Letter〜消えない絆〜


 元に戻って、得たモノがあった。

 ずっと、あの無力で小さな姿の頃、ずっと待っていたモノ。
大好きな彼女と、対等の姿になって、その隣に対等に並んで。
高校生として、高校生らしい授業を受けて、警視庁からもまた事件の応援を頼まれて。
学校の悪友と色々な下らない話をする……そんな生活だ。

 けれど。

 元に戻って、失ったモノもあった。

 『コナン』が持っていたもの。『コナン』として培ったもの。
それなりに、楽しかった。大切だった、モノ。
仲間……少年探偵団との友情や信頼。

 あいつらは、オレを知らない。
今度会う時は初対面として、「初めまして」から、ぎこちない関係に戻る。
元から、友達というより上から見ていた気がする。
手のかかる、弟妹のような感覚だった。
けれど、友達として接してくるあいつらに、いつの間にか自分も居たんだ。
昔のように、わいわいはしゃぐ事などは、もう訪れる事はない……



「浮かない顔してるのね」

 突然話し掛けられて、はっとした。
視界を覆った灰原に、クールな声でコーヒーを渡された。彼女の姿は、子供のまま変わらない。

「おめーは、戻らない事選んだんだよな」

じっと、彼女を眺めて、重々しく溜め息をついた。
彼女が驚いたような顔で此方を見る。

「何、まさかあなた後悔してるの? 元に戻った事。あれだけ、元に戻りたがってたあなたが」
「そういうわけじゃねえけどな」

後悔、というものではない。
『得たもの』取り戻したものの大きさは、何にも変えがたい。
「ただいま」が言えた事。ようやく、大切な彼女の悲しみを中和した事。
その反動で、凄く幸せな今は、絶対にもう一生手放したくない。

「コナンだったオレにも、大切なものはあったからな。大切な仲間も、それを手放して失うしかなかった事は、少なからず……」
「あの子達……吉田さんなんか特に泣いてたわ。私、言ったわよね、あなたに。吉田さんを泣かせたら許さないって。けれど、それと引き換えにあなたは幸せを取り戻せた。同じように泣いてた彼女の元に戻る事も出来た。……悲しいのは、あなたより何の事情も知らずただ別れをつきつけられたあの子達よ」

 クールで、的を射た彼女の言い分に、うっと言葉を詰まらせた。

「それは、解ってるけどよ……」
「連絡先も知らされないでばいばいだもの。悲しいに決まってるでしょ。あ、いい事思いついたわ。江戸川コナンが工藤新一を演じていたように、今度はあなたが江戸川コナンを演じるべきじゃないかしら」

 確かに、それはしなければならない義務なのかもしれない。けれど、折角正体を隠して変声機での電話生活を逃れた筈が……
 また、そんな日が訪れる事になろうとは、思いもしなかった。

「はぁ……」

前途多難な現状を思って、深く溜め息をついたオレを、灰原は皮肉げな笑みを浮かべて、見つめていた。

「わぁったよ。じゃあ、オメーあいつらに言付けといてくれねーか? 外国行った事になってるから、オレの両親の住所宛てに手紙出せば返事書くって」
「……電話じゃないの? あなた、手紙とか苦手そうだけど」
「しゃーねーだろ! 蘭の時とは状況が違うんだよ。おかしいじゃねえか。外国行ったはずの俺が、未練たらしく電話できねーだろ。携帯にかけられても、何かと不都合だし。家に居ない事の方が多いだろうし。歩美ちゃん辺り、変な誤解招いてその気にさせちまったりしたら……」

 いつか、服部も言っていたけれど、たびたび電話をかけるって事は、確かに相手に少なからず好意があるということで。
 女同士ならまだありうるかもしれないけれど、男がただの友達にそこまでするのは少し考えにくい。手紙なら、極自然に転校後の友達の会話として、成立するであろう。

「随分、自意識過剰なのね、探偵さん? いいわ。でも、私あなたの両親の住所なんか知らないから」
「もちろん、今からそれを教えるけど。手紙は博士の家から届けることにしてくれねーか? あいつら、外国の住所なんか移すだけで大変だろうし、その方がこっちも都合がいいしな」

でも、一応念のためだから、とそう言って、何かを書くような仕草をして見せた。
「紙とペンをよこせ」という意味の無言の合図。
「はいはい」と面倒そうに立ち上がった彼女は、手帳とペンを持ってきて、オレに手渡した。
渡されるまま、そこに今両親が住んでいる筈のアメリカの住所を書き記す。

「これ、もし何か聞かれたら見せてやれば疑われねーだろ」

 まぁ、出来れば知られたくはないが、別に住所を知られたところで何ら不都合はない。
 いくらなんでも、小学生が簡単に外国へ訪ねられるわけはない。
いくら放牧状態な親だって、そんな理由で簡単に外国まで連れて行く筈はない。
万が一、もっと成長してその住所に尋ねる時だって、
恐らくはあの両親の事、何らかの機転を利かせて誤魔化すくらい造作もないだろう。

「わかったわ。じゃあ、明日伝えておくわよ」

淡々とした口調でそう告げて、彼女はそこにかけてあったランドセルの中に、手帳をしまった。
これで、少しだけ失った大切なモノを取り戻せた気がしたオレは、少し甘かったのかも、知れない。





 翌日。


 何時も通りの朝だ。工藤新一だった、何時も通りの。蘭に呼び鈴で起こされて出迎えて、仕度して出かけて。他愛ない話を交わしながら、高校までの道を歩く。そんな朝から始まった今日だが、思っていたよりもそれが大変な事だと自覚したのは、放課後の事だった。



「新一、今日は事件とかないの?」
「ああ。何の連絡もねえな」
「そっか。じゃあ、私これから部活だから」
「頑張れよ!」

 帯で束ねた胴衣を片手に部活へと向かう後姿を見ながら、暇になってしまった放課後をどう満喫すべきか、悩んでいた。
とりあえず学校でじっとしていてもしょうがないから、と家への道を歩く。
いくら部活がないとはいえ、小学校と終わる時間を比べたらやはり相当差がある。
コナンの頃、帰宅はまだ昼間と言ってもいい時間だったが、今は既に夕方に入ろうとしている。
 そんな中、ぼんやりと家への道を歩いていたオレだったが、門を開けようとした瞬間に、後ろから大きな声をかけられて、びくりと肩を揺らした。

「新一お兄さんだ〜っ! そうだよねっ、名探偵の!!」
「あ、本当ですね。そう言えば、博士の家の隣に住んでる高校生だって、昔灰原さんが紹介してましたよね!」
「そうそう。にーちゃん、初対面のオレたちに突然声かけてきてよ! あの時びっくりしたんだぜ!!」

 よく見慣れた顔の小さい子供が3人、口々に話し掛けてくる。
歩美、光彦、元太……

「な、何でおめーらここに!?」

 ついうろたえて尋ねると、きょとんとした顔の彼等は言った。

「何でって、遊びにきたんですよ」
「俺んちにか!?」

 答えた光彦に、ついそんな意味不明な返事を返すと、彼等は呆れたような、白い目でオレを見つめてきた。

「まさか。隣の博士の家に、灰原さんって女の子が住んでるの知らないんですか? 親しくしてるって聞きましたけど……だから、灰原さんの家に遊びにきたんですよ」
「にーちゃん、名探偵なんて言っても案外馬鹿なんだな。俺たちがにーちゃんの家遊びに行ってどうすんだよ。よく知らねえのに」
「そうだよ。歩美達、哀ちゃんちに遊びに来たの。そしたら、家に入ろうとしてる新一お兄さんが居たから」

 ……ごもっともです。心の中で呟いて、うなだれた。
 どうにも、新一として接する相手として、この3人は調子が狂う。気が置けない仲だった所為だろうか。つい、コナンだった頃のように、親しい感覚に陥ってしまう。
けれど、そうだ。『新一』としての面識は殆どないんだ。他人行儀な姿は、少し寂しいけれど……これは仕方がない事。

「でもな、おまえ等……今の時間じゃ学校が終わってから結構たつだろ。今まで何してたんだ?」

 年上のお兄さん、を意識して、目線を合わせるようにしゃがんでそう尋ねた。すると、悲しそうな……けれど嬉しそうな複雑な顔で、歩美が答えた。

「手紙だよ。……コナン君の。博士が届けてくれるって言うから、渡しに来たの」
「えっ? もうかよ」

 驚いた声をあげると、子供達は怪訝な顔を浮かべた。

「……"もう"って?」

 はっと失言に気付く。この言い方ではまるで、今日伝わった伝言だと解っているような口ぶりだ。工藤新一がそれを知っているのは、いささか、というかかなり不自然である。

「……あ、いや……」
「変なの。名探偵だから、歩美達の事全部わかっちゃうの?」
「いや……じ、実はそうなんだ。大体の事はお見通し……」

 とりあえず、話をあわせてしまおうと顔を引き攣らせながら答えると、隣で聞いていた光彦の顔色が変わった。

「ま、まさかストーカーを!」
「バーロ、んなわけねえだろ」

 思わず苦笑いして返したオレに、「あやしいです……」と疑いの視線を向けてくる光彦。そんなやりとりも懐かしいから、ついついまた親しげな雰囲気になってしまった。彼らと打ち解けるのに、殆ど時間はかからなかった。

「ねぇ、新一お兄さんって……もしかしてコナン君の生き別れのお兄さんとかじゃないよね」

 すっかり嬉しそうに明るくなった歩美が言った。どきっとしながら、光彦と元太の方も見ると、二人共同じような考えをもっているのか、じっとこちらを観察してくる。
 さて、どう答えよう、と悩んだ所で、隣から門が開く音が聞こえた。中から、クールな顔をした茶髪の少女が出てきて、腕を組み、オレと探偵団を交互に見つめた。

「あなた達、何やってるの? 家の前で」
「あ、哀ちゃん!」
「灰原さん」

 歩美と光彦が、即座に反応した。元太はこちらに視線を向けながらも、灰原の方に歩み寄る。タイミングよかったな、と思いながら、どこか微笑ましさを感じてもう一度彼等の姿を焼き付けて、オレは自宅の門を開けた。

「じゃ、オレはもう帰るからよ。仲良くやれよ!」

 しかし、ここで帰さないのが奴等なのである。家に入ろうとした俺の腕をしっかり掴んだ歩美が、真剣な眼差しで言った。

「新一お兄さんも、一緒にお話しようよ」
「あ、いや……」
「そうです! もっと話しましょう! 事件の事とか、色々聞きたいですし」
「だから、オレは……」
「いいじゃんかよ、にいちゃんの家どうせ隣なんだからよ〜」

 断わろうとする言葉を聞かずに、次々と勧められた。日本警察の救世主だの言われてる名探偵が、たかがガキ3人相手に梃子摺っている姿なんて、何とも情けない。灰原に助けを求めようとしてあいつの顔を懇願を込めた目で見つめると、いつも通りのシュールな笑いを浮かべたあいつは、すっぱり言った。

「いいんじゃない? どうせ隣なんだし」

 その一言によって、オレは博士の家に入るのに付き合わされる事になるのだ。
望んではいなかった。工藤新一としての、探偵団との付き合いは。  子供は、頭の固い大人よりも時に発想力が豊かで、オレがコナンだと、気付かれかねないから。
 ………気付かれてもいいのかよ、灰原………はぁ、と重い溜め息一発。腕を引かれるがままに、博士の家へ入って行った。

「ねぇ、さっきの続きだけど、新一お兄さんってコナン君の……」

ま、またその話かよ……無事にそらす事が出来たと思った話が、部屋に入るなり歩美の口からぶり返されて、内心とても困惑した。
 『関係ない』ときっぱり言えばいいのかもしれないが……きらきらした目で見つめられると、どうにもあっさりと嘘をつく事が出来ない。何か、変な答えにならない最適な答えはないものかと、ついつい探してしまう。そう言えば、と一度蘭にばれそうになったとき、母が作った設定を思い出す。

「……オレもアイツとは遠い親戚なんだ。だから親しくはしてる。兄弟とかではねぇけどな」
「本当?」

 尋ねてくる瞳が、まっすぐにオレを見つめている。

「ああ。歩美ちゃんはあいつと仲良かったんだよな、あと、元太と光彦も。コナンからよく話聞いてたから、何かおめーらとは初めて会う気がしなくてな」
「それで、僕達と初めて会った時、あんな親しげに声かけてきたんですか?」
「そう、実はそうなんだ。驚かせて悪かったな」

 下手に話を作るよりは、話をあわせておこう……引き攣った笑みを作りながら、彼等の言う事に同意する。彼等は納得して、嬉しそうに「やっぱり」と言っていたが、歩美ちゃんだけはそれを聞いた途端、恥ずかしげに俯いた。

「どうした? 歩美ちゃん」
「あ、あのね。歩美、新一お兄さんの事、ちょっと意識しちゃったんだ。仕草も、喋り方も、顔も、全部コナン君みたいで……コナン君にしか見えなくって。でも、ずっと年上のお兄さんだから、何か恥ずかしくなっちゃったの」
「え"?」

「コナン君にしか見えない」なんて言われたら、彼の心中穏やかではいられない。どきどき緊張する胸の内を悟られないように、何とか、不自然な笑みを浮かべて答える。

「ほ、ほら。蘭にもよく似てるって言われたけどよ。そんな似てるか? オレとコナンって。そ、そうは思わねぇけどなぁ……」

「な、灰原。」と、クールで我知らずな顔でクッキーをほおばる彼女に目で訴える。
その様子に気付きながらも、何が面白いんだか一笑して、彼女は答えた。

「さあ? 似てるんじゃないかしら。」

 何考えてんだ、灰原ァ……いいのか? なあ、ばれてもいいのか??

 孤立無援とは、この事だろうか……深い溜め息が、口元から漏れた。

 歩美の熱いまなざし……少し不満げな元太と光彦、楽しそうな灰原。前途多難、とはまさにこの事。




☆☆☆

「新一、なんか最近疲れてる?」
「え? 何が??」

学校で蘭に話し掛けられ、振り向くと、彼女はきょとんとした顔でオレを見つめていた。

「だって、最近げっそりしてるよ?」

その口調はどこか心配そうだった。オレは、頭にあの3人の顔を浮かべ、ふぅ、と溜め息をついた。

「……あぁ、ちょっと疲れる事ばっかりだからな」
「え〜?もう、事件も程ほどにしなさいよ?」
「いや、事件じゃなくて」

 苦笑いのオレに、蘭は怪訝な顔で首を傾げた。
肩に下げたバックを背負いなおしながら、じっとこちらを観察する。

「まさか、変な女にいれあげて毎晩毎晩通いつめてるとかじゃないでしょうね」
「ば、ばーろっ! んなわけあるかっ!!」

 蘭の言葉に、慌てて言い返した。むしろ、『通いつめてる』よりも、『通いつめられてる』方が正しいだろうか。
 は、はは……。元気すぎる探偵団達の顔を思い出して、苦笑を浮かべた。

「変なの。あんまり無理しすぎて、体壊さないでよ? ただでさえ出席日数やばいんだから」
「へ〜い」

 ……壊すかも。と心の中で、そう呟いた。

 何せ、学校では「名探偵を留年させるわけにはいかない」と、休んでいた分テストも受けられなかったせいで成績表に赤点が載りそうな俺に対して、親切心ではあるのだろうが、毎日のように、課題の嵐。
 一教科なら、まだいい。全教科の担任が、こぞって課題を出してくるのだ。課題のプリントの問題を解くのは苦にはならないのだが、朝早く起きて起こっている事件をチェックして、気になる事件があれば、その情報収集。
 一通り終えて学校に登校して、とりあえず4時まで通常の学生と同じ時間割。帰宅して、本当ならすぐに課題に取り掛かりたい所だが、押しかけてくる少年少女たち。
 そして、夜になって彼らが帰った後、山のように積み上げられた課題を夜遅くまでかけてやるのだ。
課題が終わってから、手紙も読んで返事を書いて……
睡眠時間、平均何時間だっけ?

 ため息をついた俺を、隣で蘭はいぶかしげな顔で見つめていた。

 そして。

「あ〜っ! 新一お兄さん、蘭お姉さんっ!!」

 後ろから聞こえた声に、「来た……」肩を落とす。蘭はその懐かしい声にどこか嬉しそうな顔で微笑んだ。

「歩美ちゃん、哀ちゃん、元太君、光彦君!」
「こんにちは! 蘭お姉さんっ!」 「よぉ! 姉ちゃん久しぶり!! コナンが居なくなってから全然会ってなかったよな」
「僕達、蘭さんの家に遊びに行く理由が無くなってしまいましたから」

久しぶりの再会を喜ぶ三人と、蘭。そして、探偵団の後ろで小さく微笑む灰原。そういや、俺が元に戻ってから、一度も会ってる所なんて見たことなかったっけ。蘭は、笑顔で答える。

「コナン君が居なくても、いつでも遊びに来ていいのよ。大歓迎だから」
「本当!?」

 喜ぶ三人を見ながら、これで少しは、と思い小さく息をついた。

「じゃあ、皆で遊びに行きたいって言ったら?」

 歩美の言葉に、元太や光彦も、「いいな!」だの「いいですね!」だの賛同する。蘭は笑顔のまま、「もちろん、いいわよ!」と、答えた。

「やった〜っ!」

 三人、嬉しそうに両手をあげる。よし、これでその日はゆっくりと……

「じゃあ、ゴールデンウィークの連休の最初の5月3日! 朝7時に、新一お兄さんの家で待ち合わせね!! トロピカルランド、久しぶりに行きたいな!!」
「いいですね!そうしましょう」
「トロピカルランドに決まりだぜ!!」

……出来るわけ、ないよな?

はぁ……。ついつい、重いため息一発。そんな俺の表情の変化に気付いているのは灰原だけか。彼女独特の笑みを浮かべた。

「わ〜ったよ。じゃあ、その日は待っててやっから。連れてけばいいんだろ?」

負けました。おめーらには。ため息交じりに答えたオレを見て、蘭が相変わらず機嫌よく探偵団に言った。

「じゃあその日は、新一と私のおごりね」
「は〜い!」

機嫌よく……。

「……あん?」

 おごりって、何。そう思いながら、蘭に抗議の表情で訴えかける。

「いいじゃないたまには。久しぶりに皆で行くんだもん」
「……おめーな。俺だってそんなに……」
「じゃあ何? 全部私のお金で払えっていうの? お父さんから仕事奪ってるくせに」

 じと目が帰って来る。

「んなんじゃねぇけどよ」
「じゃあ、決まりね?」
「……あ〜っ、くそ。出しゃいいんだろ! ったく」

 上目遣いの蘭に、俺は逆らえないんだ。だって、この顔! 思わず俺の顔が熱くなるくらい、可愛い……なぁんて、思ってやっても、いいけどよ。

「じゃあ、おめーら。日曜は遅れるんじゃねぇぞ」
「は〜い!!」

 三人揃って仲良くお返事。調子いいねぇ、おめーら。止めに、灰原がクールな顔でいつの間にか近くに寄ってきて、小さく呟いた。

「楽しみにしてるわよ。……工藤君」
「へぇ、おめーも来るのか、珍しく……って、おめーの分も俺が出すのか!?」
「ええ。保護者の役目、でしょ?」
「誰が保護者っ!」

 その言葉に、つい突っ込みを居れずには居られなかった俺の声は、しっかりと蘭や探偵団達に届き、8個分の白い目の視線を浴びる事になるのだ。

「ちょっと新一? 何哀ちゃんいじめてるのよ」
「えっ? 違っ……」
「新一お兄さん、哀ちゃんに乱暴な事しないで」
「兄ちゃん子供相手に何ムキになってんだよ」
「新一さん、まさか幼女をいじめる趣味があるんですか?」
「ねぇよ!!」

 口々に浴びせられる非難に、顔を引きつらせながら応答する俺を見て、当の灰原はくすくす、面白そうに笑ってやがる。

 ……はぁ、何でこうなるんだよ。


 苦労してもとの体に戻った俺の運命は、前途多難。



☆☆☆



――5月3日。


「あ。もう朝か」

 窓から差し込む光に、まぶしくて目を細めながら、伸びをした。今日は、そう。蘭と、灰原と、探偵団の奴らとトロピカルランド。どうせデートするなら、蘭と行きたかったけれど……まぁ、しょうがねぇか。

 たまには、こんな日も悪くはないかも知れない。

 時計時計っと……。今の時間は、えぇと? 7時か……
 ……7時っ!!?

 ぎょっと驚いたのと同時に、玄関のチャイムが鳴った。ちょっと待て! 俺今起きたばっかなんですけど!?

 慌てふためいて、取り合えずその辺の服を羽織って、「はい!」と応答する。

 ぴんぽ〜ん……ぴんぽんぴんぽん……

「あ〜ったく、うるせーな!!」

 ばたばたと、玄関に向かうがてらパンをトースターにセットして、うるさいチャイムが鳴り響く玄関の戸をあけた。それを開けるなり、俺の姿を見た蘭が、顔を顰めた。

「ちょっと、まさか今起きた所とか言うんじゃないでしょうね?」
「いや、その……今支度してくっから、入って待ってていいぞ?」
「え〜っ!?」

 声を揃えて非難する子供達だが、「お邪魔しま〜す」といいながら、遠慮なく家に入ってくる。……おめーら、荒らすなよ?

「もう。いっつも約束とか時間にルーズなんだから」
「悪かったな。大体、7時ってのが早すぎるんだよ。俺は昨日……」
「はいはい。事件に首突っ込んでて遅くまで出かけてたんでしょ? 朝ニュースで新一が手がけた事件出てたから知ってるわよ」
「あ、そう」

 その通り。昨日、夕方ごろだったろうか。偶然出かけた先で事件に遭遇して。まぁ、よくある事なのだが、これが結構厄介な事件で。解決した頃には既に真夜中。家に帰って眠った頃には、既に深夜の3時を回っていた。

「え? 新一お兄さん昨日事件解決してたのっ!?」
「どんな事件だったんですか??」
「俺らにも教えてくれよ!!」

三人、目を輝かせて口々に言った。一瞬、答え掛けてはっとする。

「子供が知るような事じゃねぇよ」

 と、そう返した俺に、子供たちはがっかりした声を上げた。でも、これが普通の事だった筈だ。コナンの時は、とても嫌だった反応だけれど。

…………。

「分かった。後で教えて教えてやっから」
「本当ですかっ?」

 嬉しそうにこちらを見上げた光彦に、苦笑い一つ。

「オメーら、聞かないと自分で調べるとか言いそうだからな」
「……新一お兄さん、歩美たちの事なんでそんなに詳しいの?」
「や、やっぱりストーカーしてんじゃねえのか?」
「違うっつってんだろ!」

 怪しげに顔を顰めながら、見上げてきた元太に、つっこみを一つ。……絶対、こいつらのペースだよな、今。

「おめーら、いいから座ってコーヒ……紅茶でも飲んで待ってろよ。すぐ支度終らせるから。蘭! ガキ共に紅茶。」
「はいはい」

 仕方ないなぁ、と言った風に笑みを浮かべ、台所に向かった蘭と、大方”ガキ共”という言い方にむっとしたのか、ジト目で俺を見上げる若干三名のガキ連中と、白けた瞳で見上げてくる、若干一名のクールな少女(実際、俺より年上)。

「んな顔してねーで、その辺座ってろ。蘭がすぐ紅茶もって来るからよ」
「彼女、知り尽くしてるのね。あなたの家の中」
「……うっせ」

 灰原の言葉に、つい頬を染めながら、着替えへと向かう。大分時間ロスしたかも知れないけど、いいだろ。開園前なんだし。むしろ、そんな時間に家を出なければならない方が不思議だった。
 歯を磨いて、色々と身支度を整えて、急ぎめに支度を終えたというのに、リビングルームですっかりくつろいでいる彼らを見て、いささかむっとした。

「ほら、トロピカルランド行かねーのか?」

 子供たちに尋ねると、「何言ってるんですか! 行きますよ!!」と、真っ先に光彦から返事が返ってきた。
「おめーが遅いのを待ってたんだろ?」と、元太。「早く行こうよ!」と立ち上がる歩美。

「……言っとくけど、あんまり贅沢するんじゃねぇぞ?」

 先頭きって家を出ながら、後ろからついてくる彼らにそう言って、最後の灰原が出きった後で、戸を閉め、鍵をかけた。下から、小さく笑う声が聞こえてきて、むっとしながらも、鍵を抜く。

「何がおかしいんだよ」
「別に。彼らとあなた見てると、まるで実年齢7歳の江戸川コナンが、薬で体を成長させてそこにそのままいるみたいねって思って」
「俺がガキと変わらねーってのか?」
「さぁ? 私あなたより江戸川君との付き合いの方が長いから」

 そう言って面白そうに笑う灰原を、恨めしく見つめた。




☆☆☆

「こっち! まずはミステリーコースター乗ろう!!」

 目線の先のコースターを指さして、はしゃぐ歩美に見惚れながら「いいな!」「そうしましょう!」と答える元太と光彦。後ろからクールな表情でついていく灰原、そして、”ミステリーコースター”に不吉なものを思い出したのか、微かに苦笑した蘭。

「ほら! 新一お兄さんも早く!!」
「お、おい! 歩美ちゃん!!」

 戻ってきた歩美ちゃんによって、ぐっと下から腕を引っ張られて、前のめりになりながら、俺はみんなの後についた。ミステリーコースターへの長蛇の列の最後尾まで、その姿勢のまま。前に居た灰原が、ふと後ろの、つまり俺の方を振り向いたと思ったら、「くすっ」と笑って、再び前方へ視線を戻した。おい、面白がってんだろ……この状況。

「歩美ちゃん! 分かったから」
「駄目っ! 新一お兄さん、コナン君みたいで気がついたら居なくなってそうなんだもん」

「……あのなぁ」

 今の言葉は、ただ単に迷子の心配をされていると思えばいいのだろうか? もしくは、もっと深読みして受け取ればいいのだろうか?
 言葉を話す声の明るい弾み方と違って、表情がどこか切なげに見えたから、どう返していいか分からず、ただ苦笑いだけ零した。
 ミステリーコースターに並んで、数十分。そろそろのどが渇いた、と思っていた頃に通りかかったジュースの販売員から人数分それを買った。それからしばらくは下らない会話を交わしながら、コースターの手前まで行った。

『歩美と元太』『光彦と灰原』『蘭とオレ』の順番で、席につく。

保護バーをおろしながら、蘭は悲しげな顔で、オレを見つめた。

「ねぇ、新一……もうどこにも、行かないでね」

 ミステリーコースター。全ての、はじまりになった場所。蘭と別れる事になったきっかけの場所で、探偵団と初めて会った場所でもある。全ての、始まり。

「行かねーよ、どこも」

ふっと笑って、答えた。

「おめーの傍から、二度と離れたりしねーから。安心しろ」

あの時は、蘭からだったっけ? 座席にそっと置かれた手。不安げなそれに、上から俺の手を重ねた。驚いた顔でこちらを見つめる蘭に、ふっと微笑みかける。昔は、この手に包まれていたりもしていた小さな手だったけれど……今は、この手を完全に包み込めるようになったから。

「おめー、どうせ怖いところ入る前に、俺の手ぎゅっと握るだろ? だったら最初から、握り締めてやっとこうと思ってよ」

 元の姿に戻って、得たもの。何より大切な、この時。前ではしゃぐ探偵団達との引き換えに得た、大切なもの。

 ミステリーコースターがスタートして、メインの場所に入ろうとした時、握っていた手がびく、と震えるのを感じた。けれど、それを感じて先ほどよりも力強く握り締めると、ふっと安心したように力が緩まった。


 離さない……もう、二度と。



☆☆☆


 ミステリーコースターを乗り終えた後も、その他のジェットコースターやアトラクションも回った。たまに、席順を変えながら、目一杯遊んで、食事も取ったりして時間を過ごす。

「食べ終わったら、何乗ろうか?」

 話しかけた蘭を見て、う〜ん、と悩みこむ探偵団達。

「お化け屋敷とかどうだ?」

 元太が呟くと、探偵団の残りの二人は、すっかりその気になって賛成した。蘭の顔が、さ〜っと青ざめるのを感じながら、俺は苦笑しつつ、答える。

「んじゃ、待っててやっから。おめぇらだけで行って来いよ」
「兄ちゃん、来ねぇのかよ? 怖いんじゃねえのか?」
「んなんじゃねえって」

 蘭は苦手だからな。そういうの。思って断ったのだが、光彦が、何やら元太に耳打ちをした。元太も納得したようにうなずいて、歩美は意味深な顔で、こちらを見て笑っている。

「……何たくらんでんだよ、おめーら」

 じと目で尋ねると、三人は慌てて、何でもない! と首を振った。

「ほら、哀ちゃんも行こ!」
「あ、ちょっと」

 歩美に強引に腕を引っ張られ、驚いた顔で連れていかれた灰原の後姿を見ながら、俺と蘭二人でぽかん、とそこに座っていた。

「行っちゃったね……大丈夫かな、あの子たち」

 呟いた蘭を一瞥して、遠くなっていく彼らの後姿に再び視線を戻す。はしゃぎながら、真っ直ぐにお化け屋敷への道を走る三人と、一人。その中に昔居た自分の影も見えたような気がして、ふっと笑った。

「大丈夫だよ。あいつらあれでしっかりしてるから。灰原もついてるし」
「あ。新一、哀ちゃんの事随分信用してるんだ。いつからそんなに仲良くなったのよ」
「えっ? いや……」

 慌てて返すと、蘭はくすくすと笑った。

「昔は、あの子達の中にコナン君も居てさ。コナン君って結構年不相応なイメージのある子だったけど、皆の中心って感じで。凄く自然に馴染んでたんだよね」
「……あぁ」

 自分の話になって、気まずさを感じながら答える。確かに、あいつらと居る時は凄く素だったと、思う。演技なんかしなくても、素のままで付き合っていた。

「でも、今コナン君は外国に帰って、あの子達の中に、コナン君が居ないのって想像出来なかったけど。何か見てると、あの子達の中に居る新一って、コナン君みたいだよね。新一と一緒にいないあの子達見たら、何だか物足りない感じがしたの」
「あん?」
「新一とコナン君って、似てるから。私には、コナン君と一緒に居る時間が、新一と一緒にいる時間みたいだったけれど、あの子達には、きっと新一と一緒に居る時間が、コナン君と一緒に遊んでいる時みたいだと思うんだ」

 元々、あいつらと居る時に演技なんてしていなかったから。だから、あいつらと居た時のコナンは、俺そのもので。あいつらが俺の中にコナンの影を見るのは、当然の事かも知れない。

「探偵団の皆、可愛いでしょ?」
「あん?」
「新一、高校に居る時とは別の、楽しそうな感じがする」
「そうかぁ?」
「うん。だって知ってるんだよ、私。新一って本当に気を許した人以外に、はしゃいだり、無愛想な態度取ったりしないもん」
「はは……」

 本当に気を許した人にしかそうしないというのは少し語弊があるかも知れないが、探偵やってると、それなりに様々な人と付き合う事もあったりして。そこで笑顔を作って接したり、時に必要な演技をしたり、という事は、あって当然な事。
 だからこそ、親しい人の前では、気も抜ける。

 考え込みながら、欠伸が漏れた。くすっと小さく微笑んだ声が隣から聞こえる。

「眠そうだね」
「……ここんとこ、睡眠時間少なかったからな」
「そっか」

 その後、どんな話をしたんだか、よく分からない。ただ、何でもない話に、時折相槌を打っていた気がする。時刻は、ちょうど2時を過ぎたところ。一番、昼の眠くなる時間帯。

「あの子達、そろそろ帰って来る頃だよね、新一」
「…………」
「新一?」
「…………」
「……寝ちゃったの? お疲れ」

くすくす、と笑う声が、耳元で聞こえていた。

「蘭お姉さんっ、ただいま。楽しかったよ〜」
「歩美ちゃんと、灰原さんは、ちゃんと僕が守って差し上げましたから」
「よく言うぜ光彦! オメーが一番びびってたんじゃねえか?」
「なっ、元太君こそ、今にもおしっこもらしそうな顔でしたよ!」

「し〜っ。新一、寝ちゃったから。少しだけ寝かせてあげて」

「えっ? 寝ちゃったの?」
「なぁんだ。折角姉ちゃんと二人っきりにしてやろうと思ったのによ!」
「元太君っ! それは言わない約束っ!」
「あ、いや……悪い」

 子供たちのよく通る声が、耳に届いた。段々、その声が大きくなってきて、同時に頬杖をついていた腕が幾分しびれた感覚と、風が肌をなでる感覚が、よみがえってきた。
 目を開けて、入ってきたまぶしさに思わず顔を顰める。覚醒したての時特有の、ぼんやりとしただるさに頭を抱えて、目立たないくらい小さな伸びをした。

「あっ、新一お兄さん起きてる!!」
「ったくよ〜、遊園地で寝るなよな」

 歩美と元太の大きな声が、耳に響く。ぼーっとした頭でそれを聞きながら、未だ外のまぶしさに対応できない目を2〜3度擦った。

「……悪い。俺、寝てたか?」

 尋ねると、蘭が小さくうなずいて、微笑みながら答えた。

「おはよ。少しは疲れ、とれた?」
「……ああ」
「じゃあ、そろそろ次のアトラクションに、行こっか」
「ん」

 気遣わしげな言葉に、短く答えて立ち上がると、子供たちも一度落としたエンジンを再びかけたかのように、「じゃあ、あそこに行きたい!」「あれに乗りたい!」とそれぞれの希望を出した。じゃんけんで行く場所を決めた所に向けて、待ちきれず走り出す子供達に、元気だねぇ、と思いながらも従う。

「新一お兄さんも、蘭お姉さんも、早く!」
「おう!」

 呼ばれて、返事をして。手招きする探偵団達の元に小走りで向かった。
乗り物に乗ったり、夜のパレードを見たり。皆で過ごした、楽しいひと時。そのまま、閉園時間まで、思いっきり遊んだ。



☆☆☆

「今日は楽しかったね〜」
「ねぇっ、また皆で遊びに連れてって!!」

「駄目?」と、初めて遠慮がちに呟いた歩美が、上目遣いにこちらを見上げてくる。
珍しい態度に驚きを感じながら、俺もふっと笑った。

「また今度、な」

 答えたオレに、歩美は嬉しそうに満面の笑みを見せた。そして、元太と光彦も。

「そうですっ! また皆で。コナン君も一緒だと、もっといいんですけど」
「光彦! 歩美の前で俺達からコナンの話はしない約束だろ!?」
「あっ、そうでした。……す、すみません。歩美ちゃ……」
「ううん、いいの」

 にっこりと笑った歩美は、オレの元に駆け寄り、彼女らしい、懐っこい笑みを浮かべながら、言った。

「歩美ね、コナン君の事大好きだから、本当はコナン君が居なくなった時凄く寂しかったんだけど……新一お兄さんとお話してると、幸せになれるの。きっと、新一お兄さんとコナン君が、すごく似てるからだよね! だから、新一お兄さんと、またたくさんお話したいな」
「ああ」

 蘭と、似たような事を言う。昼寝してしまった時、少し前に交わしていた会話。たとえ、俺が『江戸川コナン』じゃなくなっても、消えない絆。コナンの時と殆ど変わらない、三人の態度に、心の中で嬉しさを感じていた。
 ね、言ったでしょ? と、小さく耳打ちした蘭に、「そうだな。」と返した。

「じゃあ……そうだな。明日は皆休みだし。今日は遅いから俺んちに泊まって行くか? 事件の話も、色々と聞かせてやるよ」
「本当ですか!?」
「わ〜いっ!!」
「兄ちゃん、いいとこあるなっ!!」

 三人、口々に喜びの声を上げる。

「じゃあ、私はこの辺で帰るわ。隣だし、泊まっていく意味もないしね」
「え〜っ? 哀ちゃんも一緒にお泊りしようよ!折角皆で行ってきたんだから。ねっ、いいでしょ? 新一お兄さん」
「ああ。部屋は余ってるから、遠慮しなくていいぜ」

 数秒、無言でオレと歩美を見つめていた灰原は、「じゃあ、そうするわ」とクールな声で、小さく答えた。

「今日は新一の家、賑やかだね。じゃあ、私もそろそろ帰るね」

帰ろうとした蘭の腕を掴んで、耳元で一言。

「ばーろ。お前も、泊まってくんだよ」

 蘭の頬が一気に赤くなるのを見て、にっと笑った。

「たまには、いいだろ。そんな日があっても。……正式に恋人同士になってからじゃ、中々おっちゃん許してくれそーにねぇし」
「ば、馬鹿っ!!」

 顔を赤くしてオレを見つめる蘭も、家の中に招き入れて、探偵団達は、空いている父さんと母さんの部屋に。オレと蘭は、オレの部屋にそれぞれ向かった。

「ねぇ、新一……」
「あん?」
「どうしても、同じ部屋で寝るの?」
「気にする事ねえだろ。小さい頃、よくうちに泊まったじゃねぇか」
「だって、小さい頃と今とは……」

 その……と俯く蘭が、可愛い。

「まぁ、同じ部屋って言っても、オレはソファーで寝てやっから。おめーと同じ布団の中じゃ、いびきがうるさくて眠れやしねー」
「い、いびきなんてかいてないわよ!」
「とにかく、今日はソファーって気分だから。ベッド使っていいぞ」

 そう言いながら、ソファに寝そべった。途中までずっと蘭の視線を感じていたけれど、いずれベッドから蘭の寝息が聞こえてきた。むくり、と起き上がり、ベッドへ向かう。

「ばーろ。んな可愛い寝顔見せられてたら、眠れねぇんだよ」

 本人の前じゃ、こんな事はいえないけれど。そっと、すーすーと吐息が漏れる唇に、オレのそれを重ねた。ぴくり、と蘭の眉が動いて、静まった。

「おやすみ。蘭」

 眠る蘭にそう告げて、再びソファーへ戻る。今日は久しぶりに、いい夢見ながらぐっすり眠れそうだ。



☆☆☆
 翌日、オレの誕生日を祝うパーティーが阿笠博士の家で準備されていた。
 遅れて起きたオレは問答無用でそこへ連れて行かれて、蘭の作ったケーキを食べたり、プレゼントを貰ったりして一日宴会気分で過ごした。当のオレだけが、忘れていたみたいだったけれど。パーティーが終った歩美達は家に帰る前、灰原に「お願いね。」と告げた。夜になって、皆が帰った後、灰原から渡された探偵団達から江戸川コナンへの手紙をじっと見つめる。昨日、部屋が分かれた後書いたものだそうだ。
 自分の家へ戻り、自室の中でその手紙を開いた。



江戸川コナン君へ。

 今日、新一お兄さんとみんなと、ゆうえんちに行ってきたんだよ。
 すごく楽しかった!コナン君もいっしょだったらな……。
 でも、新一お兄さんといっしょにいるとね、コナン君とあそんでるような気がするの。
 だから、歩美ね。新一お兄さんのこと、すごく好きだよ! コナン君とおなじくらい!
 歩美、コナン君いなくてもがんばってるから、コナン君も、がんばってね。
 いつかまた、皆であそぼうね。


 そうですよ! またいつか皆でトロピカルランド行きましょう!
 それまで、僕達の事忘れないで下さいよ。
 いつかまた、少年探偵団皆で一緒に結成するんですから。


 おれたちがみてないところで、うなじゅうくいすぎるんじゃねぇぞ!!
 またいっしょにトロピカルランドいくとき、はかせのくるまにのれなくなっちまうから。


吉田歩美、円谷光彦、小嶋元太








「ばーろ、俺も一緒に楽しい思いして遊んでたんだよ」




 電気スタンドに灯された明かりに、暖かく映る文字を見て、ふっと微笑んだ。頬杖ついて、思い出す思い出の数々につい心が温まる。コナンとして、探偵団達と過ごした、数ヶ月。
 新一に戻って、まるでコナンの時のように探偵団達と遊んだ数日間。今も昔も、変わらずそこに、あどけなく明るい笑顔の子供達がいて、今も昔も、変わらず交流は続いている。

 こうやって、変わらぬ友情は、ここにある。




 探偵団の、みんなへ。

 いつも手紙ありがとう! 遊園地、楽しかったか?
 俺は一緒に行けなかったけど、皆の話で聞いて、そこに居るみたいに感じるよ。
 外国に住んでいても、おめーらの事忘れたりしてねぇから。
 そうだな。いつかまた、な。
   だからその時まで、おめーらもオレの事忘れるんじゃねぇぞ!

江戸川コナン。



 数行だけれど、気持ちは十分伝わるもんなんだ。どんな姿をしていても、必ずこの絆を失ったりはしない。

 だって俺達は、昔も今も『少年探偵団』だからな。





後書き

沙綾さんのリクで、『元に戻った新一と少年探偵団との友情』という事で。
最初にこのリク見て思ったのが、凄い面白そう〜vvvって事だったんですよv
で、真っ先に書き始めて、消して……また書いて、消して……
何に苦労したかって、元に戻った新一と少年探偵団との接点が上手くつかめなくて。
”友情”となると、あまり浅い付き合いにするわけにも行かなくて。
元々少年探偵団描くの苦手な私、そんな探偵団の中では一番扱い易いのが歩美ちゃん。
だから、必然的に歩美ちゃんの台詞が他より多いかも知れないのはお許しを^^;
そして、三人が口々に喋るような展開の時、恐らく歩美ちゃんが真っ先に口を開く所も……

でも、途中でいくつか蘭ちゃんと新一のシーンが入ってる事は、
リクエストの内容上、どうしても探偵団との絡みが多くなりがちな新一だけれど、
元に戻って、やっぱり蘭ちゃんとの事は欠かせないと思ったから。
最初の冒頭で、新一の気持ちとして『得たもの』『失ったもの』、対極の書き方をしたけれど、
最後の部分では得た物と失った物、じゃなくて、
失ったものなんて無くて、昔のままの、コナンと探偵団としての関係。
そして、新しく得る事ができた、新一と探偵団との関係。
姿形が違えども、それは失った事じゃなくて、新しく、かつ不変なもの……
そうあればいいな、と思いながら、作りました。

そして、なんとか、仕上げました〜vv
本人としては、まぁまぁ気に入っているんだけどね。
ただ、日常シーンやら、ほのぼのとしたお話書くのが苦手なので、何とか文を繋げないと!と何気にしつこい気がする部分もしばしば^^;
イラストと小説の得意なジャンルって、正反対なんです。私。
(イラストはとことんほのぼの系、小説はとことんシリアス系が得意で^^;)
こ、こんなので本当によかったのかしら^^;
何はともあれ、つくりがいたっぷりのこのリク、楽しく作らせていただきましたv
リクして下さった沙綾さんに感謝です!
遅くなってすみませんでした><;
そして、わざわざリクエストしていただいて、今までお待ちいただいて、ありがとうございました〜っvvv


H18.4.16 管理人@朧月