いつだって互いに気を遣う事も無く、変に気を遣われる事も無い。

 自然体で、自然体のまま。時に助け合ったり、時に軽く嫌味を言い合ったり。
 そんな、存在……




相棒




「だーっ! 暑っ苦しいな!」

 大体北半球にある「日本」という国の内でも、関東はさほど南側にあるわけでもない。つまり地理的に考えれば、さほどでも無い筈ではあるのだが、彼らの住む町は、少々勝手が違った。
 東京……都会と言うものは往々にして、夏の暑さに見舞われる。この鬱陶しいほどの人口密度と、地球温暖化を促進させる、進んだ文化のなせる技。
 そう。そこはこの日も、とてつもない暑さを記録していた。

 どういったわけか今日に限って、小五郎は依頼で金持ちの涼しい室内へ。蘭は、鈴木園子のこれまた涼しい家へ。
 そして、もう1人。その家に住む少年は――
 顔を歪め、汗でぐっしょりぬれた髪をうっとうしくかきあげる。黒いランニングシャツを着て、ばたばたと団扇で体全体を必死であおいだ。
 そのあまりの暑さと、彼にとって都合が悪すぎる全ての出来事のタイミングに、苛つきを隠せずいた。  氷をたっぷりいれて先ほどまで飲んでいた汗をかいたコップを、がしゃんっ!と音をたて、乱暴にテーブルに戻す。

「まぁ、もう少しの辛抱やんけ。我慢しとき」

 コナンの様子に、苦い笑みを浮かべつつ、全身黒々とした関西弁の彼は、団扇から来る気持ちのよい風で、ふわりふわりと髪を揺らしていた。

「何で、おめーそんな元気なんだよ」
「しゃーないやろ。元気なんはええ事やんけ」

 にっと笑った彼は、暑さには多少免疫があった。幼い頃から、欠かさずに暑い中でも稽古を続けてきた。暑い日でも、被るだけで暑い防具をその身につけて、竹刀を振り回し、動き回っていたのだ。

「お前とは、鍛え方が違うんや」

 楽しそうに話す平次に、コナンは頬を膨らませた。

「うるせー。俺だって充分鍛えてるんだよ。やってるスポーツの性質の差だろ」
「……何でや。お前やっとる言うたらサッカーやろ? 夏の大会とかあるんやないんか? しかも思いっきり屋外のスポーツやし」

 すると、コナンは息をついた。

「あのな、サッカーやってる時とは違げーんだよ。暑さなんて、楽しい事に集中してたら忘れるだろ? こんな室内の蒸し暑い空気には慣れてねぇんだ、俺は」
「それやったら、何か楽しい事ないんか?」
「あるわけねぇだろ! 俺が勝手に出来るもんは、子供のものくらいしか揃ってないような家だぞ?」

 こんなに凄まじく暑い日は、いかに回転の速い名探偵の頭でも、多少ぼんやりと鈍るものである。そのためか、つい三日ほど前に自分で買った推理小説でも持って来ようという考えは、どういうわけか浮かんでは来なかった。

「ホンマ、何で俺が付き合うてやらなあかんねん」
「こんな時に来るおめーが悪いだろ。おめーだけここから解放されるってのが許せねぇんだよ」

 重い溜め息をついたコナンを、彼はじと目で軽く睨んだ。
 そもそも、こうなる結果になる安請け合いをしたのは、この状況に今一番文句を言っている、眼鏡の少年だ。そこで、偶然遊びにやって来た彼までも巻き込まれる羽目になって。



 ――話は数時間前に遡る事になる。

 蘭は昨日から園子と二人別荘に出掛けていた。
 小五郎と二人で部屋でクーラーに当たってくつろいでいる時に、依頼が来たのだ。それがまたあまりに割のいい報酬を持ちかけて来た為に断わるわけにもいかず。ただ、元から今日来る予定だった依頼客も居た為に、小五郎はコナンに、その依頼人が来た時に、家で待たせておいてくれと頼んだ。


 まぁ特にする事はなかったし、家でクーラーに当たって待つだけならとOKしたまでは良かった、が。
 小五郎が家を出て数十分ほど経った頃、部屋が暑くなってきた事に気付いた所から歯車は狂い始める。クーラーを見ると、なんとまぁ、冷房になっているのに、温かい空気が出てきている様子で。慌てて電源を切って再び付け直すも、結局直る期待は持てなかった。
 それから、約6時間。現在二時半を過ぎた暑さの絶頂に、この室内で、待つ事になってしまったのである。

 依頼人が来る時間は特に決まっていなかった。知人の素行調査の依頼らしいのだが、その日は仕事明けに来ると言う。
 時間位決めておけ、と心の中で小五郎に文句を言っている時に、大阪から偶然にも遊びに来た彼を巻き添えにしたということだ。



「……なぁ服部。お前クーラー直せ」
「な、何でや! 直すんやったらお前が直せばええやろ」

 突然、命令調で東の名探偵の口から発せられた言葉に、平次は一瞬固まりつつ、けれどすぐに言葉を返した。

「……俺はああいう手先使う細かい作業はそれほど得意じゃねーんだよ。ああ、爆弾の処理なら多少出来るけどな」
「アホ! 俺かて変わらへんぞ」

「役に立たねぇなぁ……」と溜め息をついたコナンに、平次はむっと顔を顰めた。

「大体なぁ、工藤が悪いんやで? んな、おっちゃんの頼み安請負するから、こないな面倒な事になってまうんや」
「しゃーねーだろ。こんな事になるとは思ってなかったんだよ」

 先ほどから、こんなようなやり取りが二人の間で行われていた。しかし、その口論を遮るように、かかって来た電話は、二人の声の上にかぶさって響いた。

「はい、毛利探偵事務所」

 出たのは、コナンだった。一言二言話して、ガシャンと電話を切る。かったるそうな口調が、次第に生き生きした顔になってくる。彼は軽い身支度を整え始めた。

「何や、どうした?」
「ああ、事件だとよ。駅付近の店で起こった、殺人だ」
「ホンマか!? それやったら俺も」
「ああ。代理でって事は言ってあっから、行くぞ」

 二人、何の躊躇もなく家を出た。そして、その場所まで走る。



 着いた先で、子連れの少年に驚いた第一発見者ではあったが、そこは警察と顔見知りの彼らだ。何の問題も無く、事件の様子を確認した。



「――と言う事は、犯人は今ここに居るこの店の従業員の誰かで、何らかの方法で殺害後この店を出て……」

 真剣な表情で話し合う平次とコナンは、旗から見れば、奇妙な光景ではあれど、本人達は事件を解くのに必死だった。

 二手に分かれ、犯人の逃走ルートを調べる。暑さはどこへ消えたのか、約束はどこへ消えたのか。
 息ぴったりに犯人の証拠を見つける二人の頭にあるのは、今この事件を解決するという意志だけであった。

「これでわかったな、犯人は……」
「ああ、あの人に間違いないっちゅう事や」

 二人、証拠品を前に事件が解けたときの、あの不敵な笑みを浮かべる。
 問題なく事件を解く二人は、この後自分達の身に訪れる事件など、全く頭の中には無かった。



 そして、時は過ぎ、夕焼けが空を赤く染める頃。先程よりも大分涼しくなって来た道を、その日の事件について話し合いながら、二人は歩いていた。

「あれ?」

 コナンが不意に、ポケットから取り出した携帯を見て首を傾げた。

「何や、どないした?」
「いや、着信が二十四件も………げっ」

 確認して、コナンの顔が青く染まる。その着歴には、上から下まで”毛利探偵事務所”で埋め尽くされていた。

「お、おっちゃんからやろか?」
「みてーだ、な」

 丁寧に、留守電にお冠な小五郎の声が録音されていた。
 依頼人を待つ仕事の事を、すっかり忘れていた。  恐らく、もう依頼人は現れていた事であろう。誰も居ない、探偵事務所に。

「ほ、ほんなら、俺はこの辺で帰るで」

 静かに後ずさりする彼に気付き、慌てて引きとめようとするコナン。けれど、足早に彼は去って行った。

「あ、あいつ……逃げやがった」

 後に残されたコナンは、ぽつりと呟く。
「くそっ!」と声をあげると、荒々しく足元の石ころを蹴飛ばした。



 相当、怒っているはずだ。留守電にも「どこ行きやがった!」だの、怒り狂った荒々しい言葉がしっかりと何件か録音されていた。
 重々しい仕草で扉を開ける。家に帰って出会うのは、予想外な態度の小五郎であった。

「た、ただいま〜」

 恐る恐る声をかけたコナンに、出迎えた小五郎は、バツが悪そうに「お、おう…」と答えた。
 怪訝な顔をするコナンに、既に帰宅していた蘭が駆け寄った。

「ごめんね、コナン君。お父さんがそんな暑い所にコナン君閉じ込めてたなんて。大丈夫? もう具合は悪くないの?」

 心配そうに尋ねる蘭に、何の事だかよく分からないコナンは困惑するばかりだ。
 少し離れた所で座る小五郎も、どこか申し訳無さそうな顔で、コナンを見つめている。

「その、悪かったな。まさかクーラーが壊れて、んな目にあうと思って無かったんだよ」
「も〜っ! お父さん知ってたんでしょ? 最近クーラーの調子が悪いの!」
「いや、だからまさか……」

 蘭の口調が、小五郎に対してきつめに感じる。しかし心配そうな顔で、目線を合わせて気遣ってくる蘭に、コナンは曖昧に返事をする事しか出来ずにいた。
 すると、その様子をどう悟ったのか、蘭がそれを伝えた。

「あのね、実は数分前に服部君から電話があって」
「え? はっと……平次兄ちゃんから?」

 危うく『服部』と言いかけて直す。
 先ほど、薄情にも逃げ出した彼を思い出し、どこかむらりと苛立った。けれど、彼女はお構いなしに話を続けた。

「そう。偶然こっちに遊びに来たら、コナン君がクーラーが壊れた暑い部屋の中でぐったり倒れてたって」
「え?」
「だから、とりあえず病院に連れてったけど、回復したみたいだからもうすぐ帰ると思うからって。どうしても用事があって、付き添って帰れなくて悪かったって」
「……平次兄ちゃんが?」

 もう一度、確認する。彼女は再度、頷いた。

「コナン君、私達に心配かけたくないから、その事黙ってて欲しいってお願いしたんだって? もう、ダメよ。そう言う事はちゃんと言ってくれないと。熱中症だって怖いんだからね」
「う、うん」

 とりあえず、返事をしておく。その後妙に心配そうな視線が気にはなったが、まぁ、そのお陰で小五郎による説教を受ける事はなくなったわけで。
 とりあえず逃げた罪悪感から来てるものであるかどうかはどうであれ、フォローには感謝しようと、彼は緩やかに笑んだ。




 午後二十二時、大阪。


「平次! 携帯メール来てるみたいやで?」
「あ? ホンマや。……覗いてへんやろなぁ」
「アホ! 誰に言うてんの! そんな趣味あらへんっ!」

 バーベキューの網に乗っかった肉を取り合えず自分の皿に補充しながら、彼は和葉から受け取ったそれを、軽く操作した。
 和葉に怪訝な顔で見つめられながら、小さく息をつく。

「誰からなん?」
「気にすんなや。こないだ解決した事件の関係者や」
「……メールアドレスまで教えてるん?」
「せ、せや。教えてくれ〜てせがまれてしもてな」

 ピピッと操作して、携帯電話を折りたたみ、さっとポケットに入れる。
 そんな仕草に、和葉の誤解はさらに進み、彼女は眉をひそめて呟いた。

「まさか不倫……」
「何や、何か言うたか?」
「何でもあらへんよ。誰がどこで何をしようと、あたしには関係あらへんからなぁ! あたしには!!」

 語尾を強めていう時は、大抵何かに腹立ててい時だ。平次は軽く交わしながらも再び携帯を開き、先ほど来たメールの返信ボタンを、押した。




 着信メロディに、早々と布団に押し込まれた少年はピクリと反応した。
 文を見て、その最後の二文字に、こうきたか。と呟く。彼は小さくその口元に笑みをかたどり、携帯を閉じた。

「ああ。またな…………相棒」






”フォロー居れてくれた事は、ありがとな。
    一応、その前の事は水に流してやるよ。
    じゃあな!BBQやるんだってな。彼女によろしく。”

”アホ! その前の事て何や! もっと感謝せぇ。
    俺のフォローがなかったら、お前今ごろ説教やで?
    ま、今日は涼しい部屋でゆっくり休めや。
    また事件の時は、一緒に協力しあおうやないか、相棒。”






 俺らはいつだって、お互い気を遣う事も無く。変に気を遣われる事も無く。

 自然体で、自然体のまま。時に助け合ったり、時に軽く嫌味を言い合ったり。
 茶化しあったり、からかいあったり、けれど、適度なフォローはちゃんといれて……



 そんな、この世で一番最高の 相棒 ( パートナー )



 んな関係も、いいんじゃねーか?



〜完〜





★後書き

どうも!読んで下さって有難う御座いましたっvv
え?どんな話だかよくわからんかったって??
いや、ごめんっ^^;
事件が起きた時、推理系に期待された方もごめんっ^^;
私が、推理系かけないのは周知の事実で……
つまり、『相棒』と言うと、私からしてどうしても思い浮かぶのは彼らで。
他にも、結構相棒候補は居たけどね。
でも、書きたくなったのは彼らで。
いつもからかいあったりどちらかを邪険にしたりしても、
ちゃんとお互いフォロー居れたりして。
そんな二人が書きたかったのです><
名探偵二人の友情話が大好きな私に免じて……
許して〜っ(>0<
それでは、また次作もどうぞ見てやって下さいっ!



H17.7.21 管理人@朧月


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