She wished  them happiness






「あなたの欲しいものは何ですか?」

欲しいもの ほしいもの ホシイモノ…

何もない。欲しいものなんて何も…

例えあったとしてもそれを望むことは私のような罪人には許されない…。






「クリスマス会?」

昼休み…。ここは帝丹小学校の教室。私は吉田さんの声に振り向くと呼んでいたペ
ージに詩織を挟むとパタリと本を閉じて引き出しにしまって彼女のほうを向きながら
言った。

「うん、そう町内会のクリスマスパーティが今度の日曜日にあるんだけどね、哀ちゃ
んも行くよね?哀ちゃん去年は風邪引いてて行けなかったし」
吉田さんは私が返事をしないうちからもう行くいう返事をしたような顔をしている。そ
の顔は無邪気な笑顔で…彼女にこんな顔をされては「行かない」と、そんな返事を
私に出来る訳がい。言えばきっと彼女は悲しむだろう。純粋すぎる子だし、傷つくか
もしれない。そんな事は私には出来ない。

「ええ、そうね、じゃあ特に予定も無いし行こうかしら」

彼女にそう言うと彼女は更に満面の笑みを作ると小嶋君達の方へ走っていった。私
が参加する事になったことを報告しに言ったのだろうか?彼女のこう言った表情を見
ると何故だか安心する。


…癒されると言ったほうが正確かもしれない。私がこの街に来てから…招かれざる人
物である事は十分承知してるけど…もう二度目になる。いつ終わるか分からない虚構
の日々、ある日、目が覚めたら突然彼等がやってきて私だけでなく、博士や工藤君、
吉田さん達…大切な人達まで消されてしまうんじゃないかという不安…一向に進まない
解毒剤の研究に対する焦り、自分が平穏に暮らしていればいるほど感じるようになった、
私の所為で命を落とした人の無念の想い、激しい自責の念、暫く見ていなかったのにま
た毎日のように見るようになった悪夢…


そんな日々の中で彼女の…彼女たちの無邪気な表情は確かに私に一時の安らぎを与
えてくれた。私に張り裂けそうな心をぎりぎりのところで支えてくれている。そんな人の
笑顔を消す事が私にどうして出来る?出来るはずがない。

「へえ、珍しいこともあるんだなあ…」

私がさっき読んでいた本を読もうとしたとき近くで話を聞いていたのだろう、工藤君が
話し掛けてきた。

「いつもなら『そういうの興味ないから…』とか言って断るのによ」

工藤君は私の口調を真似ながら…あまりにているとも思えないけど…からかうように
言ってきた。

「別に、たまにはいい気分転換だし…」

私は何故かは分からないけど工藤君と目を合わせないようにしながら言った。解毒剤
の事もあって、私は彼と目を合わせるのを恐れているのかもしれない。
最近、工藤君が一体何を考えているのか分からないようになった。以前のように「解毒
剤」という言葉を口にしなくなった。きっと彼のことだろうから私に余計なプレッシャ
ーをかけないようにしているのだろうけど。

「そういう貴方はどうなのよ?」

私は工藤君に聞き返した。工藤君は毎回面倒くさがりながらも結局は参加しているか
ら答えは大体分かってるけど…。

「俺?行くぜ、勿論、アイツらに誘われたら行かない訳にはいかねーだろ。見ろよアイ
ツらの顔」

工藤君は吉田さん達のほうに顔を向けながら言った。彼女たちはまだ数日先の事な
のにもうクリスマスパーティーの事を想像しているのだろうか?とても楽しそうな、古
い言葉で言えばウキウキしたような顔をしている。

「あの笑顔、消したくないからな。ったく、まだ先の話なのにあんな顔しやがって。ま
あアイツららしいけどな。」

工藤君は優しい表情でそう言うと

「じゃあ俺ちょっと図書室いって来るから。ま、また去年みたいに風邪引かないよう
にしろよ。あんま遅くまで起きてんじゃねーぞ」

そう言うと工藤君は座っていた自分の机から降りると教室を出ていった。
ちょっと私を子供扱いしたかのような言い方に少し「ムッ」としたけれど、まあそれは
置いといて…


―あの笑顔、消したくないからな―


工藤君がそう言った意図は分からなかったけど、彼が私と同じような事を考えていた
のは意外だった。

「おーい灰原、そろそろ行かねーと遅れちまうぞ…」

日曜日、工藤君が迎えに来た。工藤君に言われた事に反して私は今日も明け方まで
起きていた。少しでもAPTX4869の解毒剤を完成させたかったから…いえ、完成させ
なければ行けなかったから。それが私に課せられた任務だから。

「はいはい今行くわよ」

私はそういうとコートを羽織って外に出た。東京は今年一番の寒波とやらに見舞われ
ているらしく、風が冷たく、私の身体を一瞬のうちに冷やしていった。クリスマス寒波と
いうやつだろうか。

「じゃ、行くか」

工藤君はそう言うと集会場に向かって歩き出した。私もその一歩後ろを歩き出す。横に
並んで…という気分にはなれなかった。私は彼の横に並んで歩くべき人間ではないから。
考えてみれば私がクリスマスという日を(正確には今日はまだクリスマスじゃないけど)
大人数で迎えるのは初めての事だ。組織に命じられてアメリカに留学していた頃は「ク
リスマス」なんていう単語さえ忘却の彼方だったし、第一私には一緒に過ごす家族も、
友人も、勿論恋人もいなかった。日本に戻ってきてからも唯一の肉親であったお姉ちゃ
んとクリスマスを過ごせたのは一昨年が最初で最後だった。





「メリークリスマス志保」


「志保」そう呼ばれたのは一体いつ以来だろうか?いや、私の事を志保と言ってくれる
のはお姉ちゃんだけか…。今の私の名前は「シェリー」だものね。組織の監視があると
はいえ、久しぶりに外に出る事が出来た。今日はクリスマス・イブ。街はクリスマスム
ード一色で、街行く人の足取りも心なしか軽く、はずんでいるような気がする。私は今
お姉ちゃんが予約しておいた洒落たレストランにいる。

「クリスマスって…別にたかが大昔に生まれた人の誕生日ってだけなのにそんなに騒が
なくても…」

私は本当に可愛くない。お姉ちゃんの気遣いは痛いほど解っているし嬉しい。きっと普
段与えられた研究室で研究に没頭している私の羽を伸ばさせようとして誘ってくれたの
だろう。お姉ちゃんはいつでもそうだ。いつだって私の事を自分の事のように心配して
くれている。そんな事は解ってる。解ってるのに…私の口から発せられる言葉は、冷た
く可愛げの無い言葉ばかり。それでもお姉ちゃんは文句一ついわずに、私を安心させる
かのように笑っていてくれる。

「ふっ、相変わらずね志保も。志保は毎日毎日研究ばっかやってるんだから今日くらい
普通の人と同じように過ごさなきゃ」

そう言うとお姉ちゃんは私のグラスにシャンパンをついだ。

「ノンアルコールだから安心して」

と言いながら。

「じゃあ、そうさせてもらうわ」

本当に素直じゃない。本当は凄く嬉しいのに…。他に何も望まないからこんな風にお姉
ちゃんと二人で過ごせたら…すっとそう思い続けていたのに…。それがやっと叶ったの
に…。

「じゃあ、乾杯」

「乾杯」

「カチン」と音を立てるグラス。

「ま、今日は好きなだけ食べなさいよ、どうせ研究室に篭りっきりでまともに食事摂っ
てないんでしょ?たまにはハメ外しなさいって」

お姉ちゃんは少し私をからかうかのように言った。

お姉ちゃんには私の事は全てお見通しだ。この人には隠し事は何一つ出来ない。会うた
びにそれを感じさせれれる。それが少し悔しくもあり、私の事を知ってくれている人が
いる事が嬉しくもあった。

「じゃあお言葉に甘えて」

まあそうは言っても元々食は細いほうだけど。

組織の中にいてはまず出来ないであろう、他愛もない、普通の人からすればありふれた談
笑、久しぶりのゆっくりとした時間。私とお姉ちゃんは、表では組織の監視の目が光って
いることも忘れてこの一時を楽しんだ。それでも楽しいときと言うのは残酷にも速く過
ぎていくもので。ふと腕時計を見るともう研究室に戻らなければいけない時間になって
いた。

「じゃあ、お姉ちゃん私もう戻らないといけないから、今日はありがとう。こういうの
って初めてだったかた楽しかったわ」

そう言うと私は席を立った。

「そう、それは良かったわ。でもいつまでも変な薬ばっか作ってないではやく恋人つく
って来年クリスマスはその恋人と一緒に過ごしなさいよ。彼氏の一人や二人いてもおか
しくない年なんだから」

別れ際のお姉ちゃんのセリフ。…はやく恋人をつくりなさい…私とお姉ちゃんが会った
ときにお姉ちゃんが決まっていうセリフだった。

「私は…お姉ちゃんと過ごせたらそれで…」

「ふっ、まあ、あなたに恋人が出来てなかったら付き合ってあげるわ。可愛い妹君を研
究室に閉じ込めておくのは嫌だしね」

そこで私とお姉ちゃんは別れた。




結局…その翌年、お姉ちゃんは組織の手に掛かって殺された…。今から思えばあの時の
お姉ちゃんは少し疲れたような顔をしていたし、その前に会ったときよりも少し痩せて
いたように思う。きっとあの頃から組織の仕事に手を染めていたのだろう。
良くない事だとは解っていながらもこんな時私はついつい悪いほう、悪いほうに物事を
考えてしまう。
お姉ちゃんとクリスマスを過ごすというささやかな願いも叶わず、それどころか、私の
所為で愛しい人とクリスマスを一緒に過ごせなくなる人…工藤君…を作ってしまって…。
何も出来ないまま年を越してしまって、なんとか今年こそはと思っていたのに、どうや
らそれも無理で…。私は本当に最低な人間…工藤君?あなたはそれが解ってる?私さえ
いなければあなたは今ごろ彼女と…。

「ねえ…工藤君…」

「あん?」

工藤君は私の声に反応すると歩みを止めて振り返った。

「私の事、本当は顔も見たくないくらい嫌いなんでしょう?」

自分でも何故そんなことを聞いたのか解らない。無意識のうちに聞いてしまったと言う
のが正確だろう。だって、私の所為であなたは、私の所為であなたと蘭さんは…。

「はあ?何言ってんだおめー?」

工藤君は呆れたような顔をした。どうしてそんな顔をするの?

「聞こえなかったの?私のこと本当は嫌いなんでしょ?って聞いてるのよ」

私がもう一度繰り返すと工藤君は困ったような顔をしていた。どうして?どうしてよ?
答えればいいじゃない。そうだって。仕方がなく顔を合わせてるだけだって。解毒剤が
必要だから私と接しているだけだって。本当に一緒に過ごしたい人と一緒に過ごせない
のはお前の所為だ、何もかもお前の所為だって、言えばいいじゃない。どうして言わな
いのよ?
しばらくの沈黙…その沈黙を破ったのは工藤君だった。工藤君は「はぁ」と一度溜め息
を吐いたあと、







「じゃあよ、俺がその通りだって言ったら、お前はどうするんだ?」



そう言った工藤君の顔は何故かとても悲しそうだった。



「お前の言った通り、本当はお前の事なんて顔も見たくないって俺が言ったら、それで
お前はどうするんだ?」



「え…」



「言ってやろうか?」



「ちょ…何…」



なぜ…私はこんなに動揺しているんだろう?



「本当は…」



待って…



「俺は…」



ヤメテ…



「お前の事なんか…」



イワナイデ…



言わないで?どうして?自分から切り出した事なのに…。工藤君にそう言われると楽に
なるとでも思っていた?実際には心がズタズタに切り裂かれていくだけなのに…自分勝
手だと言う事は解っている。けど、お願いだからその続きは…言わないで…。



「……」



「工藤君…?」



工藤君は何故かそこで黙ってしまった。また、暫くの沈黙…。
その沈黙を破ったのは、やっぱり工藤君。



「ったく……」

そう言うと工藤君は黙ってズボンのポケットからハンカチを取り出して私に差し出した。

「え…?」

もしかして、私泣いてる…。そう思ったとき私は私の頬に涙がつたっていることに初め
て気がついた。

「そんな面しかできねーくせに、妙なこと言い出すんじゃねーよ。早く泣き止めよ。俺
が泣かしたみてーじゃねーかよ、って実際泣かしたんだからいい訳できねーけどな」

そう言った工藤君の声は呆れきったような、それでいて優しさも含ませた声で言った。

「もしもおめーが何か勘違いしてるんならこれだけは言っとくけど、俺は別にお前を恨
んでもいないし嫌いでもねえ。つーかそんな訳ねえだろ。ったく最近やっと前向きにな
ってきたと思ったのにたまに変な事言うよな、おまえ…」

「でも…」

「もし私さえいなければ…なんてつまんねーこと言うんじゃねえだろうな?」

「…」

いつもそう。まるで私の心の中がよめているかのように考えている事を言い当てる。

「ったく今日のおめーはとことんマイナス思考だな…灰原…歴史に『if』はねーんだ
ぜ?犯してしまった過ちを消す事は出来ないかもしれないけどそれを繰り返さないよう
にして取り返す事は出来るんだ。もっと気楽にやれよ、あんま張り詰めてると奴等をぶ
っ潰す前にどうにかなっちまうぞ」

「…」

「さ、もうこの話は終わりにしようぜ、アイツらの前でそんなシケた面すんなよ?アイ
ツらが不安がるからよ」

工藤君はそう言うとまたスタスタと歩きはじめた。



不思議だ。工藤君の言葉には不思議な力がある。いつもさりげなく壊れそうになった私
の心を救ってくれる。本当は一番辛いはずだ。蘭さんに「工藤新一」として会えなくて、
彼女に辛い想いをさせて、それでも尚強くいられて私に力をくれる…。
集会場で会った吉田さん達の顔は先日の無邪気な笑顔そのままだった。この子達も本当
に不思議な力を持っている…。
最初はなんとも思わなかった。けれど今は大切な人達…。





「あなたの欲しいものは何ですか?」






私には欲しいものなんて何もない…




けれど、もし…




もしもこの罪人が願う事を許されるならば、阿笠博士、吉田さんに円谷くんに小嶋くん
…彼等の笑顔がいつもでも消えませんように、彼等が永久に幸せに暮らせますように…
そして一日も早く工藤君に本当の笑顔と平穏が戻るように、工藤君と蘭さんが幸せにな
れますように…




その為に私が出来る事…来年こそは、必ず…。





彼等の笑顔、彼等の幸せ、それが私に取っての最高の贈り物だから…。






管理人よりv

稼頭矢お兄様からメールが届いてまして……
開いて見ればこ〜んな素敵なプレゼントがっvvv
とっても素敵ですっvvv
もう、感動ですよっ!
哀ちゃんの気持ちが痛いほど伝わってきて……
明美さんと過ごしたクリスマスの思い出にじ〜んとしてました。
そしてコナンの言葉に動揺してる哀ちゃんの姿も…
頭の中で映像が浮かんで来て、とっても素敵ですっ!!
しかも、欲しいもの…出だしの言葉が生かされてて纏まってるっvv
課頭矢お兄様、素敵な小説ありがとうございました!
そして、掲載遅くなってしまってすみません(><)

H16.12.29 管理人@朧月