パンドラの涙〜命の石が導く先に〜




第二話:手を結びし時




「……で?おめー、どこまで知ってるんだ?」

コナンの問いに、彼はその笑みを一層深めた。

「大抵の事は知ってるよ。調べたからな。
オメーの事……そして工藤新一の隣の家に居候している少女の事。」
「灰原か。」

彼女の名前をも出したキッドに、コナンの顔色がかすかに変わった。
彼女、灰原哀とキッドが遭遇したのは、たった一度きり。
その一度の間に、何らかのものを感じたというのだろうか。
警戒しているコナンの様子を眺めながら、彼は答えた。

「……その手の情報収集は得意なんでね。」

侮れない。そう感じた。
コナンは、鋭い瞳でキッドを観察した。
その様子に、ふっとキッドの口から笑みが零れた。

「そんなに警戒するなよ、名探偵。俺は立場的にはオメーの仲間でも友達でもないが、
この件に関しては、オメーらの味方してるつもりだよ。」
「だったら、それ相応の態度で示してもらおうじゃねぇか。」

そう言って、コナンは手元の麻酔銃に手をかけた。
素早く、発射口から飛び出した麻酔針を、そうなる事を予想していたのか、キッドは懐から取り出したトランプ銃で受け止めた。
しかし、コナンも当たらない事を予想していたのか、ふっと不適に笑う。

「悪いけど、正体隠してる奴に敵だの味方だの言われても信用できないんでね。
そのふざけたシルクハットとモノクルとって、素顔で話聞かせてもらおうじゃねぇか。」

コナンの言葉に、キッドは数秒の間を置いて答えた。

「今はおめーにどう思われようと、正体を明かす事はできねぇよ。
言っただろ?立場上は味方じゃないって。探偵と怪盗なんてのは、相容れない存在なんだ。
……あくまで俺はおめーに情報を送るだけで、後は勝手に動かさせてもらおうと思ってんだ。
既に全て知られてる俺に対して、今更警戒する必要があるか?」
「……おめーが奴らの仲間だって可能性は?」

尋ねると、キッドはふっと笑んだ。

「オメーは、そう思うのか?」

ざわざわと、風に揺らされたマントがたなびく。
コナンは、じっと目の前の怪盗を見つめた。
少しの間、そのまま向かい合っていた二人の間の静寂が場の空気の緊張をあおる。
黙り込んでいたコナンが、ふぅ。と息を吐くまで、それは続いた。

「いや、それだけは断じてありえねぇだろうよ。」

最初から、キッドが組織の仲間だと思ってした質問ではなかった。
キッドがどんな人間かなんて事は、幾度となく対峙していれば分かること。
彼は、盗みを働くことがあっても、人を傷つけたり、殺したりする事は絶対にない。
むしろ誰かが何者かに狙われているならば、それを阻止しようとするであろう。
そして、その盗みにおいても、私利私欲以外の何らかの目的を持って、
鮮やかに、エンターテイナーとして人々を楽しませ、盗んでいる。
自分を”創造的な芸術家”だと称したように、何を盗み出すにも鮮やかさを欠く事はない。

ある意味、組織とは一番遠い存在であろう。
ただ、自分の問いに対してどんな言葉を返してくるか、それが知りたかった。

「一つだけ教えてくれねぇか?おめー、奴らとどんな関係が……」

尋ねると、キッドはそっと大切そうに、懐から大きな宝石を取り出した。
その青色をした綺麗な宝石は、キッドの手の中で美しく輝いた。
昨日手に入れた、米花町に新しく出来た美術館に飾られる為に海外より取り寄せられた宝石だ。
コナンは怪訝な顔で、キッドの次の言葉を待った。

「この宝石は、ある特殊な宝石でね。
ボレー彗星の来る夜に、満月の光にあてると永遠の時が手に入るという命の石が入った宝石なんだ。
命の石の名前はパンドラ。月にかざすと、宝石の中に赤く姿を現す幻の石だ。」
「パンドラだと……?」
「ああ。俺はこれをずっと探していたんだ。敵(かたき)を、完全に滅するためにな。」
「……敵?」

一瞬。
ほんの一瞬だが、キッドの顔が微かに怒りにゆがんだような気がした。
すぐにまたポーカーフェイスに戻った顔に、「気のせいか?」と判断する。
ただ、”完全に滅するべき敵”という事は、何者かによって、大切なモノを奪われてしまったという事だろうか。
コナンが考えを巡らせていると、キッドはその足を一歩、二歩と踏み出し、コナンにその宝石を渡した。

「それは、奴らを壊滅させるための切り札だ。
そして、それは名探偵……お前とも、つながっている。」
「俺と?」

聞き返すと、彼は無言で頷いた。

「お前の体を小さくしたという組織……彼らの仲間で、年を取らない女が一人居ただろ?」
「ベルモットの事か。……まさか。」
「ああ、恐らくお前の追っている奴らと俺が倒したい奴らは別のものだとは思う。
けれど、俺の敵はこのパンドラを必死で求めているんだ。
お前の追ってる奴らが、そんな効果の出る薬を研究してるって事は……
……全く無関係とは、言えねぇんじゃねえか?」

そう言って、キッドは再びその宝石をコナンから取りあげた。

「この宝石を手がかりに、奴らを一網打尽にして……
この宝石を木っ端微塵に打ち砕いてやる事が叶ったら、
俺は怪盗キッドを引退して、警察でもどこでも行ってやるよ。
だから、俺を捕まえたいなら、お前も組織に打ち勝てよ。
お前も俺も、奴らとの最終決戦の時は、もうすぐそこまで来てるんだ。」

キッドの言葉を、コナンはただじっと聞いていた。
一時休戦するのも、悪くはない。たまには、協力しあって大きな敵に立ち向かうのも。
大切な人を、守るためにも。

「キッド、オメーが掴んでる情報、黒の組織の奴らの事も、
……その敵って奴らの事も、詳しく教えてくれねえか?」

そう言ったコナンに、ふっと笑みを浮かべた彼は、自分が今まで持っていた情報を、一つ一つ話した。
さすがに、黒の組織の事については、コナンの方が情報を持ってはいたが。
無関係だったはずのキッドが掴んでいた情報量には、改めて感服させられた。

「で?おめーどうするんだよ、これから。」

コナンが尋ねると、キッドは「そうだな……」と少し考えた。

「俺は、これからまた色々と探ってみるさ。
あぁ、それから名探偵にはいつでも連絡が取れるようにしたいな。
何かあったら、呼び出すから、応じろよ?」
「ああ。断る理由はねぇからな。……宝石は?」

コナンがそう告げると、ふっと笑ったキッドは、
ぽん。という音を立てて、色のついた煙と共にその場から消えた。
煙が消え、キッドが先ほどまで立っていた場所には、
パンドラの宝石と、予告状のような紙に書かれた一言だった。




”その宝石、約束通り貸してやるけど、なくすなよ?頼んだぜ、名探偵。
                                   怪盗KID”




その場に残った予告状を拾い上げ、コナンは小さくため息をついた。

「ったく、いつもながら気障な野郎だぜ。」



☆☆☆




「……それで?そのパンドラとか言う石と彼らが関係あるって言うの?」

阿笠邸……キッドと別れたあの後、早速この事実を伝えなければならない存在に、
コナンは真っ先にその足で会いに来ていた。
当然、迎え入れた主の後ろから眠そうな顔で出てきた彼女は、
キッドに全てを気付かれていた事実を知るなり、酷く不快な表情を浮かべたが、
全てをコナンから聞くと、今度は真剣な顔で、宝石に興味を持った。

「灰原、そろそろ教えてくれてもいいんじゃねぇか?おめー、一体どんな薬の研究を……」

哀はゆっくりと、首を横に振った。

「駄目よ。……言ったでしょ?私が作ろうとしているのは、
ほんの一握りの人間にしか必要とされない、愚かしい代物だって。
あの薬の事について、教えられるのはそれだけよ。
命の石を飲んで不老不死になんて、おとぎ話じゃないのよ?……馬鹿馬鹿しい。」
「けど、お前が作ろうとしていた薬が何なのかを知れば、それも手がかりに……」

コナンの言葉は、哀の真剣な瞳によって制された。

「それを知るって事は、あなたが……」
「……俺が?」

言いかけた哀の言葉に首を傾げたコナンだが、哀の言葉はそれ以上続かなかった。
それっきり俯いたまま、彼女は黙り込んだ。
1〜2分ほど、そのような状態が続いていただろうか?
ふいに、哀がコナンの前に手を出した。

「見せて。」
「あん?何だよ。」
「……その、宝石。持ってるんでしょ?」
「あ、あぁ……」

コナンは、上着のポケットの中から、そっとそれを取り出した。
普通の宝石のそれよりも強く光り輝く、その蒼い宝石。
哀は、それを慎重に受け取った。

「……”Blue tears”。”蒼色の涙”って言うそうだ。」
「へぇ。……で、これを月にかざせばその命の石が出現するのね?」
「ああ、夜になったら試して見ろってよ。」

宝石を色々な面からじっと眺める哀を、コナンは真剣な顔で見つめていた。

「奴らの目的が分かれば、それと繋がるかも知れねぇだろ?」
「……かも、知れないわね。」


そう答えた哀に、ふっと笑みを浮かべる。
気が済むまでじっくりと宝石を眺めた所で、コナンにそれを返した彼女は言った。

「工藤君、お願いだから無茶な事はしようとしないでね。
何かする時は、する前に私に相談して。……もう、失うのはごめんだもの。」

そう言った哀に、コナンはふっと微笑んだ。

「あぁ、分かってるよ。」



今は、少しずつ組織へと近づいていく喜びに心は満たされていた。
心地よい緊張感に支配されながら、彼は静かな笑みを浮かべ、宝石をそっと握り締めた。


















作者あとがき♪


どうもこんにちはv
さて、名探偵コナンノベルズとは少し遅れて、第二話アップ。
実はあちらではこの次の話も既にアップしてあります^^
どうぞ、気になる方ご覧下さい。

さて、今回は哀ちゃん登場、という事で。
今回も読んでいただきましてありがとうございました!!
感想などなど、いつでもお待ちしております。
それでは、次回もよろしくお願いいたします!!



2006.4.6. 管理人@朧月