も、今までの思い出も何も知らずに……組織に言われたことを信じるしかなかったんだ。
だから、せめて俺の過去を知っている人に会って、全てを聞きたくて、ずっと探していた。」
「うん、そうだったね。」

「いつか誰かが見つけてくれる事を信じている」と言っていた彼。
思い出して、胡蝶の顔にも懐かしさが映る。

「そんな時、君に会えたんだ。あの暗い組織の中で、一人暖かくて明るい雰囲気を纏っていた君に。
俺が、ぼんやり窓の外を見ていたら、君が後ろから……」





初めて会った時、自分が誰なのか分からなくて……
組織に居たというのに、そのやらされる仕事全てが嫌な事ばかりで。
ずっと必死で自分の事について話してくれる人を探していたのに、全く見つかる気配もなくて。
途方にくれて、ぼんやりと窓から外を眺めていた。
この世界のどこかに、自分の事を知っている人間が、本当にいるのだろうか?
それさえも、疑いたくなってきていたその時に、
後ろから突然ぽん、と肩を叩かれた。
振り向くと、そこで彼女はにっこりと微笑んだ。


”こんにちは。初めまして!君、この組織長いの?”
”あ……えっと、そう……みたいです。”
”随分曖昧だね。”
”はい……実は…………”





その時は、まさか彼女と一緒にコンビを組む事になるとは思わなかったけれど。
まさか、彼女と組織を抜けて逃避行の旅をする事になるとは思わなかったけれど。

「胡蝶さん、俺を見つけてくれてありがとう。」

そう呟いた彼を驚いた瞳で見つめた胡蝶は、頬を染め、
何かを伝えようとしたのか、ごくりと息をのんで、「あ……っ」と口を開いた。
けれど、それが何かの言葉として彼に伝わるよりも前に、ホームズは彼女の口を塞ぎ、
「しっ。」と、自分の口の前に人差し指を立てた。
不思議そうに、口をふさがれたまま首をかしげた胡蝶は、
彼が鋭い顔で廊下に続く戸を睨んでいる事に気がついた。

「失礼いたします。ルームサービスですが。」

戸の向こうから聞こえる男の声に、ホームズが答えた。

「頼んでません。そんなもの。」

「……胡蝶さん、俺が合図したら、ベランダの窓から逃げて。
 大丈夫、下は草むらだ。君なら平気。」

答えながら、彼は小声で胡蝶にささやいた。
戸惑いがちに、彼女も頷く。

「申し訳ございませんが、お客様。……用があるのはこちらでね。」

戸の向こうから聞こえる声が低く高圧的なものに変わった事を確認するなり、
ホームズは胡蝶をベランダの窓の方へと軽く押し出した。
どんどん、と戸を叩く音がうるさく響いた。

「早く。行って!」

不安なのか、中々その場から動こうとしない彼女に、尚命令する。
「う、うん。」と返事をした彼女が、ベランダの窓を開けて外に出るのを確認して、
その来訪者の元へと向かう。

手に、いざという時の為に持ち歩いていた催涙スプレーを持って。

「そんな乱暴にしないで下さい。今開けますから。」

そう言いながら、戸に手をかけるか否か。
刹那に、男達の攻め入りに耐えられなくなったその戸は、ばぁん、と凄い音を立て、凄い勢いで開いた。

「死ね。」

その廊下に立っていた2〜3人の黒尽くめの男のうち、一人が真っ先に銃を向けた。
ホームズは何の迷いもなく、すっと、催涙スプレーを構えた。






ドン!!ドォン!!!





パリン!!!























二発の銃声が室内に……そして外に響き渡り、
割れたベランダの窓の破片が、下の草むらに突き刺さった。


















〜第10話へ続く〜













作者あとがきv

え〜、どうもこんにちは。朧月です!
まずは、今回もお読みいただきまして、ありがとう御座いますv
当初の予定では、この襲撃シーンの前に、
二人でホテルに泊まるほのぼのシーンがあったのです。
でも、それは居れない事にしました^^
これで、一話分くらいは節約できたな、うん。
早ければ、後2話ほどで最終話迎えるでしょう。
遅ければ、先のあとがきで話したように、15話まで行ってしまうかも^^;

さて、今回かなり話を動かしました^^
この話は、結構だらだら続いていた部分を何とかしたかったので、
今回はクライマックスに向けての展開が動き出して、自分的には満足。
でも、ちょっと首傾げたくなる部分も、あるかもしれない今回のお話^^;
次回も、どうぞご覧頂けると嬉しいですv

それでは、今回もお読みいただきありがとうございました!!
よろしければ感想などなど、いつでもお待ちしております〜^^

H18.5.19.管理人@朧月。