あの日からずっと……



第2話、平和の崩壊




 五月四日。

 言わずもがな、工藤新一の十八回目に訪れる誕生日だ。コナン自身、例年通り全くそれは頭にはなかった。普段から自分関係の記念日に疎い事もあり、飛沫の転校でそれ所ではなかったのだ。
 飛沫がやってきてから三日目にもなるこの頃には、彼女はすっかり探偵団と打ち解けてしまった。ただ、時折見せる不審な行動が、コナンや哀の警戒を更に深めさせた。

(今んとこ実害はねーかも知れねーが、灰原の話が本当なら油断は出来ねぇ。あのガキが、ジンの娘って言うならな……)

 コナンは真剣な眼差しで、何もない机の一点をじっと見つめ、自分の考えに浸った。

「……ン君? コナン君??」

 少し焦れったそうな、トーンが上がった声が、ようやくコナンの耳に届く。我に返ったコナンが顔を上げると、机の前に立っていた彼女は、きょとんとコナンを見つめていた。

「歩美ちゃん……」

 呟き、先程まで考えていた事を、再び反復させた。
 妹弟のような感覚の探偵団達を、危険な目にあわせるわけには行かない。絶対に、守ってみせると密かに誓いを立てた。

「コ、コナン君? どうしたの、考え事?」

 怪訝な表情を浮かべた歩美に、彼は慌てて笑みを見せた。

「何でもないよ。それで、何だっけ?」

 すると、歩美は頬を染めた。その反応の理由がわからず、今度はコナンが首を傾げる。

「あのね、今日博士の家に来れないかなぁって思って」
「博士の家に?」
「うん、学校終わったらすぐに。いい?」

 上目遣いで顔の前に手を合わせるその仕草は、小学一年生の江戸川コナンが本当に居たとしたら、惚れていたかもしれないと思うほどだ。
 限られた時間しか一緒に居る事が許されないのだから、せめてと思う。

「いいよ。今日ちょうど博士の家に用事があったしな」
「本当!?」

 ぱっと明るくなる歩美の顔に、微かな苦味を混ぜた笑みを返し、頷く。

「じゃあ、約束ね! そ、それと……」

 嬉しそうに約束と言った歩美だが、少しずつ元気をなくしていった。

「どうした?」
「あ、あのね、コナン君……」

 再度聞き返すと、歩美は重々しい口調で話を始めた。つい先程、飛沫が先生に呼ばれて出て行った廊下に続くドアを、不安げに見つめる。

「あのね……飛沫ちゃんの事、なんだけど……」

 言い辛そうに切り出したその名前に、コナンは一瞬背筋を凍らせた。俯く歩美の様子は、いつもにはない深刻さが見える。

「彼女が、どうかしたのか?」

 コナンの問いに、歩美は数秒間答えに迷った。

「……こんな事、思っちゃいけないのかも知れないけど。歩美、飛沫ちゃんの事がね、何か怖いの」
「へ?」

 当然驚かずに居られない。先程まで、歩美は普通に飛沫と楽しそうに会話をしていた。それが、こんな話を切り出すなんて。

「オメー……紅月と、何かあったのか?」

 歩美は、思いつめた顔で首を振った。その要因がコナンにはまだ理解できない。

「じゃあ、一体……」
「歩美自身も、わからないの。でも、お話してても、何か凄く冷たい眼してて……笑ってても、何かいっつも飛沫ちゃんの怖いイメージが消えなくて。それにね、哀ちゃんも飛沫ちゃんが転校してきてから何か変だよ。コナン君も! どうして?」

 泣きそうな顔で問う歩美を、コナンは驚きに見開いた眼で見つめた。

(こいつ………気付いてたのか?)

 そんな素振りをした覚えなど、コナンには全くなかった。けれども、歩美は話す。

「何度も、そんなこと考えちゃだめだよって自分に言い聞かせたの。飛沫ちゃん、転校してきたばっかで不安な筈だもんって。でも、やっぱり怖くて…………最低だよね、友達の事、そんな風に思うなんて」

 歩美の顔が歪む。その様を、コナンは呆然とした瞳で見つめた。
 言わない方がいいと思っていた。けれども、もうそういうわけにもいかない。

「そんな事ないさ。……あいつとは、あんまり二人っきりにはなるなよ」
「え?」

 涙ぐんだ目が、不思議そうにコナンを見つめた。その視線を、強く受け止めてコナンは彼女を見つめ返す。

「何も心配しなくていいから。オメー等の事は、ちゃんと俺が守ってやるよ」
「…………コナン、君?」

 コナンの言葉の意味を理解しきれず、彼女の声は弱く震えた。するとその揺れる瞳に、今度は頼りになる笑みが映った。

「だから、もし何かあったら、すぐ俺に言えよ!」

 両肩を力強く抑えると、次第に彼女の震えは消え、顔にもコナン同様の笑顔が浮かぶ。

「うんっ!」

 と、そう答えた時には、歩美の顔は、完全に明るい彼女らしさが戻っていた。
 なんとしても守りたい大切なものを、絶対に奪わせはしないという誓いが、コナンの中に深く広がってゆく。

この時俺は…絶対になんとしても、関係ないこいつ等の事は守ってやると誓った。
無邪気な笑顔を……奴等に奪わせはしないと………そう心に決めた。





 学校が終わり、家の戸を開けた瞬間に、突然クラッカーの音が響いた。
 さすがに驚き、ぺたん、と玄関にしりもちをついたコナンの上に、クラッカーの紙ふぶきがふわりと着地した。

「コナン君、お誕生日おめでとう!」

 その目の前で微笑む蘭の顔を見て、初めてコナンはその特別な日の意味を知った。同時に、歩美が自分を呼んだ時の態度も。

(そうか。それで歩美のヤツ……)

 学校で頬を染めて話しかけてきた歩美は、ずっとそれを計画していたのだ。自分が忘れているからこそ、そこまでしてくれる周りが愛しい。

「ありがとう、蘭姉ちゃん」

 自然と出来た笑顔で、コナンは蘭に礼を言った。どういたしまして、と笑った蘭は、可愛らしくラッピングされた袋を取り出した。

「はいっ、これ私からのプレゼント!」

 渡された袋の中には、日本代表選手のサイン入りサッカーボールが入れられていた。
 宛名まで付いているボールをどうやって手に入れたのやら、と彼の顔には照れ笑いも浮かんだ。

「有難う! すごく嬉しいよ蘭姉ちゃん!!」
「そう? 気に入ってくれて嬉しいわ。コナン君、何かずっと考え事してたみたいだから。久しぶりに、楽しく笑ってる顔見せてくれたね!」

 軽く、ボールを膝で弄ぶコナンを、蘭は暖かな目で見つめていた。
子供のフリをして答えたとしても、それは全て真実だ。彼女のそんな態度が、コナンに何度でも勇気を与えた。

(……負けねぇからな、蘭。オメーの笑顔がある限りは……いつか必ず、全てを終わらせてオメーの元に。)

「でも、新一今どこで何やってるんだろう。今日ね、アイツも誕生日なの。だからプレゼント用意したんだけど……」

 切なく呟いた蘭の顔を、目を丸くして見上げた。そして、ふっと笑う。

「じゃあ、そのプレゼント貸して。阿笠博士なら新一兄ちゃんに届けてくれる筈だから。僕、ちょうど博士の家に行く用事があったんだ!」

 子供っぽく話すコナンに、蘭は嬉しそうにそれを渡した。

「じゃあ、お願いしちゃおっかな!」
「うん」


 蘭から渡されたプレゼントを持って、コナンは博士の家へと向かった。
 今度は、探偵団達に祝われる事を頭に浮かべて。



 ――多分、博士の家でも同じような事が待っているんだろうな。

 突然戸を開けた瞬間に鳴り響くクラッカー。歩美や元太や光彦の「誕生日おめでとう」って言う明るい声。目を瞑っても、容易に思い浮かぶ。


 そしたら、驚いたフリしてやるか……。

 あ、それから。後で蘭に電話しといてやらなきゃな……

 工藤新一として、せめて電話で礼言っといてやらねえと……

 ありがとな、だけじゃなくて、何て言ってやろうか………



 今の、こんなぎりぎりの状況を束の間忘れて、蘭からもらった工藤新一へのプレゼントを大事に抱え込み……

 歩美達と約束した、阿笠博士の家まで、あともう少し。



 そう、行ける筈だった。いつも通りなんて事はない、この曲がり角を曲がれば……



 皆が待っている、阿笠博士の家に…………








ドカッ……!!!!








 鈍い音が、その場に響いた。と、同時に、視界が暗くなり、コナンは冷たい地面に倒れこんだ。




「誕生日おめでとう!!」と声を上げて迎えようとしていた皆の顔を、頭の中に、描きながら…………





 その場に残った血痕と彼女の想いのつまったプレゼントは、取り残された寂しい静けさの中で……彼がさっきまで確かにここにいたのだという痕跡を、主張していた。



〜第3話へ続く〜













作者あとがき〜〜♪♪


どうもこんにちは、朧月です。
……………………
なんて言うか、結局こっちかい!!!
コナンが最後まで痛めつけられない話が書けないんでしょうか、私は(^^;
あ〜〜っっっ、本当にごめんね、コナン君。
えっと、第2話いかがでしたか?
一体、コナン君の運命は!!!??
こんなお話ですが、次回も見捨てないで下さいねっ!!!

ではではっvvv