00、誓いの日








 彼は、その小さな手で、包み込むように腕をぎゅっと握り締めてきた。腕は、彼の元へ引き寄せられる。
 すっと強く真剣な眼で射抜いてくる彼から、目が、離せない。動けない。
 何を――追い詰められた少年は、何を言おうとしているのか。そんな事は、分からないが、ただ眉を顰めて彼を見つめた
 彼は、その胸元へ、両手で包み込むように握った手をもっていき、そのまま神にでも祈るかのような姿勢で、目の前にひざまずいた。
 俯きがちに目を瞑る彼に、恐らくこの鼓動は伝わっているだろう。





「誓わせて、くれる?」



 ぽつりと呟いた少年に、微かにその困惑しながらも自然と瞳が開く。
 彼はいつも、弟のように慕ってきた少年だ。しかし、そこにいるのはまるで、自分と年齢的に大差ないような……見た目より、いくつも歳を取っているような。行方不明だった、彼のような、そんな少年だった。




「コ……ナン君?」




 理解するのに少々説明が必要な言葉を呟いたきり、黙り込んだ彼を促す。すると、手を握る彼の力が、微かに強くなったように感じた。




「誓わせてくれ、蘭。もう一度、俺に」




 再び呟いた言葉も、そこでふっと途切れる。聞き返さなければ、先に進めない、彼の心因的な事情があるのかもしれない。



「……何を?」


 尋ねると、彼はゆっくりと顔を上げた。
 切なげな瞳は、まるで大人びて見えたけれど、同時にとても幼い子供にも見えた。
 彼の不安定な心を表すかのように、いつの間に空を覆っていた黒い雲からは、雨雫がぽつりぽつりと落下してきていた。
 屋根に守られていたから、彼の顔にかかる雫を見るまで、雨には気付かなかった。



「雨、降って来たね。話聞くから、一旦部屋……」


 室内に入ろう、と行って引っ張るが、彼はその手を離そうとしなかった。
 腕を握る手を放さないまま、ぶんぶんと首を振る。



「一瞬で終わるさ。だから、このまま」
「でも、風邪引いちゃうよ。コナン君も、こっち来て」
「大丈夫。このくらいじゃ、何でも無いよ。誓わせて。お願いだから」



 言ってるうちにも、雨は少しずつ酷くなってくる。
 彼の服が少しずつ濡れて透けてきて、自分も、腕を水が零れるのが伝わった。けれど、緩められない力を無理矢理振りほどく事はできない。それは恐らく、少年にとってとても重要なことで、体制を立て直す余裕ももてないほどなのだろう。

聞かない限り彼も動かない事を悟り、苦笑する。



「……分かった。何?」



 聞くと、彼は小さく「ごめんね」と呟いて、それからふぅと一息ついた。ゆっくり、彼のその小さな唇が動く。



「俺、しばらくこれから留守にするから。だから、その前にどうしても……大切なことを胸に留めておきたかったんだ」
「……うん」



 しばらく留守にする……その言葉には哀しみがこみ上げたが、敢えて何も聞かずにゆっくり頷いた。
 理由を聞く事よりも、彼の話を聞く事が、今の自分のやる事だと分かる。彼にもそれが通じているのか、悲しげに微笑みながらも、続けた。



「ずるいって分かってるけど、今はそんな誓いにでも縋っておきたいから。絶対、帰ってくるよ。蘭姉ちゃんと、大切なみんなの元に。一日で帰ってこれるかも知れない……一ヶ月、もしくは一年かかるかもしれない。けれど、何があっても必ず、帰って来なきゃいけない、強い誓いを、立てたかったんだ」
「ど……っ」



 どうして、とは聞けなかった。恐らく、何か危険な事を実行しようとしているのだと思った。
 理由を聞けば、彼はそれを答えるかもしれない。その答えを理由に、彼を引き止め、安全な場所に縛り付けておく事も出来るかもしれない――しかし。
 彼の、雨に濡れて映る、奥が深く強い瞳は、決してその答えで意志を曲げようとはしない。
 彼にとって、それはどんな”邪魔”が入ろうとも、成し遂げなければならない事。こんなに小さな身体をしている彼でも、本当は、どんな大人よりもしっかりして。
 そう、あの名探偵という呼び名にふさわしい幼馴染みといつも重なる彼は、例え危険な目にあわせないためでも、縛り付けて、行動を制限していい人間ではない。




「……いつも、そうよね。私、あいつとコナン君の瞳には、逆らえない。いつだって、私が苦しい時は力づけてくれるのに。私は、何も出来ないのね……」


 逆らう事が出来ないのは知っていても、悔しくて。無力で何もできない自分が、とても悔しくて悲しい。
 力になりたくても、居なくなった彼や、この少年が抱えているものは、自分が何か出来るほど軽いものでは無いと、知ってしまっていた。
 髪の毛から顔から、雨の雫をぽたぽた零すこの少年を見ていると、雨に当たってなど居ないのに、自然と水分が頬を伝うのを感じた。
 潤む視界と雨の向こうにいる彼は、こんなに近くで向かい合っていて、手と手が触れ合っているというのに、凄く、遠く感じてしまう。




「……で」



 彼の口が動いた気がした。その声は、半分以上を雨音にかき消された。
 首を傾げると、再び彼は言う。




「泣かないで。僕も新一兄ちゃんも、蘭姉ちゃんに力貰ってるんだよ。約束したから、絶対守らなきゃって……その力に、支えられてるんだよ。どんな死地でも絶対生き返られる、誓いが欲しかったんだ。僕も、新一兄ちゃんも。 二人で必ず、帰ってくるから。蘭姉ちゃんの元に」
「………コナン君」



 次の瞬間、やっと手が解放された。立ち上がった彼は、びっしょりと濡れた髪をかきあげて、ふっと笑った。
強い、意志を秘めた、笑顔で。




「帰る場所も待っててくれる人もいる。危険な目にあっても、何より強い力を持った魔法が、俺にかかってるから」




 すっと右手を差し出され、少し戸惑いながらそこに自分の右手を重ねた。
 これは、別れの握手になるだろうか、それとも始まりの握手になるだろうか。どちらに転ぶか、その時はっきりと断定できなかった。けれど、彼の強い強い意志が、誓いが込められたその握手は、強く固い誓いを芽生えさせた。




 二人の帰る場所である自分が、彼らをいつでも迎えられるように、しっかりしなければならない。










 大切な誓いを、その胸に押し詰めて……

 彼は、闘い、誓いを果たすべく、仲間との連絡用に胸につけたバッジを握り締め、ずっと追いつづけていた黒の組織の本拠地へと、足を踏み入れた。












 あの、雨降る誓いの日……雨に打たれながら誓った、かけがえの無い約束を、必ずかなえて見せるために。















〜FIN〜




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後書き。

さて、この後コナン君は、組織の人たちと。
無事誓いが叶えられるかどうかは、皆さんの想像の中で。
それにしても、いやぁvシリアス作家(んなえらそうな!)には溜まらんですvvv
シリアス用のお題ですよvなんてったってv
誓いの日って聞いてね、真っ先に頭に浮かんだのが、蘭への約束だったんですよ。
誓いって、愛とか結婚とか誓うのだとシリアスにならないしねぇ。
だから、シリアスなストーリーってのが、対組織前のコナン君が浮かんで来て。
蘭ちゃんと言葉交わした日と、いざ組織の本拠地に潜入な日とは、多少ずれがありますけど、
どっちも彼にとって誓いの日である事を意識して、仕上げました。
連載ものの合い間の気分転換としては、お題はいいものですv本当。
もう一つのお題やろうと思ったけど、こっちがまだ一個も消化してなかったから、
今回はこっちで。

それにしても、極短小説だなぁ^^;

さて、今回は読んで下さって有難う御座いました!
次作もまた、是非読んでやってくださいませv



H17.8.28 管理人@朧月





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