私は、あたりを見回した。何故こんな所にいるのだろう……?


雨が降る中出会った人






お姉ちゃんと一緒に遊んでいた頃の夢と、お姉ちゃんが死んだ夢を見た。
ジンに撃たれて、お姉ちゃんが死んだ時の夢。
それを見たわけではないのに、妙にリアルで生々しかった。
二度お姉ちゃんを失った気分だ。

私は喪失感から立ち直り、改めて自分が居る場所を確認した。
やはり、こんな所見覚えが無い。

「………ここ、どこ?」

私は、窓から見える外の景色を見た。
相変らず雨が降っている。でも、ここが何処だか分からない。
見覚えの無い部屋、見覚えの無い風景。
組織にまた捕まったのかと思った。

私は雨で視界の悪い窓を、上半身だけ起こしてじっと眺めていた。
その時、突然背後から人の気配がして、その人らしき声が聞こえた。

「もう気がついたかい?開けるぞー。」

男の声だった。
多分初老の男であろうその声は、とても柔らかい感じがした。
そんな優しい響きの声の後に、ドアは開かれた。
窓ガラス越しに、わずかに見えるその顔は、
人当たりのよさそうな七十近くにはなるであろう(!?)
白衣を着た気さくそうな老人であった。

私はゆっくりと振り向いた。

「……あなた、誰?」

私がそう言うと、彼は人懐っこく笑って、私に言った。

「わしはこの家の住人の阿笠じゃよ。
君はわしの隣の工藤家の前で倒れて居ったんじゃ。気分はどうじゃ?」
隣……?工藤家の前?
ということはここは工藤新一の隣の家なのね。
そう言えば隣の家には風変わりな発明家が住んでいると耳にした事が会ったわ。
それに、よく考えてみれば阿笠って名前、工藤新一の隣の家に書いてあったわ。
  じゃあ、ここがそこなのね。

でも、この老人を信用できるわけじゃないわ。
私が黙って彼を睨みつけていると、彼は明るく言った。

「おー!!そうじゃ、そうじゃ。
君が起きた時のためにホットミルクココアとお粥を作っておいたんじゃ。
雨に打たれておって、身体も冷えておるじゃろう?
先ずはそれを飲んで落ち着いてから、何か話そうか。」

私が黙って彼を見ていると、彼は勝手に立ち上がり、
そして温かいココアとお粥を私に渡した。
私は彼を一瞥して、それを受け取った。

「一応、貰っておくわ。」
「……それで、その…………」

彼は言いにくそうに口をこもらせた。
ああ、私の事ね。
何故あんな所に居たのか、あそこで何をしようとしていたのか、
そして恐らく発見された時に着ていたであろう白衣の事を聞かれるのね。
しかし、彼の口から出た言葉は予想外の事だった。

「君の着替えの事なんじゃが………」


「…は?」
「君の着替え…どうしようもないからわしが着替えさせたんじゃが、
一応裸は見ないようにしとったから、気にせんでくれるかの…?
やっぱり、嫌じゃったか?」

着替え?何言っているの、この人は?
そんな事より、もっと気になる事があるんじゃないの?
例え工藤新一の正体をこの人が知ってて、協力してるとしても…
だったら尚更、あんな所で倒れていた私を警戒する筈よ。
この人は一体何を考えているの?

「………そんな事より、どうして何も聞かないの?
聞きたい事たくさんあるんじゃないかしら?」
「いや、たくさんあるんじゃが…君が言う気になるまで聞いたりはせんよ。
辛くて、言いづらい事もあるじゃろう?」

「…私は工藤新一に会いに来たのよ。隣の家なんでしょ?」

彼は少し戸惑った。そして話を始めた。

「君は、何の用で新一君に会いに来たのかな?」
「………私のこの体見て分からないの?私は子供じゃないわ。
私は薬を飲んで小さくなったの。工藤新一と同じ毒薬を飲んでね。
あなた、知ってるんでしょ?彼の事。隠しても無駄よ。
彼の正体は大体分かってるわ。」

それを聞いて、彼は話し始めた。工藤新一のこと。
どうして、私にそんな話が出来るのかしら?
私は自分の事何も言ってないのよ?
それなのに、どうして私を信用できるの?
私にはその老人が何を考えているのか理解できなかった。
私は自分の事について、必要最低限のことだけ喋った。

「私は、あなた達が言う黒尽くめの組織の仲間よ。
彼と私の身体を小さくした毒薬の名前はAPTX4869。
そして、その薬の発案者が私…シェリーよ。」

彼は驚いていた。後悔したかしら?私にべらべら喋った事。

「シェリーとは君の本名なのか?」
「コードネームよ。安心して…組織にあなた達の事バラスつもりは無いから。
私は組織を裏切ったんだもの。姉を殺した組織の奴等を。」

彼はそれを聞いて、驚いている顔の目を、更に見開かせた。

「君のお姉さんは…殺されてしまったのか!?」
「ええ。だから私は彼等に対抗して、処刑されそうになって、
その時飲んだのがあの毒薬って訳よ。」

私達は色々な事を話した。
話していくうちに、だんだん彼の人のよさが分かってきた。
私は小学校に通うことにして、彼と一緒に名前を考えた。
探偵から名前を取ろうという事で、『灰原あい』と言う名前に決めた。
あいの字は、彼は愛というのがいいと言っていた。
しかし、私にはそんな字は似合わない。
私に似合う字は、そうね………哀。
この名前しかないわ。
そうこうして、私の名前が決められた。

博士は早速、(どうやったのかは知らないけど)小学校に手続きをとってくれた。
私は彼に、工藤新一には私の事は言わないでくれといった。
私が自分で名乗るから……と。
私は彼を試すつもりだった。
彼がどれほどのものなのか。


明日、彼に会える。一体、どんな人なのだろう?この目で見極めよう。
私はその日の夜、夜空を見上げた。
月が綺麗に出ていた空に、お姉ちゃんの顔を思い浮かべた。
あの優しく笑っていた、お姉ちゃんの顔を。
お姉ちゃん、私明日彼と会うのよ。
お姉ちゃんと最後に会った彼に会うのよ。
私の事、天国で見守っててね。

お姉ちゃん……おやすみなさい。
私は、部屋の電気を消した。


暗くなった部屋の中には、月明かりがわずかに差し込んでいた。

 
                                         〜Fin〜










・・作者あとがき・・

これは、………う〜ん………博士と哀ちゃんの初顔合わせの話です。
そして、帝丹小学校に転校……つまりコナンと会う前夜。
哀ちゃんはどんな思いでこのときを過ごしたのでしょうか。
きっと、複雑な気持ちだったと思います。
コナンは、哀ちゃんにとって色々な意味で重要な人ですから。
哀ちゃんは、最初コナンに自分の素顔を見せようとしませんでしたよね。
哀ちゃんは、この後コナンに会って、少しづつ、少しづつ幸せを身に付けて行きますね。
人の優しさや、温かさに触れて、次第と心が溶かされていく……そんな感じですね。
哀ちゃんが、いつか幸せになれますようにという願いを込めて書きました。
どうでしたか?最後まで付き合ってくれて、ありがとう御座いました。
次に書く時も、また見てくれることを祈っています。
続きは…………もしまた気が向いたら書きます。
ではとりあえず、ひとまずここで………さようなら。