道しるべ…
消えることのない、あの日の思い出。 辛い気持ちと、どうにも出来ないあの日の悔しさ。 あの日自分の中で殺しても殺せなかった親友。 どうしても冷たくしてしまうのは、彼があまりに薄情なせい。 彼があまりに、全てを背負い込んでしまうせい。 第四話⇒一年前の悲しい思い出… 真っ暗な外と部屋の中。月と星は静かにその場を照らしている。 その静けさの中で、たまにセミの鳴き声などが聞こえてくる。 深夜、もう誰もが寝入っている時間……色黒の彼、服部平次は、むくりと起き上がった。 そして、隣で寝息を立てているホームズを、彼はじっと眺めた。 「……そう簡単に、割り切れるわけないやんけ。」 複雑そうな顔で溜め息をついて、一年前の事を思い返す。 自分は、この一年間……ずっとその事を忘れられなかった。 腹が立たなかったと言えば、嘘になる。 恨んでいなかったと問われれば、その場で考えこむだろう。 けれど、だからと言って、かつての最高のライバルを、嫌いになったわけではなく…… むしろ、今でも自分の中で親友だと思っている。 今でも、多分自分と同じ場所に立てるのは彼だけだと思っているし…… 好きか嫌いかどっちだと問われれば、迷う事無く好きと言うだろう。 けれども、つい冷たく接してしまうのは…… 自分の中で、思っているよりも一年前の事を引きずっていて…… あの時、親友だと思っているからこそ、頼って欲しかった。 いつだって、対等でありたい存在であったからこそ、力になりたかった。 けれど、何も出来なかった……自分。そんな自分が、悔しくて、悔しくて……… あの時の彼の気持ちは解る。 巻き込まれて欲しくなかったんだ。直接やつらと関係のない者には。 恐らくあれは、彼なりの正義で、優しさだったのであろう。 けれど、その結果が今のこの状況だ。 そのつもりはないだろうが、部外者扱いされた事が酷く腹立った。 だから、その親友の顔を見ていると、どうにも居たたまれなくなるのだ。 「服部、ちょっと……話があるんだ。家まで来てくれねーか?」 「ええけど、今からか?時間かかるで。ちょお待っとき。」 あの日、珍しく工藤の方から電話が来て、東京に呼ばれた。 家とは、何故か探偵事務所ではなくて、工藤の家と言う事らしい。 いつもよりも思いつめたような真剣な声に、何の用やろ?と思いながら、 工藤の部屋のブザーを押して、言われるがままに家に入った。 「工藤、話って………」 そう言いかけて、彼がその腕の時計を構えている事に気付いた頃には、もう遅かった。 驚いて目を見開いたのと、彼の手から麻酔針が飛び出したのは、ほぼ同時で…… 額に刺さった針に何を考える暇も無く、眠りに落ちた。 「悪いな、服部………」 悲しげにそう呟く声が、眠る前の最後の記憶だった。 目が覚めた時、一瞬何が起こったのか理解出来ず、 どこか窮屈で自由の利かない身体に不思議に思い…… 手を動かそうとすればガチャリ!と音がした。 自分としては、よく聞き慣れたその音に、意識が一気に覚醒した。 「何や!!これ!!!」 手にはしっかりと手錠…… 身体には縄がぐるぐるに巻かれていた。 それを解こうともがいていると、突然、自分の周りが暗くなった。 「……無理だよ。」 そこに立っていたのは、その影を作った張本人…… 「工藤!!?」 声をあげると、彼は苦しげに微笑んだ。 そして、手の平に紐のついた小さな鍵をぶら下げた。 「手錠の鍵は、ここにある。 ロープもどんなに動いても、外れる事がないように結んである。」 淡々とした口調で、自分にそれを告げる彼の表情はしかし辛そうだった。 平次は眉を顰める。 「何考えてんのや、お前……」 未だに、状況が理解出来ないのは、 自分の探偵としての能力が劣っているからではなく…… あまりにも、理解し難いことが起こっているからだ。 緊張感を感じながら言ったその言葉に、彼は口元だけで笑ってみせた。 「心配すんな。縛ったのは、落ち着いて話がしたかったからだ。 後でちゃんと縄も手錠も解いてやるよ。」 「……落ち着いて、やと?」 何が言いたいのだ、と目の前の小さな彼を睨むと、 彼は言った。 「組織が動いたんだ。俺は……そこに行く。」 「何やと!!??」 俯きながら言った彼に、自分は怒鳴り返していた。 いや、組織とはいずれ雌雄を決する間であったから、それ自体には何ら不思議はない。 しかし、それならば何故、自分を縛りつけているのだろうか…… 「工藤!!お前ホンマに何考えて……!!!」 言いかけた平次を、コナンの悲しげな瞳が捉えた。 微かに浮かべた笑みの悲しい雰囲気は、どう見ても彼らしくない。 「ごめんな。俺もずっと悩んでた。けど、お前を巻き込みたくないんだ。」 「何言うて……」 巻き込みたくない………? いや、違う。もう既に巻き込まれている。今更、突き放すのか? コナンの発した言葉に、僅かに怒りを感じていると、 彼はポケットから一つの小瓶を取り出した。 その中には、一つの………カプセル。 「おい工藤!まさかそれ……」 ある予感が頭をよぎり、身を乗り出すと、コナンは悲しみの消えない顔で笑った。 「あぁ。灰原からもらったんだ。APTX4869の、解毒剤だ。」 「………元に、戻れるんか?」 その問いに、しばし目を伏せて俯き、黙り込んだ彼。 うれしい事のはずが、どうにも辛そうに見える。 そのどこかおかしい彼の様子に首を傾げると、コナンは言った。 「まぁ、な。……ちょっと、副作用もあるんだけどな。」 どこか、歯切れの悪い言い方。 「副作用……やと?」 「……ああ。アポトキシンは強力な毒薬だった。 そして、俺の身体が縮んだのは、その毒薬のほんの一握りの偶然による、副作用だ。 そんな稀な副作用に対する、完全な解毒剤なんて、作る事が可能と思うか?」 「どういう意味や?」 「解毒剤は、出来た。高い確率で元の身体に戻れる奇跡の薬は…… けれど、結局それも……人体にとっては毒そのものだったんだ。」 彼は、じっと薬の入った瓶を見つめていた。 思いつめたような、そんな表情で。 「この薬を飲んで、元の身体に戻る確率は、およそ95%以上……極めて高い確率だろ? けれど、この薬には、俺を殺す力もある。 ……元の身体に戻って、生きていられる確率は、その中の更に50%程度。 そして、万が一無事に元の身体に戻っても、俺は…………」 続く言葉に、平次は目を大きく見開いた。 「アホ!!そないな薬飲まんでも、姉ちゃんと幸せになる方法は!!!」 「……誰も、今飲むなんて一言も言ってねえだろ?」 「それやったら、何でその薬持ってんのや?」 その問いに、コナンは再び苦しげな顔で答えた。 「元の身体が必要な時が来るまで、これは飲まない。 でも、多分……その必要な時は、来ると思う。 そしたら、その時は俺……この薬を飲む覚悟は出来てる。」 そう言った彼の顔は、暗いものではあったけれども、一片の迷いも感じられなかった。 まるで、死をも覚悟しているかのように…… 全てを失う事を、決意している……そんな顔だった。 自分は、知っていた。……彼がこれからやろうとしている事の意味を。 「工藤!!お前考え直せや!!他にも色々方法はあるやろ!!」 「どんな方法があるってんだよ?こうするしか、ないだろ。」 そのおかれた状況からは信じられないほど、穏やかな声でそう答えた彼。 「せやけど……工藤!!!」 必死で、止めようとしたのに、悲しげに微笑んで、彼は首をゆっくりと振った。 そして、一方的に色々な事を自分に語った。 彼は全てを話し終えた時、再び微笑んで、小さく言った。 「じゃあな……行ってくるから………」 鍵は置いていくよと言って、その場に手錠の鍵を置き、くるりと自分に背を向けた。 「……しばらくすれば、灰原が来るから。そしたら、手錠と縄解いてもらえ。」 「工藤!!」 「今まで、ありがとな。後の事、頼んだぞ。」 遠ざかっていく、小さな背中。 どうして、いつも全てを背負い込んでしまうのだろう。 そんな小さな背中に、どうしていつも何もかもを背負い込んでしまうのだろう。 どうしていつも、誰も頼ってくれないのだろう……… どうして……… どうして、この身体は、動かないのだろう……… 止めたいのに。 力ずくでも止めて、別の方法を考えさせたいのに…… どうして、柱にくくりつけられたまま、 この小さな背中を見送らなければならないのだろう。 「あほーっっっっっっ!!!」 出ていった背中に、思いっきり……出せる限りの大声を出して叫んだ。 それから、しばらくして灰原が来た。 彼女が来るまでの間、当然トイレなどにも行きたくなったのだが…… そこは何とか我慢していたため、何て事はなかった。 入ってきた彼女は、暗い顔をして、縄と手錠を解いて言った。 「服部君……工藤君は、結局………結局…っ!!」 か細い声で、自分にそう伝えた彼女。 そのときは、とてもいたたまれない気持ちになった。 ―あ、あの……初めまして。ボクは…… ―でも、さっきから怒ってるみたいですから…… あの、再会した時の彼の顔が、台詞が蘇る。 敬語で、戸惑いがちに語りかけてくる、彼の…… 悔しさに任せて、奥歯を噛み締めた。 再び、隣に眠る彼を見る。 何もかも忘れて、隣で眠る寝顔は、とても安らかなものだった。 「……そう簡単に、拭いきれるもんでもないんや。」 そう呟いて、彼は思い出したように、携帯電話を取り出した。 ただいまはまだ深夜。こんな時間に電話をいれれば迷惑にも程があるか…… 「明日にでも、小っさい姉ちゃんに電話したるか。」 そう決めた彼は、再び眠りについた。 〜第5話へ続く〜 作者あとがきv こんにちは、朧月ですvv こんにちはというか、今はおはようございますな時間ですね。(現在AM6:45) さて、ついに一年前の謎が僅かに明るみに!! 平次はね、本当に新一の事を嫌いになったとか、憎んでるとか、 そういうわけではないんですよ。(恨んではいるかもしれないけど<笑) ただ、許せないだけであって。 今回僅かに触れた、解毒剤の副作用の話…… それはこの話の中で、随分重要なキーポイントです。 まあ、例によって勘がもの凄く鋭い人には分かっちゃってるんだろうな。 では、今回も読んでくださいましてありがとうございましたv 次回も是非お付き合いくださいませvvv それではっvvv H16.08.14.管理人@朧月。 |