大好きだよ。両手じゃ表せないくらい。
だから、あなたが帰って来てくれて、本当に本当に嬉しかった。
でも、時々不安になるの。
この幸せが全て夢の中で、いつか目が覚めて、またどこか消えちゃうんじゃないかなって。
そんな不安をかき消してくれたのは、久しぶりに新一と二人きりの休日を過ごした時だった……




誰よりも何よりも……





コトコトコト……と、鍋の中が沸騰しだし、
蘭は持っていたオタマで、鍋の中のものをくるりとかき混ぜた。
リズムよく野菜を刻み、それらを鍋の中へいれて、またかき混ぜる。
少しずつ、蘭の周りにはいい匂いが漂っていた。

「栄養満点のスープ、作ってあげなきゃね。」

楽しそうに、その可愛らしいエプロンをつけながら、
彼女は鍋から僅かな量のスープをすくい、口へと運んだ。
しょっぱ過ぎず、それでいてしっかりと味はついていて……
彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「出来た!」

我ながら、充分満足が行く出来だ。
彼女は鍋の火を切って、彼の眠る二階の寝室へと向かった。

規則正しい寝息を立てながら、気持ちよさそうに眠る彼。
一度、事件に掛かると世界中が畏敬の念を抱く類稀な慧眼をもった名探偵だが……
この安らかな顔は、とてもそうとは思えない……まだ幼さの残る可愛い少年だ。
世界中の人たちは、彼を隙のないクールな名探偵のように思っているだろうけれど……
こんな彼を知っているのは、世界中でも自分と彼の両親くらいなものなのだ。

そのあまりにも安心しきった寝顔を揺り起こすのは忍びなかったけれども、
早く起こさねば、先ほど折角上手く作ったスープが冷めておいしくなくなってしまう。
蘭はそっと眠る彼の両肩に手をかけた。

「新一、朝だよ。起きて。」

そっと気遣いながら声をかけても、彼はまだ夢の中。
蘭は、今度は彼の耳元に口を近づけ、甘い声を出した。

「ねえ、早く起きないと……折角作ったスープ不味くなっちゃうよ。」

すると、まだ布団に包まれていたかった名探偵は、僅かに身じろいだ。

「ん………あと5分だけ寝かせて………蘭ねえちゃん〜………」

そんな彼に、蘭は思わず顔を顰めた。
目の前にいる彼は、確かに7歳のそれではなく、
自分と同い年の…17歳の身体をしているというのに。

「もーっ!いつまで寝ぼけてるのよ!新一!!」
「…………へ?なに………」

布団をはがれて、ようやく眠い目をこすりながら起き上がった新一は……
自分の目の前で、どこか呆れた顔で自分を見つめる彼女を、
彼はしばし寝ぼけ眼で不思議そうに見つめたのも束の間……
そのようやく開いていた目を丸くして寝起き早々の叫びをあげた。

「…………ら、蘭!!?なんでこんなとこにいるんだよ!!」
「忘れたの?昨日あなたに呼ばれて来たんじゃない。」

当然の事のように言う蘭に、新一は困惑した顔をした。

「だ、だってお前……昨日夜中に帰っただろ!?」
「違うわよ。家に食材とりに行ってたの。新一の冷蔵庫、殆ど何も入ってなかったし……」

微かに膨れた彼女の頬が、エプロンで映えてとても可愛らしい。
新一はほんのり頬を染めながらも、ベッドから起き上がり、蘭を待たせて洗面所へと向かった。
朝の日常を全て終え、食卓へやって来た新一に、
もう先ほどのエプロンはとってしまった蘭が、しかし可愛い顔で温かいスープを出した。

「……って、これだけか?」

一瞬感動したものの、その朝食メニューの少なさに顔を引き攣らせた新一。
テーブルの上には、その…恐らくたくさんの具が入っているであろう、見栄えもいいスープが……
ただ一杯だけ置かれていた。

「そう。それだけよ。」

あっさりと告げた蘭に、少なからずショックを受けた新一。
だって……蘭が来てくれた日というのは、ヘルシーながらもおいしい料理が揃っていて……
それなりに、腹も膨れるメニューが並んでいる筈だというのに。

「蘭、俺……腹減ったんだけど。」
「自業自得でしょ〜?私なりにたくさん考えて作ったんだからね?」





蘭が新一宅に呼ばれたのは、昨日のことだった。
休み直前の、部活やら委員会やら何やらで何かと忙しかった今週の金曜日……
生徒達は皆慌しい生活をしていたが、それより更に数倍忙しい学生がいた。
復帰したてで学校の課題などに追われ……
元々が膨大な知識をもった彼とはいえ、学校にいる間中時間に追われる日々を過ごしていた。
それなのに、警視庁から高木刑事の連絡を受けた彼は、学校を早退して事件の方へと行ってしまった。

寂しさを感じながら、自分に軽くウインクをして教室を出て行くその後姿を見送った。

いつも通り事件ばかりな彼に呆れながらも、
授業を終えて、空手部の練習もいつも通り気合を入れ、
最後のミーティングを済ませた蘭は、不安げに携帯を覗いた。

「そろそろ、かかって来るかな?」

最近、新一はいつも事件が終わった後で、自分に連絡を入れてくる。
それは、少し前に突然いなくなった時の事を反省しているからで……
もう、彼女に心配をかけるのは嫌だと思っている彼なりの心遣いからだ。

いつもより僅かに遅い連絡に不安を感じながら、
ならば疲れて帰ってくる新一のために部屋を温かくして、夕食を作ってあげようと考えた蘭は、
とりあえず、帰ってきたとき自分の気配に下手な警戒をさせないように、
そのアポをとろうと新一の携帯に電話を入れた。

出ないだろう事を予想して、予め留守番メッセージに入れる言葉を考えていた蘭だったが、
以外にも、彼はすぐに電話に出た。

「あっ、もしもし新一!?」
「おう……悪いな、連絡遅くなって。」

驚きながらも話し掛けた蘭だったが、帰ってきた声にどこか違和感を感じた。
首を捻りながら、「どうしたの?」と尋ねると、彼はとぼけた声で「あん?」と応えた。

「だから、声。……何か変だよ?」
「あ……あぁ。」

渋りながら応えを出したのを見ると、やはり何かあったのだろうか。
電話の向こうの新一の言葉を待つ。
数秒後に、観念したかのような溜め息をした彼は、蘭にそれを話した。

「ちょっと……な、犯人と乱闘になっちまって……」
「うん。」

犯人と乱闘という言葉に、どきっとして恐る恐る頷いた蘭。
そんな様子は電話ごしにも伝わってきて、新一は次に出すかっこ悪い事実を言うのに一瞬戸惑った。

「口ん中切っちまって……上手く声出せねえんだ。」
「えぇっ?何やってるのよ、もう〜。」

呆れたように声をあげた蘭だったが、怪我して病院にいると聞いて、慌ててそこへ向かった。
病院についた蘭は、心配な気持ちを必死で抑えて新一が治療を受けている部屋へ向かい、
そこで呑気にイスに座って笑顔で「よぉ。」と片手を挙げた新一に、拍子抜けしたと同時、
怒りが吹き上がってきた。

「馬鹿っっ!!!」

その大声に、思わず新一は顔を顰め、耳を塞いだ。

「蘭……そんな、お前が怒る事ねえだろ。」
「だって、人が心配してきてみたら……全然元気じゃないっ!!
大体、ここ病院よ!?よく携帯なんか使えたわね?」
「……しゃーねーだろ?大した事ねえってのに、警部達に心配されて病院無理矢理連れてこられたんだからよ。しかも、携帯にかけてきたのはお前だろ……一応、許可はとってあるよ。」

当たり前のように言った彼に、蘭は大仰に溜め息をついた。

「それで?怪我は?」

どうせ大した事ないのだろうけど…と、付け加えた蘭に苦笑しながら、
新一は先ほど治療を終えた腕を蘭の前に突き出した。

「ご名答。ただのかすり傷だよ。」

包帯が巻かれている腕に、蘭は一瞬心配そうな顔をしたが、
彼は何でもないかのように笑顔で言った。

「犯人が刃物持ってたから、もみ合った時に、ちょっとすぱっと切れちまってな。
大した事なかったんだけど、一応刃物で切れた傷だから2針縫って
こんな大げさな包帯巻かれただけだよ。」

実際、本当に大した事はないようで。
ただ、それでも片腕に怪我をしていては色々と不便だろうと思った蘭は、
彼と共に彼の家へ付き添った。





「昨日は上手く声が出せないほど酷かったんだから……
口の怪我に触れないように、スープ作ってあげたんでしょ?
ちゃんと栄養とれるように、たくさん具も入れたし……
その代わり、おかわりしたければたくさんあるから。」

そうは言われても、スープだけでこのなんとも言いがたい空腹が収まるものだろうか……
しかも、このスープから香るいかにも美味しそうな匂いが、余計腹の虫を鳴かす。

「でもよ〜、蘭〜……」

情けない声を出しながら、スープをすくい、それを飲んだ。
確かに……それはとても美味かった。
温かくて、具もスープと凄くあっていて。
傷に殆どしみる事もなく、それは喉を通っていった。

「……まぁ、今日は一日蘭と一緒にいられるし、いいんだけどよ。」
「もう……」

顔を赤くしながらそう言って俯いた蘭。
そう、この休みだけは完全に全ての用事がオフなのだ。
というのも、昨日の怪我のお陰で警部達は気を利かせて、
今日だけはゆっくり休まんでいてくれと言っていたし、
部活の試合が近いらしい平次と和葉が尋ねてくるはずもない……
けれど、どっちにしろ今日は…………
完全に、蘭と二人っきりになれる休日。

「なぁ蘭……折角、今日と明日暇なんだしよ……その、どっか二人で行かねえか?」

話を切り出した新一に、蘭の顔はとても明るくなった。

「本当っ!?」
「ああ。こんな日、滅多にないからな。
久しぶりに………ゆっくり……その…………あのよ………」





「ねぇ、新一………あのさ………」
「あん?」

蘭が赤面して俯きながら言った言葉に、新一は満面の笑みを浮かべて応えた。

「………私のこと、嵌めた?」
「何言ってんだよ、んなわけねえだろ。」

未だ赤面する蘭と、上機嫌な新一。
彼は、怪我をしていない方の腕で、くるくると先ほどフロントで受け取った鍵を回しながら、
蘭の先を歩いていた。
あまりにご機嫌なその態度に、蘭は赤い顔を上げ、声を張り上げた。

「だって、行く所は俺に任せろとか言って、取りあえず着替えだの洗面用具だの持たせて、
どこに連れてく気かと思ったらっ!!」



そう、話は数分前に遡る。



「温泉宿、『ゆめはな』へようこそいらっしゃいました。」

新一が用意した車に乗って、2時間弱。
車なんか運転できたと言う事にも驚いたが、それより更に驚いた事というのが………

ついた先で、着物に身を包んだ人、二〜三人に、その荷物を取られ、
そして、目に大きく映るその和風で綺麗な建築物の中に案内され、
入ってみれば、同じような着物を着た人達が一列に並び、一斉に頭を下げた。

蘭は驚いて新一を見たが、新一はご機嫌よろしく、諸々の手続きなどを進めていた。



「新一……まさかこんな温泉宿、昨日今日で予約できたとは言わせないわよ。」
「まぁ、細かい事は気にすんなって。」
「その傷、まさかわざととか言うんじゃないでしょうね……」
「んなわけねーだろ。」

新一は苦笑して応えた。
傷を負ったのは、もちろんわざとなんかじゃない。
ただ、傷はまぁ……ちょうどいい口実になったと言った所だろうか……
元々、連休は二人で温泉旅行に来るつもりだったのだ。

「そ、それに…………」

耳まで赤くなりながら、突然口調を変えた蘭に、新一は「あん?」とだけ返した。

「それに、二人っきりで………温泉旅行なんて………」

彼女の鼓動が、いつもよりも数倍早くなっている事に気付いているのかいないのか……
彼は全く平常な様子で、それに答えた。

「何言ってんだよ。温泉旅行なんて、何度も来てんじゃねえか。今更珍しくねえだろ。」

そりゃあ、幼馴染みなのだから、まだお互いにそれぞれの成長するべき所が成長していない頃……
つまり、出るところがまだちゃんと出ていない、女と男の体でもないまだ幼少時代は、
一緒に温泉旅行につれてこられたり……二人共覚えてはいなくとも、一緒に入った事もあったりする。
そして、新一の感覚としては、コナンの時蘭と一緒に温泉旅行に来て……
背中流しっこまでした仲だ。
今更、温泉旅館といっても慣れきったもののような感覚があるかも知れないが……
考えて欲しい。
二人は、あくまで高校生で……まだ長期でもない、週末の連休の一時なのだと言う事を。
高校生同士の男女二人っきり旅行する事に、それがいくら幼馴染みであろうとも
つまりそういう純粋な旅行以外の意味があると考えるのが、普通ではなかろうか。
ましてや、普通の旅行ではなく………温泉旅行なのだから。

「新一……怪我してるんだし、変なこと考えてない、よね?」
「あん?変な事ってどんな事だよ。」

本気で鈍さ本領発揮状態なのか、それともとぼけているのかわからないところが恐ろしい。
彼は、『変なこと』についての問いに、何事もないかのようにあっさりと返した。

「い、言わせないでよ!!そんな……私たち、高校生なんだからね?」
「ああ、そうだな。蘭は今が旬の花の女子高生……俺は、健全な男子高生だよな。」
「なっ………」

その言葉の裏に示す所の意味を直感で察知し、
言葉を詰まらせ、更に赤くなり俯いた蘭に、新一は苦笑した。
ちょっとからかいすぎただろうかと思いながら、その右手で軽く頬を掻いた。

「冗談だよ、冗談。温泉だって、男女別だし……
結婚前にお前に妙な事しようものなら、俺がおっちゃんに殺されちまうって。」

ほっとしつつ、『結婚前』という言葉に、彼女は再び紅く染まった。
そんな蘭の様子に、今度は真面目な柔らかい笑みを浮かべた彼。
優しく、俯く彼女の頬に手を添えた。
自分よりも、少し下にある彼女俯いたその顔を自分側に向ける……
コナンだった時は、到底叶わなかった行為。

「今回の旅行、別にそんな変な裏心はねえよ。
ただ、俺最近忙しかったから……お前になかなか構ってやれなかったから。
やっと元に戻って、やっと、お前とこうやって顔を向け合って話す事が出来て……
それなのに、ずっと結局一人にさせてて悪かったと思ってる。」
「しんいち……」

久しぶりに感じる上からの熱い視線に、更に鼓動は激しくなって……
彼が自分の元からいなくなって、ずっと辛くて苦しくて。
彼が帰って来てくれたとき、とてもとても嬉しかった。
けれど、中々あえない状況に、僅かながらも寂しさを感じていた。

「久しぶりに、二人で二日間……
誰にも邪魔されずに、ゆっくり過ごしたかったんだ。
お前もここんとこ、空手で忙しくて疲れてるだろ?
ゆっくり温泉に使って、疲れ癒せばいいじゃねえか……。」
「………だから、温泉旅行?」

驚きながら聞き返した彼女に、彼はゆっくりと頷いた。
そして、柔らかく微笑みを浮かべながら、彼女を自分の方へ引き寄せる。
突然、抱きしめられて彼の胸の中に入った蘭は、
何がなんだか分からずに、ただドキドキと鼓動を速めていた。

「俺は、よく『真実』って言葉使うけどよ……」

彼女の耳元で、ささやく。

「何をしてても、いつだってどんな時だって、俺は誰よりお前の事を想ってる……
これが、俺のたった一つの真実なんだよ。」

真剣な声に、蘭はその目を大きく見開かせた

「しん、いち………あの、それって……………」

考えてもいなかった。
彼が、自分の事を……つまり………

「それって、その………」

言いよどんだ蘭に、次の言葉が何かと言う事を素早く察知した新一は、
慌てて腕の中の蘭を放した。

「話は、部屋に戻ってからゆっくりとな。」

急に冷めた雰囲気で、部屋に向かって歩き出した新一に……
蘭は一層恥ずかしくなって頬を膨らませた。

「ちょっと!緊張させるだけさせといて、そんな中途半端に話切り止めないでよ!!」
「……だから、言ってんだろ。『続きは部屋でゆっくり』ってよ。」
「………え?」

それはつまり、話をそこで止めるというわけではなく……
一旦話を中断させて、場所を変えて続きから話し合おうという意味で。
それに気付いた蘭は、再びぼっと赤面した。

そんな蘭に、新一がもう一言だけ何でも無いことのように呟く。

「安心しろよ。今日明日はお前だけのためにとった……ずっと二人きりの時間なんだ。
途中でどっかいなくなったり逃げたりしねーからよ。」
「う……うん。」

振り向く事もせず、そっけない口調でそう言って、スタスタと先を歩く新一。
そんな彼の様子に、先ほどから彼のペースに乗せられてドキドキしっぱなしの自分に
微かに恥ずかしさを感じた蘭だったが、彼女は知らない。
そんなそっけない様子の彼の顔が、彼女以上に赤く染まっている事は。

「あ、やっぱり……同じ部屋、なんだ………」

新一に連れられて、部屋に入り蘭は呟いた。
そんなこと、考えるまでもなかったはずだ。
鍵は一つ。先ほどから新一がずっと持ってくるくるまわしていたのだから。

無論、嫌だったわけでも無い。
ただ、子供の頃ならいざ知らず……
高校生にもなった自分達が二人きり旅館の同じ部屋にというのは、
つまりお互いに下心がなかったとしても………それはつまり。

「何だよ、何か不満か?」
「う、ううん……新一と一緒なのは、嬉しいけど。」

どうしたというのだろう。
いつも、今日だって彼の家に泊まって、朝からご飯を作って。
そんなことをしていても何も感じなかったのに。

「何か、緊張するっていうか………あ、私だけだよね。こんなの。
新一は、別に私と二人きりで部屋で寝泊りしたって……緊張なんか……」
「するに決まってんだろ。」

すっぱりと言葉を遮られて、彼女は驚いた顔で彼を見つめた。
目の前の彼は、珍しくその顔を紅く染め……じっと彼女を見つめていた。

「………しん、いち?」
「何でも無いように見えたって……俺は………」

その眼差しに、思わず目がくらんだ。
戸惑いと、緊張と、それから……。
どうにも出来ない、熱い想いが彼女の胸でうなる。

「あ、顔赤いよ?風邪でも引いた?それとも怪我が………」

耐え切れなくて、誤魔化すように彼の額に手を触れたけれど……

「……ばーろ。」

彼はそのまま、先ほど廊下での出来事のようにその手を掴んで、
彼女を自分の胸の中へ引き寄せた。

「………ど、どうしたの?」

先ほどに引き続き、心臓が飛び出しそうになる。

「……顔が赤いのは、風邪引いたわけでも、怪我のせいでもねえよ。
お前とやっと……こうやって二人きりになれたから。
家じゃ、何か慣れすぎててムードでねえからな。」
「あの、新一……それって……」
「何度も、言いそびれたけど……俺、お前の事好きだから。
ガキの頃から、ずっと……好きだったから。」

ずっとずっと、言いたくて言えなかった言葉。
コナンだった時、哀によって一時的に新一の体を手にした時も……
『好きだ』という、そのたった三文字の言葉が言えなかった。
彼女の気持ちは知っているのに………とんだ卑怯者で、臆病者で。
元の身体に戻った今も……自分がコナンであった事は伝えたけれども、
その事については、何も言わなかった。

「新一、ずるいよ……私の気持ちだけ知ってて……今まで黙ってたなんて。」
「……ごめん。」
「………私も、好きだよ。新一の事……ずっと好きだったから。」
「分かってる。……今まで、待たせててごめん。」

二人は、数分の間ずっと抱きしめあっていた。
やっと、確認しあえたお互いの気持ちが、夢でも……幻でもないと、そう実感する為に。





「ねえ、新一……」
「あん?」

ここの部屋へ来て、二時間ほどの時間が経ち……
やっと緊張が完全に解け、くつろぎ始めた蘭は、隣でもうすでにくつろいでいる新一に言った。

「本当に久しぶりだよね。こんなの。」
「……二人で出かけるのがって事か?それとも、泊りがけの旅行がか?」
「ばか!両方よ。」

彼が穏やかに尋ねた問いに、彼女は微かに膨れて答えた。
他の誰でもない、彼と一緒に温泉旅行へ来て、二人きりで部屋でくつろいで。
しかも、ついさっき、お互いの想いを確認しあって。
つい少し前までは、彼がいないことに泣いていたというのに。
どれほど望んでも、彼は隣にいなかったというのに。
昔まで当たり前だと思っていた事は、実は当たり前ではなくて……本当に幸せなことで。
けれど、今また彼は当たり前のように隣にいる。
だから、今自分は何よりも……誰よりも幸せ。

「消えないで、ね。」
「あん?」

怪訝な顔で首を傾げ、彼女の表情を窺った新一に、蘭は苦笑した。

「ううん。新一が隣にいる今のこんな一時が、何か凄く幸せすぎて。
いつかまた消えちゃうんじゃないかなって、
もしかしたらこれは全部夢で……今にも目が覚めちゃうんじゃないかなって。」
「………蘭………」

自分を見つめる彼の目が、切なげなものになったのに気付いて、蘭は慌てて付け加えた。

「馬鹿みたいでしょ、私。
あなたがいない時ね、あなたが帰ってきて、いつも通りの日常が戻ってくる夢、たくさん見たの。
幸せだな〜って思った時に、いつも夢から覚めて、現実に引き戻されて。」
「………」

コナンの時、何度か夜中に寂しそうな顔をしている彼女を見たことがある。
何か言葉をかけたくても、それすら出来ない自分がもどかしくて仕方なかった。
蘭が欲しているのは、『工藤新一』なのだから。

「夢じゃないってのは、分かってるつもりなんだよ。
だって、夢がこんなに続くわけないもの。
新一が帰ってきてから、もう一ヶ月半も経ったんだもんね。」

けれど、不安なのだ。
夢ではないかと、どうしても疑ってしまうのだ。

「蘭……夢じゃねえよ。俺は、ここにいる。」

そう言いながら、彼は本日三度目になるが、彼女をきつめに抱きしめた。

「こうやって抱きしめて、俺の腕に収まってる感触は、夢じゃ感じられねえだろ。
夢では、本物のぬくもりなんか感じられるはずねえんだからな。」
「………でも………」
「俺は、もうどこにも行かない。ずっと、お前の隣にいる。
何があっても、誓うから……だから。
これからも、俺はほら……こんな性格だからよ。
事件が起きたらそこに向かうし、そのせいで蘭に寂しい思いもさせるかも知れないけど……
それでも、俺はできる限りお前との時間を大切にするし、何があっても必ずお前の元に戻るから。
だから、これからも俺の事信じてて待ってて欲しいんだ。
勝手な言い分って事は分かってるけど、でも……絶対に幸せにして見せるから。だから……」

声の単語単語に、真剣さがこもる。
いくらかすり傷だと言っても、そんなに力を込めたら、痛むだろうに。
自分をきつく抱きしめてくれる彼に……そんな彼の優しさとぬくもりに……
心の不安が取り除かれていくように感じた。

「絶対、だよ……?必ず、最後には私のところに帰ってきてね。」
「ああ。」

零れ落ちた涙は、不安や哀しみに生み出されたものではなく。
幸せの詰まった美しいものだった。
それが解っていたから、彼はそれを拭おうともせずに、彼女を抱きしめていた。

「ありがとう、新一………」

幸せだった。
彼の腕に包まれている、今この時が。
この幸せが、いつまでもいつまでも続きますように、と……心の中で何度も祈った。





暫くして、彼はようやく泣き止んだ彼女を腕から放し、優しい声で言った。

「蘭、折角温泉宿に来たんだからよ、ゆっくり入ってこようぜ。」
「え?もう??」

驚く彼女に、彼は少年のような笑みで答える。

「今の時間なら、ほぼ貸切状態だろうからよ。」

どうせ入るなら、二人きりの方がいいだろ、と言った彼に、
今度は彼女も動揺することはなく、幸せそうに頷いた。

「じゃあ、行こっか。新一……」
「ああ。」

二人は、手を取りながら、その宿の名物へと向かった。

「あ、そうそう……新一大丈夫?腕の怪我。一人で入れるの?」

心配そうな蘭の言葉に、新一は苦笑する。

「大丈夫だって。かすり傷だって何度も言ってんだろ。」
「でも………」
「それとも、一人で入るのが難しいって言ったら、お前も一緒に入ってくれんのか?」

悪戯っぽく笑った彼を、彼女は目を丸めて見つめた。
一緒に入る………一緒に、温泉に…………
コナンと一緒に背中流しっこをした時の事などが、鮮明に蘇る。
みるみるうちに紅くなってく彼女の顔を見て、彼は再び「にっ」と笑う。

「もうっ!!人が折角心配してるのに。新一の馬鹿っっ!」
「まぁ、今は俺もそこまで免疫ねえから……嬉しいけど遠慮しといてやるよ。」

どこか楽しそうな彼の様子に、蘭は大仰に溜め息をついて見せた。
ただ、それは怒ったわけでも呆れたわけでもなく。
今の幸せが溢れすぎて、ちょうど口から漏れ出したような……そんな意味のものだった。





二人は壁越しの会話を楽しみながら、その気持ちのいい湯に浸かり、日頃の疲れを癒した。
その後、食事中もとても幸せだった。
美味しい料理と共に過ごす、穏やかな、たった二人きりの時間。

「あ、そうだ……口の怪我平気なの?」
「ああ。朝のお前の作ったスープのお陰かな。もう何でもねえよ。」

心配して尋ねた蘭に、口いっぱいに頬張った料理を飲み込みながら、嬉しそうに笑う。
そんな彼の様子に、ほっとしつつもどこか寂しさを感じ、彼女は苦笑した。

「こんな豪華な料理と比べたら、あんなスープ美味しくないよね。」
「……ばーろー………」
切なげな言葉に、彼は箸を下ろし、真剣な眼差しを向けた。

「……こんな誰が作ったか解らねぇ料理なんかより、お前の作ったスープの方が美味かったよ。
他の誰でもない、お前が俺の事気遣って作ってくれたんだ。美味いに決まってんだろ。
他のどの高級料亭の料理よりも、俺はお前の手料理の方がずっと好きなんだよ……。」
「新一……」

とても、嬉しかった。
朝作ったスープ……「これだけかよ」と言いながら、
一つの鍋が空っぽになるまで飲み尽くしてくれた彼。
そんなに飲んだら、「これだけ」なんて言う量でもないだろうに……
文句を言いながらも、自分が作った料理を誰よりも美味しそうに食べてくれる彼。
改めて、そんな彼が大好きだと思った。

食事を終えて、再び温泉に入った二人。
温泉旅館らしく、卓球なんかもしながら………楽しい時間を過ごした。





夜……既に誰もが寝静まっているであろう時間………
新一は起き上がり、彼女の寝顔をじっと見つめた。
幸せそうに微笑みながら眠る彼女。
久しぶりに見た彼女の寝顔は、自分がコナンだった時に覗き見た悲しそうな雰囲気は全くなく。
これからまた新一が消えてしまうのではないか…と心配する不安なものでもなく。
とてもとても、満足げな、穏やかで幸せな寝顔だった。

やっと元の体に戻ったものの、忙しくて殆どゆっくり二人にはなれなかった自分と彼女。
そのせいか、最近また昔のような寂しそうな目で自分を見るようになった彼女。
安心させて、また幸せを取り戻して欲しかった。
やっと彼女の元へ帰った時に、自分に見せてくれたとびきりの笑顔が、
また周りを気遣っての演技なんかではなくて、自然に作れるように。

幸せそうなその寝息が、今日二人でここに来た事が間違いではなかったと教えてくれた。

「寂しい思いさせてて、ごめんな。これからもずっと……一緒にいような。」

小さく優しく呟いて、彼女のその唇に、自分のそれをゆっくりとかぶせた。
これからもずっと、何があっても、彼女と共に生きる。
彼女の笑顔が絶やされる事がないように、絶対に幸せにする………
そんな誓いを込めて、眠る彼女に、甘い甘いキスをした。





誰よりも愛してる。
何よりも温かくて、何よりも優しくて…………
俺にとってずっと昔から、この世でもっとも大切な存在だった、お前を。
誰よりも、誰よりも………深く深く、愛してる。
永遠に………





――――――永遠に………





明日もまた、笑顔とともに過ごす、二人だけの甘〜い休日。





〜完〜




〜〜あとがき〜〜

14120番リク、『新蘭二人の甘〜い休日』という事だったのですが……
出来上がって見れば、甘いんだか何なんだか微妙な話に……(滝汗っ)
やはり、甘いお話は作るのが苦手なようで……
何かね、間を繕うのが苦手みたいなのですよ。さらさら続いてくれなくて…><
ただ、ラブな新蘭はちょうど描きたかったので、時間だけは待たせずに終わってみたり。
最後、苦しいなぁ……(><)
眠る蘭ちゃんに真面目なキッスをする新ちゃんを書きたくて、
必死で間を繋げたのがまじまじと伝わってきてしまう……
温泉に入る部分は、書くのよそうかと思ったけど、温泉宿につれて来ちゃったくせに、
入らないで終わるのはどうかと思いまして……
いやね、何で腕と口怪我させちゃったかって……
腕はまぁついでというか、成り行きなのですが……
朧自身が口の中怪我してて……
食事するごとに食べてるものに当たったり、刺激物が妙にしみたり…
そんな時、ふっとそれなりに温かいスープ(熱いのは元々猫舌で無理だけど)飲みたいな……
とか思ったりして。そういう気遣いとか受けたら、多分幸せと温かさ感じるだろうと言う事で。
例によって、感想はいつでもお待ちしてますっ!!
リク下さったユエさん、こんなのしか出来なくてすみませんっ(>_<)
文句でもなんでも言ってやって下さいっ!!

リクエストくださったユエさんに限り、お持ち帰り&転載OKと致します。



H16.12.8  管理人@朧月