道しるべ…





突然、目の前に現れて……

あの時と変わらない瞳で……

けれど、あの時とは変わってしまった彼が話し掛けてくる。

問い掛けてくる言葉に、答えられないことが悔しかった。


第三話⇒平次と胡蝶……


玄関の戸を開けた彼は、そこに立っていた来訪者に驚いて目を見開かせた。
そこに立っていたのは、二人の来訪者。
一人は、同年代くらいの、どちらかというと微かに長めの髪の女性。
もう一人は、その人の後ろにいる、やはり同年代程度の男性。
最初、目に入ったのは少女、つまり胡蝶の方だった。
胡蝶を見た彼は、抑えられない衝動と感情のまま、慌てて彼女の後ろを覗いた。

「く……っっ!!」

後ろで不思議そうな顔で立っている彼を見て、
つい声をあげかけた平次を、胡蝶は鋭い目で制した。
平次は彼女の意図する所にいち早く気付き、悔しそうな顔で俯いてしばし考えた後、
自分を落ち着かせようと意図したのか、すっと横にどいた。

「とりあえず、入れや。話はそれからやで……」

胡蝶、そしてホームズが中に入っていく。
にこやかに「お邪魔します。」と入った胡蝶とは別に、
ホームズはどこか遠慮がちに会釈しながら、「お邪魔します…」と言った。
平次は彼らが家に入っていく様子を複雑そうな面持ちで見つめていた。

そのまま彼らは平次の部屋に入った。
平次は適当な所に座れと言って、彼らが座ったのを確認すると、自分も床にあぐらをかいた。
ホームズは戸惑いながら彼に言った。

「あ、あの……初めまして。ボクは……」

「ボクは」の次に続く名詞が見つからずに、言葉を詰まらせたホームズ。
そして、ホームズがその台詞を言った時に、辛そうに顔を歪めた平次……
そんな二人を心配そうに見つめる胡蝶。
気まずい雰囲気になっているのを察して、胡蝶は平次に言った。

「彼、記憶がないんです。それで、本当の名前じゃないけど、
彼の事は『ホームズ』って呼んであげて下さい。」

ホームズ…その名が出た瞬間、平次は驚いた顔で『ホームズ』を見つめた。
不思議そうに首を傾げた彼に、「何でもあらへん。」と言って目線をそらす。
平次は、今度は胡蝶の方を無言で見つめた。

「…姉ちゃんは?」

低い声で自分に尋ねてきた平次に苦笑しながら、胡蝶は言った。

「私は、鈴木胡蝶です。………初めまして。」
「………初めまして、やな?」

嘲笑を浮かべながら、「初めまして」の部分を強調して言った平次に、
再び胡蝶は苦笑した。

「で?何の用や?」

平次は二人を鋭い視線で見つめたまま、言った。
胡蝶は、平次のその鋭い視線をまっすぐに見返して言った。

「私達、今組織に追われてて…組織から身を隠せる宛が見つかるまで、
ここに匿って欲しいんです。」

平次はしばらく考え込み、何かを言おうと口を開いたが、
胡蝶の必死な眼差しを見て息をついた。

「別に、俺は構わへんけどな…おとんとおかんにも聞いてみんと……」
「お願いします!」

胡蝶は、強い口調で言った。
そんな胡蝶を見て、ホームズも頭を下げる。

「ボクからも…お願いします。ボクはともかく、彼女の事は……」

平次は、驚いたような顔で彼をじっと見つめた。
そして、僅かに俯き、彼に言った。

「そんなに、この姉ちゃんを守りたいんか?」
「……はい。」

ホームズは深く頷いた。
胡蝶は、記憶のない自分をずっと必死で守ってくれていた。
この気持ちがなんなのかはわからないけれど…
彼女だけは、絶対に守らなければならない、そんな気がしていた。
平次はホームズをじっと観察していたが、直にふっと口元に軽く笑みを浮かべた。

「俺、服部平次言うんや……よろし頼むわ。」

どこか、哀しげな声……
そんな彼に疑問を感じながらも、ホームズは「よろしくお願いします。」と言った。

胡蝶は、彼女もまた平次と同じく悲しげな瞳でそんな二人を見つめていた。



夜になって、今日は特に大きな事件もなかったのか、平蔵が帰って来て……
買い物に行っていた静華も帰還し……
二人に許しを得て、正式に匿ってもらえる事に決まった。
平蔵と静華が、ホームズの顔を見て一瞬驚いたような顔をしたのも、彼の気のせいであろうか。
平蔵に組織の事など詳しく聞かれ、二人は知っている事を色々と話した。



夜、さすがに相部屋は不味いだろうと、空き部屋一つ貸してもらった胡蝶と、
平次の部屋で泊まることになったホームズは、どこか遠慮がちに隅の方に座っていた。

「…何や、何でお前そんな隅っこにおんねん?」

平次は不機嫌な声で言った。
ホームズは気まずそうに頭を下げた。

「ごめんなさい。部屋半分使わせて貰う事になって……」
「……別に、構わんて言うてるやろ。」

尚も不機嫌に返した平次に、彼は更に俯いた。

「でも、さっきから…怒っているみたいですから……」

そう。胡蝶とホームズが家にやって来た時から…彼は一度も笑う事もしなかった。
ずっと不機嫌そうに、むっつりとしながらホームズと胡蝶を眺めているだけだった。

「誤解やないか?俺はいつもこんな風やぞ。」

平次はそっけなく言った。
嘘だ……本当は先程からいらついて仕方がない。
初めましてと遠慮がちに頭を下げた目の前の男のことが……
ホームズなどという名前を名乗っているこの男のことが……

―工藤君は、結局……

それを自分に伝えに来た時、もう既に目が腫れていた彼女……
それを見られないようにと俯いて、震える声でそれを伝えに来た彼女……
恐らく、ずっと泣いていたのだ。
腹立たしい……
目の前の男も、怒鳴ってやりたいのに、出来ないという事実も……
何も出来なかった自分も。

「なぁ、お前……ホンマに何にも覚えてないんか?」

平次は低い声で彼に尋ねた。
彼は突然の質問に目を丸くしながらも、答えた。

「はい。気がついたら、あの組織の中にいて……」

そう、目の前の男が、その敬語を使って話し掛けてくる様も、腹が立つ。

「なぁ……あんた、どう思うんや?」
「え?」

しばしの間の後に突然聞かれて、ホームズは首を傾げた。
平次は再び、彼に言った。

「例えば、あんたが『大勢の誰か』を助けるために犠牲になるとするやろ……
けど、その『大勢の誰か』は、あんたを失った変わりに、無傷で済んだんやとしたら……
その決断が大切な人不幸にさせて、危険に飛び込ませたとしたら……
あんた、それで正解やと思うか?」

その問いを、ぶつけた。
無傷で済んでも、犠牲になった存在はどれだけ望んでも帰ってこないのだ。
身体に傷が残らないだけ、心からは、失い奪われたものが存在する。
瀕死状態になっても、お互い同じようにぼろぼろになった方がずっとマシだった。
それなのに………自ら、犠牲になる事を選んだ親友を、
もしかしたら一年間ずっと恨んでいたのかも知れない。
あまりにも、暗くて哀しい顔でそれを伝えに来た少女の事を知っているから……
泣き崩れた幼い少女の事も……絶望的な顔をした幼い少年達の事も……
しばらくずっと落ち込んでいた、あの明るかった筈の発明家の事も……
彼や彼女の両親の気落ちした姿も……
知り合いの警察官達の暗い顔も……全て見てきたから。
そして自分も…ずっと一年前の事が忘れられずに縛りつけられていたから…
だから、頼ろうとすらしなかった彼を、ずっと恨んでいたのかも、知れない。

「言うてみ。あんたやったら、どう思うんや?」

自分とは全く関係無さそうに思える質問だったけれど……
怒ったような、低くて真剣な声、そして真剣な顔……
どこか、ずきりと胸が痛んだ。

「ボクは………」

そう言ったまま、考え込んだ。
そんな彼を、平次はじっと見つめていた。



―服部、ちょっと……話があるんだ。家まで来てくれねーか?
―ええけど、今からか?時間かかるで?ちょお待っとき。

―工藤、話って………

家に入るなり、彼が腕に構えていた時計から発射された針に、眠らされた。

―悪いな、服部………

小さくそう呟いた声が、意識のどこかで聞こえた気がしたけれど……
そのまま、眠りに落ちてしまった。
あの時、不覚を取らなければ、止められたかも知れなかったというのに。



「なぁ、どう思うんや!!」

平次は俯いて考え込んだままの彼に声をあげた。
彼は、困惑した目で平次を見ると、彼に言った。

「キミは?キミなら…どうしますか?」

自分にまっすぐと問い掛けてくる瞳……
そんな瞳に、少したじろいだ。

「俺やったら、そんな残酷な事……」

確かに、自分だって突っ走る事もあるかも知れないけど……
でも、それでも……置いていかれるモノの辛さはとてもよく分かったから。
だから、犠牲になる事だけは選ばない……
その様子をじっと見つめていたホームズは、彼になおも問い掛けた。

「キミは……もしかしてボクの事を……」

平次はすっと目を細めた。
何を聞きたいのかは分かる。
しかし、その質問の答えを……今言うわけにはいかないのだ。

「誤解せぇへんように言っといたるわ。俺達、初めまして……やからな。」
「そう、ですか。」

平次は、ホームズに「適当に寝とけや。」と一言言って、部屋を出て行った。



ふすまの隣の壁を軽く二度叩く。
すると、中からどうぞ。と声が聞えてきた。
平次はすっと隙間を開け、座っていた彼女を見下ろした。

「……説明、してもらおか。」

彼女はふわりと微笑んだ。

「そろそろ、そう来る頃だと思ってたわ。」

彼女は、平次にぽつりぽつりと語り始めた。
平次は、真面目な顔でそれを聞いていた。



真っ暗な空の中に、大きな月が見える。
たまに雲に隠されながら、ぼんやりと光っている。
星も点々と光り……彼はふっと笑みを浮かべた。

「綺麗な夜空だな……」

平次が部屋を出た後、自分も部屋を出た。
平次が胡蝶の部屋まで行き、彼女と何かを話していた事は間違いない。

自分は、何も覚えていない。
気がついたら組織にいて……組織の人に元からこの組織の一員だったのだと教えられた。
けれど、殺しの命令にだけはどうしても従えなくて……
色々と必死で考えて殺したように見せかけて、誤魔化してきた。
自分は誰なのか分からないけれど、いつか誰かが、
自分を知っている誰かが声をかけてくれるだろうと言う事を信じて……
今まで必死で生きてきた。

ようやく組織から抜けて……この家へやって来て………
もしかしたら知り合いだったのではないかと思える人に会えたけれど……

―誤解せぇへんように言っといたるわ。俺達、初めまして…やからな。
ホームズは悲しげに俯いた。



「ホームズ君!」

後ろから声を掛けられて、驚いて振り向くと…そこに彼女が立っていた。
優しい顔で、微笑みながら。

「……胡蝶さん……」
「どうしたの?後姿……凄い哀しそうで、声かけ辛かったよ。」

胡蝶は微笑みを浮かべたまま、ホームズの隣に座った。

「何、考えてたの?」

優しくホームズに問い掛ける。
ホームズは、胡蝶をしばし見つめ…そして答えた。

「服部さん…って人は、ボクの事を知っているのでしょうか?」
「……どうして、そう思ったの?」

ゆっくりと、尋ね返す胡蝶。
ホームズは目を伏せた。
風が二人の髪を揺らす……

「最初あった時も、ボクを見て驚いた顔してましたし……
あの時、なにか言いかけて……」

ドアを開けて自分を見た彼は、確かに驚いたように顔色を変え、
そして自分に向かって何か叫ぼうとしていたのだ。
確かに、彼は……

「そうだった?私は気付かなかったけど……
突然押しかけたから驚いて追い返そうとしたんじゃないかな?」

どこか彼女の笑みが悲しげなものへ変わっていく。
それを不思議に思いながらも、ホームズは彼女に尋ねた。

「どうして、ココに来たんですか?」
「え?どうしてって……」

胡蝶は彼の瞳を見つめた。
ホームズは、再び彼女に言った。

「彼と貴方は、一体どういう知り合いなんですか?」

ホームズのその問いに、胡蝶は僅かに考え込んだ。

「……彼の事はね、新聞で知ったの。
府警本部長の息子で、大阪の少年探偵の服部平次って。
だから、きっと彼の家なら安全なんじゃないかなって思って。」
「……本当、ですか?」

ホームズが目を細めて彼女に問うと、彼女は苦笑した。

「嘘ついてどうするの?」

確かに、彼女が自分に嘘をつく理由はない。
けれども、どうしても気になるのだ。あの『服部平次』という男の事が。

「……そうですよね。でも、感じるんです。彼はきっとボクの事を知っているんだと。
もしかしたら、彼の友人の中に、ボクの事を知ってる人が……」

年齢的にも、同年代なのだから、自分の事を知っていてもおかしくない。
けれど、だったら何故、それを隠すのだろう……
だったら何故、教えてくれないのだろう。
彼は一体、自分とどういう関係だったのだろう。

「ホームズ君、そんな事より、外にずっと居たらいくら夏でも冷えるわよ。
早く部屋に入って、休んで疲れを癒さないと。」

「ね。」と言って立ち上がり、考え込んでいた彼の腕を持ち上げた彼女……
ホームズはそんな彼女の態度をどこか不思議に思いながらも、それに従った。
彼女に案内されるままに部屋に帰ると、
平次は「どこ行ってたんや?」と何事もなかったかのように声をかけてきて……
胡蝶は「おやすみ。」と言って部屋を出て行って……
一言二言平次と会話をして、一日が終わり眠りについた。






〜第4話へ続く〜













作者あとがきv
こんにちは、朧月です。
道しるべ第3話ですっっ!!
謎も少しずつ明るみになってきてると思うのですが、どうでしょう??
え?余計ややこしくなってる???
ま、まぁ…怒らないでやってくださいな、旦那(苦笑)
さて、ついに胡蝶さん&ホームズと平次が会う時が来ましたねっvv
平ちゃん不機嫌街道まっしぐらですが(^^;;
では、次回もまた見てやって下さいネvv
今回も読んでくださいましてありがとうございましたv
それではっvvv

H16.08.07.管理人、朧月。