LOVE AND HAPPINESS





「私、どうせ元に戻っても…一人になるだけだから。」

「いや、一人になる事はねぇよ。組織はもう無い。…やっと自由になれたんだ。
だから、お前はお前の幸せを求めてみろよ。」

「私の…幸せ?」



あの日、彼が言った言葉を、ずっと考えていた。
私にとっての幸せとは、何だろうと。
今まで、ずっと…私の作った薬の所為で死んでしまった人に償う方法を探していた。
でも、彼は私も幸せになってもいいんだと、言ってくれたから……
ちょっとくらいは……いいのかしら?
お姉ちゃん…私も、幸せを求めていいのかしら?



朝、もう既に始業のチャイムが鳴り、
生徒達は教室のそれぞれのイスに座り、教師が来るのを待っていた。
そんな中、廊下に三人の足音が響く。
一人は、言うまでもなく、そのクラスの担任で…
そして、もう二人は………

2−Bと書かれた教室に、まず教師が入り…そして二人も後に続く。
二人が中に入ると、生徒達がざわついた。
そして、その中でも皆良く知っているだろう二人…
蘭は僅かに驚いた顔で、園子は驚きながらも、親友をどこか喜ばしい瞳で見つめた。
まず、教師のすぐ後ろから入ってきた彼は、
既に来なれた帝丹の制服を着込み、
教室全体を見回して、ふっと笑った。
そして、先生に何を言われるよりも前に、彼はその口を開いた。

「皆、久しぶりだな。色々あって、休学してたけど…
やっと今日から、完全に復学できる事になったから、改めて…。
工藤新一です。よろしくお願いします。」

そう言った彼は、軽く頭を下げ、
再び帰ってきた自分に歓迎の声をよこす皆を見て、
今度はいたずらっぽい顔で笑った。
そして、今度皆の視線は、隣でその様子を
クールに微笑みながら見つめていた少女に集中した。
その赤みがかった茶髪の少女は、教室中の男子達の熱い視線を浴び、
微かに微笑しながら言った。

「初めまして。私、宮野志保。よろしくね。」

元の身体に戻った時、新一に高校へ行く事を勧められた志保。
もちろん、帝丹という事は考えるまでもなく決定したのだが…
問題は学年だ。

志保の本来の年齢は、18歳…
高校だったら、普通三年の筈の年齢だ。
学力的にも、大学を出ていてもおかしくないくらいの知識と頭脳は持っている。
しかし、二年のクラスに編入するのだといったのは、他ならぬ彼女自身だった。
一つしか違わないのなら、馴染んでいる新一と同じ学年の方がいいと…
新一も、一人になるくらいなら、そうした方がいいといいだして、
学歴はFBIや警察の協力によって誤魔化して、結局このクラスに編入してきたというわけだ。

そして、席はというと…
新一の下からの知り合いだという事で、先生の計らいによって、新一の隣に座る事になる。

「…これが普通の高校なのね。楽しくなりそうだわ。」
「おめー、ちゃんと友達作る努力しろよ?歩美達みてーに皆が懐いてくるとは…」

呆れた顔で、志保に言った新一だったが、
チャイムと同時に周りを囲んだ男子連中に、目を丸くした。

「宮野さん、彼氏とか居る?」
「志保ちゃんって呼んでいい?」
「前はどこの学校に行ってたんだ?」

などなどと、質問攻めにあって、少々困った様子をちらつかせながらも、
クールに彼らの怒涛の質問を受け流している志保を見て、新一は苦笑した。
確かに、容姿はすげー綺麗だけどよ…
等と、心の中で呟きながら、軽く溜め息をついた。

「なぁ、工藤と宮野さんって、どういう関係なんだ?」

一人の男子生徒の言葉に、その場にいた全員(新一と志保を含めて)が沈黙した。
会話が聞こえていたのか、先程からこちらを見つめていた蘭と園子の表情が、
すっと変わって真剣なものになった。

しかし、改めて聞かれると、返答に困るものだ。
特に、身体が縮んでいたときに知り合って、
薬やら組織云々の付き合いだった志保と新一の関係など、
すぐに答えが出てくるような簡単な付き合いではない。

「えっと………」

俺が言葉を詰まらせていると、
先程一瞬だけ黙り込んだ志保が、すかさず、言った。

「さぁ?工藤君が失踪してた時に、私が彼に色々助けてもらった関係…かしら?」
「今日は何か素直じゃねえか?まぁ、俺も色々助けてもらったけどな。」

志保の言葉に、新一も答えた。
本人達にとっては、確かにそのとおりの関係なのだが…
答えた時の志保の意味深な笑みのせいか…
新一の慣れた態度のせいか…
志保と新一の浮気疑惑が、学校中にもちあがった。

『工藤には、毛利という正妻のほかに、美人の浮気相手の宮野がいる…』と。

とんでもない疑惑だが、それが蘭の心を揺らすには充分だった。
実際に、いつも四六時中一緒にいたはずの自分があったことがない…
美人な彼女といつの間にとても仲良く会話をする新一を見たら、
そんな会話にも、心を揺らされてしまうだろう…

ましてや、新一は自分に未だ何も言って来てはくれていないのだから…
別に、自分は新一の彼女でも何でもないのだから。

「だったら、どうして待っててくれなんて言ったのよ!!」

蘭は、空手の胴着を自室の壁に投げつけた。
家が同じ方向で、志保の家に用事があるからと言って、
一緒に帰ろうと言おうとした蘭に気付く事なく、行ってしまった新一。
彼女の瞳から、自然と涙が零れ落ちた。

「新一…ねぇ、私あなたのことずっと待ってたのよ。」

言われたとおりに、ずっと待っていたのに…
どうして、何も言ってくれないのだろう…と。
せめて、「ただいま」の一言でも言ってくれたなら…
せめて、どこで何をしていたのか説明してくれたなら…
この胸の中の不安も、僅かにでも治まるというのに…

「お帰りなさい、新一……」

新一が帰ってきたら、真っ先に言いたかった言葉。
今日一日、何の話も出来なくて、結局言えなかった言葉…
今、一人で、部屋の中で呟いた。



一方、当然新一とて蘭を無碍にしたかったわけではなかった。
ようやく復学して、この長い間の休学明けで学校に来て…
友達からはどつかれまくり、教師からは呼び出しの嵐…
そして、まだ学校に慣れてないだろう志保の案内。
色々な事がいっぺんに訪れて、蘭と話すに至らなかったのだ。
帰りは、ちょうど博士の家に用事があった事も重なって、
結局、一度も蘭とは話せなかった。

「ずっと、待たせてたくせに…な。」

ふぅ…と切なげに溜め息をついた彼の目の前に、
湯気が立ったコーヒーが差し出された。

「彼女のこと、考えてたの?」

志保が苦笑しながら、新一を見つめた。
いつだって、彼は彼女の事しか考えていなくて…
そばで、ずっと彼を見てきたから…
彼の彼女への想いを思い知らされてきたから…

「気持ち、早く伝えたらいいんじゃない?」

志保がそう言うと、新一は僅かに赤くなって、彼女に言った。

「伝えたくても…あいつとなかなか二人っきりになれねーんだよ。」
「…でも、早くしないと彼女誰かにとられるわよ?」

志保は警告のつもりで言ったんだけれど、
新一は何故かその可能性『だけ』は考えていないようで。
苦笑しながら、彼女に言った。

「ばーろ、蘭に限って…んな事ねーよ。」

よっぽど、自信があるのだろうか。
彼女が自分だけを愛してくれているという自信が。
志保は、僅かに俯き、考えた。
そして、次に口から出たのは、彼女らしくなく、どこか思いつめた声で…

「……でも、あなたが誰かに取られるって事もあるんじゃないかしら?」

志保の言葉に、新一は驚いて彼女を見つめた。
彼女は、ただ冷静な瞳で、彼をじっと見つめている。

「いや……俺は………」

困惑した様子の新一に、志保は更に真面目な顔で、彼に言った。

「噂に…なったみたいよ。私とあなたの事。」
「俺とお前が?」

それは、志保にとってはほんの僅かだけ嬉しいうわさで…
けれども、哀しい噂だった。
それが叶う事は、ないのだから。
新一が、自分に振り向いてくれる事など、ないのだから。

「なんとも、思わないの?」

志保は、新一に問う。
そう…真剣な顔で。
けれど、新一はいつも通りにどこか呆れた顔で返した。

「何を思えばいいんだよ?俺とお前は別に何でもねえだろ?」

当たり前のように言った彼に、顔には出さずとも内心ほんの僅かにむっとして。
志保は新一に言った。

「でも、蘭さんはそうは思わないんじゃないかしら?」
「大丈夫だろ?俺たち、別にそんな関係じゃねえんだし、
蘭だって後から話せば納得してくれるって。」

どうして、この人はここまで鈍いのだろうと…
志保は黙ったまま彼を見つめ、何事も無かったかのようにコーヒーをすすった。
心の中で、何処かもやもやとした気持ちが、広がっていた。

翌日、学校でも新一の態度は全く変わる事はなかった。
蘭に話そうとしているのは分かるが…
先生に呼ばれてはそっちへ向かい…
志保と自分の噂を聞いた生徒に囃し立てられれば
「ばーろ」などと言って、軽く受け流す。
志保は、その様子をどこか切なげに見つめた。

そんな態度をとる彼を見るたびに、胸が僅かに痛んだ。
彼は恐らく、自分が彼の事が好きだという事には、微塵も気付いてないのだろうと。
それでいい…前まで、そう思っていたはずなのだけど。

「新一、ちょっと…いい?」

新一に話し掛けたのは、蘭だった。
彼はほっとしたような顔で、「あぁ。」と答える。
柔らかい笑みを浮かべた彼を見て、ズキリと、胸の痛みが増した。

あの柔らかい笑みの先には自分はいない…
彼があの顔を見せるのは、彼女だけなのだ…と。

(…ばかね、私。分かりきってた事じゃない。)



蘭に呼ばれて、ようやく二人っきりになる事を果たした新一は、
蘭と二人で屋上の風に吹かれていた。

「ねぇ、新一……」

蘭がその長い髪を風に揺らせながら、彼に言った。
その切なげに揺れる瞳は、隣の彼を映したまま動かない。
新一がずっと昔から見てきて知っていた筈のその瞳は、
昔と変わらず純粋なままではあったが、昔よりも数段大人びていた。
そんな蘭に戸惑いながらも、新一は「何だよ?」と柔らかく返した。

「あのね、私…まだ何も聞いてないんだけど。」
「話すよ。ちゃんと……俺が居なくなってた間何処で何やってたかだろ?」

新一は苦笑して彼女に言った。
しかし、彼女は首を振る。

「あなたが、もう何処にも行かないって言ってくれないと、不安なの。」

今にも泣き出しそうな瞳で、彼女は新一に言った。
新一は、一瞬困惑した顔で蘭を見つめ、そしてふっと微笑んだ。

「いかねえよ…どこにも。」
「でも、私…まだあなたから何も聞いてないのよ!!」

蘭はわずかに声のボリュームをあげた。
新一は怪訝に彼女を見つめた。

「…今どこにもいかねえって言っただろ?」
「違うの。私……ずっと待ってたから、だから新一に言って欲しかったの。
『ただいま』って、たった一言……」

新一は、目を見開かせた。
そして何かを言おうと口を開くのだが、彼女はその前に声を上げた。

「志保さんの、事だって!!」
「……え?志保って…」

新一は驚いた顔で蘭を見つめた。
蘭は、新一をきっと睨みながら、言った。

「志保さんと…ずっと一緒にいたんでしょ?
あんな仲良くなるほど…いつも一緒に!!
二人でお互いに助け合ってたんでしょ?」
「おい、蘭…お前まさか志保の事…」
「……………」

黙り込んだ蘭に、新一は眉をしかめた。
傍から見れば、自分と志保は蘭からもそう言う風に見えてしまうのだろうか…
帰ってきてから、確かに蘭よりも志保に付き合ってばかりいた。
転校生で、まだ学校の事も慣れていなかったし、
色々教えてやるのは、元から知り合いだった自分の義務だと思ってたんだ。
蘭は、何も言っていなくても、待っていてくれると思っていたんだ。

「蘭、俺は……」

何か言おうと顔を上げた新一だったが、
チャイムの音に遮られて、結局何も言えなかった。
お互い僅かに気まずさを残して、教室に戻る。
二人一緒に少し遅れて教室に戻って来たのを見て、
志保は切なげに目を細めた。

しかし、新一が隣の席に座るなり、彼女は何時ものようにクールに微笑んだ。

「彼女に、告白でもしたの?」

自分にとってはなんでもない事のように振舞って、彼に尋ねる。
すると、新一は当然の事ながら首を横に振った。

「その逆だよ…蘭の奴、誤解してたみたいなんだ。」
「……何を?」

新一は志保を見つめ、そして苦笑しながら彼女に言った。

「俺たち…ってさ、そんなに恋人同士に見えるか?」

その問いに、僅かに頬を染めた彼女が、問い返す。

「…『俺たち』って、誰と誰が?」
「俺とお前だよ。別にお互いそういう付き合いじゃないのにな。」

志保は、辛そうに目を伏せた。
お互い、そういう……付き合いじゃない……
お互いに、そういう気持ちは全くない……
どうして…彼はこれほどまでにも鈍いのだろう。
言わなければ、何も変わらない……
彼と彼女を近くで見るていることが、これほど辛い事だとは思わなかった。
もし、『言う』事によって、何かが解決するならば……

「……工藤君、言ってたわよね?」

どこか深刻げに言った志保に、新一は首を傾げた。
志保は、そんな彼を真剣に見詰めて、再び口を開く。

「私も、私の幸せを求めていいんだって、言ってくれたわよね?」
「あ、あぁ……」

真剣な志保におされながら、新一は答えた。
志保は、前で授業を進めている教師を一瞥し、
自分達が全く授業を聞いていない事に気付いて居ない事を確認した後、
新一に言った。

「私……ちょっと話があるんだけど、今日の放課後…いいかしら?」
「あ…でも今日は……」

今日の放課後こそは、蘭と一緒に居なければいけない気がした。
今日の帰り、全てを話してやろうと思っていたのだ。
困ったような顔をした新一に、志保は真剣な眼差しのまま言った。

「何か、用事でもあるの?」
「あ、いや…用事っていうか、蘭に………」
「……お願いだから、今日は私に時間くれないかしら?」

尚も変わらず真剣な表情の志保に、断りの言葉がいえなくて…
新一は了承した。

「あ、あぁ。まぁお前がそこまで言うの珍しいからな…」

よっぽどの用事何だろ?と微笑んだ彼に、志保は頷いた。
そう…志保にとっては、とても大切な用事で……

帰りのHRが終わると、すぐに新一と志保は教室を出た。

「で?何だよ、話って…?」

帰り道、新一がいつまでも本題に入ろうとしない志保に言った。

「私、ずっとこの事は黙っておこうと思ってたんだけど…」

志保は、俯いた顔を上げて、新一を見つめた。
何時もと違う彼女の様子に、戸惑いながらも、新一は続きを促した。

「言わなきゃ、伝わらない事もあるんだって分かったから……
私の幸せを求めていいって…工藤君言ってくれたから……」
「ああ……」

さわさわと、風が二人の髪を揺らす。
彼女の顔が僅かに赤く見えるのは、夕焼けの所為か…それとも……

「私、灰原哀だった頃から…ずっと、あなたの事が好きだったのよ。」

新一は、その眼を大きく見開かせて、志保を見つめ返す。

「お前………」

何度も、新一の頭の中で、彼女の言葉の意味を再確認させられた。
彼女は、真剣な眼差しのまま新一を見つめる。

「知られないで終わるなら…それでいいと思ってた。
あなたには既に好きな幼馴染みの彼女がいて…
私の気持ちなんか、叶う筈なかったもの……」
「志保……お前本気で?」
「あなたが、私はもう自由なんだって…私の幸せを求めていいんだって…
そう言ってくれた時から、ずっと考えてたの。…私の幸せって、何だろうって。
今まで、一度もそんな事考えた事が無かったから、
突然色んなことが浮かんできて、迷ったわ。」

自分の幸せっていうのは、何だろうと……
ああなれば幸せ、こうなれば幸せと色々いう人がいるけれど…
でも、本当の幸せを見つけるのは、それほど簡単な事でもなく……
灰原哀になって、たくさんの友達が出来て、更に自由を手にいれた事は、
彼女にとってそれだけで幸せだった。

「何も言わないまま…あなたとずっと……
ずっとこのままの関係でいられる事が幸せだとも思ったわ。
でも、色々噂されて…あなたは全くそんな事は関係ないようで……
ずっと辛かった……」

ずっと…ずっと……
気付いてももらえないこの想いは、けれど膨れ上がるばかりで…

「あなたが彼女を好きなのは知ってる……
けど、何もしないまま諦める事は、出来なかったのよ。」

昔の自分と比べて、随分変わったと思う。
幸せを見つけてしまったから…
人間は、どこまでも貪欲な生き物だから……
これ以上、孤独は嫌だから……
今の自分は、昔より嫌いじゃない。

志保は、新一の顔に向けてすっと手を伸ばし…
彼の頬に軽くその唇を押し付けた。

新一の瞳がまた大きく見開かれる。

「口にするのは、やめておくわ。
でも、それが私の気持ちだから。………じゃあ。」

呆然とする新一をその場に置き去りにして、志保はすたすたと帰っていった。
伝えてしまった……
ようやく、自分の気持ちをわかってもらえた……
複雑な思いが彼女の中で渦巻き、頬を染めた彼女は段々と早歩きになる。
自分が最後にした行為が思い出されて……
なんだか段々恥ずかしくなってきて、その場から早く離れたかった。
阿笠邸に帰るなり、いつもと違って真っ赤な顔をした志保を、博士は心配したが…
志保は「ただいま。」とだけ短く言って、早歩きのまま自分の部屋へ向かった。
博士が、用意してくれた部屋……
ずっとここに住んでくれと言ってくれた。
その部屋の戸を後ろ手に締め、先程からうるさい鼓動を静めようと、
その胸に手をあてた。



「明日、どんな顔して工藤君に会えばいいのよ?」

後悔しているわけではない……
むしろ、言った事でどこか気分がすっきりしたのも事実だ。
けれど……

その日は、中々寝付けなかった。

翌日学校へ行くと、志保の元に園子がやって来た。

「ねぇ、宮野さん…悪いんだけど、ちょっと時間くれない?」

どこか怒った顔で、志保にそう言った園子…
その様子と、今の状況からして、大体の用件は容易に想像出来た。
志保は、園子に言われるがまま廊下へ出て行った。
あまり人のいない所に志保を連れて来た園子は、彼女に尋ねた。

「宮野さんって…新一君と、どういう関係なの?」

本来ならば、新一が帰ってきて、
蘭はしばらくの間新一と一緒にいる幸せを独り占めするはずだった。
けれど、行きも帰りも新一の隣にいるのは志保で…
妙な噂まで立っていて……
そして、蘭は新一が帰ってきたと言うのに浮かない顔をしている。
親友として、黙って見てはいられなかったのだ。
しかし、志保はクールな顔で言った。

「さぁ…?どういう関係だと思う?」

自分自身、新一とどんな関係かと聞かれても、少し困ってしまう。
けれど、自分が勝手に片思いしてるだけだ…とは言えなかった。
そうしたら、その時点で…負けを認めた事になるから。

園子は、きっと哀を見て、彼女に言った。

「どういう関係でもいいわよ!新一君が蘭以外の女に惚れちゃうわけないんだし…
ただ、新一君には蘭っていう昔からの公認カップルがいるんだから…
二人の邪魔しないで。」
「…昔からの仲だって事は知ってるわ。でも…二人共まだ付き合ってないじゃない。」

どんなに二人の絆が深くても…
まだお互いに何も言ってないのだ。
だったら、自分が入っても、悪い事など無いだろう……

「付き合って無くても…新一君と蘭はっっ!!」

園子は僅かに声を荒げた。
あの二人を…ずっと見てきた。
いつもお互いの事を思いあっている蘭と新一を見るのが好きだった。
それが、突然出て来た転校生が新一を蘭から独占している…
そんなのは、どうしても許せなかった。
二人がそこで言い合っていると、蘭もその場に現れた。

「あ、園子と……宮野さん、二人でどうしたの?」

志保を見て一瞬顔色を変えた蘭だったが、すぐにまた元に戻す。
園子は、心配そうな顔で蘭に言った。

「蘭、新一君と…話せた?」
「ううん、まだ。新一、忙しいみたいだから。」

蘭はちらりと志保に視線を送り、答えた。
一瞬迷った顔で視線をうろつかせ、志保に言った。

「宮野さん…最近、新一と仲いいよね?」

志保は、少し考えて頷いた。

「えぇ。家も近いし…いつも工藤君送ってくれてるから。」
「そう……」

どことなく重い雰囲気と緊張感に、園子は唾を飲んだ。
蘭は、何とか会話をつなげようと努力する。

「宮野さん、新一と変な噂立てられてるみたいだけど…
嫌じゃないの?」

遠まわしに、新一の事をどう思っているのか聞いた蘭だったが…
志保は以外にもあっさりと答えた。

「私、工藤君の事好きだから。」

その瞬間に、その場の空気は一気にずしっと重くなった。
蘭の心は、ぐらぐらと揺らされた。

「昨日、彼に告白して…キスして帰ったわ。」



「よぉ、工藤…お前宮野さんと毛利どっちとるんだ?」

新一は、教室で質問攻めになっていた。
どっちをとると言われても……答えるわけにはいかない。

「ばーろ。別にどっちも……」

そんなことを言って、質問してくる連中を何とか誤魔化していた。
チャイムが鳴ると、険悪な雰囲気の女子三人が教室に入って来た。
蘭と、志保と、園子。
どういう組み合わせだろうと思いながらも、
何となく話の内容が読めてしまう事が嫌だった。
志保は、新一の隣に座り、彼に言った。

「工藤君…今日も一緒に帰れるかしら?」

新一は、昨日の事を思い出し、頬を赤らめる。
その様子を、蘭は恐ろしい顔で見つめていた。
まさに、板ばさみの状態…
蘭はとても機嫌を損ねているし…志保に幸せを求めろといったのも自分。
引き攣った顔で笑みを浮かべながら、新一は志保に言った。

「いや…でも今日は……」
「……昨日の返事、聞かせてくれないの?」

どこか憂えた表情の志保に、新一は完全におされていた。

「あの事だったら……」

言いかけた新一は、授業を全く聞いていないという理由で
教師に注意されて、「後でな。」とだけ告げて話を終わらせた。

しかし、授業終了後…蘭と志保と新一の修羅場がやって来るとは、
この時彼が予期できただろうか。

「ねぇ、新一…今日は一緒に帰ってくれるわよね?」

チャイムが鳴ると同時に、新一の机の前に現れた蘭。
開口早々、迫力のある声で新一に言った。
新一は、そんな蘭に怯えながらも答えた。

「あ、あぁ…」

しかし、隣にいた志保も負けじと会話に入ってくる。

「工藤君…さっき私と約束したわよね?」
「え?あ…いや」
「昨日の返事…して欲しいんだけど。」

切なげな表情で、志保は新一に言った。
しかし、目の前でそんな会話が繰り広げられてしまっては、
蘭も黙ってはいられない。

「昨日の返事って、何の事?新一…」

低い声で、蘭は新一に詰め寄った。
言いよどんでいる新一を見て、志保が代わりに言った。
「言ったでしょ?昨日工藤君に告白したの。その返事よ。」
「で、新一なんて答えるつもりなの?」

やはり恐ろしい顔で、新一に視線を送った蘭。
口元だけが、不自然に微笑んでいる。

「いや…まだ。」

新一が小さな声で答えると、蘭はすかさず彼に言った。

「今、ここで返事してあげたらいいんじゃないかしら?
告白の返事、いつまでも待たせたら可哀相よ…?」

新一の頬を、冷や汗がつたう。
蘭がいったん怒ると凄い迫力なのだ。

「あ…ええと………」

教室の中…生徒達の視線は自分に向かっている。
こんな所で、断わるにしてもどう断われと言うのだろうか…
新一は、困り果てていた。
そんな時、志保は言った。

「いいわよ、そんなに1分を争わなくても。
こんな所じゃ、言いにくいでしょうし…ね。」
「でも、やっぱりそう言う事ははっきりさせておいた方がいいんじゃない?」

蘭は、授業終了してから初めて志保に向けて言った。
新一は、何故か微妙な雰囲気の二人に、遠慮した声で言った。

「だったら、三人で帰った方がいいんじゃないか?」

同時に、志保と蘭のきつい視線が、新一に向いた。

「どうしてわざわざ毛利さんの前で返事聞かなきゃいけないのかしら?」
「私の目の前で、宮野さんの告白に答えるの?」

「いや、でも…その方が楽に解決するんじゃないかなって思ってよ…」

新一としては、とりあえず今の状況から抜け出したかった。
故に言った言葉なのだが…その言葉が蘭の怒りに火をつける。

「楽に…?つまり、新一は面倒だから纏めた方が楽でいいって言いたいの?」
「あ、いや…そう言うわけじゃねえけどよ……」

困り果てた新一だったが、その顔は、次第に決意のものへと変わる。
彼は、ちらりと志保を見て、言った。

「俺…志保の事は大切だと思ってるよ。」
「……え?」

志保は、驚いた顔で目を見開かせた。
蘭はどこかショックを受けた顔で二人を見つめた。
それは、そこにいる誰にとっても、予想外の言葉だった。
新一は、続ける。

「志保の事は、大切だし…本当に幸せになって欲しいと思う。
……でも俺は、俺が子供の頃からずっと手に入れたいと思ってたのは、蘭なんだ。」

今度は、蘭の瞳が大きく見開かれる。
蘭は、新一をじっと見つめた。

「志保の事は、本当に大好きだから…これからもずっと仲良くしたいと思ってる。
それでも、ずっと待っててくれた蘭から、気持ちが離れる事はなかったんだ。
昔も、今も…俺は……」

蘭は頬を赤く染めながら、その告白を聞いていた。
新一が必死で言葉を選んでいる様子を、志保はただじっと見つめていた。

「志保…お前も俺にとって、蘭とは違った意味でかけがえの無い存在なんだ。
でも、でも俺は……」

言いかけて、志保の顔が目に映り…
新一は言葉を止めた。
泣いていたわけではなく、怒っていたわけでも当然なく……
どういうわけか、彼女は微笑んでいた。
とても…とても優しい顔で。

「志保…?」
「もう、いいわよ。あなたらしくて、いいんじゃないかしら?」

首を傾げた新一に、志保は再び微笑みかける。

「あなた達…見ててとてもじれったかったわよ。
工藤君の気持ちは、告白する前もした後も、ちゃんと分かっていたもの。」
「…だったら、どうして………」

蘭も、驚いていた。
志保はそんな蘭にクールに言った。

「さぁ、どうしてかしら?」

クスリと笑って、志保は再び新一を見て言った。

「工藤君、よかったわね…やっと彼女に自分の気持ち言えたじゃない。」
「志保…お前まさか………」

新一は驚いた顔で志保を見つめ、考えこんだ。
まさか、いつまでも蘭にはっきりとした事をいえない自分のために、
わざと色々と手の込んだ事をしてくれたのだろうか……

「宮野さん…もしかして私達のために??」

新一を、好きなフリをして、背中を押してくれた……?
蘭はそう思い、志保を見つめる。
志保はそんな蘭にクスっと微笑み、耳打ちした。

『工藤君を好きっていうのは、嘘じゃないわよ。私が彼にキスしたって話もね。』

「なっ……」

途端に、蘭の顔が真っ赤に染まる。
志保は、彼女特有のシニカルな笑みを口元に浮かべた。

工藤君の返事なんか、最初から分かってたわよ。
だって、彼がコナンだった時、彼の彼女への想いは嫌でも伝わってきたんだから。
だから、今は身を引いてあげるけど…
工藤君の事、諦めたわけじゃないのよ……
ちょっとでも隙があったら、奪い取ってみせるわよ。
これからも、私は私の幸せを…ずっと求めていくから。



やっと戻って来たそれぞれの学校生活の中で…
志保と蘭の、たった一人の男を巡る争いが、幕を下ろすのはいつの日か…


―The end...―

〜〜あとがきと言う名の言い訳(汗っ)

ちょっと待てぃ!!!(怒)
こちら、100番を踏まれた稼頭矢様にリクいただいた、お話(何故か挿絵付き)…
リクエストは確か『蘭ちゃんと志保さんによる新一争奪戦』だった筈(汗っ)
ちょっと待て、どの辺が争奪戦だ??
これだけ長い間待たせといて…リクエストとずれてるじゃあねえか(=_=;;;;
何かね、どうしても志保ちゃんが蘭から新一を争奪しようとする様が
全然イメージつかなくて……結局こうなっちゃった(汗っ)
そして、話は堂々巡り…
ジェラシーな蘭ちゃんと、自分の気持ちようやく伝えた哀ちゃんが…
いつ新一を争奪したよ??
最後にちょびっとそれっぽい所が入ってなくもないが……(滝汗っ)
しかも、志保さん人格変わってねえか?
あぁ、もう……本当にすみませんっっ(汗っ)
散々待たせておいてこんなお話ですが、リクエストいただいた稼頭矢お兄様に限り…
よろしければお持ち帰り&サイトアップはご自由に。