あの日からずっと……



第15話、旅立ちと仲間




「警部!!灰原は!?」

あの電話の後、急いで警視庁に駆け込んだ俺は、
1課の慣れた顔ぶれの中に、真っ先に警部を見つけ、問い詰めた。
警部は、その真剣な顔に苦笑しつつ、俺に言った。

「そろそろ来る頃だと思っていたよ。」

そして、こっちだといいながら、俺を案内した。
案内されたその場所は、『取調室』。
俺は目を細めながら、一応警部に「入っていいですか?」と尋ねる。
返事が返ってくる前に、俺はその戸を開けていた。

「灰原!!」

そこにいた灰原…いや、宮野は俺を見て一瞬目を丸くして…
しかし予想していたかのようにいつものようなクールな笑みを浮かべた。

「工藤君、どうしたの……そんなに慌てて。彼女とはもう話せたの?」
「ばーろ!!今はそんな事より、わけを聞かせろ!!」

全く何事もなかったかのような口ぶりに、少なからず腹立った。
どうして、何も相談してくれなかった……
どうしていつも、勝手に……


―哀君が、『警察に出頭して、罪を償ってきます』と書置きを残して、
居なくなってしまったんじゃ!
多分警視庁の目暮警部のところに行ったんじゃと思うが……
あの子は何もしておらん筈じゃろ!?新一君、止めてくれんか!


博士から入った、一本の電話。
慌てた声で、俺にそう告げた博士。
その後、すぐに目暮警部の所に電話してみたら、自首してきたと言う。

『自分は人を殺すための毒薬を作って、
この間検挙された組織の人たちが殺人を犯すための手助けをしていたのだ』……と。


いつお前が、奴等の助けをするために、薬を作ったんだ?
お前、自分で言ってたじゃねえか!!毒薬なんて、作ってるつもりなかったって。

俺が何を考えているかなど、お見通しなのだろうか…
灰原は苦笑しながら、落ち着いた声で俺に言った。

「色々考えたけど…これが、私のすべき事だと思ったのよ。」
「すべき事って……っ!お前はっ!!」

俺が怒鳴っても、灰原は涼しい顔のまま、首を横に振った。

「私ね、あなたが意識不明のままだった一ヶ月の間に……一つの夢を見つけたのよ。
私、組織に居る時は…ずっとAPTX4869の研究をしていくだけだと思ってたけど…
でも、今ようやくやりたい事が出来たの。」

そう言った灰原の顔が、何だか今までの中で一番幸せそうに見えて……
それが尚更、痛く感じた……

「だったら……だったらその夢のためにも!!」

そう大声で言ったけれども、灰原の目はそれによって迷いが生じたものではなく…
まっすぐに、俺を見つめ返していた。

「違うわ。この決断は…その夢の為でもあるのよ。
一度、過去をリセットしたいのよ。私がやって来た事が全て許されるわけはないけど…
それでも、生まれ変わって前に進みたいから……」

こいつは…こいつの決意は、堅いんだろうな…と、
もう、何度も悩んで悩んで決めた事なんだな…と思った。
けれど……それでも。

「お前は、毒を作ってるつもりはなかったんだろ。
許されるも何も……お前に罪はない!!」

すると、灰原は今まで見たことが無いような顔で、ふわりと微笑んだ。
最高の…笑顔で。

「ありがと。でも…もう決めた事だから。
ちゃんと平等に償いはしないと……私は、前に進めないから。」

俺が反論しようとすると、後ろで見ていたらしい警部が、俺の肩に軽く手を置いた。

「工藤君、わしらも説得したんだが…彼女の決意は堅いようなんだ。
だから、その意見は尊重してやらんか?」
「けど…灰原は、本当に罰を受けるような事はしてないんですよ。
こいつは生まれた時からあの組織で、裏切ったら命の危険にさらされる中で…
親から受け継いだ薬品の研究をしていただけだ。
その過程でたまたま出来たのが、あの薬で……利用されてただけなんです。
警部だって、分かってるでしょう?それなのに………」
「あぁ。わしも彼女が犯罪者だとは思ってないよ。けど、彼女がこう言ってる以上は……」

警部は顔を顰めながら言った。
俺が沈黙すると、灰原は俺に向かって再び微笑んだ。

「前に進むために、必要な過程なのよ。
……でも、工藤君。一つだけお願い聞いてくれるかしら?」
「なんだよ?」

俺の問いに、灰原は一瞬沈黙して……
それでも決心した顔で、俺に言った。

「……もし、私が罰を受けて、また新しいスタートを切る時が来たら……
その時は、またあなたと、皆と一緒に……どこか遠くに遊びに行きたいの。」
「どこか遠くに?」
「ええ。あなたと博士と、それから吉田さんや円谷君や小嶋君と。皆で一緒に。
あなたが、江戸川コナンだった時みたいに……
少年探偵団なんて言ってたときみたいに。」

何を言い出すかと思えば……
探偵団の奴等と、皆で前みたいに……か。
けれど、それがお前の願いなんだったら……

「……別に、断わる理由はねえだろ?」

認めたくはなかった。
灰原が、いくらそれを望んだとしても。
けど、俺には、どうにも止められないんだって事に、気付いてしまった。

「ありがと……工藤君。」

そう言った灰原の顔は幸せそうで。
けれど、もっと別の幸せを手に入れて欲しかった。
俺は、こいつの事を犯罪者だとは思ってないのだから。

「……あくまで、俺は今お前を説得するのが無理だって分かったから引いたんだからな。
もし裁判になったら、無罪主張するぞ?」
「ええ。解ってるわ。」

結局、灰原には妃弁護士をつけてもらった。
それもあって、無罪になろうとした灰原だったが、
「何らかの罪を受けさせて欲しい」という本人の希望で、結局懲役三年の罪状を言い渡された。
俺は納得がいかなかったが、灰原はそれを聞いた時、ほっとしたように息をついた。

最後に、特別に与えられた時間の中で、灰原は俺に言った。
柔らかい、優しい笑顔で。

「ごめんなさい、工藤君。
……でも、私シェリーとして生きた日々に、終止符を打ちたかったの。
罰を受けて、それでやっとまた新しい……宮野志保としての人生が始められるの。
だから、私……どうしても……罪を……。」
「ああ、もう分かったよ。」

憎い、と思った。
こんな奴に、人を殺すための薬なんかを作らせてた組織の奴等が。
改めて、とても憎いと思った。

「……あのよ、灰原。お前に会いたいって奴らがきてる。
もうちょっとだけ時間もらうから、話してこいよ。」
「え?私に会いたい人なんて……」

そう言った灰原だったが、その『灰原に会いたがっている人』たちを見て、
さすがに驚いた顔をした。

「哀ちゃん!!」

そう言って、まず灰原に飛びついたのは、俺が知ってる中で、
あいつと一番仲がよかった歩美だ。
それ以外の、元太も、光彦も……後ろから見ている博士も。
みんな、悲しそうな複雑な顔してて。
自分達よりも大きな姿になった灰原をじっと見つめていた。

「あ……なたたち、どうして?」

「コナン君……あ、いや……」

光彦が言いよどんで、俺を見た。

「あぁ、コナンでいいよ。おめーらは、そっちの方が呼びやすいだろ。」
「あ、じゃあ…コナン君で。とにかく、コナン君が事情を教えてくれたんです。
詳しい事は教えてくれなかったですけど……
あなたが、灰原さんで……コナン君が、この新一さんだって事と、
灰原さんが変な組織で薬を作ってたって事だけ。」

黙って聞いていた灰原の顔色が、みるみるうちに変わっていった。

「く、工藤君?!あなた何でそんな勝手なことっ……!!」
「心配すんな……最低限のことしか話してねえから。
組織はどうせ既に俺たちの正体に気付いてるんだ。隠しておく必要はない。」
「けど……」

灰原は、まだ納得がいかないという顔をした。
……当然だ。俺もこれをこいつらに話す時は、相当悩んだから。
けれど、こいつらには知る権利があると思った。
それは、こいつの裁判だなんだの準備してた時で……
その関係の用で博士の家に行った時に、こいつらが尋ねてきて。



「あ………」

一瞬、普段どおりに話し掛けそうになって、慌てて口を閉じた。
探偵団の奴等は、一瞬不思議そうな顔をしたが、戸惑いながらも俺に話し掛けてきた。

「あの…こんにちは。」

戸惑いがちに挨拶してきたのは光彦で……
歩美は、コナンと俺を重ねてるのだろうか、泣きそうな顔で俺を見ていた。
江戸川コナンが、こいつらに別れを告げたのは、当たり前だが、俺が新一に戻る前だ。
「両親の居るアメリカに行く事になったから、もう二度と会えない」と。
そう告げたときのこいつらは、納得出来ないという顔をしていた。
それから、歩美は必死で泣いて、俺に住所を尋ねてきた。
もちろん、何も言えなかったけれど。

「こんにちは。」

俺は苦笑しながら返事を返した。
こいつらとは、もう会わないと決めたのに。

「兄ちゃん、俺らと1回あった事あるよな?」

元太の問いに、「あぁ。」と曖昧な返事を返す。
本当は、1回どころじゃなくて、ずっと一緒にいたのだが……
ほぼ初対面のような状態は、なんだか複雑で。
コナンだった頃は、新一に戻る事ばかり考えていたけれど……
コナンとしての時間も、俺にとって大切なものだったのだと実感させられた。

「確か、蘭さんの恋人の……工藤新一さんですよね?」
「………ああ。」

光彦の問いに、再び苦笑して答える。
まぁ、確かに今は恋人だ。

「……新一お兄さんって、コナン君に………似てるね。」

歩美ちゃんの暗い一言。
随分、傷つけちまったみたいだな。
それでも、俺は白々と返事を返すしかない。

「そうか?……あいつとは、遠い親戚同士だからな。」

すると、歩美は少し俯いて。
悲しそうに、俺に言った。

「………コナン君、アメリカに行っちゃって………
新一お兄さん、コナン君の居場所知らない!?」

必死に訴えてくる彼女。
別れを告げたときもそうだった。
俺は、首を横に振って、そんな歩美に言った。

「悪いな、俺もあいつがどこに居るのかわかんねーんだ。
………ごめんな。」

悲しそうに俯いた歩美だったが、それで諦めきれたわけでもなかったようで。
あいつ等を侮っていたのは俺だったようで。
帰ったと思って博士と灰原の話を始めた時、あいつ等に聞かれてしまった。

裁判って、どういう事ですか?と、真剣な顔で聞いてきた光彦と……
心配そうに俺を見つめる歩美。
それから、戸惑いながら睨んでくる元太。

真剣なその顔を……
どう騙していいのか分からなくなった。
蘭が、俺がいなくなって苦しんでいたのと一緒で……
こいつらも、コナンと灰原が居なくなって、凄く苦しんだのだ。
そんな時に、裁判がどうのとか言う話を聞いたら……

もう、黒の組織は半分以上検挙されて……
それでも、残党はいるけれど、奴等はもう俺や灰原の事を知っている。
昔のように、隠れていられたわけでもなくて……
こいつらが俺や灰原と関わっていたなんて事も、組織はとっくに分かっている。
何も知らないよりも、その存在くらいは知っていた方がいいのかも知れない。
自分達の置かれた状況を何も知らないで、ただ苦しんでいるだけなら。

こいつらは、俺たちも驚くほどしっかりしているのだから。

もちろん、組織の全てを教えたわけじゃない。
ただ、俺が江戸川コナンで、あいつが灰原哀で……
組織の中であいつが薬の研究をしていて、
その過程で出来た薬によって俺とあいつの体がちぢんだって事と……
あいつがその組織を裏切って逃げてきたいう事だけを教えた。

三人とも、その時は驚いて、暗い顔をしていたけれど……
全てを理解した時……こいつらは言った。

「それでも……それでもコナン君も哀ちゃんも、大切な友達だもん!!」
「そうです!!僕達は……同じ探偵団の仲間だったじゃないですか!!」
「俺たちが小学生だから、もう友達止める気なのかよ!!」

そう言って来た探偵団達にとっては、別に組織とかは大した問題でもなかったようで……
どちらかと言うと、ガキ扱いされたという事で腹を立てたらしくて。

「灰原に、会いたいか?」
「……灰原さんも、大人の姿になってるんですか?」
「ああ。」

光彦の問いに、ただ肯定の返事を返した。
そして、今日……特別に作られた時間の中で、こいつらと灰原の再会をさせたんだ。



「哀ちゃん……なんだよね?」

歩美の問いかけに、灰原は困ったように俺を見て……
戸惑いながらも頷いた。

「……今まで、騙してて本当にごめんなさい。そう、私……灰原哀よ。」

歩美は、泣いていた。
大粒の涙を流して。
そんな歩美を苦しげに見つめて、灰原は何度も謝っていた。
何度も何度も………騙しててごめん、傷つけてごめん、全て、自分のせいだったのだと。

「違う!!違うよ!!!哀ちゃんは謝らないで!!哀ちゃんが悪いんじゃないよ!!!
歩美、コナン君の事凄くショックだった!!
哀ちゃんの事も、本当はずっと年上のお姉さんだったって知って、ショックだったよ!!
でも、歩美二人に会えて凄いよかったって思ってるんだよ!!
二人と仲良くなれて……二人と一緒にいた時間、凄く楽しかったから。
あの時間が、嘘だったなんて思えないもん…
哀ちゃんは、歩美にとって大切な友達で……いつも優しくしてくれる、大切な友達で。
歩美……コナン君の事も、哀ちゃんの事も、大好きだもん!!」

泣きながら訴える歩美。
灰原に向けているその言葉は……俺にも、胸に大きく響いた。
強く相槌を打つ元太も、光彦も……
大切な、仲間………だよな。

「でも、歳じゃなくて……私は悪い組織の………」
「関係ないですよ!!そんな過去に何があったって……
灰原さんは、いつも僕達のこと優しく見守ってくれてたじゃないですか!!」

光彦の言葉に、歩美と元太が頷いた。

「そんな組織なんか、俺たちがいつか力を合わせて潰してやっからよ!!
少年探偵団の仲間だろ!!!」

「だから……二人共、これからもずっと……歩美達の友達で居てくれる?」

灰原は、半分泣きそうな顔をして三人を見つめていた。
俺はそんなこいつらの言葉に、どこか嬉しくなって……「当たり前だろ。」と、返事をしていた。

「……哀ちゃんは?」

「………あなた達、きっと後悔するわよ?」

優しく柔らかい笑顔を浮かべた灰原に、もう孤独なんて言葉は絶対に似合わない。
よかったな……灰原。
こいつらは、何があっても……お前の仲間だ。
ずっと待っている、温かい仲間。

「……皆、ありがと。でも、もう時間みたいね。また、ね。」

灰原は、俺達に別れを告げて……その部屋を出た。
探偵団達がその背中に、「毎日でも面会に来るから」と言った言葉に対して、
あいつがどんな表情をしたのかは分からないが…
ただ、その時呟いた「ありがと…」という言葉は、とても穏やかな声で。
その後一瞬だけ見えた横顔は、とても幸せそうに見えた。

それから三年の時を、彼女は頑張って過ごしただろう………
飛び立つための第一歩として……幸せに続く夢への扉を、こんな形で……あいつは開けたんだ。

自らの罪への、けじめとして。



裁判が終わって、それからは俺はまた昔のように蘭と高校へ通って……
あとは、服部が目覚めれば、すべてが帰ってくる。
もう、失うものなど何もない。



……そう信じていたのだ。


〜第16話へ続く〜













作者あとがき〜〜♪♪


こんばんわ、朧月です。
……哀ちゃんファンの方、すみませんですっ(><)
朧としては、哀ちゃんが幸せになる為に必要な一歩として書いたのですが……。
決して、哀ちゃんの事を罪人とか思ってるわけではなくて……
朧としては、新ちゃんに言わせた言葉が本当の気持ちなのです(><)
だから、本当なら刑務所になんか入れたくなかったけど……

哀ちゃん、このままずっといても……本当の意味で過去を吹っ切る事出来るのかな?
って、そんな疑問が生まれて。
毒を作ってたわけじゃないのに、その薬が人を殺す事に利用されたのは事実で。
そして、それを投与された人がたくさん居るのも事実で。
哀ちゃん、あんなに優しいのに、そんなの可哀相じゃないですか。

だから、朧が考える中での、哀ちゃんが幸せになるための一つのステップがこれだったのです。

そして、ラストの言葉……
まぁた意味深な事発言させて……全く。

とにかく、今回書きたかったのは、哀ちゃんが新たに夢のために第一歩を切る事と、
少年探偵団の皆が新一や哀ちゃんと再び結ぶ友情と、絆と。
歩美ちゃんは、朧が考える所での哀ちゃんの最も仲いい親友です!!
探偵団の彼らには、歳の差なんか、過去なんか関係ないのですっ(><)
元に戻っても、「大好き」だって、「大切な仲間」だって言って欲しかったのです。
という事で、もうそんな経たないうちに、(とはいっても、まだ話数は書くかも)この話は終わりますよ。
この話は、ね。(←不吉な予言)

朧の中で、最初から決まってた事なので……
読者が消えて行こうと行くまいと…
しつこいと言われようといわれまいと……
それだけは譲れません(><)!!
まあ、現時点でこの話しても、多分なんの事か分からないでしょうが……
今回は、この話はここで終わりにしますか。

では、今回も読んでいただけてありがとうございましたvvv
次回も、是非見捨てないでやって下さいませ。

それでは、感想は随時待ってます♪(こら。)
ではでは〜vvv