あの日からずっと……


第4話、囚われの二人




「……どうくん………工藤君!?」

 何度か身体を揺すられて、少しずつコナンの意識は覚醒してきた。ぼんやりとする中で、聞き慣れた声が聞こえてくる。重い眼を、ゆっくりと開いた先に映ったのは、心配そうに覗き込む哀の姿だった。

「……え? 灰原??」

 一瞬安堵した顔を浮かべた哀は、小さく頷き、再びコナンに呼びかける。

「大丈夫!? しっかりして」

 言いながら、哀はコナンの体を起こした。
 小さく頷き、周りを見回すコナンの視界には、全く覚えのない風景が広がる。室内は暗く、その空気も、雰囲気も、まるで知らないものばかりだった。
 痛む頭をさすりながら、彼は必死で記憶を起こした。

(そう、確か蘭から工藤新一へのプレゼントを預かって、博士の家に向かって……それから?)

 博士の家に向かった所までは覚えているが、着いた記憶は全くない。道の途中で、彼の記憶はぷっつり切れていた。幾ら考えても、自分の状況を上手く把握できない。

「………ここ、どこだよ。」

 コナンの問いに、先程までただ黙っていた哀は小さく溜め息をつき、クールな声でたった一言、言った。

「誘拐されたのよ、私達」

 ……誘拐? 耳に馴染みのあるようなないような単語に、コナンは顔を顰めた。

「誘拐って………なんで? ……誰に?」

 まだふらつく頭を押さえて、はっきりしない声で尋ねる。頭がぼーっとして、上手く思考が纏まらない。

「いつまで寝ぼけてるの? 組織の連中に決まってるじゃない!!」

 哀はじれったさを隠し切れずに、先程よりもボリュームの高い声をあげた。
さすがに、ぼんやりしていた意識が起こされる。

「何っっ!?」

 思わず上がる叫びに、目を丸めた哀はその口に人差し指を立てる。

「あなた、それでも探偵なの!? うるさくしたら、彼らに気づかれるじゃない」
「あ、悪い……つい、な」

 声を潜めて注意され、コナンは苦笑いと共に謝った。そして、ようやく自分達が置かれ居ている状況を理解する。曖昧だった記憶はどっと戻り、思考も一気に明瞭になった。

「そうだ。やっと思い出したよ……あの時俺、博士の家に行く途中で急に気が遠くなって……」

 突然頭に鈍い痛みが走り、気が遠くなった事。その後は想像するまでもない。
 組織に警戒していた筈が、これ程まであっさり捕らえられた自分の不甲斐無さを思い、彼は自嘲し、頭を抱えた。

 あの時、油断していたのは、探偵団の気持ちが嬉しかったのと、蘭から貰ったプレゼントで浮かれていた為だ。それも、彼の中で答えとして出ている。

「……くそっ、もう少し警戒してれば、気づいてたかも知れねぇのに!」

 浮かれていた自分に呆れた。幾らでも改善されただろう今の状況には、悔しさが溢れる。唇をかみ締め握りこぶしを作った彼に、哀は苦笑交じりに言った。

「……もうなった事は仕方ないわ。それより、やっと意識がはっきりしたみたいね。これでも心配してたのよ? 工藤君、いつまでたっても起きないから」
「ああ、悪いな。心配かけて。んな長い間気失ってたのか?」
「ええ。あなた、鈍器で頭殴られたみたいだし。私は薬で眠らされてただけだから、すぐに気がついたけど。大丈夫なの? 頭もう痛くない?」

 鈍器で、という単語に、やけに納得した。顔を顰め、傷口に触れると、鈍痛が走り、顔をしかめた。

「……ちょっとは痛むかもな。でも大丈夫だよ。んな事より夜中って、今何時頃だ?」

 窓もない部屋に監禁されているようで、外の様子はわからない。
 不安を感じた。自分が一体どれだけの間気を失っていたのか、どの位の時間が経ったのか。
 哀は腕組みをして答える。

「もう夜中よ。時間で言うと……そうね、二十三時って所ね。半日間、ずっと気を失ってたのよ。工藤君」

 頭の中で冷静に計算してみる。博士の家に向かった時間は、昼一時頃だと覚えていた。すると眠っていたのは役十時間ほどであると判る。

「……そんなに長い間眠ってたんだな、オレ」

 呟き、再び長息を漏らす。それだけ時間が経てば、とっくに誘拐の事実が蘭や博士にも知られている事だろう。既に捜索されている可能性が高い。

「……んで、灰原は?」
「え? ……何よ?」

 突然話を振られた哀は、首を傾げた。

「お前はいつ誘拐されたんだ?」
「あぁ……」

 付け加えられた言葉に、彼女は納得したように呟いた。一瞬考えてから、答える。

「私はあなたより前よ。ちょうど私が目を覚ました時に、気を失って頭から血を流したあなたが運ばれてきたの」
「……そっか」

 という事は、当然、哀の誘拐も皆が知っている事。今頃は、阿笠家や毛利探偵事務所が騒がしいことになっている事が、安易に想像できる。

「皆心配してるだろうな……」
「ええ、そうね」

 哀は目を細め、応えた。沈黙したまま時間が過ぎる中、彼女はその茶の髪をクールな仕草でかきあげ、僅かだけ俯いた。どこか退屈そうにも感じられる、その落ち着き払った仕草は、コナンにはとても意外なものに映る。

(あんなに恐れてた組織に監禁されてるってのに、こいつ随分冷静じゃねえか?)

「…………なぁ」
「え?」

 沈黙を破ったコナンの声に、哀はゆっくり顔を上げた。コナンは哀と目をあわすが、その瞳にやはり怯えは見えない。

「お前、怖くねえのか? こんな状況だってのに」

 哀の目が丸く開かれる。それすらも、コナンには新鮮な反応に思えた。
 数秒、哀はその驚きの顔のまま、じっとコナンを見つめ、考え込んだ。きょとん、とした表情で、口元に手を持っていく。

「……そうね。今まで、怖いなんて事忘れてたわ」
「えっ?」

 ぼそっと呟かれた科白の意味がつかめずに、コナンは再び聞き返す。哀は気まずそうに頬を染め、その視線を微かにずらし、言った。

「……だから。あなたが、全然目を覚まさないから。出来る看病する事に気をとられて、すっかり忘れてたって言ってるのよ」

 不機嫌に眉を顰める哀の表情が、照れから来るものだと、コナンにも伝わった。
 いつもの彼女を思うと、彼女なりに心配してくれていた、という事実が少し嬉しくて照れくさい。頬を染めてそっぽを向く哀が、コナンには、珍しく可愛く感じた。

「いつも、んな態度とってりゃ、ちょっとは可愛いけどな」
「うるさいわね! あなたに死なれたら困るのよ。大事な薬の被験者として」
「……おめぇなぁ。あーっ! やっぱり可愛くねぇな」

 哀の言葉に、コナンは呆れた声を出し、頭を掻き毟る。けれど、コナンを横目で見つめる哀が柔らかく微笑んでいるの事は、彼は知らない。
 束の間の穏やかな時間を味わった後、再び二人の間に沈黙が訪れた。



「工藤君………」
「あん?」

 その沈黙から、先に声を出したのは哀だった。先程よりも少し俯き沈んだ顔で微笑む様子を見て、続きを促す。

「こんな事になって、私達、あと何時間生きていられるかしらね」
「バーロ、何言ってん……」

 彼女の言葉を否定して、勇気付ける言葉の一つも言おうと、返しかけた軽口を途中で遮られる。

「あの組織に捕まったのよ。散々拷問受けた挙句、殺されるわ」
「おい灰原!」

 早口で言った哀の言葉には、コナンはつい怒鳴った。彼女の肩を強く掴み、ぐっと自分の方に寄せる。……が、思いつめた瞳に射抜かれて、何も言えなくなってしまった。

「私だって、希望を持ちたいと思うわよ。私一人殺されるならまだいい、あなたが死ぬ所なんて絶対見たくないもの」
「灰原……」

 彼女の追い詰められた瞳からは、今にも涙が零れ落ちそうに見えた。

「ねえ、工藤君……」

 消え入るような声の後、哀の口から呟きが漏れる。

「もし、少しでも隙があったら私を置いて逃げてって頼んだとしても、あなたは聞いてくれないんでしょうね」

 彼女の口からでた悲しい言葉に、一度だけ溜め息をついた。

「んな事、当たり前だろ」

 コナンに視線を送った哀は、すぐに目を伏せた。ポケットから腕時計を取り出し、小さな笑みを零す彼女を見て、コナンは首を傾げる。
コナンに向き直った彼女の顔には、柔らかな微笑が浮かんでいた。

「ねえ、工藤君……誕生日おめでとう」
「へっ?」

 まさか、この場で彼女がそんな科白を言い出すとは思っていなかった。当然コナンは驚き素っ頓狂な声を出したが、哀は胸ポケットから、大事そうに何かの包みを取り出した。
青いリボンのかかった、爽やかなイメージの包装紙だ。

「これ、プレゼントよ」
「あ、ああ……」

 そんなもの、よく組織の奴らが取り上げなかったな、等と思いながらも、差し出されたそれを受け取った。
 そっと包装紙を開けると、中からお守りつきのストラップが出てきた。

「おい、コレ……」

 戸惑いながらも彼女を見ると、彼女はそっと先程取り出した腕時計を見せた。
 デジタル画面には、PM11:59と載っている。

「悪いわね、ぎりぎりで。でもどうしても今日のうちに渡したかったの」

 まさか組織に監禁されている今、彼女がそんな行為に至るとは思わなかった。コナンはとにかく驚き、戸惑いすらも感じていた。
 そんな表情を読み取ったのだろう、彼女はいつも通りのシニカルな笑みを口元に浮かべる。

「……最後ぐらいこんなのもいいじゃない? もう、私があなたのバースデーを祝う事なんかないんだから」
「は、いばら……」
「ハッピーバースデー……工藤君。今まで、ありがとう」

 そう言い終えた時、時計のデジタル文字が変わった。AM00:00。図ったようなタイミングだ。

「あら、もうあなたのバースデーも終わってしまったのね。……まあ、助かる確率なんて無きに等しいんでしょうけど。それでもあなたが助かってくれる為なら、そんな小さなお守りにも縋りたいのよ」

 私らしく、なかったかしら?

 最後に付け加えて苦笑した彼女を、改めて絶対に死なせてはいけないと思った。博士や探偵団の奴らの中で、やっと普通に笑えるようになった灰原を、絶対に助けてやらねぇと、と感じた。

 蘭に、工藤新一の姿で「ただいま」とちゃんと伝えるためにも。






〜第5話へ続く〜













作者あとがき。


どうもこんにちは、朧月です。

組織に囚われの身になった哀ちゃんとコナン君。そして、そこで哀ちゃんがコナンにプレゼントを、などというのは、後から付け加えたエピソードです。
哀ちゃんのバースデープレゼントを買うシーンを入れちゃったから、無駄にしたくなくて入れました♪
組織が何故腕時計をとらなかったのか…プレゼントをとらなかったのか……それは見逃して下さい!(滝汗っ)
第四話も見てくれてありがとうございます。如何でしたでしょうか?(^^)もしまたお楽しみいただけたのであれば、幸せです♪

ではではっvvv