最初の挨拶
初めて会った時、君は笑ってた。にっこり笑って、俺の手を掴んだ。
――はじめましてっ!
そう。あれはまだ、幼稚園にもあがる前だっけ?
「な〜に? どこいくの? おでかけ?」
大声で呼ばれて、二階からあどけない足跡で降りてきた少年。
まだ言葉も覚えたてだって言うのに、手には父さんが書いた推理小説を持って、アンバランスなその体制で降りてきた、小さな少年が、『俺』だった。
「どうしたの? どこいくの?」
ご機嫌にめかしこむ母の姿を見て、一体どこにいくんだろうと、首を傾げていた。
「久しぶりに、お母さんのお友達に会うの。新ちゃんと同じ位の女の子も居るから、新ちゃんも用意して」
慌しく支度する母をじっと見つめ、そこに折りたたまれた服に気付く。いつもより、少し……いや? 数倍オシャレな服だった。
そして母自身も、いつも服装なんかには気を遣う人ではあったけれど、どこかその日は、いつも以上に。
「おんなのこ?」
尋ねると、母さんはこちらを向いて嬉しそうに笑った。くしゃり、と髪を撫でられ、きゅっと目を瞑る。
「そうよ。蘭ちゃんって言うの。まだ赤ちゃんの時はたまに会ってたんだけど、お父さんの仕事でしばらくおうち空けてたでしょ? 新ちゃんは覚えてないわよね。とっても可愛い子」
一目惚れしちゃうかも知れないわよ〜とか嬉しそうに話す母に、「ひとめぼれってなに?」とか聞き返したりしたっけ。
説明されても、よく分からなかった。そう、『君』に会うまでは……
「さっ、行こうか、新ちゃん」
時間をかけて髪を整えたり化粧をしたりしていた母さんは、さっさとTシャツを着替えて待っていた『俺』を抱き上げた。
ご機嫌に鼻歌を歌いながら、彼女は会った事もない『蘭』という少女の話を聞かせた。
とても可愛くて、明るくて、優しい……天使のような子だと、言っていた。
そして着いたのは、まぁさほど豪華…というわけでもない、平凡な、どこにでもあるような家だった。
表札に「毛利」と書かれている。字は、読めた。父さんの小説に鍛えられてるから。
「もうり?」
「あら、読めたの? さすが新ちゃん! そう。”もうり”さん。両親とも、私の同級生だったのよ」
「ふ〜ん」
玄関の呼び鈴を鳴らすと、綺麗な女の人が出て来た。
それから、その後ろから、多分その『らん』って子の父親で、今出て来た人の『だんなさん』の、おじさんが出て来た。
「お〜有希ちゃん。久しぶりだな!」
「その子が新一君? 大きくなったわね〜」
綺麗なその彼女は、興味深々と言った顔で、『俺』をまじまじと見つめていた。
凄く、美人な人だと思った。母さんとは、ちょっと違うタイプの。
後ろのおじさんは、うさんくさそうな目で見てた。あの時は、理由はわからなかったけれど。
そして。
彼女が玄関から部屋に向かって大声でその名前を呼ぶと、ぱたぱたぱたと、なんだか可愛らしい足音が聞こえて来た。
そして、玄関から、ひょっこりと、顔を出した。
肩ほどまである、長めでさらさらな髪。それを、右側だけ可愛いリボンで結わえていた。くりくりした大きな目と、小さい顔と、すっと適度に白く整った肌の色。そんな彼女の頬の部分だけが、ほんのり桃色を映していた。
思わず見惚れて、呆然としていた。すると、彼女のさらさらな髪が、ふわりと揺れた。
二歩三歩離れた位置にいた彼女は、突然目の前にアップで現れ、たれていた俺の手を、そのすべすべな手が握った。彼女の両手に、俺の手がつつまれる。
くりっとしたその瞳が、ゆっくりと細く……そして、にこっとした笑みを形どる。
「はじめましてっ」
透き通った可愛い声。
天使のような子という母さんの言葉を思い出した。そう、その明るくて、純粋な可愛い笑顔は、まるで。
顔が、段々と熱くなるのを感じていた。
「は、はじ……めまして」
初めて会う子と話すのが苦手なわけではなかったけれど、上手く言葉を出す事が出来なかった。けれど、その子は嬉しそうに笑う。
ゆっくり開かれた瞳は、やはり可愛らしくて。
「しんいちくん、だよね? おかあさんが、きょうあいにくるっていってて。とってもたのしみにしてたんだよっ。わたし、らん。よろしくねっ」
そう言って、また笑う。全開の、花が……綺麗な花が全開に咲き開いた時のような、そんな、笑顔。
「らんちゃん、よろしくね」
俺も、そんな彼女に笑って見せた。
彼女の頬が、かすかに赤く染まっていたのなんて、理由なんか、分からなかったけれど。
俺にとって、彼女との出会いは、とても大きくて素敵なことだった。そして、彼女にとっても、俺との出会いが素敵なものであったらいいと思う。
そう、俺と彼女は、初めて会った時………何よりも、大きくて深い、恋に落ちた。
あの、最初の挨拶から……ずっとずっと、きれる事のない絆で、しっかりと結ばれた。
……そして。
あの、最初の挨拶から十五年弱……
「新一!」
駆け寄ってくる彼女は、可愛かった昔のその可愛らしさはそのまま。
昔より、ずっとずっと女らしさがまして、美人になって、水色の清純なイメージのワンピースを来て、そこへ現れた。そんな姿に、俺はふっと笑う。
「蘭。おはよ」
「ごめんね、待った? 珍しいね、新一のが先に来るなんて」
にこにこ笑う彼女の笑顔は、昔と同じで、綺麗な花が全開に咲き誇っているような。天使が、そこで微笑みを浮かべているような。
「今日はな、ちょっと特別なんだよ」
珍しく、約束の二十分前に来た。俺の、色々な心の準備のために。否、彼女だって遅かったわけじゃない。まだ、約束時間の十分前だから。
「特別? な〜に? 何か今日あったっけ」
「さあな。俺が教えるまでに、当ててみな」
「え〜? う〜ん。私の誕生日、じゃないし……なんかの記念日でも……」
色々考え込む蘭だが、答えは出て来ないらしい。まぁ、そんなのは当たり前だ。だって、今日は別に何かの記念日なんかではないのだから。
今日は……
「分からないなら、教えてやるよ」
「きゃっ」
横で考え込んでいた蘭の顔が、一瞬にしてりんごのように紅く染まる。
その真っ赤な頬に押し付けた唇からは、彼女の体温が一瞬にして上昇したのがよくわかった。そっと、そこから唇を離す。
真っ赤になった彼女の顔が、少しおかしくて、困惑した瞳で俺を見つめてくる彼女を、ぎゅっと抱きしめた。
「蘭、好きだ。初めて会ったあの一瞬からずっと……俺は、お前の事だけ見てた」
「し、しんいち……」
驚いたような声で答える彼女。俺の心臓と同じように、彼女の心臓もうるさいほどに鼓動しているのを感じる。
「……今日は、俺のこの気持ちを、お前に打ち明ける日だよ」
説くように、教えた。彼女の心臓が、次第に穏やかになってゆく。固くなっていた彼女の身体が、次第に柔らかくなっていく。
宙を彷徨っていた彼女の手は、そっと、俺の身体を受け入れた。
「新一、凄いどきどきしてるよ? 嘘じゃ、ないんだ……」
ゆっくりと、小さくて優しい声で、問い掛けてくる。
「ばーろ、嘘なんかついてどうすんだよ」
嘘だったら、今答えた俺の声が震えるなんてことありえない。
「そっか」と小さく答えた彼女の顔は見えないけれど、泣いている……肩に、一粒二粒雫が零れ落ちるのを感じた。
「蘭?」
「……あ、違うよ? 嬉しいの。……私もね、新一より自覚するのは多分遅かったけど……私も、ずっとずっと新一の事、好きだったから」
ずっと、辛い思いをさせていた。
何度も、自分のせいで蘭を泣かせて、何も出来ない小さな自分が、無力で。……悔しくて仕方なかった。
元に戻ったら、たくさんその分幸せにしてやりたいと思っていたんだ。初めて会った時、ずっとそうするものと誓ったように。
「これからは、恋人同士として、会ってくれるよな?」
「……うん。なんか、恥ずかしいね」
「んな事ねぇよ。今までよりずっといい関係になれるんだ。だから、蘭……改めて、よろしくな」
ゆっくり、抱いていた彼女を離して、彼女の顔を真正面から見つめていった。
覗き込んだその顔は、凄く幸せそうな笑顔を映していて、俺もとても、幸せになった。
「うん。よろしくね、新一」
これが、再び交わした最初の挨拶。恋人として、初めて君と交わした、最初の挨拶だ。
一番最初に会った時から、君と交わすこの挨拶を……ずっとずっと、待っていた。
俺達は、その日から恋人同士になって、数年後――いや、もしくはもう少し短い月日の間に、正装して、教会に2人並ぶんだ。
これは、あくまでまだ始まりの挨拶に過ぎない……今日改めて結ばれた、君との新しい絆は、一生途切れる事はない。どんどん強固になっていく。
急速に、成長して加速するこの思いと共に………
そして、十五年越しの、「よろしく」と共に……
〜完〜
後書きv
えぇと、こんばんはv
お題002番の、最初の挨拶でした。
違うっ!これじゃない!!と思われた方たくさんいるかも知れませんが。
仕方ないじゃないかぁ(涙)これしか思いつかなかったんでぃっ!
イラストなら、普通で言う所の最初の挨拶書けたけどね。
小説じゃ、あれをなぞれなかったんでぃっ!
わ〜んっ><;さくらさんすみませんっっ(滝汗)
というわけで、朧月流最初の挨拶。
楽しんでいただけましたでしょうか?
後ほど、挿絵もつけたいですvv
……ちょっと描きたいシーンがあるので。
けれど、今はとりあえずこれでvv
では、これからもお付き合い願いますっv
H17.7.5 管理人@朧月
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