月明かり…




――月になりたい

――願わくば、あなたにとっての月になりたい。

――変わっているという人もいるかも知れないけど。

――これが、私の願い。




 月が見えた。

 悲しみも 憎しみも 怒りも 困惑も 

 それら全てを見守りながら、受け入れてくれている……

 そんな月が、この暗く寂しい夜空を大きく照らしていた。



「工藤……見てみ、あの月」

「は…? 月って…」

 そこまで、一景色に感動させられた事はない。だから、心のどこかで下らないと思いつつも、手招きされるままに外へ出た。
 やる気もなく、その色黒な人さし指の向いている方向に目を向けると、一瞬でそこから視線を動かせなくなった。
 綺麗だと感嘆させられたわけでもないような気がする。しかし、どこか引き込まれ、吸い込まれるような感覚に陥った。

「……お前、狼男かいな」

 月を見つめたままじっと動かないでいると、隣から苦笑まじりなセリフが届いた。
 それでも、夜空から目が離せない。傍から見ると遠吠えでも始めそうに見えるだろうか。
 ぼんやりと、月明かりが、視界の全てを支配する。

「蘭がな、昔言ってた事があるんだ。月になりたい……ってさ」

 頭に浮かんだ思い出に、ぽつりと、呟いた。

「月になりたい? 変わった姉ちゃんやな」

 彼は肩を竦めて言った。目を向けなくても、怪訝な雰囲気は伝わってくる。
 確かに、変わった考えと思うかも知れない。
 どうして『月』なのだろうと。彼女の台詞を思い出し、ふっと微笑する。

「冷たい闇に僅かでも明かりを灯して、苦しみを全て包みこんで、温かく見守っていたいって」

 はっと、彼の息を呑む気配が伝わった。

「冷たい闇、か」

 通じる所が、あるのだろう。探偵という道を選んだのであれば。

 垣間見える人間の、信じられない程深い闇も、向かい合って受け入れなければならない。
 事件を選ぶ事はできないのだ。これだけ沢山関われば、暗闇に堕ちるような事も、あって当然の事なのだから。


「――太陽じゃ、駄目なんか?」

 小さなため息まじりに、そう尋ねられた。
 彼の言葉に、やっと月から目を離した少年は、目を丸くした。
 数秒後、驚きは笑みに変わる。

「俺も、同じ事聞いたよ」
「ほんで、姉ちゃん何て言うたんや?」

「月がいいんだ……ってさ」

 そう言って、少年は微笑した。――蘭の事を話す時しか見せない、優しい笑顔で。

「眩し過ぎて駄目なんだってよ。暗闇を照らすのは、月明かりが一番優しくていいんだって言ってた」



 その日、それはとても辛い事件だった。まださほど、高校生探偵として月日の浅い頃だ。
 被害者にとっても、加害者にとっても、全ての謎を解き明かした、自分自身にとっても。
 推理は、解決ではない。今ならば、また違った結果があったろうか。
 解き明かした真実に、罪のない一人の少女は壊れた。巻き込まれただけの男性は、温和な性格から一転、狂気の塊のようになってしまった。

 後味の悪い事件に、すっかり滅入っていた帰り道、彼女に偶然会った。
 ポーカーフェイスのまま、雑談のような会話すら浮かばずにいると、彼女は突然手を握り締めてきた。
 何を察したのか、ゆっくりと優しく微笑んだ彼女に、そっと手をひかれた。

「家に、帰ろっか」

 まるで泣いている子供をあやすような優しい言葉が、彼女の口から零れる。
 子供じゃあるまいし、と最初は解こうとした。けれど握り締める手は力を緩める事なく、その温かさにどこか安心させられて、されるがままについて言った。

 そんな暗闇の中、温かい光をじっと見つめながら、彼女は言った。

「月になれたら……いいのにね」
「……月?」

 何の話だろうと聞き返すと、彼女は今度はこちらを見て、笑顔で言う。

「うん。私、月になりたい」
「……何言ってんだ、突然」

 変わっていると思った。しかし、彼女は微笑みを更に深めて続ける。

「月になってね、どんなに冷たい闇の中でも、温かい僅かな明かりを灯せたらいいのになーって。苦しみも、辛い事も、全部包み込んで、優しく見守っていたいの」
「太陽じゃ、駄目なのか?」

 苦笑しながら言うと、彼女は大きく首を振った。

「私は、月がいい! 太陽は、眩し過ぎるから」
「眩しすぎる?」
「だって、真っ暗な闇の中に、突然あんな強い光が当たったら、眼がくらんじゃうでしょ? 暗闇を照らすのは、月明かりが一番優しくていいんだよ!」

 言い終わった彼女は、少し恥ずかしそうに頬を染める。
 そんな姿を見ていたら、闇の中に明かりが灯ったような気がした。冷たい闇を、ほんのり温めてくれる、そんな明かりが。
 彼女の優しさが、冷えそうになる心を包んで懐柔するのだ。



 そして、今回も。

 辛い事件の後、月を見上げる。どんなに暗闇であっても、月は明かりを灯してくれる。
 眩しすぎずに、ぼんやりと。暑すぎないように、温かく。

「それが、月の条件なら……あいつはもう俺にとっての月になってるんだ」

 ポツリと呟くと、隣から軽い笑みが浮かぶ。
 自分たちの幼馴染は、いつだって全てを包み込んで、温かく見守ってくれている――そんな、存在だから。


 月明かりに引き寄せられて、疲れた時でも回復させられる。それは、その光が、彼女を思わせるものであるから。

 しかし彼らは、知っているだろうか。
 月に光を与える存在もまたあるのだという事を。
 光がもらえて、初めて月はあの優しい明かりを灯せるのだという事を。
 彼らはいつまでも、彼女たちに大きな光を与えて、彼女たちはいつまでも、優しく温かい明かりを灯すのだ。




 月が見えた

 悲しみも 苦しみも 怒りも 憎しみも…

 全てを包み込んで、覆ってくれる優しい月が。

 温かいその月明かりは、冷たい冷たいこの暗闇を、優しく優しく照らしてくれた。


 ずっと、ずっと……永遠に。


 君達は僕等の、月明かり。







〜Fin〜








あとがきv
こんにちは、朧月です!!
珍しく短編アップ!!
新しく作るなんてそんな面倒な事やるならリク書けや!!
本日、二時間かけて仕上げました。
何だか、私的に珍しいかも…こういう話。
いや、ストーリー自体は珍しくないかも知れないけど、構成が。
何となく、このサイトも『蒼い月の夜』…そして私も『朧月』ときたから…
『月』に関する話をいれたかったんです、前から。
それで、出来たのがこれ。
もしかしたら、女の子サイドな話も作るかも。
その辺は気まぐれ次第という事で(^^;;;
では、最後まで読んでくれてありがとうございましたvvv

2010年5月/改稿。