嗚呼、ジェラシー!!





「それでは、今日はこの辺で。解散!」

 教壇に立つ教師が、帰りのショートホームルームを締めて、いつも通りの一日が終了する。
 縛られていた時間から解放された学生達は、一斉にガタガタと音を立てくつろいだ。
 前もって教科書を詰め込んでいたバッグを肩に下げ、早々と教室を立ち去る者も居れば、思い切り解放的な伸びをしたり、ポケットから携帯を取り出して片手でいじくる子もいる。

 そんな中で、私はくるりと右斜め後ろの席を振り向いた。あいつはすぐに気付いて、軽く首を傾げる。

「あんだよ?」 「あのさ、今日一緒に帰ろ!」

 別にそれは特別な誘いじゃなくて、結構当たり前の事なんだ。
 登校の時は、私が家まで迎えに行って、下校の時は一緒に帰る。一緒に居れる時間が長いのは、幼馴染の特権なのかな。
 最近は、帰宅部の割に忙しい新一と、空手部で主将を務める私とは、下校時間が合わないのもよくある事。
 だから、帰りが一緒になれるのは、私には特別な日だったんだけど。
 新一は、バツが悪そうに少し考えた後、左手の人差し指で頬をかきながら、苦笑いした。

「悪い、蘭。俺ちょっと今日博士んちによる都合があって」
「え? 一緒に帰るのと何の関係が?」

 博士の家なら、新一の隣。帰りが一緒でも一緒じゃなくても、同じだと思うんだけど。
 不思議に思って突っ込んだら、また困った顔して、言葉を濁してる。

「あ、いや……その、誤解されたくないからさ」
「……誤解?」

 聞き返したら、新一は頷いた。誤解? 何それ。

「悪いけど、今日の所は園子と帰れよ」なんて言いながら、新一は逃げるように教室から出て行っちゃった。
 残された私は、ただ呆然と後姿を眺めるしかなかった。

「何、あの態度……」

 別に、私新一の彼女とかじゃないし。一緒に帰る義務なんて、ないのかも知れないけどさ。
 折角帰って来たんだよ? ちょっと位、一緒の時間大切にしてくれたって……

 もんもん考えてたら、突然真横から影が覆った。

「も〜っ。新一ったら! 折っ角、とっておきの手料理で愛を伝えようと思ってたのにっ」

 耳に届いたのは、無駄にきゃぴきゃぴ感のある、わざとらしい高い声。
 犯人なんて、すぐわかる。

「もーっ。園子!」
「えっへっへっ、鈴木園子、新一君のご指名で登場〜♪」

 私の隣で楽しそうに笑ってるのは、私にとって一番の大親友の、園子。
 私と新一をからかうのがよっぽど楽しいみたいで、何かあるたび、いつもこんなノリでいじってくる。
 でも、そんな軽い性格の園子が、今回はすぐに怪訝そうな顔で首をひねった。

「……でも、本当に変だよねぇ。新一君。いつも蘭の誘い断ったりしないのに」
「う、うん……」

 言われた言葉に、ちょっとだけ動揺した。そんな雰囲気が伝わったのかな、園子はにっこり笑った。

「まぁ、気にする事ないよ。帰ろ、蘭」
「うん、そだね」


 新一が帰ってきてから、もう三ヶ月。
「ただいま」って言ってくれた新一に、「おかえりなさい」って返した。まるで彼女みたいに。
 それからは、あの寂しかった時が嘘みたいに、急速に、私たちと私たちの周りの時間は元通りになった。
 皆、まるで新一が居なかった間の事なんて全くなかったように、自然に新一の周りを取り囲んでて。
 私も……、私も新一が居なくなる前のように、変わりない関係。

 待っていた間は、ただ寂しくて。新一とかわした約束と、たまにの電話に支えられて来たけど。
 まるであの時は、遠距離恋愛の恋人同士みたいにも感じてたんだよ。でも、帰って来てからは結局昔の、幼馴染のまま。
 確かに、恋人同士になれるなんて、絶対ありえない事だと思ってたけど。

 新一って、私の事……一体どう……

「……あ〜あ。私はこんなに愛しているのに、新一ってば一体私の事どう思ってるの?」
「そ、園子!?」
「……な〜んて、顔しちゃって」

 もーっ、心の中読まないでよ。熱くなった顔を、どうやって冷ませばいいのか分かんないじゃない。
 園子は隣を歩きながら、悪戯っぽく笑う。

「大丈夫だよ、アンタがそんなに心配しなくても! 誰が見たって、新一君はアンタのダンナなんだから」
「……っ、園子ったら」

 文句交じりに答えたけど、分かってる。園子はそうやっていっつも、私を励ましてくれてるんだって事。
 園子の力強い言葉に、ちょっとだけ口元がほころんだ。

「当たって砕けろ、よ。蘭! 確かめて見ればいいじゃない」
「た、確かめる!?」
「そうそう。今日でも博士の家、押しかけちゃいなよ!」

 そんな積極的な事……なんて、ちょっと気が引けたけど、でもそしたら全てが分かるのかな?
 こんなもんもんした気持ちも、すっきりするのかな?

 でも、私も園子も全然想像してなかったんだ。  それが、今回の騒動のきっかけになっちゃう事なんて――。




☆☆☆




 園子と別れてから、部屋で暇つぶしに携帯を弄くりながら、ふっと新一が戻ってきた時の事が頭に浮かんだ。
 博士の家に呼び出されて、そこで私は今までの真実を教えられた。
 コナン君が新一だって事とか、哀ちゃんが、本当は十八歳で、組織と昔関係があったとか言う話も。
 新一と、博士と哀ちゃんが、三人でそれを説明してくれて、私に謝った。

「……そう言えば、哀ちゃんってどうしてるんだろ?」

 あれ以来、哀ちゃんとはずっと会ってない。
 シェリーっていうお酒の名前が、悪い組織にいた時のコードネームだったとは聞いたけど、本名も何も知らない。
 十八歳って事は、私より一つ年上なんだよね。一度、ゆっくりお話して、友達になれたらいいなって思ってたんだけど。

「今度新一に、聞いてみようかな」

 うん、そうだよ。園子が言ってた通り、暇なら新一を訪ねてみればいいんだ。
 博士の家にいるって言ってたけど、私だって博士とは仲いいんだし、迷惑な事なんてないよね?

 携帯をポケットにしまって、私は勢いよく立ちあがった。




☆☆☆




 新一の家は、真っ暗だった。念の為にブザーを押して中に居るかどうか確認してみたけど、やっぱり新一が出る様子はない。
 まだ博士の家なんだって解釈して、今度は博士の家のブザーを鳴らす。
 出てきた博士は、上機嫌で私を中に招いてくれた。ソファに座らされて、氷の入ったジュースが一杯、前に置かれた。

「すまんのぉ、蘭君。新一君、今地下に居るから、ちょっと待っとってくれるか?」
「地下?……地下で何してるの?」

 不思議に思って尋ねると、博士は少し考えてから答えた。

「大したことじゃないんじゃよ。前に話した組織の事を、相談しとるらしいぞ」
「相談って、誰と……?」

 新一が、そんな組織の事を誰かに相談してるの?
 分からないでいると、後ろから足音がした。階段を昇る足音に、思わず振り返る。

「あら、あなた……」
「あ、哀ちゃん?」

 出てきたのは、新一じゃなくて、昔よく会った事のある、茶髪の女の子。
 哀ちゃん、ずっと会わないから、博士の家にはもう居ないと思ってた。

「蘭……来てたのか」

 哀ちゃんに続いて、新一もあがってきた。
 複雑そうな顔してる……やっぱり来ちゃいけなかったのかなぁ?

「ごめんね、来て欲しくないみたいだったのに。ちょっと新一に話があったから」
「話?」
「うん、あの……」

 あ、あれ? 何も出てこない。哀ちゃんの事聞く口実だったんだよね、でも哀ちゃんここにいるし。
 園子に、新一の気持ちを確かめてみろって言われて、その気になって来たけど、よく考えてみたら、何て言えばいいんだろう?
 結局私、何が言いたかったんだろ。

「あ、哀ちゃんと二人で、何してたの?」

 ……違うよ。そんな事話したいわけじゃないのに。
 そりゃ、確かに少し気になったけど。博士は組織の事って言ってたけど、でも。

「いや、大したことじゃねえけど。……話ってそれじゃねえだろ?」

 新一はそう答えた。
 でも、納得行かないよ。だって、私の事を避けて二人きりでなんて……何かそれって。

「……哀ちゃんとの用は、もう終ったの?」
「ああ。まあな。……話なら、家来るか?」

 何でもない事みたいに、話を変えるなんて。何か、それって……

「……ないわよ」
「へ?」
「話なんか無いわよ! 馬鹿!」

 新一も、博士も哀ちゃんも、ぽかん、としてた。
 でも、沸いてくる気持ちが抑えられない。何かそれって、私だけのけ者みたいじゃない。

 そのままの勢いで、私は博士の家から走って出てきちゃった。
 家に走って帰る道の途中で、さっきの私のむちゃくちゃな態度に、今度は本気で後悔した。
 博士に、失礼だったかも知れない。哀ちゃんに、何か気にさせることになったかもしれない。
 それに、新一が悪いわけじゃないのに……”馬鹿”なんて。

「でも何か、ムカついたんだもん」

 新一は「誤解されたくない」って言ってた。  誤解されたくないって、何を? 哀ちゃんに、私との事を誤解されたくなかったの?

 哀ちゃんは、今でも子供の姿のままだけど、実年齢は十八歳で、新一がコナン君だった時、哀ちゃんはずっと新一の近くに居て。
 ……確かに、哀ちゃんって凄い頭もよさそうだし、美人だし、好きになっても仕方ないのかも知れないけど。

 何よ。何よ何よ何よーー!!!

 段々自分の思考が向かっていった先に、段々、収まりかけた怒りが上がってきた。
 この気持ちって、何? 私が知らない新一を、哀ちゃんはずっと隣で見て来たんだ。

 何も知らなかった頃は、哀ちゃんとあんなに仲良くなりたかったのに。
 ううん、今会うまで、沢山お話して友達になりたいと思ってた。
 なのに私、哀ちゃんの事、何か変な目で見てる?




☆☆☆




 翌日、謝る意味も兼ねて、新一の家の前まで迎えに行ったついでに、博士の家のブザーも鳴らした。
 新一より早く出てきた博士に、開口一番に謝った。博士は、笑って許してくれた。
 哀ちゃんは、地下室に居るみたいで、わざわざ呼んでもらうのも迷惑かな、と思って、博士に「ごめんなさい」の伝言を頼んで。
 一拍遅れて、新一が出てきた。

「ら、蘭……あの、さ」

 気まずそうな話し方にわざと凄みを出して「おはよう」って返した。

「あ、ああ、おはよ」

 新一は、顔をひきつらせて答えた。

「支度、出来てるの?」
「ま、まぁな」

 そう答えた新一に、敢えて冷たい視線を向けた。

「そう。じゃあ、行こう?」

 前をすたすた早く歩く私に、申し訳なさそうについてくる新一。
 私も、自分自身何意地張ってるんだか、と思う。そんな権利ないのに。でも、どうしても意地張っちゃう。

「あのさ、蘭。何かわかんねーけど、怒らせちまったみてーだな」
「……何だかわかんないんでしょ?」
「いや、でもごめん。オメー、何であんな怒ってたんだ?」

 ……新一って、私の気持ち知ってるんだよね? たまに、会話の中でそれを疑いたくなる。
 でも、コナン君に確かに言ったよね、私の気持ち。結局なーんにも答えてくれてないけど。新一って、本当に鈍いなぁ……

「もういいよ。勝手に怒ってただけだから」

 いいや、もう。気にしない事にしよ。
 恋人でもないんだから。哀ちゃんと二人で新一が何話してたって……文句言う資格なんてないよね。




☆☆☆




「へー、新一君がねぇ」
「うん」

 学校のお昼休みの時間、テーブルを向かい合わせて、昨日あった出来事を話せるところだけ、園子に話した。
 もちろん、秘密にしなきゃいけない事なんかは隠して。

「でも、私が怒る意味がないもん。博士にも……彼女にも、新一にも悪い事しちゃったかな」

 怒って飛び出してきたのは、後悔してる。態度悪かったなぁ、私。

「あやつ、蘭の事泣かせるなんて承知しないわよ!」
「ちょ、泣いてないよ! ちょっとむかっとしただけっ!」

 怒った顔で立ち上がった園子を、慌てていさめた。新一と私の事で、園子まで巻き込みたくない。
 何とか園子を鎮めて座らせてほっとしている私に、園子は「ところで……」と話を切り出した。

「問題の新一君はどこよ? 二限目から姿消してない?」
「あ、うん。何か事件だって言って、二時間目の終わりに私に一声かけて出てったけど」

 苦笑いしながら答えると、園子は呆れた顔で、「全く……」と呟いた。
 そして、再びがたっと音を立てて立ち上がると、私に詰め寄った。

「蘭、どこの女か知らないけど、引いちゃダメよ!」
「え?」
「新一君の気持ち、私が保証するから!」

 ズキン、と心が痛んだ。園子はいっつも、新一が私の事好きだって言うけど。
 真剣な顔で言われても、昨日の事実が変わるわけじゃないし。
 だって、新一が私の事好きなわけないよ。
 コナン君の時、私の気持ち嫌って程分かった筈なのに、その事に触れようとしないんだから。
 コナン君の時は凄く気にしてくれてた気がするけど、新一になってからは、元通り幼馴染だもの。

「後で、電話してみるよ」

 とりあえずそう答えたけど、でもね、園子。
 新一が私の事なんとも思ってなくてもいいんだ。だって私、最初から新一とどうこうなれると思ってたわけじゃないから。
 私は新一の事好きだけど……新一が私の事好きなんて、想像つかないもん。




☆☆☆




 お昼ごはんを食べ終えて暇になった後、園子に見守られながら、携帯電話を取り出した。
 新一、事件だと携帯出ない事もあるんだよね……出ても今立て込んでるから、とか言われたりして。

 携帯を耳に当てて、呼び出し音を聞きながら、じっと音が途切れるのを待った。
 新一が出て呼び出し音が終るのか、留守番電話サービスに繋がるのか、私は、どっちを望んでいたんだろう。

『もしもし?』

 ぷつっという音がした途端、受話器から聞こえてきたのはちゃんとした新一の声だった。
 どき、と心臓が跳ねた。どうしようって、微かに動揺したりして。

「あ、新一? 今平気?」
『ん?ああ。そんなに立て込んでないから平気だよ。何だ、何かあったか?』

 尋ねられて、慌てて否定した。

「何でもないんだけど、事件どうかなって思って」
『あぁ、容疑者は今のところ絞り込んでんだけど。証拠がなぁ……』
『……工藤君?』

 あれ? と、受話器に耳を強く当てた。今、確かに新一の声に混じって……
 聞こえてきた声には、聞き覚えがあった。この、落ち着いた口調。

『灰原、どうした?』
『目暮警部が呼んでたけど、取り込み中みたいね』
『ああ、悪い、すぐ行くからよ』

 電話してる私を忘れてるみたいな会話……電話越しに、しっかり聞こえてくる。

「……哀ちゃん、そこにいるの?」

 尋ねると、『あ』と、新一は少し気まずそうな声を出した。

『そうなんだ。灰原の姉さんとちょっと係わりがある事件で』
「哀ちゃんの、お姉さん?」
『あぁ、俺の口から詳しく説明するわけにもいかねーけど、言える事はまた後で言うから。
 悪いな。さっき聞こえてたかも知れねーけど、警部に呼ばれてるから一旦切るぞ?』
「……うん、また電話するね」

 電話を切って、「どうだった?」と尋ねてくる園子に、「うん……」とだけ返事を返した。
 哀ちゃんと一緒だったんだ、新一。
 哀ちゃんのお姉さんに係わりがある事件って、どういう事? 私には言えない事って、何?

「蘭……?」

 気遣わしげに声をかけられても、私の頭の中はそれ所じゃなかった。
 私には言えない、哀ちゃんと新一だけの事。コナン君だった時みたいに。

「いっつも私って、のけ者だね」
「……え?」

 園子に心配かけようと思って呟いた言葉じゃないけど、心からそう思っちゃった。
 話の流れでまた電話するなんて言ったけど、私、新一に電話して何を話せばいいの?
 電話なんか、かけなきゃよかった。

「わかんないんだ、新一の事。何にも」
「蘭……」

 悲しくて、寂しくて。
 どうしようもない気持ちに包まれた。

 ねえ。
 新一にとっての哀ちゃんって、何?
 新一のとっての、私って何……?

 教えてくれないと、気持ちが張り裂けそうだよ。新一……




☆☆☆




 もやもやしたまま、その日を過ごした。
 昼休み明けの授業なんて、上手く身に入ってなかった。
 私の頭の中にあるのは、先生のつまらない説明や数式じゃなくて、新一と、哀ちゃんの事だけ。

 最後の授業が終って、担任が戻ってくるのを待ちながら、ポケットから携帯電話を取り出した。

「……やっぱり。着信だ」

 授業が始まってすぐの頃に、ポケットに入れていた携帯が震えていたように感じたから、少し気になっていた。
 着信履歴に、”新一”の名前が載っている。

「私から連絡するって言ったのに」

 授業中だよ? らしくないなぁ。
 途中で学校を抜け出したって、授業の時間を知っている新一が、授業中に電話を入れてくるなんて事今まで無かった。
 けれどよくよく見れば、留守番メッセージが入っている。

『蘭? 授業中に悪いな。実は、大した事ねーんだけど、今から病院行く事になっちまって。
 オメー、また電話するって言ってただろ? 時間的にちょっと出られそうに無いから連絡入れたんだけど』

 病院……?
 メッセージに含まれていたそんな単語に、胸が不安でいっぱいになった。
 大した事ないとは言っていたけれど、声もしっかりはしてたけれど。

 何があったの? 新一。

 新一がやってる探偵は、お金は全く入らない割に、その内容は殺人犯とか強盗犯とか、とにかくそういう凶悪な犯人相手が多い。
 だから、探偵として事件の現場に居る時は、常に危険と隣り合わせで、ある意味命がけだ。

 病院に行くっていったら、何かのトラブルで怪我したって考えが普通だよね。

「園子、ごめん。先生に用事が出来たから先帰りますって伝えて!」
「え? 蘭!?」

 立ち上がり、斜め前の席に座っていた園子にそう告げた。
 困惑した声を上げた園子の言葉に説明する余裕がない事を心の中で謝りながらも、私はバックを肩に下げて、急いで教室を出て行った。

『廊下を走らないで下さい』と書かれた張り紙の前を、走って通過していく。
 校則なんか、今はどうでもいい。新一への心配だけが、頭の中にあった。
 急いで靴を履いて、学校から出て、タクシーを捕まえた。

「あの、米花総合病院までお願いします!!」

 学校がある日の仕事は、そんなに遠くまで行く事は無いから、行く病院にも大体の見当はつく。
 新一に電話してもどうせ出ないだろうから、この辺の、思いついた病院を片っ端から回っていけば、目的に辿り着くのは造作も無い事。




☆☆☆




「あの……ここに高校生探偵の工藤新一が来ていませんか?」

 そう尋ねると、聞かれた看護婦は微かに顔を顰めた。

「あなたは?」

 そう聞かれて「彼の幼馴染なんです」と答えた。
 回り始めて二件目。早くもヒットしたらしい。
 新一は人気があるから。そう聞いて、知ってれば何か反応を返すと思うし、知らなければ知らないまま。
 顔を顰められたのも、新一が有名人だという考慮から来るものだと思う。

「……そうでしたか。申し訳御座いません。確かに、いらっしゃいますよ」

 教えられた病室に急いで向かった。
 そこの戸を開けると、新一が驚いた顔でこちらを見ていた。体を起こして、私の方をじっと見つめている。

「蘭……俺、病院名言ったっけ?」
「馬鹿ぁっ!」

 きょとんとした顔でそんな事言う新一に、つい大声を上げてしまった。
 すぐ病院だという事を思い出して、今度は少し声を抑えて言った。

「何があったのよ。突然あんな留守番電話よこして! 病院名も、なんで教えてくれないのよ」
「あ。悪い……今日部活だろうし、教えたら来たがるかと思って。後でまた落ち着いたら連絡するつもりだったんだよ」
「それで、どうしたの?」

 今のところ、新一の体のどこにも包帯らしきものは見当たらない。
 尋ねると、新一は「ああ」と思い出したような声を上げて、言った。

「犯人を見つけたのはいいんだけどよ、突然拳銃出しやがって。右足撃たれて、パトカーに乗せられて病院連れてきてもらったんだ」
「う、撃たれたって、大丈夫なの!?」

 思わずドキッとしたけど、新一は余裕の様子で答える。

「大丈夫だよ。本当に大したことねーんだ。弾ももう取り除いたし。あぁ、サッカーは治るまでしばらく出来そうにねーのは残念なんだけどよ」
「そう……」

 怪我の程度がどんなものか知らなかったので、無事に済んでよかったと、胸をなでおろした。

「数日だけ念の為入院させられるらしいけど、学校に伝えといてくれるか?」
「も〜っ。新一、ただでさえ出席日数ぎりぎりなのに。留年しても知らないよ?」

 苦笑交じりに呟くと、「しゃーねーだろ」と答えが返ってきた。

「原因はどれも正当だし、学校サボってもいねーんだ。学力も充分ついてってるしな?」
「その余裕の笑み、焦り顔に変えてあげたいわね」

 そりゃー、頭いいのはかっこいい所だけど。自信満々な余裕の顔は、たまに凄く悔しい。

「そう言うなって。俺も内心少しは焦ってんだぜ? 今回だって、処置がよかったからその程度で済んだけど……」
「処置?」
「ああ。灰原が色々な。あいつ、薬の研究とかやってたらしいけど、そっち方面も器用みたいだから」

 新一の口から出た固有名詞に、私は反応せざるを得なかった。

「哀ちゃん、来てたんだ」
「ああ。来てたっつーか、今もまだ……」

 新一がそう言いかけたとき、病室の戸が再び開いた。
「あら」とクールな声で私を見上げた哀ちゃんに、ちくりと胸が痛んだ。

 そっか。居たんだ……哀ちゃん。

「……邪魔かしら?」
「え?」

 少し考えて呟いた哀ちゃんの声に、困惑しながら聞き返す。
 新一はベッドの上で、「あのなぁ」と小さく息をついた。

「さっき工藤君に頼まれてね。すぐそこの本屋で今日発売の推理小説買って来たの。ついでにジュースも」
「悪いな」

 ……私には遠慮して、哀ちゃんには頼みごと? 推理小説なんて、私に言ってくれてれば、ついでに買ってくるのに。
 来て欲しくない理由って、まさかこれ!?

「何よ……」

 呟いた私に、二人の不思議そうな視線が向いた。これじゃまるで、哀ちゃんの方が新一の幼馴染みたいじゃない。
 そうだよ。思い出してみれば、元に戻ってからも、新一はたびたび博士の家に通ってた。
 新一、博士と仲いいからそれでだと思ってたけど、まさかそれって、哀ちゃんに会いに行ってたの!?
 私の知らない所で……私の気持ちには、何も言わないでスルーしたまんまで。

「幼馴染の立場まで奪わないで!」

 そう吐き捨てて、私は病室から抜け出した。
 どこに行くか分からず走った。
 何やってるの、私。心配して早退までして、バッカみたい。

 おかしいよ。私……。
 哀ちゃんと新一の一緒にいる所見るのが、こんなに嫌だなんて。
 哀ちゃんに、嫉妬してるなんて。




☆☆☆




 その日から一週間だけ、新一は学校を休んでいた。
 退院がいつかは知らないけど、あれから病院にも行ってない。多分、新一には哀ちゃんがついてるから。そんなの見たくないし、また勝手に怒って怒鳴るのもいや。

 彼女のポジションだけじゃない。幼馴染のポジションまで、もってかれちゃったんだから。

 一週間、何度も園子に諭されたけど、でもこれ以上新一の気持ちを知るのが怖かった。
 園子は心配そうに、それでも何度も説得しようとしてくれたけど、私はもう、忘れたかった。

 好きだって気持ちを忘れてしまえば、また前の幼馴染に戻れるのかな、なんて。
 ……弱いね、私。

 本当は、病院の近くまで何度も歩いて行ったりしたけど、病室まで足を運ぶ気にはなれなかった。
 新一が居る辺りをじっと見て、見るだけで帰るの繰り返し。
 たまに、病院へ入っていく哀ちゃんの姿も見えて、それが私を更に締め付けた。


 そして、一週間後。新一はようやく学校に登校してきた。
 まだ足が痛むのか、少し不自然な歩き方で登校してきて、席に座る。
 私と目があうと、苦笑交じりに「よぉ、久しぶり」と呟いた。

「……蘭、ちょっと話があんだけど」

 そう声をかけられて、「何?」と呟いた。

「今日、一緒に帰れねーかな」
「……どうして?」

 私がそう尋ね返すと、教室の空気がどこか凍りついた気がした。その後ざわざわと騒がしくなる。
 皆の考えてる事は、大体判る。いつもの反応見てれば、大体。

「……嫌か?」
「嫌って言うか、私今日部活だから」

 どこか悲しげに聞かれて、私は咄嗟にそう答えた。避けたかったのは確かにあるけど、部活なのは嘘じゃないよ。

「……じゃあ、待つよ」

 そう言われて、断る理由も無くした私は、新一の誘いに乗った。

 ……話って、何? 不意に恐怖に襲われた。
 哀ちゃんと付き合う事になった宣言なんて言われたら……幼馴染として祝福しなきゃいけないの?
 そんなの、絶対無理だよ……。
 私、新一と哀ちゃんの祝福なんて、出来ない。




☆☆☆




 部活が終る時刻には、もう夕焼けが空を紅く染めていた。
 帰っててくれればいいな、と祈ったけれど、格技場を出たすぐの所に、新一は立っていた。

「終ったか?」
「……うん、図書室ででも座って待ってればよかったのに。足、大丈夫なの?」

 朝来る時、少し引きずってたくせに。
 新一は「大丈夫だよ」と答えて、軽く跳ねてみせた。

「もう痛くはねえんだ。ちょっと引きつる感じはあるけど」
「そっか、よかった。……処置がよかったんだもんね」

 もう痛くないという言葉には心から安心して、思い出したように付け加えた。
 新一は苦笑を浮かべて荷物を肩にかけなおし、「まあな」と答えた。
 隣り合わせに歩きながら、新一はゆっくり話し始めた。

「灰原に怒られたよ。もっとしっかりしろって」
「そう」

 また、哀ちゃん。
 やっぱり、話もその事で……そう思いかけた時、新一は一つ付け加えた。

「俺、あいつには凄く感謝してるよ。ようやく、決断出来たしな」
「……決断?」
「ああ。服部にも一度言われた事あったっけな。人の事には鋭いくせに、自分の事になるとさっぱりだって。灰原は、凄く大切な仲間だけど、お前とは違う」

 新一の一言一言に、凄く感情が篭っている。
 哀ちゃんが、仲間で……私とは違う?

「どういう意味?」

 尋ねると、少し俯いて数秒間黙り込んだ新一は、赤い顔で呟いた。

「コナンだった時、お前に言っただろ? 待ってて欲しいって。あの時コナンに戻っちまった俺には、アレが精一杯の告白のつもりだったんだよ」

 精一杯の……こくはく?
 何言ってるの? わかんないよ。だって、新一の好きな人は……

「でも結局、工藤新一に戻ってから、ちゃんとした事何も言ってなかったよな。はっきりした事は何一つ、言ってなかったんだ」

 そう話す新一の顔は、いつの間にか私をじっと見つめていた。
 凄く真剣な顔に見つめられて、どきどき、胸の鼓動が早くなった。




☆☆☆




「……好きだなんだよ」

 新一の唇からその言葉が漏れたのは、本当に一瞬だった。
 一瞬過ぎて、何が起きたのか分からずに、「え?」と聞き返す。

「何度も言わせんな、バーロ! お前の事が好きだって言ってんだよ」

 ぽかん、とした顔で、数秒間新一を見つめた。好き……って。
 え、新一が、私の事を……? 新一が?
 はっきりとそれを理解した時、顔が火を噴いたように熱くなった。

「なっ……何を突然!?」
「言っとくけど、冗談じゃねえぞ? 本気で言ってるんだからな」
「う、うん……え?」

 返事をすると、新一はふっと笑って、自分の唇を私の唇に押し付けた。
 どきどき、鼓動がうるさいくらいに高鳴ってる。けど、それは嫌な感じじゃなくて、凄く幸せな音だった。

「ねえ、本当にいいの? 私で」
「……もちろん」

 新一への恋愛感情を意識して、たったの二年。でも多分、私が新一の事好きだったのは、もっともっと昔の事。
 何年越しの片思いには、ついにこの日決着がついた。

「またやきもち焼くかもよ?」
「まぁ、いいよそれでも。でも、俺が蘭以外の女に惚れる事はねーから」
「うん……」

 幸せな、時間だった。




☆☆☆




「新一! 一緒に帰ろう!」

 今日は、新一と恋人同士になれた昨日の気持ちを引きずったまま、幸せムードで一日過ごしていた。
 クラスメイト達のからかいも、今日はいつもと違って祝福のようにすら感じた。”恋人”になって、初めての下校時間。
 新一と腕を組んだりして、一緒に歩くのかな? そんな事を考えたりして。
 家までの距離は、凄く甘い幸せのひと時で……

「……わ、悪い、蘭。その、今から灰原と約束が……」
「…………はぁ!?」

 新一のその一言に、思いっきり、幸せな気持ちを外された気がした。

「いや、こないだの事件で、時間がある時に一緒に警視庁寄ってくれって頼まれててさ。灰原と俺と、時間が合うの今しかなくてよ」

 え? 事件だからしょうがないって、聞いた人は思うかなぁ。もちろんそれは分かってるよ。新一は、探偵だもん。
 でも、でもね……晴れて恋人同士になった翌日がこれって、どうなの? 浮かれてたのは、私だけ?

「っ! ……どこへでも行きなさいよ! 馬鹿!!」
「おわっ」

 怒り任せに、回し蹴りを一発、新一に向けてはなった。
 そしたら、それを反り返って避けた新一の頭に、前の席の椅子の背もたれが激突して。

「い……っ」

 苦悶の表情を浮かべて、両手で頭を抑えてしゃがみ込んだ新一の姿を見てたら、少しだけ、怒りがどっかに消えちゃったみたい。
 何だかその姿が、可愛かったから。

 噴き出しそうになるのを必死で堪えて、不機嫌なフリして。つーんとそっぽを向いて、新一に言った。

「しょうがないから、それで許してあげるわよ!」
「おい、蘭……」
「……でも、明日はちゃんと空けといてよ? 恋人同士になった新一と一緒に帰るの、楽しみにしてるんだから」

 そう告げてくるりと新一の方を振り向くと、新一は大きく目を見開いて私を見つめた。

「……ああ、じゃあ明日こそは、約束だ」

 そう言った新一に、その日はとりあえず別れを告げて、先に帰った。
 ……まぁ、いっか。明日からまた、幸せな恋人生活が始まるんだから。こんな事で一々怒ってたら、新一の彼女なんてこれからやってけるわけないよね。

 また今度、ゆっくり哀ちゃんと話したいな。
 色々機会逃しちゃったけど、今度こそ友達になれるといいな。

 ライバルは、たくさん居る。
 けど、私なんかを選んでくれた新一のその気持ちを、ずっとずっと、信じていたい。

 これから先、たとえ何があったとしても。






〜完〜




☆☆☆あとがき☆☆☆

4000番リク、『新一に頼られる哀ちゃんに嫉妬する蘭』という事で。
や〜んっ><;;このお話、反応が恐ろしい(滝汗)
まぁ、嫉妬はしてるよ。それはいいとしてね。
新一に頼られた?いつよ!どこよっ!!……ごめんなしゃい(涙)
待たせただけのお話は作れたかなぁ><;;
一番悩んでいたのが、哀ちゃんに嫉妬する蘭ちゃん、って所で。
一つ考えたストーリーは、まだ新ちゃんがコナンのまんまで、蘭が何も知らずに、
その自分の嫉妬してる相手が哀ちゃんとも知らずにってストーリーだったのですけど、
今回作ったのは、全て知った蘭ちゃんが、唯一知らない新一の気持ちに哀ちゃんが常駐しているものと思ってヤキモチを妬いてるという形なのです。
こ、これでよかった……のかなぁ(滝汗)
一応、滅茶苦茶必死で作った事だけはお認め頂けるといいなぁ><;;;
本当に、お待たせして申し訳御座いませんでした。

さて、またこんな不確かな事は言うまいと思っていたのですが、言っちゃいます。
とりあえず、コレはお待たせしてるリクですので、出来た今すぐアップしましたが、
いつか、この話の裏となる……哀ちゃんサイド、もしくは新一サイドから、もう一本描きたいな、と思っております。
そこで、今回の蘭ちゃんサイドでは語ることが不可能なまま残ってしまった謎やら、空白の時間やら、「ああ、なるほど!」って思っていただけるといいなv
何かこのままじゃ、哀ちゃんあんまりですしね^^;
裏書けるなら、出来る限りフォローしたい。

もし感想など言ってやるか、と言う場合はいつでもお待ちしております^^
こんなお話ですが、気に入って頂けたなら、幸せだな(^^v
明日香さん、リク小説、遅くなって本当に申し訳御座いませんでした><;;
ホントもう、内容に納得行かなければ、文句でもなんでも言ってやって下さいっ!!
遅れたお詫びに、イメージ画もつけときましたので^^;

リクエストくださった明日香さんに限り、挿絵本文含め、お持ち帰りOKと致します。
それでは!


H18.9.11  管理人@朧月