道しるべ…





あの時の、あなたの顔が忘れられない。

止める事が出来なかった、自分。

薬を渡してしまった、自分。

彼が、全てを失う事を知っていて、どうする事も叶わなかった、自分……

自分を責める毎日を送っていた自分に届いた連絡に……

私は急いでそこへ向かった……



第五話⇒友達……


―工藤君、ハイこれ解毒剤よ。

阿笠邸に彼を呼び出して、私はその薬を彼の目の前に差し出した。

―やっと、やっと…出来たのか!?

明るい顔で、そう言った彼。
そして、私の手から薬を受け取ろうとする。
けれど、私はそんな彼に薬を渡す事を拒んだ。
手の中にある忌々しいものを、きつく握り締めた。

―おい、何の真似だよ灰原……

そう問い掛けてくる彼の瞳に、申し訳なくて。

―ごめんなさい。完全な薬は…出来なかったの。
  あのね、工藤君……あなたには選択肢があるのよ?
  これを飲まなくても……今のままで充分生きていけるでしょ?

必死で、彼を説得しようとした。
飲ませたくなかった。この薬だけは。
けれど、彼は。
当然、わかっていた事だけれど。彼が出した答えを変えようと、私は必死で説得を試みた。


―ダメなの!!!この薬は、どうしてもあなたに飲ませたくない!!
  完全な薬じゃないのよ!!!
―完全じゃなくても……………
―この薬を飲んだら、あなたは壊れてしまうのよ!!!

あなたは、あなたじゃなくなる。
所詮不可能な事だった。そんなごく稀な副作用を打ち消ための、
身体に何ら害もない解毒剤なんて。
必死で、説得したというのに……彼は分かってはくれなかった。

―どうして……?それがあなたの望むことなの?
  あなた、私の言ってる意味分かってるんでしょう?
  それが本当の帰還なの?……工藤君っ!!

―分かってるよ。でも俺……それでも諦められない。
お前はそれを知ってても俺に選択させてくれた。
多分、お前はもう一つの答えを求めてたんだと思うけど、
俺は、ちゃんと薬のこと教えてくれて嬉しかったよ。

優しく微笑みながら、そう言ってくれた彼。
その笑顔が、とても辛かった。

―だ……だったら………………

―でもな、俺は何があっても……工藤新一なんだよ。

薬を受け取った彼は、すぐには飲まないと言った。
けれど、その薬はいずれ彼の体内に入る事は、あの時簡単に予想出来た。


―工藤君!!もう、もう逃げられないわ!!
―………まだ、道は残ってる。
―工藤君!?
―灰原、ごめんな。……蘭の事、よろしく頼むぞ。



朝起きて、コーヒーを作っていた彼女は、
ごぼごぼと次第に出来上がっていく黒い液体を見ながら、
じっと、昔の事を思い出していた。

「もう、一年も経つのよね。」

最後に見た彼の顔は、笑っていた。
静かで、穏やかな顔で笑っていた。
私は、結局彼を失ってしまった。
結局、また大切な人を失ってしまった。

今でも、あの時の事を思い出すのは辛い。
解毒剤なんか、渡さなければよかった。



思いつめていた所に、電話が鳴った。
現在はまだ午前5:00。
全く、こんな時間にかけてくるなんて、非常識だと思いながらも、電話をとる。

「はい、阿笠ですけど……」

電話に出た彼女の顔色が、その表情が……段々と変わってくる。
驚きと、困惑と……何かたくさんの感情に支配されたものに。

「ほ、本当なの!?」

彼女の問いかけに、電話の相手は肯定の返事をした。
彼女は、その相手といくつか言葉を交わした後、電話を切った。
慌しく着替えて、そこへ向かう準備をする。



「あぁ、そうや……今か?今は大阪のオレの家におる。…ああ。
姉ちゃんにも、電話したろて思てな。そや。……ほな、待ってんで。」

ぴっという音とともに、電話を切った彼は、軽く息をついた。

「……どこかに電話してたんですか?」

半覚醒状態の声に隣を見ると、布団から身体半分起こして
眠そうに目をこするホームズの姿があった。
平次は、1〜2秒黙って彼の様子を眺めていたが、
仕方なさそうにふっと笑って、彼に言った。

「すまんな、起こしてしもたか?……おはようさん。
ちょお、知り合いの所に電話しとっただけや。気にせんでええ。」

昨日より、幾分棘の無くなった口調で、平次は言った。
そのまま、すぐにそっけない様子で後ろを向いてしまったが、
ホームズはそんな彼に、幾分ほっとした。

「あの、服部……さん。」

背後から戸惑いがちにかけられた声に、平次は一瞬黙り込んだ。
『服部さん』……何度聞いても、慣れないその呼び名。
ふぅ、と溜め息をついて、平次は呟いた。

「………つけんなや。」

低く呟かれた声に、ホームズは不思議そうに顔を上げた。
もう一度、今度ははっきり彼に言う。

「………『さん』なんか、つけんなや。」
「え?」

怪訝な顔で自分を見つめているホームズの視線に気付きながらも、
振り向く事はしない彼。
ホームズが、首を傾げて彼の次の言葉を待った。
平次は、しばらくの間の後、ホームズに言った。

「……『服部』でええ。……『服部さん』なんて、なんや落ちつかんわ。」

正確には、『彼』にさん付けされるのは落ち着かないと言う事なのだが。
ただでさえ、歯がゆくて苛立たしい事ばかりだというのに。
『服部さん』という慣れない呼び方や、
その他人行儀な敬語が、余計平次を苛立たせていた。
『服部』と呼ばれるならば、多少しっくりくる。
彼の言葉遣いの改善で、この苛立ちも少しはおさまる気がした。
後姿を見つめ、考え込んだホームズだったが、数秒後に、やはり戸惑いがちに言った。

「……はっと、り………?」

その口で紡いだ名前に、どこか懐かしさを感じたホームズ。
やはり、自分は彼と知り合っていたのだと、確信した。
もう一度、心の中でその名を呼んでみる。

―服部……

そうだ、自分はこの名前を、何度も口にしていたのだ。
初めて、心当たりがある名前を持った人に出会えた。
何か思い出せそうな気がして記憶を探っていると、
先ほどまで振り向こうともしなかった平次が、突然自分の方にくるりと振り向いた。
ホームズは、その彼の顔を見て、驚きに目を見開かせた。

「それで、ええんや。」

柔らかい口調でそう言った平次の顔には、
仕方が無さそうな、笑みが浮かべられていた。
どこか優しくて、穏やかな笑みが。
驚いた顔で自分を見つめているホームズに、その笑顔は怪訝なものに変わる。

「何や、気色悪いのぉ。けったいな顔で人の事じろじろ見よってからに。」

苦笑しながらそう言った平次に、ホームズは呟いた。

「………笑った所、初めて見ました。
僕と胡蝶さんが現れてから、ずっと不機嫌そうに難しい顔してましたから。
特に僕には……嫌われてる通り越して嫌悪感でももたれてるのかと思ってました。」

そう言って、ホームズは嬉しそうににこりと笑った。
平次は困った顔で軽く頬を掻いた。

「ホンマか?そないなつもりはないんやけどな。」

簡単に、昔の事を吹っ切れるものではない。
けれど、いつまでも意地を張っているのは、子供なのだ。
平次は、一晩の間にそういう結論に達した。

「おはようございます、胡蝶さん。」
「おはよ、ホームズ君、服部君。」

二人で並んで食堂まで降りてきた姿を見て、胡蝶はくすりと微笑んだ。
平次は、どこか間が悪そうに視線をそらす。

「二人共、いつのまにそんな仲良くなったの?」

昨日までは、あれだけぎこちなかったというか……
意地を張っていたというか……
とにかくあまりよろしくない雰囲気だったというのに。
ところが、今日はどうだろう。
二人並んで、何か話しながら二回から降りてきたその姿は、
とても和やかな空気を感じさせた。

「服部君、折れたの?」

そう尋ねた彼女に、平次は眉を顰めた。

「アホ、そんなんとちゃうわ。」
「そう?」
そんな態度に思わず微笑み、胡蝶は首を傾げた。
彼らには、気まずい雰囲気は似合わない。
仲のいい彼らこそが、恐らく本当なのだと、胡蝶は感じていた。

「よかったね、二人共打ち解けて。」

そう言って微笑んだ胡蝶に、ホームズも嬉しそうに笑った。

「はい。服部は、僕の、記憶を無くしてから初めて出来た友達です。」
「……私は?」

ホームズの言葉に、胡蝶はぴくりと反応し、深く笑みを浮かべて彼に尋ねた。
ホームズは、どこか間の抜けた顔で彼女を見つめた。

「胡蝶さん……は………」

ホームズは、そのまま考えこんだ。
彼女は、どうなのだろう。
友達?そういうには、どこか違う気がする。
ならば、自分にとっての彼女とは……

「……いつも、僕の事を助けてくれる………人。」

胡蝶の瞳が、僅かに大きく開いた。
ホームズは、その後再び考えこんだ。
自分にとって、それが納得出来る答えではない。
しかし、今はその答えが全く出て来なかった。
胡蝶は悩みこんだ彼に、再び微笑んで見せた。

「いいよ、分からなくても。」
「え?」
「……私達、ついこの間会ったばかりだし分からないのもしょうがないと思うよ。
あなたにとっての私が、友達でも他の何かでも……
私を信じてくれてるって事だけは変わらないから。私は、それだけで嬉しいの。」

ふわりと微笑んだ彼女。
ホームズは、彼女を見つめていた。

「ごめんなさい。僕は、記憶も何もないけど……ただ、これだけはいえます。
僕は、胡蝶さんの事を守りたいです。……組織から、守りたいんです。」
「……ありがとう、ホームズ君。」

平次は、そんな二人をじっと眺めていた。
そして、少し切なげに、目を伏せた。



「哀君、そんなに急いで…どこに行く気じゃ?」

博士は、滅多にそんな事をねだらない彼女が、
今「お金が欲しい」と言っている事に驚いていた。
今まで生活していた中で、そんな事があっただろうか。
彼女は出かける支度をすると、博士を起こし、
出かけるからそのためのお金が欲しいとねだった。
哀は真剣な顔で、博士に言った。



「………大阪よ。」



博士から交通費を受け取った彼女は、その小さい体のまま、大阪へと向かった。






〜第6話へ続く〜













作者あとがきv

どうもこんにちは、朧月です。
さて、今回平ちゃんと僅かながら打ち解けたホームズ君。
そして、動き出した哀ちゃん。
さあ、今回の話題の中で、かなり重要な事を握っている哀ちゃん。
彼女の出現で、話がどう変わっていくのか、次回をご覧下さいネv
そして、この話の中で、最も大切なキーパーソン、謎の少女、胡蝶さん。
段々と、彼女の事が明るみに……(なってきてます??)
うふふvvまぁ、それもちょっとずつね♪♪
では、今回も読んでくれてありがとうございました〜vvv
次回も是非見てやって下さいv!!
ではではっvvv

H16.08.19.管理人@朧月。