Clover〜幼き日の約束と〜






 さわやかで気持ちのよい青が続く爽やかな天候だった。地面では、草地の緑と土の茶が入り混じる。心地よい程自然の反映されたその場所の上には、アスレチックなどの遊具がたくさん置かれている。
 そんな綺麗な景色の中に居る少年は、前でふわふわ揺れる髪を、必死で追いかけていた。


「らーん! 待てよ」
「べーっだ! わたしのことつかまえたらみとめてあげてもいいわよ、たんていさん!」

 少年に向けて、ぺろりと小さな赤い舌を出した彼女は、顔いっぱいの筋肉をほころばせ、走っている
。彼女は天性のやんちゃぶりを発揮しながら、アスレチックの綱の上や渡り丸太の下を逃げ回る。身軽なのは、生まれ持った彼女の特技だ。 難しい動きはお手の物。幼稚園の先生にまで呆れられるそのアクティブな動きは、調子付かせるとやっかいな事この上ない。
 ただし、それは彼女だけではない。

「っにゃろ……!」

 彼女の一言に、少年はついに本気になった。歯を食いしばると、標的である彼女をその目にしっかりとロックオンさせる。
 彼女の動きと後姿を捉えると、少年は驚くべきスピードとバランス感覚で網をくぐり、丸太を渡り、遊具から今や抜け出た彼女を、後ろから両手でがっしりと捕まえた。

「きゃっ」
「ほら、見ろ。つかまえた!」

 小さく声をあげた彼女を、彼は満足げに押さえつけた。じたばたと動いて逃げようとする彼女を、これでもかという程にぎゅっと抱きしめてみせる。
 頬を膨らませて幾ら抵抗されても、がっちり抱きこんだ彼女に逃げられる事はありえない。

「……も〜っ! またまけた!」

 やっと体の力を抜いた彼女の大きな瞳には、悔しげな涙がうっすら滲んでいた。自分同様、彼女もまた負けず嫌いだと知りながらも、彼はわざとらしく勝ち誇り歯を見せて笑う。

「しんいちの、いじわる!」

 へへへっと、ついつい零れる悪戯っぽい笑み。

「これで、またおれの勝ちだ! こんど勝負いどむときは、もっと速くなってからにしろよ!」
「……わたしがおそいんじゃなくて、しんいちがはやすぎるだけだもん!」

 そう言った彼女の身体を解放してやると、彼女は膨れたまま一歩進んだ芝生に腰掛けた。それを見た少年もまた、彼女の隣に座る。

「だいたい、しんいちはずるいよ! なにやってもできちゃうんだもん。」
「探偵は、なんでもできないとだめなんだよ!」

 追いかけっこに負けた方が、その日のおやつを上げる約束……それを言い出したのは、蘭の方だった。ついこの間クラスでやった三十メートル徒競走で、彼に完膚なきまでに負かされたのがそもそもの始まりだった。
 半ばムキな彼女に勝負を突きつけられたが、彼は今の所負けなしの十連勝だ。そろそろ、諦めがついてもいい頃ではあるが。

 草むらで、息と整えながら二人並んで座っている。走った後は、たまに吹く風が気持ちいい。
 青く澄み切った空を眺めながら、小さく息をついた彼女を、新一は横目で見つめた。

 彼女が何を考えて勝てる筈のない勝負を何度も挑んでくるのかは知らないが、彼女と一緒になれる口実だ。妙に照れ屋な部分があるのは、自分自身知っている。だから、こうして楽しく真剣な追いかけっこをしている時間は凄く嬉しいのだ。

 明日もあさっても、誘ってくればいい。その度に、また負かせてやろう。そして、ムキになっている彼女は、また勝手に誘ってくるだろう。
 彼女が向けてくる視線には気づいていたけれど、知らないフリして地面に目をやった。……すると。そこにあったものに、自然とにやけ笑いが浮かぶ。ごそごそと手で周りの草を払って、そっとそれを摘み取った。ちらりと横を見ると、彼女はふくれっ面でいつの間にそっぽを向いている。
 ふぅ、と溜め息一つして立ち上がり、彼女の目の前にそれを差し出した。見る見る、彼女の顔が不機嫌なものからきらきらと輝いてゆく。

「しんいち、これって!」
「ああ、四葉のクローバー。しあわせのはっぱだよ。らんにやる!」

 そう。青々と美しい四枚の葉をつけた、綺麗な四葉のクローバーだ。

「ほんと!? わーい!」

 嬉しそうに受け取って、それをまじまじ見つめる様は、とても可愛らしかった。 手の中で、四枚の葉が風に揺られながら緑に輝いている。一瞬、どきっとした彼は、少しだけ目を泳がせた。

「それで、あのな。それやるから……大きくなったら”けっこん”しよう。」

 きょとんと丸くなった目が、しばらく彼をじっと見つめていた。少しずつ、その頬をピンク色に染めてゆく彼女が、またなんとも可愛らしくて、胸が高鳴る。

「しんいち、おませさんだね!」
「うっせー! どうなんだよ。いやなのか?」

 むっつりと頬を膨らませて、彼女を半目で睨んでやる。まだ、顔が熱い。多分今、顔中が真っ赤になってるだろう。彼女は、にっこりと、その顔いっぱいに笑顔を浮かべた。

「ううん。すっごいうれしい!! やくそくだよ、しんいち」
「あ、ああ……」

 突き出された小指を、彼はそっと自分のそれに絡めた。


「大きくなったら、”けっこん”しよう」






激短……(笑)
当初の予定では、これが始めとなって、今のコ蘭⇒新蘭に発展させようとしたのです(><)
合同企画へのプレゼント作品でした。