ねぇ、新一。
あたしね、・・・新一を信じて待っててよかったと思うんだ。
だって、だってね・・・。


TRUST



「ねぇ、蘭。今日は新一くんとデートなんでしょ?」

学校の昼休み。コンビニで今日の昼食を選んでいた蘭の横で、親友の園子が訊ねた。
その問いかけに一瞬彼女は小さく「えっ!?」という声を上げると、手を伸ばしていた
ハムサンドをぽとりと床に落としてしまう。
ああ、もう何やってんのよ、園子は愚痴りながらも蘭の手の平の上に乗せてやった。

「で、デートだなんて・・・そんなんじゃないわよ。ただ、食事を一緒に食べに行くだけ」
「ふぅん、ホントにそれだけ?」

園子は冷やかすように、その大きな目で蘭の顔を覗き込んだ。

「それだけって・・・・・それだけに決まってるでしょ!?」

蘭は顔を真っ赤にして、大声で言った。
その声の大きさにコンビニにいた店員や、同じように昼食を買いに来たOLや工事現場の
作業員たちにじろじろと見られるのに気づくと、さらに蘭は顔を赤らめ、体をぎゅっと縮こめた。

「・・・だいたい、どうして園子、突然そんなことを言い出したのよ。
なんでそんなこと訊くの?新一の話なんて私、一つもしてないよ」

周りを憚って眉をひそめ、小声で園子を睨めば、彼女はその視線の攻撃にも
なんともせず、だってねぇ、と口元を嬉しそうに緩めた。

「だって蘭。あんたがそんなつもりなくてもさ、みーんなその顔に出てるんだよね。
授業中、一人ケータイ見てにやにやしてたじゃない。あんな幸せそうな顔してるんだもん、
それ以外考えられないよ。・・・だけど時代は変わったもんよね、ダンナがいないときには
2人分のノートを必死で取ってたあんたがさ。・・・あーあ、あたしはあんたをそんな不良娘に育てた憶えはないよ」

園子は大袈裟にため息を吐いて見せてから、ちろり、と上目遣いに親友の顔を見た。
蘭は思わず頬をぷっと膨らませる。

「けど、もう2人分なんて取る必要がないじゃない。いつでもアイツが帰ってこれるんだから。
今日がたまたま事件に呼ばれただけで」

そう、いつでもアイツが帰ってくる。
私の元に。
それが今の私にとってこの上なく幸せ。
彼が笑って私の名前を呼ぶだけで、幸せになれる。
彼のことを考えるだけで、にやにやせずにいられないよ。
ただいま、って言って私を抱きしめたあの温もり、あの力強さ、今でもこの体に焼き付いてるんだから。
・・・そんなの恥ずかしくって園子には言えないけど・・・。

「まあ、別に蘭がいいならいいけど。あんまケータイばかり見てると、先生に取り上げられちゃうからね。
これ、経験者の忠告だから、しっかり聞いといたほうがいいよ?」

園子は軽くウインクして見せてから、また目線を弁当やサンドイッチの棚に戻した。
それから何にしようかな、と呟きながら細い指先を動かしていく。
そんな彼女の様子に、蘭は思わずふっと微笑した。

蘭がその場所にたどり着いたのは7時を2分ほど過ぎたころだった。
7時30分に待ち合わせだったのに、急かす気持ちを抑えることができずに家を出てしまったのだ。
けれどもそこに辿りついた時には既に彼が待っていて。
そんな彼も、蘭の姿を認めたときには少し驚いたような顔をした。

「・・・何だ、早ぇな。・・・時間間違えたんじゃねーか」
「な、何よ。新一こそ、ヒトのこと言ってられないじゃない」
「バーロ、だぁれが間違えっかよ。俺が、オメーと予定が合う日を決めたんじゃねーか。
久しぶりに蘭と落ち着いて飯が食えるように、って・・・」

彼は苦笑いして蘭に言葉を返すと、その後、急に黙り込み、視線を真っ直ぐ前に向けた。
ちょっと無口になる彼に、蘭は思わず小首をかしげる。

「・・・んじゃまだちょっと時間あっから、腹ごなしにそこらへんぶらぶらすっか」

彼は突然そう言うと、彼女が元来た場所に向かって歩き出す。
蘭は思わず早足でその後ろ姿を追った。

どうしたのだろう、彼が帰ってきて初めて2人でどこかに行こうとしているのに。
この胸騒ぎは何だろう。
ざわざわ胸が騒いでいる。

ねぇ、新一。
何か言って。
あのときみたいに私を抱きしめて。

遠くなっていく彼の背中を見つめ、胸の軋む音を彼女は体で感じていた。
いったん彼の温もりを憶えてしまえば、痛いくらいきつく抱きしめた、あの腕の力強さを憶えてしまえば、
泣きそうな声で、表情でただいま、と呟いた彼の言葉を聞いてしまえば、もう二度と彼のことを忘れられなくなる。
彼しか見ることができなくなる。
なのに。
いつも以上に普通な彼に、どこか切ない。
自分だけが空回りしているようで。
あの日のことが全て嘘だったみたいで。
心が痛い。

「・・・蘭、どうしたんだ?」

彼は突然立ち止まり、ふいっと振り返ると、怪訝そうに蘭を見つめた。
それからあわてて蘭に駆け寄ると、彼女の額にそっと手を当てた。

「ちょっ、新一・・・」
「ふむ。・・・とりあえずは熱はないみてえだな」
「ふ、ふむって・・・」

その瞬間、蘭はよく熟した紅玉りんごのように顔を真っ赤にする。
彼の手のごつごつとした温もりが額いっぱいに感じ取ることができる。
小さい頃から彼はこうして熱を測っていた。
それでもなかなか慣れないのは自分だけなのだろうか。

ねぇ、新一。
あなたのその行動の所為で私の熱が上がるってことも一度だけじゃないんだよ。
・・・あなたはそんなこと少しも気づいてはいないだろうけど。
だってきっと、あなたが私にするそれは全て、他の女の子にもしている当たり前のことなんだろうから。

「疲れてたのか?・・・そういや今度模擬テストがあるって言ってたっけ・・・。
オメー、また徹夜でもしてたんだろ。家事とかいろいろ大変なんだから、無理すんなよな」

彼はようやく手を離すと心配そうに蘭の顔を覗き込んだ。

「また、って・・・。そんな何度も徹夜したみたいなこと言わないでよ」
「だってこの前の実力テストだってオメー・・・」

そこまで言って、彼はあわててコホン、と軽く咳払いをした。
実力テストのことで徹夜した、だなんて一言も言ってないのになぜ知っているのだろう。
思わず目の前の彼を訝しげな視線で見てしまう。
それからああ、コナンくんか、と思い直して、思わずぷっと吹き出した。

あの子、ホントお喋りなんだから。
でも、きっとそれだけ新一を好きってことなんだろうな。
私にはそんなに誰かの話なんてしたことなかったから―――。b
急に寂しくなって、そんな自分の気持ちを誤魔化そうとするかのように蘭は小さく笑った。

「・・・とにかく。具合が悪かったら遠慮しないでいつでも俺に言うんだぞ。
・・・オメーは何でも一人で背負っちまう悪い癖があるから」
「うん・・・」
「何なら今日の夕食は取りやめにしたって・・・・」
「嫌!」

彼がその言葉を最後まで言わせないとでもするかのように、蘭はその言葉を遮った。
そんな彼女の様子に、一瞬目を丸くすると、彼ははにかんだように笑って頷いた。
その微笑みに思わずどきり、とする。

「・・・そっか、そこまで今日の晩飯を楽しみにしてくれたんだな。・・・ったく、
相変わらず食い意地がはってるんだから、オメーは。けどな、蘭。そんなん続けてたら、
いつかはぶくぶく太っちまうぞ?」
「・・・ちょっ、何言って・・・新一っ!」

顔を真っ赤にして怒る蘭の様子に彼は悪戯っぽく微笑むと、再びゆっくり歩き出した。
蘭はその背中を見つめ、諦めたようにため息を小さく吐くと、また彼の背中を追いかけた。

彼らがやってきたのは銀座の一等地にある高級寿司屋。
確かテレビでアメリカの大統領と首相が食べに行った場所がここだった、と誰かから聞いたような気がする。
回転寿司はよく行くけれど、カウンターで食べる寿司は初めてで、蘭は思わずきょろきょろと
辺りを見渡した。貸し切りという札が入り口にかかっている。
驚いて彼を見ると、彼は何でもない、という風にさらりと言った。

「この時間帯は俺たちだけにしてもらったんだよ。これだったら落ち着いて話もできると思ってさ」

彼の財布の中身は一体どうなっているのだろう。
比較的庶民的な生活を送っている蘭は、久しぶりに逢った彼のその行動に少し戸惑ってしまう。
が、彼が意気揚々と店の中に入っていくので、慌てて彼の後に続いたのである。

「・・・ね、大丈夫なの。まさか新一、おじさまのお金、勝手に使ってるんじゃないでしょうね。
やぁよ、後で請求書なんて家に届いたりしたら」

カウンターに座るや否や、蘭は思わずその疑問を彼にぶつけてみた。
その言葉に、彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして彼女を見ていたが、すぐに可笑しそうに笑い出した。

「あはは、大丈夫だよ。・・・今日は特別だから」
「え、特別?」
「そう、特別。・・・・・・さっきから言ってるだろ、落ち着いて蘭と話をしたい、って。
この前みたいに途中で事件とか起こっちまったら、洒落になんねえからな。
ケータイも電源にオフにしといたから。あ、蘭も電源オフにしとけよ。オメーのとこにかかってくる
恐れもあるんだから」
「・・・う、うん」

蘭は彼に言われるがままにケータイを取り出すと電源を切った。
話とは一体何なのだろう、それが気になってちらちらと横目で彼を見つめる。
しかし彼は既に寿司を頼みはじめたから、蘭もあわててそれに従ったのである。

その寿司屋を出たときには既に時刻は9時を少し回っていた。
他愛もない話をし続けて時は過ぎていった。
ホームズの話、ホームズの話、高校の話、ホームズの話、事件の話、ホームズの話、ホームズの話、キッドの話。
『落ち着いて話したい』というのはこのことだったのだろうか。
あんなにどきどきしてその話を待っていたというのに、最後の方は半ばうんざりとして彼の話を聞いていた。
表情が顔に出ていたような気がする。
ホームズホームズって一体あなたはホームズの何なのよ!そう叫んだこともあったような気もする。
時価何百万円もする本マグロの大トロの一切れを何枚も何枚もいっきに口にほお張ったような気もする。
おいしいお魚も味わうこともなく全てお腹の中を通過していった。
苛々し過ぎて、記憶も味も定かではなかった。

「・・・久しぶりにこんな食ったな」
「そうね」

銀座のキラキラ光る街並みを少しも楽しむこともせず、二人はどこかぎくしゃくしてその道を歩き続けていた。
彼の3歩ほど前を彼女は早足で歩いていた。
ホントはもっと距離を開けたかったのだけれど、少し足を速めると彼も同じようについてくるから、
その距離は保たれたままだった。

「ごめんな」

彼がポツリ、という。

「何が」
「・・・いざ、オメーにこのことを話すとなると、かなり度胸がいるんだよ」
「何を」
「だから・・・その」

突然蘭は彼にぎゅっと、手を握られて思わず立ち止まった。
どきん、と胸が高鳴る。
苛々としていた気持ちがまるで波が引くようにすうーっと消えていってしまった。

「・・・待たせて、ごめん」

背中で聞こえる彼の声。
蘭は手を握られたまま、恐る恐る振り返った。
彼は真っ赤な顔をして自分を見つめていた。

「・・・もう、どこにも行かないから。・・・だから・・・ずっと俺の傍に寄り添っててくれねえかな。
・・・俺の傍で笑っててくれねえかな。おめーのことが・・・好きなんだよ、どうしようもねえくらい。
幼馴染じゃなくて、一人の女性として。・・・だから」
「嘘・・・」
「嘘じゃねえって」

彼が優しく遮ると、彼女の肩を優しく抱いて、そっと引き寄せた。
彼の腕の中にすっぽりと納まる蘭の体。
何度目かの抱擁。
この19年間(マイナス1,5年間)一緒にいた彼ではあったけど、こんなに優しく
抱きしめられたのは初めてだった。
彼の温かい匂いが鼻をかすめる。
それがとても嬉しくて。

「こんな私でいいの?・・・私、新一のことを支えてあげられないかもしれないよ?
変なことばかり言って新一を困らせちゃうかもしれないよ?」
「いいんだよ、それで。おまえが俺の傍にいてくれさえすれば」

ふんわり彼が微笑む。
そして、やっと言えた、と心からの深いため息と共に、その言葉を吐いた。
そんな彼を見て、蘭も思わず微笑んだ。
心を満たす幸せ。
そんな幸せがいつしか彼女の中に存在していた。

信じていた。
ずっと信じていた。
新一が帰ってくること。
私の元に帰ってきて、「ただいま」って言って微笑んでくれること。
また私の目の前で他愛のない話をしてくれること。
傍にいてくれること。
それだけでよかったはずだった。

けど、実際帰ってきたらそれだけじゃ物足りなくなって。
彼を求めていた。
見返りが欲しかった。
ご褒美が欲しかった。
物とかそういうのじゃない、彼の自分に対する気持ちを私は求めていた。
我侭だなぁって自分でも思ってはみるけれど、そんな気持ちを止めることはできなくて。
そんな負い目があるから、彼と肩を並べることができなくて、じっと背中ばかり見ていて。

だけど。

神様はこんな私にも、ご褒美をくれた。
これ以上にないって言うほどの、最高のご褒美を。

ねぇ、新一。
私、あなたを信じてて本当によかった。
これからもずっと信じてていいんだよね。
あなたと肩を並べてもいいんだよね。
手を握ってもいいんだよね。

ねぇ、新一。

「大好きだよ・・・」

ポツリ、と口の中で呟いた言葉。
聞こえるか聞こえないかすら自分でもわからないほどの声だったのに。
それでも彼は聞き逃すことはなかったようで。
ふっと嬉しそうに微笑むと、彼は再びきゅうっと蘭の体を抱きしめた。





〜〜FIN〜〜



管理人の一言…というか叫びというか(笑)。


えっと、こつぶさんよりいただいた、素敵小説ですっ(>_<vv)
うふvvv
うふふふ…vvvv
メールが来てて…なんだろうと見てみたら…ふふふvvv(怖いって。)
こんな素敵なお話がっっ!!
大好きなこつぶ姉さまのお話を、この辺境な駄サイトに飾る事ができる日が来ようとはっっ(>▽<)
感激のあまり、ちょっと声がひっくり返って…vvv

ラブですよっ!!ラブっっvvvvv
新ちゃんと蘭ちゃんがとってもラブっっvvv
とってもとっても優しい新ちゃんに、思わず惚れ直してしまいましたっvv

蘭ちゃんも、そうよねっ、ずっと信じて待ってたんだもの。
幸せになってくれなきゃぁ(*^▽^*)
甘〜いお話、見るのは好きだけど、自分で書くのは苦手な朧……
尊敬いたしますっ、本当vv

あはは、それにしても蘭ちゃん可愛い〜(笑)
そして、時価何百万もする本マグロの大トロの一切れを何枚も何枚も一気に口にっ!?
蘭ちゃん、君本当にすごいわぁ(笑)

そして、新ちゃん……
お寿司屋貸切だなんて…相変らずやる事が大胆で素敵っvv(笑)
そういうおぼっちゃまな彼の一面も、大好きなのですよvvv
それにしても…ホームズの話しかないの?あなたは(笑)
そこにちょっとキッドの話が紛れてた事に僅かな感動を覚えましたよ、ええ(笑)

あ、それから最初にちょっとだけ出て来た、二人をからかう園子も好きっvv
とってもらしくて…にやにやしながら文読んでましたよ(笑)

そしてそしてっ、最後のラブは…
私の余計な感想をつけるだけ野暮ってものでしょう(^^v
ラブシーンに、うっとり来てしまった朧ですっ(>_<)
感動の告白シーン、凄い好きですっ(>▽<vv)

こつぶ姉さま、こんな素敵なお話、ありがとうございました〜vvv

H16.10.28  管理人@朧月