アルバム



 ――毛利探偵事務所。そこが、私の家だって事は知ってると思うけど。
 じゃあ、こんなのは知ってる?
 私の家に溢れてる、私と、幼馴染みの彼との思い出達。一緒に笑って、泣いて、遊んで、一緒に過ごした日が、たくさんたくさん詰まった、アルバム。

 全てが、私の大切な宝もの。



 どこかの推理小説マニアさんの家とは違うけれど、その綺麗な本棚には、分厚い本が一、二、三冊と、いくつかおかれている。その一冊をそっと引き出すと、温かい気持ちが湧き出してきて、笑みが灯る。

 先ほど電話していた幼馴染みの彼が、久しぶりに切り出した話を頭に反芻させる。どういうきっかけでそう言う話になったのかまで思い出せないけれど。
 中学時代、彼の家族と四人で行ったキャンプの話に発展していた。

 滅多に見ないアルバムだが、無性に昔の事を思い出したのだ。そして気がついたら、それを手にとっていた。


 表紙に微かだが付着していたほこりを払って、ゆっくりとそのページを開いた。
「新一とキャンプで……」と描かれたページは、真っ白だった。それは、彼との思い出の一ページだ。すぅ、と当時の気分に引き込まれていく。



 *



「……ち。しんいち!」
「あん?」

 気だるげに身体を起こした彼の顔から、小説がずり落ちる。
 まだ眠そうな眼をごしごしと擦りながら、ぼんやりと見つめあげてくる。
 ぷぅ、と膨れ面をすると、半眼で一瞥した彼は、いつも通りの軽いからかい口調で言った。

「ばーろ、何膨れてんだよ」
「だって、折角キャンプに来たのに、新一寝てばっかじゃない!」

 不満をあらわにして、両手を腰にあて、文句を言ってやると、彼はほんのり赤い顔で答えた.

「しゃーねーだろ。昨日は読みかけの小説が……」
「小説なんか後で読みなさいよ! たまにしか来れないキャンプとどっちが大事なの?」
「たまにってなぁ……いつでも来れるだろ。キャンプくらい」

 言いかけた言葉を遮ると、彼は苦い顔で、左耳に人差し指をつっこみつつ、テンションが低そうな声を出した。

「も〜っ、バカ。知らない。新一なんか」

 べ〜っと舌を出して、彼がいた場所からすたすた歩いた。

「……ばーろ、んなんじゃねぇよ」

 後ろで彼が呟いたのまでは、聞こえてなかったけど。



 前日の夜は、大変だった。寝袋と寝袋が重なって、テントの中で二人きり、隣には彼がいた。
 ドキドキ、ドキドキして、とてもじゃないけど、安眠なんか望めなかった。
 いくら新一だって、男の子だもん。

「新一の、ば〜かっ!」

 川に向かって叫びながら、石ころを投げた。
 ぽちゃぽちゃっと数回跳ねた石ころは、着地した場所に小さな波紋を作り、そして溺れてながされてゆく。

 何が一番腹立つかって? それは、彼が何も分かってない事だよ。

「私だって、寝不足なのに……それでも、たくさん遊びたかったのに」

 ぽつりと、呟いた。

 前日は、色々あって、キャンプ場についたのは夕方だった。疲れきっていたし、あまり遊べなかったのだ。明日にはもう帰ってしまうのに、このままなんて。

 肩から提げたバックには、いっぱい思い出を残すのだと張り切って持ってきた予備のフイルムが三つと、性能のよろしいカメラ。
 まだ、フイルムには何も刻み込まれていない。

「はぁ〜……」

 バックから取り出したカメラを眺めて、深い溜め息をついた。
 真っ白なまま、キャンプが終わっちゃうのかな……なんて気もして、寂しくなった。



 *



 ぺらり、と音を立てて、ページをめくる。そこに出て来た写真に、思わず微笑がもれた。
 一ページ前とは打って変わって賑やかな二ページ目。そこには、彼がいて、自分がいて、彼の両親がいる。
 確か彼の母親が取ったんだ。この、2人でびしょ濡れになりながら、遊んだ写真は。

「新一って、本当にバカよね」

 くすくすっと笑いながら、再び当時の思い出に浸った。
 楽しかった、二ページ目。






「蘭ちゃんっ。ちょっと来て!」

 そんな時、有希子さんに呼び止められた。
 テントの方から走って来た彼女に、ぐいっと腕を引きあがられ、落ちそうになったフイルムを慌ててキャッチする。
 くすくす笑った彼女は、私の腕を引いて、先ほど居たテントに連れて行く。そこから見えたのは、テントの中で微かに光を浴びながら、無防備にぐっすりと眠る彼の姿だった。
 小説で隠れた顔ではない素の寝顔に、一瞬目を奪われる。幼い少年のようにも見えるし、かっこいい大人の男にも見えた。

「ねっ、蘭ちゃん。家の中の光と角度じゃ、あんな新ちゃん見れないでしょ? 責任もって起こすから、その前にあの寝顔激写しちゃお?」
「え? でも……」
「大丈夫。私が許すから」

 盗撮のような気がして気が引けたのだが、有希子さんは私からカメラを奪いとると、そのカメラに彼の寝顔を映した。

「はい」

 にっこり笑ってカメラを渡され、慌てて、彼女の方を見る。

「お、おばさま! これ……」
「蘭ちゃんへのプレゼント。思い出たくさん残したいんでしょ? だから、思い出の片隅にでもしまっておいて」

 くすくすと笑う有希子に、顔が熱くなっていくのを感じていた。その時は、それがなんなのかよく分かってなかったけれど。

「じゃあ、新ちゃん起こしてくるわね」

 そう言って、テントの中へ入って行った彼女が、新一の耳元で何かを呟くと、新一は突然がばっと起き上がった。
 真っ赤な顔で、何やら口論している彼と有希子さんの会話が、その時は、何だかわからなかったけれど。

 そのうち、一分も経たないうちに、彼はテントから顔を出した。
 こっちへ向かって、歩いてくる。

「蘭、もうしっかり寝たし、川で泳がねーか?」
「えっ?」
「母さんが、写真撮ってくれるから、二人で川で遊んで来いだってよ」

 はっとして手元を見れば、カメラとフイルムが消えている。驚いて有希子さんの方を見ると、彼女の手には、既にカメラもフイルムもおさまっていた。
 グーサインをだして、彼女はにっこりと笑っている。――再び、顔が熱くなった。

 それからは、二人で遊んでいる所をパシャパシャ撮られるわ撮られるわ。
 色んな写真がフイルムに刻まれた。魚を手づかみでとっている新一や、二人で水をかけあってる写真や。
 ちょっと恥ずかしい写真も写すから、それは新一に見せられない。後で、アルバムの中にこっそり入れておこう、とか思ったっけ。





「結局、凄い楽しかったよね」

 アルバムの彼に向けて、語りかける。
 最後は、予備だったフイルムまで全てなくなって、最後の一枚は、皆で記念に一枚撮ったっけ。

 キャンプの写真の一番最後に飾った、新一の家族と、私とで飾った写真。
 二ページ目からのアルバムは、思い出たちで溢れていた。






「あら、蘭。どうしてこのアルバム…一ページ目に写真がないの?」

 キャンプの翌日に、写真を見たいと見に来たお母さんは、一ページ目を開いて首を傾げた。

「それはね、空白の思い出なの!」
「空白?」
「そう。必要な一ページなんだからね」

 「そう?」と答えたお母さんが、アルバムを眺める様を、じっと隣で見つめていた。
もちろん、あの寝顔の写真は、アルバムから外されたまま、大切に隠してあったけど。






「ね、新一。あの頃は、たくさん思い出撮ったよね」

 最近のアルバムも取り出して、開く。そこに、彼は居ない。
 新一は、いない。

「早く帰ってきて。……また、たくさん思い出を増やそうよ」



 今は、このアルバムを開いて眠った思い出を再び目を覚まさせる……電話以外で、新一と会う、たった一つの方法だ。
 思い出の中で、彼と一緒にいる私は、一緒に笑って、一緒に泣いて。ずっと一緒だった時間は、確実にこのアルバムの中に、ずっと、一生刻み込まれている。

 ねぇ、知ってる? 思い出の中だけでも、一緒にいる時間は温かい気持ちになれるの。
 この家の中に、たくさんたくさん詰まったアルバム。空白の一ページ目も、賑やかな二ページ目も。
とても大切な、私の 思い出 ( アルバム )


 そして、それはずっと……ずっとずっと、本棚に居続けている。



 とても大切な、



 私とあなたの、思い出のアルバム。




〜完〜





後書きv

ちょっと遅くなりましたが、後書きv
えぇと、文章が最後の方慌てて書いたため、ちょっと矛盾があるのはお許しを><;
だって、だって、直せなくなっちゃったんです〜っ(滝汗)
お題で、思い出というのもありますが、一応そちらは別に描きますので、ご安心をv
絵は、ちょっとだけお気に入りv
読んで下さって有難う御座いましたv

H17.7.2 管理人@朧月


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