命の子






「新一!!新一ぃ!!!!!!」


蘭の叫び声は、心電図モニタの鳴らす音と共に、病室内にこだました。









後編:奇跡の産声









ピーーーーーーーーーーーーー





心電図のモニタは、まっすぐな線を映していた。





「いやあぁ!!!」

大人しく外に出ようとしていた蘭が、看護婦を振り切って新一の元へ行った。
止まった心臓を再び動かそうと、試行錯誤する医師たち……
しかし、その嫌な音は病室の中で鳴り響くばかりだった。

「新一!!しっかりして!!!」

縋りつく蘭を、必死で押さえつける看護婦。
蘭は、泣きながら新一に向って叫んだ。

「ねえ、新一!!!私、もうすぐ子供が生まれるんだよ!!?……私達の、子供なんだよ!!?」

無機質な電子音が、止まらない。

「ねえ、もう……予定日5日きってるんだよ!!?」

その瞳が、開かれる事はない。

「新一!!お願いだから目開けて!!私、まだあなたにこの子達の事言ってないよ!!」

必死で叫んでも、持ち直してはくれない彼……
涙が、ボロボロと零れ落ちる。


―何泣いてんだよ、蘭………


どこからか、聞こえて来た声に、蘭ははっとした。
その優しい声は、目の前で眠る人の声で………
けれど、彼は未だ目を開けるどころか、心肺停止状態を脱出していない。
彼の心臓が動いていない証であるそのわずらわしい音は、何ら変化しては居ない。
それなのに、聞こえてくるこの声は………

―何だよ、驚いた顔して……

「し、んいち………」

聞こえてくるというか、脳に直接響いてくるのだろうか、この声は………

―蘭?泣くなよ。

「新一ぃ!!!」

その『声』は、とても優しいもので。
それは幻かも知れないと思いつつも、涙が溢れてくる。
幻でもいい……彼の声が、聞こえるなら。

―ずっと、聞こえてたよ。俺もお前と一緒に、ずっとその子達が生まれてくるのを待ってたよ。

「もう、予定日が……」

―予定日なんか、目安だろ?もうすぐ……産声をあげるから……

「……え?」



目を見開かせて眠る新一を見たその瞬間、彼女の腹部に激痛が走った。
耐え切れず、彼女はついにその場に座り込んだ。

「蘭ちゃん!?」
「姉ちゃん!!!」

「う………」

突然訪れた陣痛。
蘭は苦しげに表情をゆがめる。

「しん……いち……」

愛しい人の名を呼びながら、彼に手を差し出す。

―俺の事は、心配しなくていいから……お前はその子達を無事に産むことだけ考えろよ。

―頑張れ、蘭………

医師達が無理だろうと諦めたその時、彼の心臓は再び動き出した。
まだ、安定したものではないが、何とか、彼の命は再びその場に戻ったのだ。
それっきり、『新一の声』は聞こえなくなった。
別室に連れていかれそうになった蘭は、それを必死で拒絶した。

「いや!しんいち……と、一緒に、居たいの!!!新一に、産声聞かせてあげたいの!!!」

必死の彼女に、このまま無理やり連れて行くのも母体に悪かろう、と看護婦達も折れた。
まだ容態が全く安定していない患者の前で、出産を行うなど………
特例だが、しかし彼女の望みを叶えたかった。
もう、再び心臓が鼓動しはじめたからといって、極めて危険な状態にある彼に……
奇跡を引き起こせるものなら、と。

時間が経つごとに、波のある陣痛の激しさが増す。
痛いけれども、苦しいけれども。最後に彼が頑張れと言ってくれたから…………
彼も頑張っているから………
蘭は必死で痛みを堪えた。
堪えて、堪えて、堪えて……

新一、この子達が生まれてきたら、その手で抱いてくれるよね………?

彼を見て、心の中で彼に語りかける。

ずっと、彼女が抱きつづけてきた願い………
ずっと、彼女が語りつづけてきた思い………

彼に、届け………

病室に居るもの、誰もがそう思った。



「新……いちぃ!!!」

蘭の悲鳴が病室に響く………
そして、産み落とされる双子の子供達。
一人目……そして、数秒の間を置いて二人目が取り出される。

「「ほぎゃあぁぁぁ〜〜!!!」

二人分の元気な産声が、せわしなかった病室を温かく包み込んだ。
蘭は、息を切らせながらも、力を使い果たした手をそっと新一に向けて伸ばした。
産声が、絶望的だった病室に、どこか僅かな安心感をもたらせていた。







「……うるせ……な。」





産声に混じって、けれどもはっきり聞こえた、声。
弱々しく、篭った………けれど、優しい声。
そんな声が、隣の………新一のベッドから聞こえて来た。





看護婦や医師たちは驚き、目と耳を疑った。
平次と和葉は驚きながらも、段々と喜びの顔に変わっていく。
そんな中で、蘭は再びその瞳から大粒の涙を零した。





「新一………」





「………あんまり、うるせーから、目ぇ覚めちまったよ。」

元気な産声が響く中、弱々しくも優しいその声が、
その病室に居る人たちにはっきりと聞こえていた。
薄っすらと瞳を開けている彼だが、その力ない手を蘭の方に伸ばした。
彼女の手と、僅かにふれあう。

「蘭……頑張ったな…………お疲れさん。」

そう言って、やはり弱々しく笑みを浮かべる彼。

「新一……っ!!」

蘭の瞳から、更に大粒の涙が零れるのを、彼は弱々しい視線で、じっと見つめていた。

「……言っただろ?俺の事は心配しなくていいから……って。」

あれは、幻ではなかったのだろうか。
幻だと思っていた声は、幻などではなくて……
意識がなかった彼が、危篤状態だった彼が、そんな中で応援していてくれたのだろうか。

「新一が、頑張れって言ってくれたから……私っ!!」

「……あぁ、分かってるよ。……全部、ちゃんと伝わってたから。」

彼女が、自分に必死で語りかけた事も、
自分の事を、ずっと信じていたという事も……
彼女が、心の中で叫びつづけていた想いも、願いも………

「ずっと、ずっと……伝わってたから。」

聞こえていた、声……
苦しくて、辛くて……もう駄目だと思った時………
楽な道へ……進んでしまおうと思った時……
いつも、彼女の声が聞こえて来た。
彼女の思いが、伝わってきた。


―私たちが愛し合った証が、今このお腹の中に居るんだよ……

―この子に、名前つけて欲しいの。

―私、もうすぐお母さんになるんだよね……新一も、もうすぐお父さんになるんだよ。

―子供生まれたら、家族で、どこか遠くに旅行に行きたいんだ。連れてってくれるよね?

―新一、私達の子供……双子なんだよ。

―あなたの手で、この子たちの事抱いてくれるでしょ?


ずっと、その声に呼び止められて……
何度も、連れ戻されて……


そして、最後に元気な二人の産声によって、たたき起こされた。


「……母子揃って……俺を蘇らせるのな。」





「………ありがとな、蘭。それから、チビ達……」





その呟きと共に、目を閉じた新一。
すっと力を失って、その場に落ちた彼の腕……


「し……しんいち?新一ぃ!!!!」


蘭は驚いて、彼の名を呼んだ。























そして、それから五年の月日が経ち……
























「「それで?それで!!?」」

可愛い男の子と女の子が、大きな瞳をくりくりさせて、母親に話の続きを求む。
二人の母親は、遠い過去を見つめながら、二人に言った。

「それがね………」

四つの瞳が、キラキラ輝きながら彼女を見つめる。
先ほどまで真剣な顔で話していた彼女は、そんな二人に、悪戯っぽく笑った。

「ここから先は、ひみつ♪」

二人は、「「え〜っ」」と納得がいかないという顔で、抗議した。
彼女はクスっと微笑み、彼らに言った。

「じゃあ、続きは帰って来てからね。幼稚園遅れるわよ。」
「「ぜったいだよ!ぜったいおしえてね!!」」
「はいはい。」

元気な二人に、苦笑しながら、彼女はバックと帽子を持たせた。
二人は、『工藤』と書かれた門から元気に外に出た。

「「いってきま〜す!!」」

「いってらっしゃい。」

彼女は、優しく笑みを浮かべ、子供達を見送った。



「本当、元気な子達よね。」

子供達を見送って、家の中に入るなり、彼女は苦笑した。

「あいつらに話したのか?あの時のこと……」
「うん。あの子達は、生まれてきた時に、とても大きな役目を果たしたんだって事。」
「俺の立場ねえじゃねえか……」
「いいじゃない、あの子達のお陰で、今の幸せがあるんだから。」

「分かってるって。だから、言ってんだろ?あいつらは大物だって。」

部屋から出て来た男性は、彼女に呆れた顔で言った。
もう、何度も聞かされたその言葉。
彼女は耳だこになりながらも、クスクスと微笑んだ。

「そうだね。あなたが無理矢理起こされたのも、頷けるわ。」
「まだ寝たりなかったってのによ……」

本心からではなく、ぶつぶつ文句を言っている彼に、彼女は言った。

「大体ね、紛らわしいのよ。ありがとな…とか弱々しい声で言った後、
あんな寝方するなんて!!」
「だから、俺の事は心配すんなって言っただろ!?」

偉そうな態度に、彼女はきっと彼を睨んだ。

「私とあの子達がいなかったら……あなたなんてとっくに死んでたくせに。」
「ばーろ、俺はお前等が居なくったって……」

そう言いかけて、ぐっと黙り込んだ彼を、彼女はジト目で見つめた。

「……何よ?」
「………いえ、何でもありません。」

実際、彼女達がいなければ、生きていられた自信はない。
彼女たちのお陰で、今の自分が居る。
彼女が何度も呼び止めてくれたお陰で、いつも還って来ることが出来た。
子供達の産声のお陰で、目を覚ます事が出来た。
今の家族の幸せがあるのも、彼女達のお陰。



今、元気に喧嘩しあっているというその事実が……
今、二人で元気に話をしているというその事実が……
普通に会えて、普通に声が聞ける事が…………
どれだけ幸せな事か、あの時知った。



もう、声も聞けないと思った。
もう、顔も見れないと思った。
同じ空の下に、存在する事も………
同じ空気を吸って生きることも、もう無理かと思った。





新しい命が産声を上げ………
消えかけていた命が再びその鼓動を蘇らせた………



命……
この世の中で、何よりも大切なモノ……
あなたの命がここにあるから、私はずっと笑っていける。





そして今日もまた仕事に向かうあなたの事を……
あの日と同じように「いってきます」と言って仕事に向かうあなたの事を……
笑顔で見送って、その帰りを待ちます。
あなたが無事に帰ってくることを信じて、祈りながら……
私は、今日もあなたの帰りを待ってます。














「あ、やべ……蘭!忘れ物だ!!」
「え?どうしたのよ?」


ぐいっと彼女を引き寄せた彼は、その唇に自分のそれを重ねた。


「これ、俺のお守り代わりだからよ。」
「もう!早く行ってきなさいよ!!!」


「じゃあな!いってきます!!」
「いってらっしゃい………新一。」








〜完〜


あとがきv

命の子後編です。
最後の小さい会話、最初は書くつもりなかったんです。
新一とか、蘭とか名前出さないで、曖昧なまま終わらせようと思ってて。
でも、いれたくなっちゃったvついつい。
前後編もので、短編にするか長中篇にするか迷ったけど……
でも、1話で終わらないから、こちらの方にアップしました。
う〜ん、それにしても、刺されたからって普通そんな何ヶ月も意識不明になるかな?
今回そうしないと都合悪かったからそうしたけど……
朧の作るこういう話って、大概中々目覚めないんよなぁ…(^^;
う〜ん(^^;;;
まぁ、何はともあれ、ハッピーエンドで締めくくりましょうじゃないですか!!
では!最後までお付き合いありがとうございました♪♪♪

H16.8.28 管理人@朧月