『あの日』から、もう随分経った。
それなのに、蘭は何も言って来ない。
もう、駄目なのかな?



So long as you love me...


第1話、破局!?



屋上で一人風に吹かれ、新一はふぅ…と重い溜め息をついた。
手すりに頬ずえをついて、辛そうな顔で流れる雲を見つめる。
今日、もう何回そんな重い溜め息をついた事だろうか…
その哀愁漂う背中は、屋上にやって来た他の人たちをUターンさせるには充分なものだった。

「あ〜ぁ、何でこんな事になっちまったんだろ。」

苦労してようやくコナンから新一に戻る事が出来て…
真っ先に蘭に会いに行って…
蘭は泣きながら「お帰りなさい」って言って微笑んで…
それなのに、何故………?



「蘭、新一君と何があったの?」

教室の中、園子が怪訝な顔で蘭に詰め寄った。
いや、蘭と新一の事で不思議に思っているのは彼女だけではない。
クラス中皆が、新一と蘭の間に何があったのか気にしていた。
それを代表して、蘭の親友であり、新一とも付き合いが深い園子がその理由を聞いたわけだ。
しかし、蘭は暗い顔のまま、無理に笑顔を作って答えた。

「何でもないよ。心配しないで。」

何でもないと言える顔ではない。
何か、絶対に何かあったのだろう。
頑なにそれを相談してくれようとはしない親友に、園子は溜め息をついた。

「だって、あんたずっと待ってた新一君やっと帰ってきたじゃない。
最初あんなにラブラブ見せつけてたのに、何で急にそんなんなっちゃうのよ?」

その言葉に、蘭の顔色が真っ赤に染まった。

「わっ…私達周りからそう見えてたの!?」

そう言って、困ったように顔を顰めた。
いつもなら、赤くなる事はあっても、そんな反応はしない筈なのだが…
そんな会話を交わしているうちに、チャイムが鳴った。
チャイムが鳴って、数分経ってから何処かへ消えていた新一が教室に戻ってきた。
図ったような時間の遅れ。
ちょうど先生が来てみんな席についた頃に、新一は教室に入ってきた。
そして斜め前にいる蘭に一瞬だけちらりと視線を送り、
自分の方を見ようともしない蘭を見て、軽く息をつき教科書類を机に出した。

「あ〜…つまりこの等式証明は……」

教師が説明する声も、新一は何処か退屈そうに…うつろな顔で聞いていた。
ずっと休学していたからといって、簡単に追いつけてしまうような学校の授業。
そんな事より今の彼の頭は、彼の中で最も重要な問題に悩まされていた。
彼は終始ノートも取らずにぼーっとしていた。


授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響くと同時に、彼は席を立った。
そして周りの人が自分に何かを話し掛けてくる前に教室を出て何処かに消えてしまった。
今日は朝からずっとそうだ。
休み時間になるごとに、彼は何処かに消えてしまう。
そして授業始まりの、ちょうどみんなが席についた頃のタイミングで戻ってくるのだ。
周りが新一と蘭の異変に気付いたのは、今日の朝だった。
新一が戻って、もう一週間くらい経つだろうか…
新一が帰って来た時の蘭と言えばそれはもうとても幸せそうで…
そしてしばらく誰がどう見ても夫婦と言えるような雰囲気を出していた。
それは、そんな新一と蘭を皆が最後に見た週末の帰りも同じ事だった。
新一はいつも通りに空手部が終わるまで蘭を待っていて…
二人で何か楽しそうに話しながら帰って行った筈なのだ。

それが、今日の朝はどうだろう。

登校している二人をいつも通りにからかおうとして
冷やかしの言葉を浴びせたクラスメイトだったが、
何かが違う事に気付いた。
二人は一緒に登校しているものの、いつものような楽しそうな会話が全く無い。
二人共何も話さずに、蘭は新一の方を見ようともせずに固い顔で歩いて来ていて…
新一はどこか気まずそうな顔をしながらも、無口なまま歩いていた。


けれど、まぁ今まではそんな事無かっただけに驚いたけれど、
今日は痴話げんかでもして機嫌が悪いだけなのかも知れないと
クラス中は納得して、変にその事を探りすぎて二人の仲を余計拗らせまいと、
園子と蘭の会話の後は、誰一人遠慮してその事を口に出さなかった。

その日はそれで終わったけれど、
それから一日が過ぎ…二日が過ぎ……
一週間が過ぎても二人はそのままだった。
さすがに、その間心配になった園子を始めとするクラスメイト達が、
一体どうしたのか?と尋ねたが、二人共返って来る返事は「何でもない。」。
喧嘩でもしたのか?と聞いても、「違う」と首を振るばかりで、
全く原因もつかめなかった。

「何か、最近工藤も毛利も元気ねぇよな。」

クラスの中の一人がそう言うと、皆も頷いた。
本当に、何があったのだろうかと心配になる。
新一は相変らず休み時間になると何処かに消え、
授業が始まって4〜5分経ってから戻ってくる。
この一週間、新一と蘭が話しているところを見た人はいない。


つまらなそうに指先でくるくる回るペンを眺めている蘭は、
周りから見るととても寂しそうに見えた。
彼女はここ一週間、ずっと新一の事を考えていた。

―お願いだから!もう私の事ほっといて!!話し掛けないで!!!
―……分かった。蘭が答え出すまで、俺はもうお前には話し掛けないから。

弾みで言った言葉だったけど、あれ以来本当に新一は自分に一言も話し掛けてこない。
けれど、まだ彼女自身気持ちの整理がついてなくて…
自分から話し掛ける事もする事が出来ない。

(…新一の、ばか。)

薄っすらと滲んできた涙を、彼女は慌てて拭った。



あれから、何日経ったっけ?
そうだ、一週間とちょっとだ……

新一は、屋上でぼんやりと座っていた。
ルービックキューブを何も考えずにかちゃかちゃと組み立てながら…
彼もこの一週間は蘭の事しか考えていなかった。
いや、今の彼には彼女の事しか考えられる余裕はなかった。
その気になれば一回分の休み時間の間に仕上げてしまえる手元のルービックキューブを、
抜け殻のようにかちゃかちゃとただ弄っていた。
一昨日も、事件の依頼があって現場に向って…
推理している間だけは忘れられるかと思っていたのに……
結局その間も蘭の事以外考えられなかった。
あれほど推理に集中できなかったのは初めてだ。
あの日の帰り…あんな事、言わなければよかったのかな?
彼は自嘲的な笑みを漏らした。

―蘭、あのさ…俺………

何で、急にあんな事になったのか分からない。
蘭が突然怒り出して……
俺は訳が分からなくてその理由を聞こうとして………

―おい、蘭!!話聞けよ!!

―お願いだから!もう私の事ほっといて!!話し掛けないで!!!

傷ついたような顔で、目に涙を溜めながら耳をふさいで…
けれど、あの言葉を聞いた時は、俺だって傷ついたよ。
言葉の内容も、それはもちろんだけど…
タイミングがタイミングだったからな……
蘭はまだ何も話して来ない。
もう、駄目って事なんだよな……

新一は、チャイムが鳴るのを聞きながらも、ずっとそこに座っていた。
コナンになっていた時のせいで、
授業サボるのはさすがに単位がやばかったけれど
どうしても今は動こうという気にはなれなかった。

「俺、本当に情けねーな。」

蘭がいなければ、自分はこれほどまでも辛いのだ。
今まで、安心して推理できたのは、全て蘭が待っていてくれたから…
その日は、ずっと屋上にいた。
屋上の…誰にも見つからないように皆から死角になる場所に。
段々日が照ってきて、暑くなってからも、そこから動こうとはしなかった。


一方、蘭はいつもならチャイムが鳴ったら帰って来るはずの新一が
現れない事に気付いて、不安げにドアを見つめた。
これ以上授業に出なかったら本当に留年なんて事もあるのに…
結局その時間、新一が帰ってくる事は無かった。
その後も…お昼ご飯の時間も、5時間目6時間目も…
新一は現れなかった。


屋上で大量にかいた汗を拭いながら、彼は時計を見た。
ぼんやりしていて時間が進むのに気付かなかったけれど、
その時計は3:45分を指していた。
そろそろ下校時刻だと思い、立ち上がろうとした時、
ぐらりと視界が揺れた。

「……あれっ?」

足元がふらついて倒れそうになったが、
何とか必死で意識を保ち、ふらふらしながらも屋上から出た。
しかし、目が回って教室に行く途中の階段に座り込んでしまった。
何だか、世界が凄いスピードでぐるぐる回っているような錯覚を覚えた。


「蘭!!大変なのよ!!!」

帰り支度を済ませて、帰ろうとした時
トイレに行っていた園子が慌てて蘭の元に駆け寄った。
ただ事ではないその様子に、蘭は眉を顰めた。

「どうしたの?園子…そんなに慌てて……」
「新一君がっ……」

余程急いで走って来たのか息を切らせながら、園子は蘭に言った。
蘭は園子が言った報せに、目を大きく見開いた。

―新一君が、頭から出血して倒れてて、病院に運ばれたって!!



数分前、そのままそこにいるわけにも行かないと立ち上がり
階段を下りて教室に戻ろうとした新一だったが、上手く歩けない。
じっとしていれば事なきを得た筈が、
それでも戻ろうとした彼は足を踏み外して、階段から落ちてしまったのだ。
それを生徒が発見して、本来なら保健室に連れいていく筈が、
今日は保健室の先生が生憎出張で…
その他の先生によってタクシーで病院に運ばれたという事だ。


蘭は困惑しながら、新一が運ばれたという病院までやって来た。
その時は、何も考えていなかった。
あったら何を話そうとか、そういう事も。
ただ新一の事が心配で……
ただ、それだけの気持ちで大急ぎで病院に駆けつけたのだ。
ちょうど新一も病院に辿り着いたばかりだったようで、
新一を送るという任務を終えて病室から出て来た先生と鉢合わせた。

「せ、先生……」
「あぁ、毛利か…工藤なら今寝てるぞ。」

不安げな顔の蘭に、彼は微笑んだ。

「毛利が来たなら、安心だな。後は任せたぞ。」
「えっ?…あのっ、新一は??」

蘭は、園子から『頭から血を流して倒れていた』という事しか聞いていなかった。
一体何があったのか、心配でたまらなかったのだが…

「あぁ、心配しなくてもただの日射病だそうだ。」
「えっ?日射病って、新一が……??」

意外な答えが返ってきて、蘭は驚いた。
サッカーで暑い中ずっと走り回ってても全然平気そうだったような新一が、
まさか日射病だなどと言われて、驚かない方がどうかしてる。
蘭が先生を見上げると、彼は苦笑しながらふぅ…と溜め息をついて答えた。

「この暑い中、一日中屋上で太陽に当たってたらしいからな。
おまけに、睡眠不足に軽い栄養失調気味だったらしい。」

睡眠不足は、まぁいつもの事だし分からなくもないが…
栄養失調なんて………
蘭が考え込んでいると、先生は「頼んだぞ。」と言って帰って行ってしまった。
蘭は、その場で困り果てた。
心配でつい来てしまったけれど…
新一が起きたらどんな顔で会えばいいのだろうか…
きっと、また無言のまま気まずくなるに決まっている。
そっと戸を開けて覗いてみると、ベッドの中で彼が…
頭に包帯を巻いて、腕に点滴をうたれた彼が僅かに苦しげに眠っていた。

「…起きない、よね?」

蘭はそっと病室の中に入って行った。
蘭が近くに寄っても、彼は全く起きる気配を見せなかった。
蘭は彼の顔を覗き込む。

(…そう言えば、新一の顔見たの久しぶりかも。)

彼女は、彼の額にそっと自分の手を乗せた。

―栄養失調気味だったらしい…

先程の教師の言葉が頭に蘇る。

(…確かに、ちょっと痩せたよね。)

「何やってるのよ、本当に。」

彼女は重々しく溜め息をついた。
しばらく、彼女はその場で新一の看病をしていた。






〜第2話へ続く〜










作者あとがき。
こんにちはっv朧月です!!
1話で終わらせるつもりが…終わってくれなかったり〜(涙)
さてさて、新一と蘭ちゃんの間に一体何があったのでしょう?
次回も見て下さいネっ!!
…今書いてる分でほとんど完結に近いけど、1話辺りの長さがこれって事は…
またこの話も5〜6話軽くいっちゃうんだろうな(汗っ)
ん〜…朧ってやっぱりシリアスばっか(苦笑)
そして今回もまた新一苦しめるんかい!!
では、第1話読んでくれてありがとうございました!!
次回も是非見てやって下さい!!
感想、お待ちしてます!!
ではでは〜vvv