道しるべ…






ついに訪れた別れの時……あなたは再び行ってしまった。

思い出すのは、過去の風景。世界への認識が変わったあの時。

再び聞かされた、さよならの響き。


 

第十一話⇒核心への潜入



 

「ん……。」

 

寝返りを打つと、揺れたカーテンの隙間から差し込んだ光に目元を照らされた。
胡蝶は突然入ってきた光に、思わず片手で目を覆う。
それと同時に、次第に意識は夢から覚醒した。

 

「朝なの?」

 

昨日は色々な事があって疲れたから、
その明るい光を浴びても、中々頭がはっきりとしない。
半眼開けて、そのまぶしさに再び目を閉じた。

 

「ホームズ君?」

 

部屋に自分以外の人の気配が無いのに気付き、胡蝶はようやく起き上がった。
目を擦りながら、きょろきょろと部屋を探す。

 

「……トイレ?」

 

そう呟いて、トイレを見ても誰も居ない。
早く起きて外に出ているのだろうかと思ったけれど、布団は綺麗に畳まれて、
彼が使った形跡すらも無い。昨日、彼は寝ていないのかも知れない。

 

「どこなの、ホームズ君。」

 

段々不安になってきて、胡蝶は声を震わせた。
机の上にあるパソコンに不信感を持って、胡蝶はそれを起動させた。
見覚えのないパソコンであったが、起動させると同時にアラートが出た。
画面に大きく、「新着メッセージ1件」と表示されている。
嫌な予感を感じながら、それにカーソルを持っていく。

 

 

『胡蝶さんへ

 

 驚いているかも知れないけれど、突然姿を消してごめん。

 君が「置いていかれる気持ちを分かって」と言った時、胸が痛んだ。

 「一人で居なくならないで」と言った時、自分の考えが一瞬ぐらついた。

 けれど、奴らからは必ず先手をとらなければならないんだ。

 君をそれに巻き込むわけには行かないんだ。

 だから、俺はこれから全てを終らす為に組織に攻撃を仕掛ける。

 

 でも、安心して信じていて欲しい。

 俺は、大切な人を守った結末が自分の死である事が正しいと思ってない。

 服部邸で過ごした時間、胡蝶さんといた時間……

 それを俺に痛いほど分からせた時間だったから。

 

 胡蝶さんに会えてよかったと思う。

 組織に居た時も、ずっと俺を守ってくれていただろ?

 そんな君と出会うことが出来て、一緒に組織を抜け出して。

 記憶が無い俺を、ずっと暖かい道へ引っ張ってくれようとしてただろ?

 君は、俺が始めて会った、道しるべになってくれた。

 だから、今度は俺が男として君を守りたいんだ。

 これからどうするかは、安全の為に君の荷物の中に入れた手紙に記しておく。

 

 だから今度会うときは、誰を恐れることも無く、

 誰からも追われることは無く……

 組織を裏切って逃げ出した”ホームズ”と”胡蝶”さんではなくて、

 本当の俺と、全てから解放された本当の胡蝶さんと、

 一緒に会えたら、いいと思う。

 

 胡蝶さんって言う帰る場所が俺にはちゃんとあるから、

 だから必ず何があっても、生きて帰る事を望む事が出来るんだ。

 そんな俺を、信じて待っていて欲しい。

 

 そして、帰って次に会った時には、君に伝えたい事もあるんだ。

 

 胡蝶さん、今までありがとう。

 また必ず会う日まで、少しの間だけ、さようなら。

 

                          ホームズより 』

 

ぽたぽたと、止まらない涙が頬を伝った。
結局彼は行ってしまったのだ。自分を置いて。
優しい言葉だけを残して、一人で全てを終らせる為に。

 

「馬鹿っ。ホームズ君の馬鹿!」

 

巻き込むわけにはいかないなんて、間違っていると思った。
自分から巻き込まれたのだ。
全て彼を助ける為だったというのに。
昔自分を命がけで救ってくれた彼を、今度は自分が命がけで助けたいと思っていたのに。

 

「――っ、馬鹿。」

 

絶対に帰る誓いだけ残して、どこに行くかも告げないで。
ただ、待っていて欲しいとだけ残して。

 

「いつだってそうだよね、あなたは。勝手だよ……」

 

待たされる方の気持ちも知らないで。
自分の事は二の次で、いつも相手を守る事を優先して。
行き先も告げずに、突然消えて。

 

「そんなの、勝手だよ……ねぇ、”新一”。」

 

それを何度も何度も読み返し、泣き続けた。
荷物を探って、メールの中に書かれていた手紙を取り出し、封を切る。
その手紙には、彼女がその宿を出た後泊まる場所、その後の行動等、
全てが細かく書かれていた。
そう。そうやって優しい彼にいつも守られてしまっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 東京都、杯戸町。

ごく普通のアスファルトで出来た道路から、トンネルをくぐり、少しだけ歩く。
大きな施設がそこに怪しく立っていた。
『黒舘製薬研究所』と書かれた札が、門の前に書かれている。
中には研究生や科学者らしき白衣を来た人がぞろぞろと歩いている。
表向きは、比較的有名な薬品研究所ではあるその場所だが、

その裏の顔は……

 

「組織に居た時、たくさん調べた……組織がどういうものか知ろうとして。
 その中の主要な施設の一つ……それが、黒舘製薬研究所。」

 

研究所からは死角になる場所に立って、ホームズは呟いた。
組織の主要施設を一つ一つ回って行けば、終いには全てを終らせる事が出来る筈。
そう考え、彼は用意していた白衣をかばんから取り出し、それに着替えた。
事前に作り上げていた入門証を首から提げて、髪型を変えて。
門の前で、調査済みの暗証番号を入力する。

すると、問題なく門は開いた。

 

「潜入成功……」

 

ぽつりと誰にも聞こえない声で小さく呟き、ホームズはその建物の中に入っていった。建物自体の侵入者対策はさほどでもないから、入門証さえ提示すれば簡単に入る事が出来る。問題は、実際にこの研究所内にある、組織の本拠地の一つ。
そこに潜入するには、色々な条件が満たされていなければならない。
そして、更に入念な検査も受けさせられる事になる。

 

まずトイレに入ったホームズは、怪しい素振りなく隠しカメラの有無を確認し、白衣を上も下も裏返しにして着直した。

オセロと一緒で、白の裏は黒……。

コレでとりあえず、黒尽くめの男という見た目はクリアしたわけで。
ふっと不敵な笑みを浮かべ、再び髪形と顔を変え、変装した。

 

深夜旅館にいた時に、パソコンで既に手は打ってあった。
組織のメインコンピューターへのハッキング、データの書き換え。
何日も発覚を防ぐのは不可能だが、抜け目ない組織の鋭さは充分考えている。
ばれない様に留意して行った事だ。少しの間くらいであれば誤魔化す事も出来る。
地下に続く階段を下りて、そのすぐ先にあるしっかりとした厚い扉の先に、
ホームズははっきりとした声で言った。

 

「ID number59002874618 キュラソー。」

『……認証データ確認。声紋一致。認証データ問題なし。』

 

機械的な声が返って来る。
荷物検査、眼球照合などが数秒で行われ、ようやく前の厚い扉が開いた。
堂々正面から潜入したホームズは、そこの施設内を詮索した。
組織の重要な情報や必要なデータを盗み出し、外に出る。
出るときは、入った時のような面倒な事はない。
その気になれば、楽勝だ。

研究所を出て、ホームズは不敵に笑い、呟いた。

 

「さぁ、必要なピースは揃ったし、どんどん攻めるからな。」

 

そして、最後の決戦を……
その先にいる、ジンや”あの方”というまだ見ぬボスを浮かべて、
ホームズはその日もう一つ回る組織の施設に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、米花町を一台の車が走っていた。
黒の、ポルシェ356A……組織の幹部、ジンの愛車である。
車内に、ぼっと明るい光が灯ったと同時に、口に挟んだ煙草から白煙が浮かんだ。
懐の携帯電話が震えて、彼は先ほどまで煙草を挟んでいた右手で、携帯電話を取り出し、通話中に切り替えたそれを耳に当てた。

 

「俺だ、どうした?」

 

低い声で、彼は呟いた。
それに答える電話の相手が、慌てながらその事実を伝える。

 

「ほぉ。なるほど、まんまと欺かれたという事か。」

 

ジンの言葉に、電話越しの男は更に慌てた声で答える。

 

『あ、あのっ、ですがそれはどうやら組織のメインコンピューターに不都合が……』

「フッ、何を慌てている?別に責めてはいないぜ。いずれこうなるだろうと予期していた事だからな。……だが組織にとって失敗は死だ。覚えておけ。」

 

そう言って電話を切ったジンは、煙草をくわえた口元に不敵な笑みを浮かべた。

 

「動き出したな……”工藤 新一”。」

 

遅かったくらいだと頭の中で考えながら、ジンは車を進めた。
行き場所を変更して、杯戸町の問題の黒舘製薬研究所まで向かった。

 

「待ってたぜ、貴様との再会をな。」

 

”シルバーブレット”

組織を壊滅させるそんな存在など彼と再会したあの日までありはしないと思っていた。けれど、初めてそんな存在を感じたのが、あの時だった。

 

死んでいる筈だと思っていた彼が再び自分達の前に姿を現した、あの時。

 

「会いたかったぜ、工藤新一。人質を取ってまで誘き寄せたいと思うほどな。」

「……オメーらの理屈はどうでもいいんだ。蘭にはこれ以上、指一本触れさせねえ。」

 

そう言ってまっすぐに睨み返してきた、強くて曇りの無い瞳は、確かに見た事の無い異色の輝きを放っていた。
初めて向かい合ったその慧眼は、確かにシルバーブレットの称号すら悪くないと思えた。

 

そして、彼は確かにその時、見事に自分達の心理の裏の裏を読んで、
全て武器すら通じない身体能力と頭脳で、一度は組織の手に落ちた毛利蘭を救出した。

 

「その代償は大きかったようだがな。」

 

ジンの口元に、深く歪んだ笑みが浮かんだ。
そう。その後の事を思えば、代償はずっと大きい。
犠牲にした自らの全てだけではなく、それを犠牲にしてまで守りたかった者までが、
今までの全てを失う事になったのだから。

 

「さあ、工藤新一。次こそは大切な者を守れるかな?」

 

不敵に笑うジンの頭にあるのは、ただ自らの勝利のみであった。
どんなシルバーブレットだろうが、組織を打ち崩せる力は持たない。
そう確信していた……。






〜第11話へ続く〜














作者あとがきv
さて。こんにちは!朧月です。
道しるべ11話、今回もまたありがとうございます!
さて。大分色々な事が明らかになってきましたでしょ?
ホームズの事については、恐らく気づいていなかった人は居ないと存じますが、
今回のお話で、曖昧だった彼女についても謎が明らかに……なった方居るよね絶対。
もしかしたらもっとずっと前から気づいてる方も居るかも知れないけど。

次回もまたどうぞ宜しくお願いいたします!
それでは、11話もまたお読み頂きありがとうございました。
ではではっ♪♪♪

H19.01.15.管理人、朧月。