――ごめんな……、服部。本当に……


 あの日からずっと、消えない贖罪が心を蝕み続けていた。







あの日からずっと……




 

 あの日、組織との戦いの代償は、とても大きなものとして残った。
 オレ達は探偵なのだから、いつ来るか判らない死はある意味覚悟の上かも知れない。けど、なあ……何でオレじゃなくてお前だったんだ? オレが巻き込んだ事件で、関係なかった筈のお前が大きな傷を負った。動けなかったオレを庇って。

 凄く悔しかったし、いたたまれなかった。そこまで無力だったあの現場。

 オレは今日も花を買って、あいつがいる場所に向っている。本当だったら、今ごろ元気でオレ達と笑いあってた筈のあいつが眠る場所に……
大切な友達を巻き込んじまった罪は重い。あいつ自身にも、その彼女に対しても。

 あの日、オレと灰原が組織の奴らに攫われて追い詰められてた時、オレ達はもう殺される事を覚悟してた。
 体中撃たれて、全く動けないあの状況下でも、何とか灰原だけでも助けてやりたいって、そう思ってたんだ。
 組織の奴らは最後にオレに銃口を向けた。あれが、オレの人生の最後の景色になる筈だったんだ。
でも、その時だったよな。お前が来てくれたのは……


 お前に言いたかった言葉があるんだ……
ありがとう、それから……ごめんな。それから、あともう一つだけ。



 あれは、オレ達が進級したばかりの頃の出来事だった。



第1話⇒マティーニ



 五月一日

 その頃には、コナンや探偵団も二年生に進級してて、また皆同じクラスに居た。担任も変わらず、小林澄子先生だ。
 ちなみに、縮んだ身体はまだ元に戻る気配がない。いつになったらという文句も、最近では少し、洒落にならなくなってきた。

 その転校生がやってきたのは、そんな時期の事だった。


「転校生の紅月飛沫さんです、みんな仲良くしてあげてね」

 彼女が教室に入るなり、一同は騒然となった。
 紅月飛沫と呼ばれた少女は、茶というより金髪に近い髪を高く結い上げ、肌は色白で、大きく鋭い蒼い目を見開かせ、小学生とは思えぬ雰囲気で周りを圧倒した。
 教室を見回し、コナンと目が合うなり、彼女は妖しく口角を持ち上げた。

「私、紅月飛沫(こうづきしぶき)といいます。皆さん、よろしく……」

 飛沫はコナン達の方を見ながらそう言って、指定された席についた。偶然だがそこは、コナンの隣で、哀の後ろ。
 口元に浮かべた妖しい笑みを解かずにそこに腰掛け、クールな瞳で隣に座るコナンの顔を覗き込んだ。

「よろしくね。江戸川……君?」
「え? 何で僕の名前知ってるの?」

 コナンが訝しむのは無理もない。小林先生は、一度もコナンの名を口にしていないのだ。ましてや、自分が名乗った覚えなど全くなかった。

 何故……彼女は…………

 僅かに疑いの目を向けるコナンに、少女はどこか冷たい笑みを浮かべた。

「驚く事じゃないわ。名簿でみんなの名前は見たし。写真も見せてもらったから……」

 その落ち着いている声は、まるで哀のそれに似ていた。けれども、哀よりはかなり冷たい印象を受けるもの。

 納得できたわけではなかったが、とりあえず返事をする。
 コナンが気になっているのはもう一つ。先程から、哀の様子が明らかにおかしい。
何故だか、俯きながら小刻みに震えている。

(……どうしたんだ、あいつ……)

 どこか深刻さも感じる様子に、コナンは首を傾げた。

(どうして、小学生ごときに怯えているんだ? まさか組織の一員ってわけじゃあるまいし……)

 そんな考えに苦笑しつつも、確かに転校生の事は気になっていた。
小学生にしては落ち着きすぎている少女。あの冷たい眼と、まるで感情が篭ってない笑み……。

(……まさかこいつも、薬で体が縮んだとか言うんじゃねぇだろうな?)

 そんな考えを浮かべるコナンを数秒眺めていた飛沫だが、次に更に冷たい視線を哀に送った。
 飛沫の顔に浮かぶ冷笑が深さを増し、震える肩にゆっくり手を伸ばすと、ぽんぽん、と叩いた。同時に、哀の背中がびくりと揺れる。
 飛沫は、妙に威圧感のある冷めた声で言った。

「ねぇ? せっかく席近くなったんだからさ、何か話しようよ」
「べ、別に話す事は…………」

 答える声は、震えている。
 それを聞きながら、コナンは更に目を細めた。

(灰原の奴、やっぱりなんだか様子がおかしい。転校生が教室に入ってきてからだよな。あいつ、何に怯えてんだ? この状況から考えると、この紅月飛沫って女しか考えられねえけど……)

 考えているうちに、そういえば、と思い出す。飛沫が教室に入ってきた時に、哀がぽつりと何かを呟いたのだ。
 しかし、なにを言ったかまでは聞こえなかった。


”そ、そんな……どうして……!?”

 転校してきた飛沫が教室に入ったときの、哀の小さな呟きを聞き逃した。それが、これから起こる惨劇を予言するものだったというのに。
 拒絶された転校生は、再び哀に話しかける。今度は、ごく耳元に近い場所で、哀にしか聞こえない程小さな声で。

「ねえ、何に怯えてるの?」
「ほっといて! 私、人見知りが激しいだけよ」

 精一杯の抵抗だが、飛沫の顔に浮かんだ歪んだ笑みが、再び哀を恐怖に支配した。
「クスクス。折角仲良くなれそうなんだから、そんな事言わないでよ……哀ちゃん」
「ごめんなさい、知り合いに似てたものだから、少しビックリしちゃって……」

 哀は、震えながらも何とか冷静を保って、彼女に言った。飛沫はそんな哀に、口元だけで薄く微笑む。

「そう? 私もあなたを見た時そう思ったわ。あなたにそっくりな人知ってたから。名前は……志保ちゃんって言ったかしら……? …………親戚、にそういう人いない?」

 飛沫が呟いた哀の本名は、隣に座っていた筈のコナンには届いていなかった。哀は震えた声で答える。

「ごめんなさい、知らないわ。そんな人……」
「……そう? まあ、よろしくね。……仲良くしてね。裏切り者の、シェリーちゃん?」

 少女は少し考え込んだ後、やはり哀にしか聞こえない声でそう呟いた。哀はその言葉を聞いた瞬間、また真っ青な顔で俯いた。
 恐怖によって、その身体を硬直させながら……

 帰り道、例によって歩美が飛沫に声をかけ、探偵団一行は彼女と一緒に帰ることになった。
歩美達は飛沫の見慣れない外見に興味を持って、少女に様々な質問をしていた。

「ねえ、飛沫ちゃんってその髪地毛だよね」
「ええ、私の母親はアメリカ人なの。だから私はハーフね」

 そう言った彼女は、ちらりと哀の顔を一瞥する。歩美達は無邪気に彼女に話し掛けている。

「じゃあ、灰原さんと同じだね。」
「あら、そうなの? じゃあ尚更仲良くしましょうね、哀ちゃん」

 彼女は、まるで今知った事のように哀に言った。

「え、ええ……」

 哀は顔を引き攣らせ、不自然な笑みを浮かべ、答える。いい加減我慢ができなくなったコナンは、ついに哀に尋ねた。

「灰原、どうしたんだよ一体……オメー、今日なんか変だぞ。」

 すると、彼女は切羽詰まった顔でコナンに告げる。

「…………工藤君、あの転校生…………警戒してた方がいいわ」

 そう言った灰原の顔は、追い詰められていた。コナンは一瞬浮かんだ嫌な考えに、眉を顰める。

「………まさかあいつ!?」

 灰原は、目を細めてゆっくりと頷いた。

「ええ、コードネーム”マティーニ”…組織の一員よ」

 いつもの冗談じゃない。そんな事は、重すぎる雰囲気を見れば分かる。
けど、突然そんな事言われても、すぐには上手く理解出来ないもので。
コナンは苦笑を浮かべ、明るい声を意識して言った。

「でもよ、あいつもお前みたいに組織から抜けてきたのかも知れねーぞ? 体も縮んでるみてぇだし…………」

 ”灰原の時のように、組織を裏切って逃げてきた”そして”オレ達を頼って帝丹小学校に転校してきた”
 違うとわかっていても、コナンはそれを信じたかった。そうだとするなら、哀を少しでも安心させる事も出来る。
 しかし、哀は必死な顔を見せた。

「違うわ! 彼女、体が縮んでるわけじゃないの! 彼女は元々八歳よ。あれが素なのよ? ……私達みたいに、正体を偽ってるんじゃないわ」

(も、元々八歳って……)

 哀を見つめ返す表情には、微かに驚きと困惑が混じる。

「でも、だったらただのガキじゃねーか。そんなに警戒しなくったって……」

 苦笑しながら言った言葉は、真剣な眼差しの哀に遮られる。

「あの子の事なめちゃだめ。マティーニは組織の中でもかなり上位に居る人間よ。組織を裏切るなんて絶対に有り得ないし、八歳でも相当頭は切れるわ。超一流大学の入試問題だって、余裕で合格点取れるような子なのよ? それに、それに……あの子は……。あの子だけはやばいのよ。だってマティーニは……ジンの娘なんだから…………」
「何だと!!?」

(ジンの、娘………だと? ジンに娘がいたのか!? 何で、そいつが俺たちの学校に!!?)

 哀が言った事実に衝撃を受けて、頭の中で何度もその事実を反復させた。
 その時に、彼はようやく事の重大さに気が付いたのだ。しかし、まだ哀は続ける。

「彼女、さっき私の事シェリーって呼んでたわ。判る? つまり、私の事がばれてるって事。多分あなたの正体も……」

(俺たちを狙って来たのか? どうして、正体がばれたんだ?)

 何度も、思考をフル回転させて考える。何もかもが分からないことだらけだったが、コナンはたった一言、哀に言った。

「注意しないとな。気をつけろよ灰原……」
「ええ」

 しかし、その三日後に事件は起こった。
 本来工藤新一が十八になる筈だった誕生日…………最悪の、事件が起こってしまった。



 そう、この転校生の出現が、全ての始まりだった。




〜第2話へ続く〜













作者あとがき〜〜♪♪


…………おのれはまた何ちゅうモノを。と、思われた方すみませんっ!!!
……なんか最近転校生ネタばっかりじゃん。
しかも、マティーニって……;;;;;;
ジンの娘ってなんだよ、ジンの娘って………
いやね、前にベルモットとジンとの会話で
「久しぶりにマティーニでも〜」云々ってあったじゃないですか。
あれが今回の話のそもそもの起源でありまして………
あんときベルモットがどういう意味で言ったのかは分かりませんけど(苦笑)
こうとってもおかしくはないのではないかと……(汗っ)
ここらで逃げます!!次回も見捨てないで下さいねっ!!!
ではではっvvv