草原



 ふわっと柔らかい草の緑と、たまに何も生えてない土の茶と。所々、小さい花が咲いて、白や、黄色や、ピンク色……たくさんの色が生えている。
 小さい頃は、よく四葉のクローバーを探したり、摘み取った蓮華の花で髪飾りやネックレスを作って遊んでいた経験が誰しもあるであろう。
 そんな草原にいると、草花の匂いにどこか心がなごんだり、うとうと、眠くなってきたり……。

 そんな草原の上、まどろみに浸る彼の脳裏にも、幼い頃のそんな情景が浮かんでいた。





 ***





「ねぇ、ねぇ! これどう?」
「あん?」

 ツインテールにした頭の上に、先ほど仕上げた白い花飾りをのせ、彼女は自分に向けて可愛く微笑んだ。思わず、頬をが熱く染まる。

「……どうって……別に……頭に虫がわいても知らねーぞ!」

 こんな時、素直に可愛いなんて言えたらいいのに、どうしても『可愛い』という言葉は出て来ない。
 意地を張って、こんな憎まれ口を叩いてしまう自分に、いつも後悔ばかりだ。

 当時、二人はいつも一緒だった。
 いつも喧嘩ばかりしていても息はぴったりで、外見もミスマッチなのに、何故か必ず行動を共にしていた。

 近所では、有名なコンビだった。悪ガキと、賢い少女。
 自分の顔についた絆創膏は、相手にやんちゃな印象を持たせる。一方、彼女は見るからに知的なお嬢様だ。

「もーっ、何でそんな意地悪な口しかきけないのよ。気配りがない人ってさいてーねっ!!」

 折角綺麗に出来ていた白い花飾りを、彼女はぐしゃっと素掴みして、投げつけてきた。顔に当たり、地面にずり落ちる。


「なにしやがるんだ!」

 むっとして、思わず怒鳴りつけた。こうなると二人の喧嘩はとまらない。

「こういう時は、冗談でも可愛いって言うものでしょ!?」
「けっ! んな飾り頭につけてりゃ、虫つくだろ! 本当の事言ったまでだよ!」

 ぎゃんぎゃんとした怒鳴りあいは、止まらない。
 本当は、喧嘩に持ち込みたくないのに、素直になれない事がきっかけで、いつも最後には感情的になって口論してしまう。

 長く続いた口論の果てに、小さな赤い手形を残した彼女は、そこからいなくなっていた。
 一人ぽつんと取り残され、頬をさすりながら、そこに座りこむ。崩れた花飾りを拾い、冷めた頭で見つめた。

「しゃーねーだろっ! 素直に可愛いって言えたら苦労しないんだよ」

 ぼろぼろになった花飾りを手に、小さく溜め息をつく。

「あーあ、またアイツ怒らせちまった……」

 後悔はいつも後から訪れるから、後悔、というのだ。
 そんな感情があるなら、最初から喧嘩しなければいいというのも正論だが、肝心の彼女の前では、どうしても意地を張ってしまう。

「大体、あいつが悪いんだよな。短気は損気って言うじゃねぇか!」

 とりあえず、自分の事は棚に上げ、今ここに居ない幼馴染みに文句を零す。
 ふっと浮かんだのは、彼女が最後に浮かべた表情だ。じっと花飾りを見つめて「しゃーねーな……」と呟いた。



 *



「あんのぬけさくっ!」

 勢いよく玄関で靴を脱ぎ、乱暴に戸をあけ、部屋に入る。すると、鏡を見ながら髪型を整えていた少女がぎょっとした顔で振り向いた。
 カールがかかった、茶髪の綺麗な髪……彼女の自慢のそれが、驚きにぐしゃりと崩れる。

「も〜っ、髪ととのえてたのに! もうちょっと普通にはいってきてよ〜っ」

 ぷぅ〜っと不機嫌そうに口を膨らませた彼女を見て、罪悪感を感じ、苦笑いが浮かぶ。

「ごめんごめん。ゆきちゃんが来てるってしらなかったの」
「今えりちゃん居ないからって、おばちゃんがいれてくれてたのよ。だからしょーがないけど……なにかあったの?」

 先ほど口を膨らませて見せたのは冗談だったらしく、謝ったのを確認するなり彼女はにっこり笑うと、怪訝な顔で尋ねてきた。

「そう! きいてよゆきちゃんっ!! あのデリカシーの欠片もない男! 本当にむかつくんだから〜っ!!」

 言いながら、隣に座る。蘇った怒りに、つい口調が荒ぐ。
 隣で向き合う彼女は、小さく息をつく。

「はいはい、きいてあげるから。おちついて」

 そう言って、微苦笑を浮かべた彼女に、僅かに不信感を感じながら先ほどの出来事を愚痴る。
 彼女は、時に「まぁまぁ」と宥めてきながら、話を聞いてくれた。



 *



 一時間後、部屋は先程とは変わって、すっかり静かになっていた。
 いつの間にか、話は終わっていた。そのまま、二人して椅子に座ったまま、向かい合って眠ってしまったらしい。

 目を擦りながらむっくりと起き上がり、乱れた茶色いカールを手ぐしで直す。先程まで、ずっと興奮してのろけ話……もとい愚痴を聞かせていた彼女は、まだ起きる気配はないらしい。
 組んだ両手を高くあげ、伸びをする。
「あれ? いま何時〜?」

 まだ眠気が残る声で、欠伸しながら、時計を見上げた。あまり時間は経っていないらしい。
 いつの間に寝てしまったのか、どちらが先に寝てしまったのか覚えてはいないが、恐らく殆ど同時に、自然に眠ってしまったのだろう。

 隣で寝息を立てるツインテールの少女を見て、浮かんだ企みに小さな笑みを作る。そーっと椅子から立ち上がると、再度髪を整えて、静かに彼女の家を出た。

「公園の前の草原っていってたよね」

 まだ居るだろうか――彼の事だから、口論して不機嫌になったまま、ごろ寝しているかも知れない。
 素直じゃない二人にはいつも世話をやかされてばかりだ。それもまぁ楽しいから構わないが、いい加減もっと素直になって欲しいとも思う。
 幼馴染みだから、気心が知れすぎて喧嘩ばかりなのだろうか。それとも、これが普通の恋人というものなのか。
 歳不相応にませたことを考えながら、問題の草原へと向かった。




「あれ?」

 そこにつくなり、はっとした。
 草原で寝転がっていると思っていた彼は、それとは真逆にせっせと動き回っている。
 ぽかんとしてしばらく突っ立っていたが、離れた場所で眺めていても仕方がない。
 足音がならないようにそーっと歩み寄ると、後ろから彼の肩を勢いよく掴んだ。

「わっ!」
「えっ? おわ〜っ!!」

 びくん、と彼の肩が跳ね、彼は大きく叫んで振り返った。
 調子に乗って、驚かそうと大きな声を耳元で発してみたが、思いの外とんでもない声で驚かれ、彼女は顔を顰めた。
 慌てて手に持っていたものを後ろに隠した彼は、目を丸くして見あげてきた。

「えっ? な、なんでゆきちゃんが……?」
「なんでって……私の事はいいのよ! それより、なにしてるの?」
「な、何って、そのっ……」

 ちらり、と彼の黒目が横に動いた。その仕草一つで、すぐに全てが伝わった。

「あ〜、何か隠してる。何隠してるの?」
「べ、別に何も隠してねーって!!」

 後ろを覗き見ようとすると、彼は慌てて後ずさった。彼の態度が図星だと確信し、悪戯っぽい笑みが零れる。
 彼は冷や汗を流し、目を白黒させている。

「見ーせて!」
「あっ!」
 ぐいっと彼を引っ張って、彼の後ろを見る。同時に、面を食らった。

 一気に赤面した彼の手に握られていたのは、可愛い花飾りだ。
 作りかけのそれは、よっぽど厳選した花を使ったのか、部屋でまだ眠っているかもしれない彼女に似合いそうな色ばかりだった。

「わ〜っ! きれいっ!! これ、もしかして作ってあげてるのっ?」
「そ、そんなんじゃ……」
「いいじゃない! 絶対喜ぶよ!」

 嬉しそうに言うと彼は「だから違うって……」と視線をそらす。
 そんな態度に、からかい混じりの深い溜め息がこぼれる。

「いい加減に素直になりなよ〜。プレゼントするためじゃなければ、もしかして……そういう趣味があるの?」
「しゅ、趣味じゃなくて、オレはあいつのっ……!!」
 はっとして、口を抑えた彼を見て「よろしい」と笑んでみせた。
 彼の顔が、まるでりんごのように赤く染まっているのが面白い。

「愛がこもってるよね。土ひとつついてないもん。大事なえりちゃんの頭に虫がわいたらたいへんだもんね〜」
「な、なんでそれっ……」
「いいから! 早く作って!! 私、つれてきてあげるから」

 否定しようとした彼の言い分を聞く気はない。くるりと進行方向を変えると、ちらっと花飾りに視線を送った。

「もう、作り終わるのにほとんどかからないよね。じゃあ、来るまでにしあげてね。あ、にげちゃだめだよ」

 言いながら、スキップをして来た道を戻った。英理の家まで、さほどかからない。



 *



 去ってゆく後姿に有無も言えず、彼は作りかけの花飾りを手に溜め息をついた。

「ゆきちゃんのペースには逆らえねーんだよなぁ」

 呟きながら、しょんぼりと最後の仕上げの花を選び、結び付けていく。
 出来上がった花の輪っかは、土一つついていない、綺麗な冠だった。それを大切に手に持ち、彼はそっと、二人が来るのを待った。



 *



「も〜っ、なんなの、ゆきちゃん! 人の事起こすなり、草原にいこうなんて」
「いいから! 今度は私と一緒に花かざりつくろ」

 彼女が帰ってくるなりたたき起こされ、腕を無理矢理引っ張られ、色々な理由をつけて草原へ引っ張られる。
 がっしり掴まれた腕は、中々振りほどけない。

「だって、もしかしたらまだぬけさくが……っ」

 言いかけた頃には、もう既に草原の前についていた。
 そこに立ったままこちらを伺う彼に気付いて、ぐっと唇をかみしめた。

「ほ、ほら! やっぱりいるよ!! かえろう、ゆきちゃん!!」

 掴まれた腕を強引に振りほどき、踵を返す。同時に掴みなおされた腕に、歩が止まる。

「まって! なにか話したいみたいだよ。ねっ?」
「ど、どーせ話なんてまた文句言うだけでしょ。あいつのことだから!」

 草原の中に居る彼に目を向けると、彼は、同じようにどこか不機嫌そうな顔で歩み寄って来た。

「ほら〜っ。絶対何か文句言うつもりなのよ、あいつ」

 小声で耳打ちすると、彼女は苦笑いを浮かべながら「まぁまぁ」と宥めてきた。
 そうしている間にも、彼は目の前まで来て、そこで立ち止まった。バツが悪そうに何か言い淀んだ彼に、眉を寄せ視線をそらす。

「な、何よ。言いたいことがあるなら、はっきり言ったら?」
「せ、急かすなよ。……ほら」

 彼が答えながら、後ろ手に持っていたそれを目の前に突き出してきた。
 それは、先程思い切り「虫が湧いても〜」と否定された花飾りだ。

「……ちょ、何の真似?」

 困惑した顔で、彼の顔を見つめるが、彼は何も言わずにそわそわした様子を見せている。

「ま、まさか! 私には虫がわいてる姿がお似合いだっていいたいのっ?」

 裏の裏まで探って言った言葉に、少々むっとした顔を浮かべつつ彼は答えた。

「誰もんな事言ってねーだろ。……さっきは、ちょっと言葉がわるかったよ。その、オレが素直じゃねーの、お前一番よく知ってるだろ」

 そう言って、未だに困惑する頭に、それを乗せられた。

「ちょっ……虫がわくんじゃなかったのっ!?」

 微かに頬を赤らめながらも、払いのけようとしたその手は、彼に掴まれる。

「わくかよ。虫どころか、土一つつかねーようにチェックしたんだからなっ。か、勘違いすんなよ? さっきの花かざりの弁償してるだけだからな!」
「別に、勘違いなんて……」

 顔が熱くなって、慌てて俯いた。きっと、今自分の頬は真っ赤に染まっているから。

 傍観していた彼女が小さく笑った事すらも、まるで目に入っていなかった。
 恐る恐る顔をあげると、彼は花飾りと顔を交互に見つめてきて、照れくさそうに頬をかく。

「さっきのはな、オレも悪いけどオメーも悪い。あんな、滅多にしねーツインテールなんかして、あんな花飾り頭につけて、『どう?』なんて言われたって、何て答えろってんだよ」
「色々あるでしょ! 可愛いとか」
「……可愛いなんて、言えるわきゃねーだろ! ……でも、」

 そこまで言って、彼は突然顎を掴んできた。一瞬驚いて後ずさったが、彼の真剣な目に、再び頬が熱くなるのを感じた。



 *



 瞳を揺らしながら目を合わせる彼女の頬は紅色に染まる。それが、花飾りの色と混ざって、余計栄えた。
 彼女から手を離し、そっぽを向いた。

「似合ってるよ…………まぁ、それなりに」

 精一杯の言葉をぶっきらぼうに言ったものの、染まった頬は恐らく誤魔化していない。

「ゆ、雪でも降るんじゃない? 珍しいことやるから」

 返ってきた言葉に、むっとする。

「あんだと!?」
「似合ってると思うなら、最初からそう言えばいいのに! 全く……」
「ひ、人が素直になってみりゃあ、可愛くねー女だな! 本当にっ!!」

 そこから、結局また口喧嘩に発展した。
 隣で傍観していた彼女がもらしたため息すらも、耳に入らないままに。







 …………さん。……おとうさん?



「お父さん!!」




「あん?」
「お父さん、起きて! も〜っ、こんな所で寝るなんて。風邪引いても知らないよ?」

 目を開けるなり、長い黒髪と娘の顔がドアップで移った。
「おわっ」と声をあげ、彼は跳ね起きると、娘のじと目に睨まれる。

「寝てる時は冴えてるときだからいいんだけど。もう帰るよ! コナン君も待ってるんだからっ」

 少し薄暗くなった草原で、強気な口調で話し掛ける娘に、昔の彼女の面影を見た。

「やっぱり、親子だよな……」
「え? 何か言った?」

 呟いた言葉に不思議そうな顔で返した娘に、「何でもねーよ」と答えた。

 あんな、子供の頃の夢を見るなんて何年前の事だったろう。
 あの後もたまに草原に訪れては、よく一緒に遊んだ。鬼ごっこをしたり、寝転んだり……あ、花飾りを作るのだけは、もう勘弁だったけど。

 こんな草の匂いをかいで眠ったから、そんな昔の夢なんか見たのだろう。

「蘭、……その、たまには英理の奴家に呼んでもいいかもな」
「えっ? えっ!? 何、どうしたの?」

 ぼそぼそ言った言葉でも、その手の事には敏感に反応する娘は、嬉しそうにはしゃぎ、詰め寄った。

「深い意味じゃねーぞ。おめーの為ならちょっとの時間くらい我慢してやるって言ってんだ」
「え〜? もう、素直じゃないんだから。……それでもいいけど、じゃあ今度、絶対約束だからね!」
「ああ」

 凛とした娘の後姿を見ながら、ポケットに手を突っ込んでその後に続いた。
 前を歩くのは、自分と彼女の間だからこそなせた、自慢の娘だ。彼女と喧嘩ばかりしながらも、今まで一緒に歩んできた結果生まれてきた娘。そう考えると、また親子三人、たまには仲良くするのも悪くない……と思える。
 少しくらい頑張って素直になれたら、また彼女の居る生活は帰ってくるのだから。

「ねぇ、お父さん……随分気持ちよさそうだったけど、何の夢見てたの?」
「あ〜? 内緒だ、内緒!」
「何それ。教えてよ! 意地悪」

 そんな平和な日。草原と娘の顔を見て思った。別居を解く日も、そう遠くはないだろう。と。



 けれどそれは……もう少しだけ先の話。




〜完〜





★後書き

えっと、お題消化すきなんだけど……
私って、リクとかお題とかに向いてないのかしら?(苦笑)
004/草原。珍しいでしょう?私、多分初コゴ英理。
有希子と英理や小五郎って、いつからの仲なのかしら。
少なからずとも帝丹高校では一緒だったわけじゃない。
私は高校、公立で普通受験だったけど、持ち上がりの所もありますよね。
で、帝丹小、帝丹中、帝丹高ってあるなら、
もしかしたらもちあがりなんじゃないかって事で。
元々地元で近かったから、もしかしたらその前からも交流あってもおかしくないかなって。
あんまり年齢設定考えてません。
幼稚園〜小学校2、3年くらいなのかな?
可愛くて、まだ子供だった頃のコゴ英理なんて、一度書いてみたかったのですv
で、草原って出て来たとき、何となく少年少女であらわそう!と思って、
最初新蘭⇒平和⇒コゴ英理って出てきて、
じゃあコゴ英理やっちゃおう!とv
なんだか内容が薄い気がするのは、お許しを^^;
それでは、また次作も見てやって下さいっ!



H17.10.29 管理人@朧月


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